あのお店はなぜ時代を超えて愛されるの? お客さんがみんな笑顔で出てくるのはどうして? 赤星探偵団の6代目団長・赤江珠緒さんが、名店の暖簾をくぐり、左党たちを惹きつけてやまない「秘密」を探ります――。
妥協なき目利きで選んだ魚を心ゆくまで
気さくなあったかいおもてなし。料理は旬を堪能できてめっぽう旨い。なのにビックリするほどリーズナブル。しかもサッポロラガービールを置いている。都心にまったくスゴい店を見つけてしまった。
場所は、超高層49階建ての豊島区庁舎「としまエコミューゼタウン」の裏手あたり。東京メトロ有楽町線東池袋駅からすぐ、路面電車のさくらトラムがトコトコ走る閑静なエリア。愛くるしいダルマが描かれた提灯が目印で、その名も「ダルマ」。夫妻で切り盛りする和食店である。

赤江: ここにも、そこにも、あそこにも、ダルマ、ダルマ、ダルマ。お、ご主人もそこはかとなくダルマに似ていらっしゃる。そして奥様のお美しいこと。なんとも縁起のよいお店ですね。
こちらはおまかせコース1本でやられているとか。苦手な食べ物皆無な赤江が空腹の極地でやってまいりました。今日はどうぞよろしくお願いします。

「こちらこそ! 赤江さんに召し上がっていただきたいものをたくさん用意しています。では早速先付けから行きますね」と店主の鈴木正和さん。ややハイトーンの声が心地いい。
そして「お飲み物は赤星ですね」と奥様の麻紀子さん。息がぴったり合っている。キンキンに冷えた赤星がやってきた。

――いただきます!
赤江: くゎ〜、おいしいです。カウンターで赤星をトクトクっと手酌しただけで、1日の疲れが吹き飛ぶというものですよ。
この日の先付けは、鶏と大根の煮物、宮古島の茶豆、数の子、白和えの4品。赤江団長が来たから特別に張り込んでいる訳ではなく、先付けから3〜4品出るのがダルマ流だ。

赤江: ビートルズくらい完璧な4人組ですね(笑)。大根のこっくり炊けていること。白和えもなんともやさしく清らかなお味。数の子は、北海道は留萌から直送ですか、めちゃくちゃおいしい!
そして、沖縄は宮古島では枝豆が旬とな。茶豆おいしいー。茹で加減もアルデンテで香り豊か。茶豆に赤星、合うなあ。

この先付けだけでしばらく楽しめそうではあるが、ダルマの世界にはまだまだ先がある。
そこへ神々しく輝くお造りがやってきた。天然のヒラメだ。見た目は変わらないが、刺身と昆布〆の2種盛り。塩かポン酢でいただく。

赤江: まずはお刺身から……。コリコリといい歯応え。噛めば噛むほど旨味が広がって。なんちゅーーおいしいヒラメなんでしょう。
そして昆布〆……。んっ!? これは、昆布〆ですか!? 確かに昆布の風味が広がりますが、刺身と同じような鮮度抜群の食感です。私が知っているヒラメの昆布〆はこんなにコリコリしてませんよ。

「今朝、活け締めしたヒラメを使っているからです。私は野締めのヒラメを昆布〆にした時のクタッとした感じがイヤで、必ず活け締めのものを使います。毎朝豊洲市場へ行って、マグロなんかの一部の魚をのぞいて、魚介は市場で活け締めされたものだけを仕入れているんです」
うますぎ注意、お腹はち切れ注意

「なるほどー」と唸りながらヒラメを噛み締める団長に、鈴木さんは刺身の盛り合わせをたたみかける。
この日は本マグロの中トロ、アオリイカ、関サバの3品が盛り込まれた。

赤江: アオリイカ、甘くておいしい。あなたは先ほどまで海にいらっしゃったですか?っていう清らかな味わいです。
中トロも文句なし。東京の和食屋さんでは、マグロのお刺身は名刺代わりみたいなももですからね、間違いないです。
そして関サバさんよ、あんたはやっぱサバの中のサバだよ。見上げたモンだよ。
怒涛の刺身シリーズに唸る団長。しかしコースはまだまだ序の口だ。

何やら食欲をそそる香ばしい煙が上がっていると思ったら、「これは絶対に召し上がっていただきたくて」といい焼き色の鮭が差し出された。福島・小名浜産の鮭の干物だという。
赤江: 鮭の干物? 塩ジャケではなく鮭の干物? ワタクシ、お初にお目にかかりやす。どれどれ……。
ややや、なんといいお味! 塩ジャケとも違った凝縮された鮭の旨味。それでいて身はみずみずしくて、ジューシー。これは絶品ですね。

「東日本大震災の後、現地でボランティアもさせてもらいまして、店としても被災地復興のために何かできないかと考えていた時に出合ったのが、この鮭の干物です。このおいしさをうちの店で伝えていくことで、微力ながら復興の支援になればと思いまして。
このすばらしい鮭を味わって、小名浜のことを知ってもらって、ぜひ現地に遊びに行っていただきたいです」

赤江: いや〜、まさに絶品。白いごはんも欲しくなりますね。
「途中でこの鮭を出すと怒る常連さんもいるんですよ。ごはんが欲しくなっちゃったじゃないか! 大将、ごはん!って(笑)」
赤江: ハハハ、そうですよ。これはキョーアクなおつまみです。こうして赤星をグビリとやりますと……ビールのアテにも最っ高です!

続きましては、アツアツの茶碗蒸しのお出ましだ。早速ひと匙口に入れた団長は目を丸くしている。
赤江: 何これ、すんごいカニ! 身がめちゃくちゃたくさん入っていて、ほぼカニ!
ズワイガニのメス、セコガニの身をほぐして入れてるとな。ご主人、これは茶碗蒸しじゃありません、もはや、カニです。茶碗カニ。

茶碗蒸しで一息ついたところへ、揚げ物が登場。ししとうより二回りほど大きな白身魚の唐揚げだが、これは一体何の魚だろうか?
麻紀子さんの「ふぐの唐揚げです。山椒塩で召し上がってください」との説明に驚く。

赤江: (一口ほおばって)ハ、はふ、ホ、おいひい! これまた予想の斜め上ゆくおいしさ。
私の知っているふぐの唐揚げは、骨の周りの肉をいただく、おいしい鶏肉みたいなやつです。これは骨がなくて肉質もきめ細かくて上品。軽やかでいくらでも食べられそう!

「ショウサイフグっていう小ぶりなふぐを卸して揚げています。ひとつが半身です。ふぐの唐揚げってどこへ行っても粗身じゃないですか。私はふぐのおいしさがこれじゃ伝わんないと思っていまして、ふとひらめいたのがこのショウサイフグの唐揚げなんです。
衣には味をつけず、山椒塩で召し上がっていただくことで、ふぐ本来の味を堪能できます。赤星との相性も抜群ですが、クラフトジンのハイボールも山椒のスパイシーさと合ってなかなかですよ」

赤江: 確かに、クラフトジンソーダ、合う!
ここからは赤星とジンの二刀流でいかせていただきます。
天職にたどり着くまでの若気の至り

鈴木さんは現在48歳。池袋にある精肉店の次男として生まれた。5歳で早くも料理人になることを決めたそうだ。
「親父の配達について行って、ある飲食店の店先でしゃがんで待っていると、店員のお兄さんがこんな小さい子をひとりにして待たせるなんてと、店内に招き入れてくれました。
そして、腹減ってないか? 好きなもの食べなと言われて、鶏の唐揚げを食べさせてもらいました。それがものすごくおいしくて、店員のお兄さんがめちゃくちゃかっこいいと思ったんです。その時、将来は料理人になると決心しました」

軽妙な語り口に引き込まれ、サクサクと軽い口当たりのふぐ唐が止まらない。
「中学に入ると、町中華の店でアルバイトを始めました。もちろん皿洗いと雑用ですが、バスケの部活の後は店に直行です。大人たちと一緒にお客さんにおいしいものを出す仕事が楽しくて、みんなで食べる賄いがおいしくて。
兄貴は大学へ進みましたが、自分は高校を中退してすぐに料理人に。肉では親父には勝てないし、魚をちゃんと扱えるようにならなきゃダメだと思い、日本料理店に潜り込みました。
当時は『料理の鉄人』が大人気で、本格的な料理店は大箱が主流だったから、就職先はいくらでもあったんです。5年後だったら、多分、職を見つけられなかったでしょうね。運がよかった」

甘い醤油の香りと一緒に登場したのは、今朝丸ごと1尾で仕入れたブリのカマの煮付けだ。でかい!
赤江: どわ〜、一人分ですか!? 本当にいつもこの量? カマとはいえガッツリ身の部分もあるじゃないですか。コレ、3人で一升の日本酒のアテにするサイズですよ(笑)。
生もの以外はお持ち帰りもできるんですね。いや、それを聞いて安心しましたけど、これはさすがに驚きますよ。それでは、いざ、実食……。

赤江: お・い・し・い。はぁ〜。思わずため息が漏れること山の如しです。新鮮なブリさんもさっと煮付けられて、さらに出世しました。ワカシ→イナダ→ワラサ→ブリ→ダルマ、出家してダルマとなりました。
じつは、鈴木さんはお客を見て、料理の味付けを微妙に変えているという。
東の人向けなら醤油の風味を生かし、西の人向けなら出汁の風味を生かす。煮付けなら、肴にする人にはみりん強めのやや甘めにして辛口の日本酒を勧める、ごはんのおかずにする人には醤油強めでキレよくごはんをモリモリ食べていただく。こうした目に見えない繊細な配慮によって、掛け値のない「おいしい」のひと言が生まれるのだ。

自分、信じられないくらいバカだったんです、と鈴木さんは半生を振り返る。
「就職した店では、若気の至りでとにかくイキがっていました。伝統的な日本料理店では新人は始めは何の仕事もさせてもらえず、先輩方のかたわらに立ち、ひたすら見て覚える期間を経験するんですけど、私は、まず先輩の中のひとりをやっつければ、いち早く次のステージに入れると考えました」
赤江: さすが『池袋ウエストゲートパーク』の本場、ど真ん中世代。暴力が世界を支配するっていうチーマーの発想ですね(笑)。

「ホント、バカだったんです(笑)。弱そうな先輩をロックオンして睨み続けたら、案の定、その先輩に裏に呼び出されました。俺も白衣を脱ぐからお前も脱げ。白衣を脱いだらもう店は関係ない。これは俺とお前の個人的な喧嘩だ。かかって来いと言う。こいつはしめしめと勝負を仕掛けたら、一瞬でボッコボコにされました。その先輩、ボクシングをやってて尋常じゃないスピードとパンチ力でした。瞬殺です」
赤江: ハハハハ。漫画かっ!

「ふてくされた私は、ボコボコの顔で、こんな店やめてやるわと、タバコを吸おうとしました。未成年ですから、これも絶対にいけないことです。その時ちょうど親方が出て来て、そのタバコを吸って店を今すぐ辞めるか、タバコを捨てて厨房に戻るか決めろ。本気で料理人になりたいなら、それはお前にとって人生最後のタバコだぞ!と怒鳴られました。
もちろん私はタバコを捨てました。それからは心を入れ替えて、誰よりも一生懸命修業に打ち込みました。親方のひと言に救ってもらったようなものです」
赤江: いい話……だけど、大将、店にとどまったからいいものの、それも、なかなかの、ドラマチックな話ですね〜。
運命的な出会いは突然に

当店では厳選した日本酒も魅力だ。団長の今の気分から、すっきり系の地酒が選ばれた。新潟・加茂錦酒造「荷札酒シリーズ」の純米大吟醸だ。
またこれで、ダルマことブリの煮付けのうまさが増幅。お猪口を運ぶ手は加速。おしゃべりに花が咲く。

話題はうって変わって奥様との出会いについて。日本料理をみっちり学んだ鈴木さんはゴルフ場や飲食店を経営する会社に転職、系列の中華料理店に配属された。そこでも中華の技法の面白さに開眼して仕事に打ち込み、店を任される立場になっていた。
「アルバイトにとんでもなく生意気な男がいて、丁重に話をしたけれど、どうにも性根が腐っているので辞めてもらいました。その後釜に入ってきたのが麻紀子さんです。当時はまだ高校生でした。ほどなくお付き合いすることになりまして……」と途端に歯切れが悪くなった鈴木さん。

「できちゃった結婚です。子どもが生まれたのは高校卒業してからでしたが、それでもちょっと若かったですね」と麻紀子さんが潔く引き取った。
赤江: 生意気なバイトくん、かつての自分を見ているようじゃなかったですか(笑)。だけど、彼に辞めてもらったことで、伴侶となるうら若き美女が入ってきたなんて、数奇な運命ですね。
その後、子どもが生まれた年に独立開業。生まれ育った池袋の地にダルマも誕生した。

「主人と出会ってからずっと中華鍋を振る姿しか見たことがなかったので、和食の店をやると聞いた時は正直、驚きました。でも、いざ厨房に立って、色々な魚を手際よく捌いていく姿を見て、もう一度驚いて、ちょっと惚れ直しました(笑)」(麻紀子さん)
3人の子宝に恵まれながら、ずっと二人三脚で、店は今年オープン25周年を迎える。

〆のごはんが炊き上がった。
本日のごはんは、金目鯛を豪気に炊き込んだ、いや、正確には、おいしく炊いた土鍋ご飯に焼いたキンメを合わせたもの。
キンメをつまみにしてもいいし、白いごはんと一緒に味わってもいい。身を全部混ぜ込んで炊き込みごはん風に楽しむのも自由だ。
さらには、昆布と鰹でとった出汁をかけて、お茶漬けにすることもできる。

赤江: なんて豪華な〆なんでしょう。もう、サイッコー!
最初から最後まで、丁寧に仕事されたいろんなお魚を堪能できました。まさに“まごころ料理”の真髄を見た思いです。
ごはんをほおばり幸せそうな団長に、鈴木さんは不思議な質問をする。
「何か1000日連続でやり遂げたことってありますか?」

「赤星もさすがに1000日連続とはいかないし、歯磨きくらいかなあ」と答える団長に、鈴木さんはこう言う。
「自分は1359日連続でサンシャイン水族館に行きました」
赤江: え〜〜っ! 年パスを買って、子どもと通い始めた? そのうちひとりでも意地になって? おバカ伝説じゃないですか(笑)。

「ペンギンもすべての個体を認識できるようなり、ホワイトペリカンが挨拶してくれるようになりました。休日のある水族館スタッフより通っていたんです。
水族館って、個体の血が濃くならないように水族館同士で展示動物をトレードするんですよ。見かけなくなった個体が気になってスタッフに質問すると、どうやら答えられないようで、インカムで他のスタッフが呼び出されました。
やってきたのは知り合いのベテランで、『なんだ鈴木さんかあ。頼むから新人を困らせないでよ』とのこと。ただ質問するだけでカスタマーハラスメントになってしまうと気づき、そこで通うのをやめました」

赤江: 毎朝市場で魚を仕入れ、店で捌き、水族館に詣でる。いわば魚の千日回峰行ですね。あ、お名前もスズキさんだし。
ダルマさんは、常連になると、食べたいもののリクエストに答えてもらえるそうですね。旬のお魚料理はもちろん、餃子や肉料理もあるとか。近くにあったらしょっちゅう通いたいのになあ。1000日とはいかないまでも(笑)。
またしっかりお腹を空かせてから寄らせてもらいますね。

――ごちそうさまでした!
(2025年1月17日取材)
撮影:峯 竜也
構成:渡辺 高
ヘア&メイク:上田友子
スタイリング:入江未悠