あのお店はなぜ時代を超えて愛されるの? お客さんがみんな笑顔で出てくるのはどうして? 赤星探偵団の6代目団長・赤江珠緒さんが、名店の暖簾をくぐり、左党たちを惹きつけてやまない「秘密」を探ります――。
ホントは内緒にしておきたいお店
大阪・キタの中心地である梅田まで徒歩圏の福島は、JR大阪環状線福島駅と阪神本線福島駅、JR東西線新福島駅の3駅が隣接する便利な街。都会のど真ん中でありながら下町情緒が残り、個人経営の個性的な飲食店が密集する魅力的なエリアでもある。
赤江: 局アナとして10年間お世話になったABC朝日放送テレビは、ここからすぐのところにあったんです。毎日、福島駅から大通りを歩いて通っていました。私が退社して間もなく福島駅南側の新社屋に移転しましたが、福島は相変わらずABCと縁の深い街ですね。
このところはご無沙汰になっていた思い出の地だが、今回、とある店の評判を聞きつけてやってきた。お目当ては「炭焼巧房 源」。当地の友人知人もホントは内緒にしておきたいと語る、予約必須の人気店である。
黒塀に飛石がしつらえられた小粋なエントランスを進むと、奥に広がっていたのは、味のある古材の梁や柱、コテ跡が美しい左官壁が印象的な落ち着いた空間だ。
笑顔で迎えてくれたのは、福田准三さん・みずほさんご夫妻。開業して14年になるという。
赤江: まあー、これはこれは、ステキなおふたり! めっちゃいい雰囲気です。奥様のかわいらしいショートボブ、ご主人の丸眼鏡がよくお似合いで……ん? その眼鏡、レンズ入ってませんよね。
「はい、伊達です」とご主人はニコニコ顔。「3日前から掛け始めました。コレ、酒屋さんにもらった景品で、ペラッペラの紙なんですよ。でも、掛けてみたら案外しっくりきたんで、ほな今日からこれで行こかと」
赤江: え〜〜っ! 一見して、ご主人はなんかそういう個性的なスタイルの、あちら側の方だと思ってしまいました。私の中の名簿にはもう、黒ブチ・セルロイド眼鏡のオモシロ店主として登録されてしまいましたよ(笑)。
さあ、眼鏡はともかく、まずは喉を潤そう。ドリンクメニューにありました、サッポロラガービール。こちらでは“赤星ラガー”と表記されている。
――いただきます!
赤江: んー、おいしぃーー! グラスが薄ハリだから、赤星のおいしさがよりビビッドに感じられて、たまりません。
やっぱり、夏の夕方に飲む、その日最初の一杯は“神の味”ですね。
馬刺に鶏昆布〆の波状攻撃
この日のお通し、鶏皮ポン酢と三つ葉のナムルをつつきながら、お品書きをチェック。
その1ページ目に“馬刺”の力強い書体が踊る。「炭焼巧房」と冠するように、当店は焼き鳥をはじめとしてさまざまな厳選素材を炭火焼にしてくれる店だ。それでいながら、極上の馬刺もいただけるとは、のっけからうれしい誤算。一も二もなく、いただくことに。
揚々と登場したのは、赤身・ふたえご(あばら肉の一番外側の希少部位)・たてがみ(首の立髪の下の肉)の三種盛り。まずは豪気に厚切りにされた赤身から、馬刺にぴったりだという福岡の甘い醤油にちょいと付けていただく。
赤江: うん、うん、うん、うん、うん……こんなにおいしい馬刺は初めてです! 驚きです。お馬さん、こんなに美味でございましたか。
クセはまったくなくて、品のある、あ、馬だけにヒンのある、繊細な口当たり。でも、噛めば噛むほど深い旨味がじんわり広がります。
ワタクシ、ふたえごとたてがみはお初でございます。ふたえごさんのお味は……
これはコリコリとした食感が楽しくて、脂の旨味と相まってオツでございますな。赤身と甲乙つけがたいおいしさです。そして、たてがみさんも……なんと、清らかーな脂身のおいしさよ!
こうなったら赤江、赤身とたてがみを同時に紅白でいただいてしまいます……ぐゎ〜、これはいかんです! おいしすぎます! 紅白、めでたすぎます! そして赤星にも最高に合います!
実はみずほさんは熊本の出身。飛び切りいい馬肉を扱う地元の精肉店から直送してもらっているとあって、馬刺の旨さは折り紙付きなのだ。
一方、もう一つの看板、鶏肉は佐賀県から届く。銘柄はあえて限定せず、その時その時に状態がいいものを丸鶏で仕入れ、店で捌いている。鮮度抜群なので刺身でもその旨さは光る。
レバーやハツ、砂ずり(砂肝)などの内臓系も入る盛合わせに心躍った団長だったが、ふと目にとまったのが「ムネ肉の昆布〆」の文字。鶏肉にも「たたき」があるならなるほど「昆布〆」もあるか、これは見過ごせまいぞと独りごちて、鶏のお造りはこちらをチョイスした。
やってきたのは、ビジュアルが愛くるしい一品。くるりんと巻かれているのは卵黄の醤油漬けだという。早速、一片を頬張った団長は、目を丸くして驚きの声を上げた。
赤江: ははー、こうなりましたか! これは初めてのおいしさです。ムネ肉が昆布〆された効果でしょうか、キュッと締まって、きめ細か〜い超繊細な食感に。ちょっと表現としておかしいんですが、信じられないくらいいいお味の魚の昆布〆です(笑)。
卵黄の醤油漬けをつけていただくと、さらに味に深みが加わって、もう笑いが込み上げてきます。こちら、元の鶏肉自体もめちゃくちゃおいしいですよね。
「今日のムネ肉は田舎鶏という銘柄を使っています。400日飼育ですから、一般的なブロイラーの若鶏の8倍くらい時間をかけて育てられています。しっかりした歯応えがあって、旨味がたっぷりのったお肉です」とご主人は説明する。
昆布〆のアイデアはどこから? と聞くと、「パクったんです」と即答。
「あるお店でいただいて、これはいいなと思いましてね。ボクらすぐにパクるんです、ちゃんと許可をもらって(笑)。すごくおいしかったら、正直に、うちの店でも出したいです、いいですか?ってすぐに聞いちゃいます。料理人としてのモットーはTPO。テキドにパクってオウヨウする(笑)」
赤江: はははは! 潔い! 完全にオリジナルの料理なんてそうそうありませんからね(笑)。ちゃんと元ネタへの許可取りとリスペクトがあるから盗用ではありません。なにより、応用して自分のモノにされているところがすばらしいです。
農家直送の旬の野菜も絶品
こうなれば焼き鳥も存分にいただかねばと、串焼きをお任せで見繕ってもらうことした。その前に丹波篠山で自然に近い農法にこだわる野菜作りの達人、のりさんのパリパリピーマンをいただきながら焼き上がりを待つ。
赤江: このピーマン、すんごい肉厚! 想像の3倍パリパリ! このお味噌もいいお味。ほほう、紀州金山寺味噌に、生姜とミョウガが入ったもろみを混ぜているとな。
これもTPO? あ、オリジナルですか、失礼しました(笑)。いやー、さりげないところにご主人の工夫が詰まっておりますなあ。
どうしても素通りできなかった大好物の水なすの刺身に合わせるのは、熊本の椿油メーカーが特別に作るごま油の一番搾り、そして天草の天然塩だ。
赤江: 水なすをごま油と塩でいただいたのは初めてです。この香り高いごま油とまろやかな塩が、みずみずしいなすと完璧に調和しております。水と油がパーフェクトにエマルジョンでございます。
丁寧な仕事とセンスが光る料理の数々に、団長の言語感覚もおかしくなりつつある。完全に壊れる前に、店の成り立ちについて聞いておこう。
ご主人は大阪・富田林の出身。高一で料理に目覚め、学校を中退してビアレストランへ就職。その後、5つ星ホテルや居酒屋など幅広いジャンルの現場を渡り歩いた。そんな中で客と対面しながら料理ができる居酒屋スタイルに惹かれるようになり、いずれは自分の店を持ちたいと思うようになった。みずほさんと知り合ったのはその頃だ。
一方、大阪の大学に通っていたみずほさんは、花屋の仕事への思いが断ち切れず、親に内緒で大学を辞め、ウェディングの花を扱う会社で働いていた。
当時ご主人が勤めていた居酒屋の隣に美容室があり、そこのスタッフたちは店の常連となっていた。その一人がみずほさん、ではなくみずほさんの妹だ。ある時、居酒屋と美容室のスタッフで飲みに行くことになり、みずほさんも呼ばれた。それがふたりの出会いだった。
赤江: めずらしいパターンですね。妹の合コン的な飲み会に姉も参戦。そして姉の方がカップルになったと。
「お酒を飲む女性が好きなんです。自分も酒好きですし。妹は飲めないんですが、姉の方はいい飲みっぷりで、プハーッゆうてるのがええな思いまして」とご主人が言うと、みずほさんは「私、弱いくせにお酒が大好きで」とはにかんだ。
そこへ焼き鳥の1本目、しそ巻きが焼き上がった。先ほどの昆布〆と同じ田舎鶏のムネ肉だ。
赤江: う〜ん、おいしいぃ〜。火が入ることで歯応えたと旨味がさらに増して。それでいて、なんともまあジューシーだこと。一般的なムネ肉のイメージとはまるで違うみずみずしいおいしさです!
紀州と土佐の備長炭をミックスさせた絶妙な火力で串焼きを炙りながら、ご主人は話を続ける。
「3年ほどお付き合いした頃に、勤めていた店の常連さんからこの物件が空くからやってみないかと声がかかりまして。将来こんなんがええなと思っていた店のサイズでしたし、雰囲気も気に入りました。せっかくこんな立派な換気扇があるんやし、焼き鳥やってみいや言われましてね。ああ、それもええか、焼き鳥好きやしと」(ご主人)
「ふたりで物件見にきて、ほな店やろかとなって、じゃ結婚せんといかんね……と私から言いました」とみずほさんは笑う。
赤江: 軽やか! 景品でもらったメガネかけ始めるくらい軽やかな決断ですね(笑)。
人生の転機は突然、軽やかに
続いてやってきた串の2番手は、首肉、せせりだ。こちらはコク深い風味が特長の佐賀県産みつせ鶏を使っている。
赤江: これは旨味が弾けます! いかにも鍛えられた筋肉といういい歯応えで、噛み締めるほどに肉汁がジュワッと、そうだな……ブリンバンバンボーンという感じです(目は泳いでいる)。
さらに3番手のねぎまが追い打ちをかける。こちらは、みつせ鶏のモモ肉を使い、タレで仕上げた逸品だ。
赤江: いやぁ、やっぱりモモ肉のパンチはすごいなあ。ネギのプリプリシャキシャキ感といい、タレのすっきりしたキレといい、全体のバランスがミロのヴィーナスくらい奇跡的です。
人生には神の采配とも思えるタイミングがあるらしい。物件に出合う直前、ふたりは初めて旅行に出かけたそうだ。伊勢参りだ。宿泊した1日1組限定の農家民宿が気に入り、オーナーとも話し込んで意気投合。「まだ何も決まってないけど、将来私たちが何か商売をすることになったら、屋号を使わせてください!」とみずほさんが頼み、快諾を得た。それが、明日への活力源にとの思いが込められた“源”の一字だった。みずほさんが当時を振り返る。
「お伊勢さんで、御帳(みとばり)というらしいんですが、白い布が私たちの前でふわーっと高く上がって、参拝客から歓声があがったんです。そしてほどなく物件の話が来て……」
赤江: もうそれはGOですよ(笑)。奥様もプロポーズで正解ですよ!
「ありがとうございます! 自分でもびっくりしたんですけど、居酒屋の女将がめっちゃ性に合ってたんですよ。お店始めてから毎日、仕事が楽しくて」(みずほさん)
突然、厨房に炎が上がった。名物の「かしわのごろ焼き」だ。鶏もも肉に鶏油をかけながら豪快に上がる炎に直接当てて一気呵成に焼く、宮崎スタイルの地鶏焼きだ。
赤江: ど迫力! ご主人、メガネ燃えませんでしたか?(笑)
もうこれ、食べる前から香りが絶品です。どれどれ……
んっ!! お肉の一つひとつがおいしい香りをまとっていて、強い弾力で噛むほどに旨味がこれでもかこれでもかと押し寄せてきます。言わば、ギュリンギュリンバンバンボーンですな(目はなぜか確信に満ちている)。
赤江: えー、もう皆さんお分かりと思いますが、念の為に補足しますと、とにかくこれは、絶対に赤星です。
黒く輝く最強のビジュアルと鶏油の炎と煙で燻された薫香が、ビールはもちろんのこと、豊富にラインナップされる九州産の本格焼酎にも相性抜群な、「炭焼巧房」の名にふさわしい一品だ。これは外せない。
土鍋TKGの悪魔的なおいしさ
休日は時間を作っては全国の生産者や陶器の窯元を訪ねているというおふたり。メニューを彩る厳選素材や器は、ふたりの日々のフィールドワークの賜物である。
そんな話をしているところへ、信楽焼の土鍋で熊本産の白米が炊き上げられた。小鹿田焼のお茶碗によそい、和歌山で平飼いされた卵のTKGでいただくことに。
醤油は全国から集めた醤油の中から、この生卵にピッタリだと選んだ丹波産だという。テキトウに……ではなく、これは真っ当にタマゴ・カケ・ゴハンだ。
赤江: お、おいしすぎる……。
ごはんも卵も旨味が濃いんだけど、喉越しがするりと心地よくて、後味スッキリ。またすぐ食べたくなる。うっかりすると、二人前をペロリとやらかしてしまいそうな悪魔的なおいしさです。
これ、新米の時期だったらどんなことになっちゃうんだろう。想像するとおそろしいです。
「取材だから味見だけ、というわけではなく、本当にガッツリ召し上がるんですね。めっちゃうれしいです!」と天使のような笑顔のふたり。
赤江: いやいやいや、だってもう、最初から最後までおいしすぎるんですもん。そりゃガッツきます(笑)。
今日はさすがに満腹ですが、泣く泣くスルーした気になるメニューがたくさんあります。次回は、これまた絶対に赤星と相性抜群な丹波篠山のジビエが入る冬に寄らせてもらいますね。
――ごちそうさまでした!
(2024年7月13日取材)
撮影:峯 竜也
構成:渡辺 高
ヘア&メイク:東上床弓子
スタイリング:入江未悠