あのお店はなぜ時代を超えて愛されるの? お客さんがみんな笑顔で出てくるのはどうして? 赤星探偵団の6代目団長・赤江珠緒さんが、名店の暖簾をくぐり、左党たちを惹きつけてやまない「秘密」を探ります――。
松陰神社界隈イチ冷たいビールで乾杯
飲食店との出合いはご縁である。誰かにおすすめしたくなる店を“あしで稼いで”見つけ出すことを信条とする赤星探偵団は、たくさんの良縁に恵まれてきた。今回訪れた店も、そんな一軒だ。
世田谷線世田谷駅にある「うろこ雲」を取材したのは今年の春。その折にせっかくだからと近隣を散策してみた時に、隣の松陰神社前駅で「ここは匂うぞ!」と目星をつけておいたのが、裏路地に佇む「料理とお酒 おきなや」だった。この夏オープン一周年を迎えたばかりの新星だ。
「たまちゃん」と味のある文字が踊る予約席カードに導かれ、カウンター席に腰を落ち着けた赤江珠緒団長。
赤江:「今酔は楽しいひとときを♡」って、呑兵衛の気持ちをのっけからわしづかみにしてきますね。それに、厨房内の収納の見事なことよ。スッキリと、いかにも仕事しやすそうな具合にすべてのモノが収まっています。
手書き文字フェチ、そして収納フェチの私にとっては、このカードと棚の眺めを肴に飲めますよ(笑)。今日はよろしくお願いします!
「団長、お飲み物はもちろんコレですよね!」と店主の清宮丈雄さんは、“赤星”ことサッポロラガービールを差し出す。話が早い。
赤江: うわ、めっちゃ冷たい! グラスも凍ってるじゃないですか!
「松陰神社界隈で一番冷たいビールです! かっこ当店調べ。冷蔵庫は2℃設定。グラスはマイナス23℃で凍らせています」
――さっそく、いただきます!
キンキンの赤星をコプコプコプ……。しつこい残暑に汗ばんだカラダへ一気に投入する。
赤江: だはーーーーっ! 美味しいーー! やっぱり冷たいビールいい! 冷たいビールは正義! 冷たいビールは宇宙の真理!
まずは刺盛り感覚のサラダを
当店は「おきなや」という屋号から沖縄料理店と勘違いされることも多いそうだが、れっきとしたイタリア料理店だ。
切り盛りするのはタケオさんのみ。メニューにはワンオペとは信じられないほど、旬の素材を盛り込んだ多彩な料理の数々が踊る。
野菜がお好きでしたらぜひ、とタケオさんがスターターにおすすめしてくれたのが、季節の野菜で作るグリーンサラダ。泥付きで全国から届く新鮮な野菜で作る定番&人気のメニューだ。
この日は、カラシナや黄金カブ、紫大根、コリンキー、キオッチャビーツ、ローストしたゴボウなど、北海道、京都、長野からの逸品が盛り込まれた。ドレッシングはフランス産クルミオイルとホワイトバルサミコを使った自家製だ。
赤江: 全国の精鋭たちが、ドレッシングかけられて私の元へやってまいりました。では早速。
(シャクシャクシャクシャク……)いやあぁ、なんて美味しいんでしょう。精鋭たちよ、キミたちはなんと力強いことよ。そして、このドレッシングが全体をまとめてカンペキなお料理となっています。
このサラダならボール一杯、いや、たらい一杯はいけます!
「それはうれしい(笑)。これは和食の居酒屋でいう“刺盛り”の感覚でお出ししているんですよ。余計な手を加えず野菜それぞれのピュアな美味しさを味わっていただきたくて。
うちは基本はイタリアンですが、僕は自分でお店をやるならカウンターでお客さんと向き合う居酒屋スタイルにしたいと思っていまして、開業前は和食の居酒屋で勉強していたんですよ」
赤江: なるほど。だからキンキンの赤星も完備しているし、こうしてお箸でいただける気さくな雰囲気なんですね。肩肘張らずにいただける本格イタリアン、サイコーです。
食材の意外な魅力を引き出す料理
続いて涼やかなデザートのような一品が現れた。
長野県産のプラムをシードルヴィネガー、つまりリンゴ酢に漬けたピクルスに、イタリア・プリーリア州発祥のフレッシュチーズであるブッラータを豪快にのせた前菜だ。広島県瀬戸田産のレモンを使った自家製のハチミツレモンと共にいただく。
赤江: これは人生で初めましての味わいです! 漬物好きの私にとっては、プラムのピクルスだけでも鼻息が止まらない美味しさですが、そこにフレッシュチーズの“乳”のマイルドさ、ハチミツレモンの爽やかな酸味と苦味、ほどよい甘味が加わって、ぐうの音も出やしません。柔道で言えば、知らないうちに締め落とされた感覚です。
これ……白ワインを飲まずにおられようか、いやおられまい、というお味ですね。
「じゃ、白もいっときましょう。はい、シャルドネとカベルネ・ソーヴィニヨンを合わせたイタリアの白ワインです」とグラスワインが登場。やはり話が早い。
赤江: めっちゃ合う! プラム、リンゴ、レモン、ハチミツ、ぶどうが肩を並べてラインダンスをしております。
そして、さらに赤星をチェイサーに飲みますと……赤江、このピクルスはバスタブ一杯食べられそうです(笑)。
赤星からの前菜二品ですでにいい気分になっている団長だが、タケオさんは攻撃の手を休めない。気がつけばもう次の一品に取り掛かっている。
フライパンから香ばしい煙が上がった。ローズマリーとソテーされているのは、一晩塩で締めたサンマだ。
こんがり焼き目をつけて、サンマの肝のソース、焼きなすのピューレと共に、なんともおしゃれな一皿に仕上げられた。
赤江: サンマがこうなりますか!「塩焼きじゃないの? こんなにおしゃれにしてもらっていいの?」とサンマ自身が驚いているんじゃないでしょうか。
どれどれ……
お・い・し・い。サンマのイメージを一変させる洗練されたお味。サンマがベスパに乗って「Ciao!(チャオ)」とやってきた感じ。ボーノでございます!
すっかり和んだところで、イタリアンにはあまりないタイプの「おきなや」という店名の由来について聞いてみることに。こんな雑談をしながらゆっくり味わえるのも、オープンキッチンのカウンター席のいいところだ。
キャンティ仕込みの本格イタリアン
「おきなや」とはタケオさんの実家、千葉県八街市で大正元年から続く和菓子店の屋号だという。
「僕は3兄弟の真ん中で、実家は兄が継ぎました。うちの家訓は“体が資本 手に職を”。父方の兄妹はとんかつ屋、鮨屋、バーをやっていて、母方の兄弟のうち3人が中華料理屋をやっていました。だから小学校に上がった頃にはもう自分は料理人になるものだと思っていましたね。親類たちは口を揃えて、調理師学校なんか行かずに現場に出ろと言うので、高校卒業後にイタリア料理店に入りました。
なぜイタリアンだったか? 日本料理や中華料理ってめちゃくちゃ厳しそうなんで、西洋料理がいいなと思ったんです。90年代後半は西洋料理といってもフレンチとイタリアンしかなくて、フレンチはなんか堅苦しそうだな、じゃイタリアンにしとくかと。消去法ですね。そうしてツテで入ったのが飯倉片町のキャンティです」
赤江: えっ!? あのキャンティですか! 伝説的なイタリア料理店。そんな及び腰の新人さんでも入れるんですね(笑)。
鼻腔をくすぐるバターの香りと共に登場したのは、砂肝と鶏肩肉の低温コンフィにんにくバター炒めだ。低温でじっくりとオイル煮した砂肝と鶏肩肉をあろうことか、たっぷりのにんにくバターでさらに炒めた罪深き一品だ。
赤江: これはもう笑いが込み上げてくる美味しさ! 砂肝ってこんなにプリプリの食感になるんですね。もともと歯応えのある鶏肩肉もプリンプリンですよ。これはたまらず赤星ですよ。赤星おかわりください!
「こちらは大衆酒場のもつ料理をイメージしています。パプリカパウダーをかけているのも、もつ煮込みに七味唐辛子をかけるような感覚で。居酒屋で働いた経験がいろんなところに出ていますね」
タケオさんは「キャンティ飯倉片町」で9年間腕を磨き、ひと通りの料理をものにすると、さらに見識を広げるべく他のイタリアンやフランス料理店を渡り歩いた。そして独立開業を視野に入れて、修業の総仕上げに選んだのが恵比寿で人気を博す居酒屋「晩酌屋 おじんじょ」だ。そこで、居酒屋メニューと酒場のカウンター商売の極意をみっちりと学んだ。
世田谷の環八と環七の間のエリアが好きで開業地を探していると、サッポロビールの営業マンがこの物件を見つけてきてくれたそうだ。初めは一人で、いずれは奥さんと二人でやっていきたいと思っていたタケオさんにとって打ってつけの物件だった。40代半ばになって生まれた長女は2歳、次女は5ヵ月。独立から1年が経ち、常連客も増えて、目まぐるしくも充実した日々が続いている。
赤江: お父さんが働く姿をこうして見ながら赤星を堪能しておりますよ。二人のお嬢ちゃんに言いたい、働くパパは輝いていると。
名物!究極のレモンサワー
「おじんじょ」での経験が活かされているのが、広島県瀬戸田産のレモンで自家製した塩レモンやハチミツレモンを使ったレモンサワーだ。ベースの酒には焼酎ではなくウォッカを使うのがおきなや流。フランス産高級ウォッカ「GREY GOOSE(グレイグース)」を使ったスペシャル版も用意している。団長は迷わずGREY GOOSE×塩レモンをチョイスした。
赤江: ああ、超えてきた。遥かに超えてきました、私の中のレモンサワー観を。まったくの別物です。スッキリした飲み口。レモンの香り、酸味はもちろん、レモンが持つほのかな甘味やほどよい苦味が駆け抜けます。砂肝に合うお酒対決は、赤星? レモンサワー? ……ドローでございます!
さあ今酔の宴もいよいよ佳境。パスタで〆ることに。
「やっぱりカルボナーラかなあ、いやミートソースも気になる、なに!? カラスミがけペペロンチーノですと?」とかなんとかブツブツ悩んでいた団長が意を決して選んだのは、マッシュルームソースのタリアテッレ。
「はいよっ。うちの一番人気です」とタケオさんの目はきらりと光った。
ほどなく、たっぷりのソースをまとったパスタが登場したが、まだ完成にあらず。目の前でマッシュルームが、これでもかとスライスされてかけられた。シャッシャッシャッ、わっしょいわっしょい、シャッシャッシャッ、わっしょいわっしょい。もう完全に祭りだ。
赤江: キョーレツに美味しいです! タケオさん、これは反則です! 少なめに作ってもらったのを後悔しています。すみません、パンを少しもらえますか。このソースは皿に残したままでは帰れません(笑)。
それにしても、タケオさんのお料理はユニークで、美味しくて、心から楽しんで料理されているのが伝わってきます。まさに天職ですね。
「僕の座右の書は『ミスター味っ子』。あれで料理の世界の奥深さを知りました。理想の店は、マンガの舞台となった日之出食堂です。『ミスター味っ子』で覚えたいろんなことが、今の料理のベースになってると思います」
赤江: わーー、私も読んでたーー! アニメも観てたーー! 私にとってもグルメ漫画と言えば後にも先にも「ミスター味っ子」。主人公・味吉陽一が作る料理には、なぜかモーレツに惹かれたんだよなあ。お弁当を石灰の化学反応を利用して温める回、覚えてます?
「駅弁対決の『あつあつ幕の内弁当』ですよね。もちろん! 僕、学校のグラウンドで実験しましたもん(笑)。とんかつを高温と低音の油で二度揚げするのも、小学生の時に真似しました。アニメはエンディング曲『心のPhotograph』がよかったですよね」
「え? どんな曲でしたっけ」とキョトンとする団長に、タケオさんはすかさず店内BGMを切り替えて流してくれた。
♪ um 誰だって um チャララララ♫
赤江: あ゛――――! なつかし〜〜!! 今、30年ぶりに記憶の引き出しが開けられました(笑)。タケオさん、味っ子を読んで料理の道を目指したんですか! 本当に料理人を生み出しているなんて、あの漫画、ファンタジーじゃなかったんですね。味っ子出身の料理人の方に会えて光栄です!
赤江: あのー、ワタクシ、すでにお腹いっぱいのはずが、どうしてもこれが気になってしまって……。プリンって、もしかしてあのキャンティのプリンですか?
「まんまです」
赤江: お願いします!
手書き文字フェチであり、収納フェチである団長は、実は生粋のプリンフェチでもあるという。
赤江: うんうん、硬すぎず、柔らかすぎず、ちょーーどいい具合。本体の甘さとシロップの苦甘感もちょーーーどいい具合。ラムレーズンと生クリームのアクセントもちょーーーーどいい具合。プリンほど人を幸せにしてくれる食べ物はないよなあ。
今酔は、ふたりのミスター味っ子卒業生が邂逅した、美味なるひと時となりましたさ。
――ごちそうさまでした!
(2024年9月19日取材)
撮影:峯 竜也
構成:渡辺 高
ヘア&メイク:上田友子
スタイリング:入江未悠