あのお店はなぜ時代を超えて愛されるの? お客さんがみんな笑顔で出てくるのはどうして? 赤星探偵団の6代目団長・赤江珠緒さんが、名店の暖簾をくぐり、左党たちを惹きつけてやまない「秘密」を探ります――。
予約必須の繁盛店に初潜入
山手線五反田駅、品川駅、高輪ゲートウェイ駅それぞれからほぼ同じくらいの距離にある都営浅草線高輪台駅。都心にありながらなかなか降りる機会のない駅のひとつだろう。

その高輪台駅から徒歩2分ほどの路地にあるのが「壇太」。赤星探偵団は、当店が居酒屋ながら中華料理のメニューも充実していて、とりわけ餃子が絶品との情報を入手した。餃子&ビール、いわゆる“ギョービー”が史上最強のマリアージュだと考える赤江珠緒団長は、一も二もなくやってきたというわけだ。
早い時間帯は予約必須。17時半の開店と同時に、仕事を終えたサラリーマンがドドドッと押し寄せる人気店なのだが、この日は特別に開店時間よりもちょっと早めに入れていただいた。

間口の大きさからすると予想外に広い店内。奥には小上がり、さらに奥には座敷もある。厨房では店主の安達八重子さんが仕込みに大忙しだ。
赤江: はじめまして、赤江と申します。お母様、今日はお世話になります!

「いらっしゃいませ。まずは一杯ですよね。焼酎ですか?」とお茶目な八重子さん。かわいらしい。
赤江: いえいえいえいえ! 不肖赤江、赤星探偵団の団長を務めさせていただいている以上、まずは赤星をいただきたく……。
八重子さんが笑いながら運んできてくれたのは、サッポロラガービール(愛称「赤星」)と、よく冷やされたグラス。そこにトクトクトクと手酌しまして……

――いただきます!
赤江: きぃ〜〜。これまで数え切れないほど赤星を飲んできましたけど、ひと口目に必ず変な声が出てしまうのはなぜでしょうか(笑)。
溜め込んだストレスを吐き出させるデトックス効果があるのかもしれません。かっこ、個人的な感想です(笑)。

はやる気持ちを抑えながら、メニューのページを繰る団長。赤星を飲みつつオーダーの作戦を練るこの時間が好きだ。
定番メニューには、鶏、豚、牛、ホルモンの肉系を中心にした多彩な料理名が踊る。日替わりで鮮魚の刺身や季節の野菜を使った一品が登場することもある。そして〆には麺類やチャーハン、カレーライスが控えている。カンペキな布陣と言えよう。
スターターに抜擢したのは塩ナンコツと砂肝スライス。そして、早くもお目当ての餃子を一気呵成に攻めることに。

「砂肝に下味をつけてから、ボイルしています。タレ、合いますか。そのタレは結構好評で、ずっと手元にキープして餃子とか他のいろんな料理に流用するお客さんも多いですね」
八重子さんとともに店を切り盛りする長男の了太さんが説明してくれる。

赤江: 塩ナンコツがまたいいお味。コリコリとなんとも楽しい食感で、ビールのおつまみにピッタリ。
砂肝とナンコツへのびる箸が止まらない。食感コリコリ、赤星クイクイ。
各界の著名人に愛される名店
カウンターは端の一角が常連のひとり客用に残されているだけで、あとは焼酎のキープボトルで埋め尽くされている。何気なくボトル群を眺めていると、驚きの名前を見つけた。「小泉純一郎様」。ご存じ、元首相である。

聞けば、小泉純一郎氏は2001年のいわゆる小泉フィーバーのずっと前、重要ポストに就く前の若手時代からの常連。激務の間の息抜きのためか、遅い時間にふらっとひとりで訪れていたという。そのため、彼がこよなく愛する当店の餃子を、類い稀な出世を支えた“出世餃子”と呼ぶ人もいるのだとか。
赤江: おお、やっぱり孝太郎さんと進次郎さんのボトルもありますね。わー、この⚫︎⚫︎さんと⚫︎⚫︎さんって並びは絶対に⚫︎⚫︎⚫︎⚫︎⚫︎(グループ名)が来たってことじゃないですか! 有名人御用達ですね。

「男性の有名人の方に結構お越ししていただているようですが、私も息子もテレビを全然見ないし、バイトの男の子たちも寮生活でテレビがなくて、芸能関係に疎いものだから、来店されても気づかないことが多いんですよ。音楽関係の方も多いみたいですね。
バイトの子たちはなんとか坂、坂道系って言うんですかね、女の子のことは知ってるみたいなんですけど、でも、そういう若い女子がこんな店に来るわけないですしね(笑)」
赤江: いやいや、わかりませんよ……。普段はサラリーマンの黒い集団がひしめき合ってワイワイ飲んでるんでんですよね。喫煙もOKの昭和ストロングスタイルとな。坂道さんは、やっぱり来ないかな(笑)。

お待ちかね、出世餃子が焼き上がった。底面はこんがり狐色。透き通った皮には餡の緑色が浮かび上がり、見るからに野菜がたっぷり入っていることが伝わってくる。
赤江: では早速! 自家製の食べるラー油も気になりますが、まずは何もつけずに……ハ、フ、ホ……。
お゛いじい゛〜〜。なんですかこれはっ! なんなんですかこれはっ!

赤江: これまで食べたどの餃子とも違っています。だけど、ザ・餃子というごく真っ当な、真っ直ぐなおいしさ。外はカリカリだけど、餡はサラッと飲み物のようななめらかさ。
今度はちょいと酢醤油をつけまして、ひと口で……。
なんですかこれはっ! なんなんですかこれはっ! あ、すみません、また同じように興奮してしまいました(笑)。

赤江: やさしいおいしさが口の中にパッと一気に広がるんですよ。ひと口でいただけるから周りの空気までおいしいんですよ。そして赤星をここでひと口……はい、ギョービー番付、横綱確定です!
餃子は客のほとんどが注文する看板メニューだ。手始めに一人前5個の餃子をひとり1皿か2皿、中盤に1皿、〆に1皿といった具合に、ひとりで何皿も平らげていくという。

赤江: もう、チェイサーみたいなもんですね! 確かにこの餃子なら私も5皿はいけるかな(笑)。リアルな話、女性でも3皿は確実に行けると思います。
それにしても、それだけ数が出るとなると仕込みも大変ですね。えっ!? 八重子さんがひとりで包んでる? 営業後に? だってものすごい数を包まなきゃいけないじゃないですか?

「一晩で600個くらいは作ってるんじゃないですかねえ(横から「600じゃ効かないだろ」との了太さんのツッコミが入る)。
私、手が小さいから大きな餃子を作ることができないんですけど、どうやら私が作る小ぶりなサイズがちょうどいいみたいで。息子たちには小さく作るのが難しくて、毎晩ひとりでひたすら包んでいます」(八重子さん)
赤江: このおいしさのヒミツは、八重子さんの愛情がやさしく包まれている、そこにあるんだなあ、きっと。
何も足さなくていいおいしさ

最強餃子の波状攻撃により団長の食欲堤防は決壊。追加オーダーの勢いは増す。
厨房から食欲を誘う甘辛い香りが漂ってきたと思ったら、艶々と赤く輝く豚肉の一品のお出まし。トントロニラキムチ焼きだ。またもや名が体を表す。

赤江: これまた、サイコーー! やさしい保母さんのような餃子から一転、ちょいキツめジムトレーナーのお姉さんのような心地よいパンチ力です。
コレ、ごはんにワンバンさせてもおいしいでしょうね。しかしここは赤星と……(深いため息のあと)永遠に飲めるかもしれない。

厨房から漂うまた別の香りが鼻腔を強烈にくすぐる。
ジュージューとフライパンで焼かれているのは、サイコロステーキ状の牛ハラミ。ナス、長ネギと一緒になんともおしゃれな盛り付けでやってきた。特製の青唐辛子味噌をつけていただく。

赤江: ナス on the ハラミ with 青唐辛子味噌。この奇跡の食べ物を頂いたところ、ただいま赤江の口の中ではビッグバンが起こり、宇宙が拡張を始めました。
先ほどから「ん?」って感じてたんですが、今、確信しました。味付け以前に、お肉自体の質が抜群なんですよ。きっと、古いお付き合いのお肉屋さんが目利きなんでしょうね。
それにしても、壇太さんのお料理って、不思議なおいしさがある。何も足さなくていい、何も引かなくていい、ほどよーく、心地いーいおいしさなんだよなあ(遠い目でフリーズ)。

「壇太」は50年以上の歴史を持つ。元々は八重子さんのご主人がかつて高輪にあった旧衆議院議員宿舎の近くで始めたスナックだった。ふたりは共に高輪界隈に生まれ育った。
「当時、いまと違ってこのあたりには何にもなくて。ラーメン屋も1軒もなかったから、まわりからラーメンやりなよと勧められて、スナックを開けるの前のお昼の時間帯にラーメン屋の営業を始めたんです。
それで、ラーメンには餃子が付き物ということで、餃子も出すようになると、とても賑わいましてね。立ち退きなどで移転しながら、次第に今のような居酒屋になって行ったんですが、餃子も他の料理も、基本的には主人がつくったままの味です」(八重子さん)

次男の壇さんが専門学校で教員をしながら手伝うようになり、長男の了太さんも4年間の教師生活を経て店に入った。「壇太」という店名はふたりの名前から1文字ずつ取っている。
ご主人はコロナ期間中に体調を崩し、厳しい面会制限により見舞いもままならないまま逝ってしまった。残された3人は伝統の味を大切に守っている。

赤江: 何をいただいてもしみじみおいしいです。奇を衒ったところは微塵もなく、わかりやすく他と違っている特徴があるわけでもないのに、ひたすらほっとできるお味。それこそが壇太さんならではの個性になっているんだと思います。
キープボトルのお名前を見ても、世の中のおいしいものを食べ尽くした美食家たちからも贔屓にされていることがわかります。グルマンもフーディも結局はここにたどり着く。肩の凝らない究極の「ちょうどいい」が、こちらにはある、とお見受けいたしました。

「そんな大袈裟に考えたこともないですけど、どうなんでしょうねえ。主人は料理のセンスはあったほうかもしれませんね。調理についての学術的な論文を書いたこともあったみたいですよ。私は読んでいませんけどね(笑)」(八重子さん)
〆はラーメンかチャーハンか、それが問題だ

団長がメニューと睨めっこし、なにやら唸っている。
赤江: 麺かごはんか、究極の選択に苦悶しましたが、ウルトラCでこの難問を解決したいと思います。
すみません、鶏煮干し中華そばの塩と、ガーリックホルモンチャーハンをお願いします!

ほどなく、美しく澄んだスープの塩ラーメンがやってきた。鶏と煮干しでとった出汁を堪能できる一杯だ。
赤江: これまた、ほっとするいいお味。なんとも清らかなラーメンです。しこたま飲んだあとの〆に、コレ以上のものは考えられませんよ。

恍惚とする団長のもとになにやら白い刺客がやってきた。“映え”なぞ意に介さない白一色のチャーハンだ。
肉片がホルモン、牛のシマチョウ。シマチョウから出た上質な脂を米一粒一粒にまとわせたニンニクたっぷりの、いけないヤツだ。

赤江: ぐわーーーー、こりゃたまらんですわ! 腰が抜けますわ!
ホルモンの旨みがごはんと一体化するとこんなにも破壊力のある味になりますか。飲んだあとの〆のラーメンのおともに、コレ以上のものは考えられません。

いつにも増してわんぱくな食欲を発揮してしまった団長だが、最後に信じられない一言が……。
赤江: では、〆の餃子を一皿お願いします。てへ。
〆を3ターンも繰り返したあと、ウソかマコトか、うら若き乙女たちを引き連れての再訪を誓いましたとさ。

――ごちそうさまでした!
(2025年2月7日取材)
撮影:峯 竜也
構成:渡辺 高
ヘア&メイク:上田友子
スタイリング:村上利香