あのお店はなぜ時代を超えて愛されるの? お客さんがみんな笑顔で出てくるのはどうして? 赤星探偵団の6代目団長・赤江珠緒さんが、名店の暖簾をくぐり、左党たちを惹きつけてやまない「秘密」を探ります――。
赤江団長、故郷・明石に凱旋!
赤星探偵団のこの団長企画では久々の地方遠征。向かった先は兵庫県明石市だ。
赤江: やったー、地方出張だー! と喜んでいたら、行き先はまさかのわが故郷、明石。実家にもしょっちゅう帰っていますから、すみません、特別感皆無です。完全な日常。むしろ巣鴨の方がワクワクしましたよ(笑)。
お父さんが転勤族だったことから赤江家は高知や西宮など各地を転々と暮らした。そして、生まれてから3歳までと、中1から大学卒業の22歳までの多感な時期を過ごしたのがココ、明石だ。店へと向かう車内では団長自ら街を案内してくれた。
赤江: そして、あちらに見えてきました校舎が、わが母校でござい……いや、違いますね、こちらの学校ではございません。あれ? 今、南に向かっているんですよね。ってことは……どれだ?
一体どんな多感な時期を過ごすと、母校の所在地を忘れるのだろうか。
さて、本日のお目当ての店は、海産物店を中心に100軒もの店が連なるアーケード街「魚の棚」にある。「魚の棚」は「ウオンタナ」と発音し、イントネーションは“モンタナ”とほぼ同じ。午前11時始まる競りに合わせた「昼網」で揚げられた魚介が集まる市民の台所である。
そんな商店街の中ほどにある酒販店「たなか酒店」に到着した。酒や味噌などの商品が並ぶ店頭の左側に、小さな暖簾がかかった扉がある。そこが「たなか酒店」が営む知る人ぞ知る立ち呑み処の入り口だ。
奥へまっすぐ伸びる廊下を進むと現れる重い木戸。その先に、L字型カウンターとテーブル代わりの木樽が並ぶ空間が広がっている。
赤江: わーっ! 商店街の酒屋さんの奥に、こんなステキな空間があるとは! いやー、不肖赤江、恥ずかしながらまったく知りませんでした。この秘密基地感がたまりません。
連日開店直後に予約客で満杯になる人気店のため、この日は特別に少し早く入らせてもらった。大皿料理が次々と並べられ開店準備が進むカウンターで、冷たい一杯をいただく。もちろん赤星、サッポロラガービールだ。大瓶での手酌も板についたもの。トクトクトク……
――いただきます!
赤江: ぷはーっ! キンッキンでおいしい!
へぇ〜、どぶ漬け(氷水に浸けて冷やすこと)で冷やしているんですね。大瓶の芯まで冷え冷えで、サイッコーです。
手の込んだ大皿料理の数々に喝采
カウンターに所狭しと並べられた彩り豊かな大皿料理に赤江団長の目は釘付けだ。ポテサラや鶏もつの味噌煮、だし巻きなどの定番の他に、日替わりの大皿料理が毎日10種類以上用意されるという。
万願寺とうがらしのちりめんきんぴら、天然鯛のあら炊き、ハモと玉ネギの南蛮、なすとズッキーニの自家製ミートソースグラタン、明石たこの旨煮、トンポーロー、夏野菜のえび出汁おひたし……店長の酒井さんが一皿一皿、料理名を紹介するたびに、団長は「ほおぅ」とか「くわー」とか言葉にならない感嘆を漏らしている。
赤江: どれも見るからに丁寧に作られたお料理ばかり。みーんなおいしそう。端から端までバイキング形式でお味見したいところですが、そこはぐっとこらえて、夏野菜のおひたしをお願いします!
とうもろこしとオクラがシャキシャキといい食感。えび出汁の旨みがじんわり広がって、これは赤星のアテにピッタリです。いやー、それにしても、こちらのお料理は献立も、手のかけ方も、もう立ち呑みの域をはるかに超えていますね。
「ありがとうございます。社長は作りたいものを作りなさいと言ってくれてるんで、その日、その日にお客様にたべてもらいたいと思うものを作らせてもらっています。女将さんは家族や自分が食べる時と同じように、材料や調味料もできるだけいいものを選んで、とにかく愛情込めて作ろうという方針。だから、使っているのは、お醤油にしても島根の井上しょうゆだったり、みりんなら昔仕込本味醂だったり、お塩は沖縄のシママース、砂糖は種子島の洗双糖だったりします。。
あと、変わったところでは明石で獲れるイカナゴの魚醤とか。一般的には立ち呑みのお店ではあまり使わないものばかりやないですかね。調味料がしっかりしたものだと、お料理の味もとてもまろやかになって、素直においしいなあと思える味に決まります。こういう素材で料理させてもらえるのは、本当にありがたいですね」(酒井さん)
料理上手な女将、田中裕子さんは、昨年、レシピ本『日本一の角打ち! 明石・魚の棚商店街「たなか屋」の絶品つまみ』を上梓。すでに3回も重版がかかっているという。
赤江: 立ち呑み屋さんでこんなにおいしい料理をいただくのは初めて。こうして仕込み作業を拝見していると、みなさん楽しく料理されているのがわかります。サカイさんはどうしてこのお店に入られたんですか?
「ずっと食品会社で働いて食べ物を扱う仕事をしてきたんですけど、調理技術も身につけたいと思って、お客として来てたここに、最初はパート希望で入りました。昼に1日2〜3時間働かしてもらお、て。仕事を終えた後はいつも客として飲んでたんですけど、そしたら社長に『なんや、ヒマなんやったらうちでもっと働け』言われて、店長になってしまいました。名ばかりの店長ですー」(酒井さん)
赤江: はははは! それはそうなりますね。稼いだお金をすぐ還元してくれるパートさんも、お店にとってはありがたい存在でしょうけど(笑)。
とびきりの旨さにはワケがある
定番のすじコンをいただく。神戸牛のすじとコンニャクを煮込んだ人気の一品だ。
赤江: これはこれは、無色透明に近い、澄んだお出汁だこと。どれどれ……おいしぃっ! 神戸牛の甘みときれーなお出汁の味が一体となって、なんとまあ上品なお味でしょうか。ワタクシ、これまでいろんなところですじの煮込みをいただいてきましたが、これはダントツで優勝です!
「神戸牛はもともとアクが少ないお肉なんです。それをさらにアクを出さないように、沸かさずじっくり煮ていきます。そうすることで、こういう澄んだおいしさになるんですよ」(女将)
赤江: これぞ出汁文化の関西が誇る、そして神戸牛の兵庫が誇る絶品すじコンです!やはり立ち呑みクオリティではありませんよ。本来、立って食べるものではないと、赤江、呆然として立ち尽くしております(笑)。
団長のエンジンがすでにフルスロットルになっているところに、市場へ行っていた社長の田中泰樹さんとスタッフの近藤さんが大量の魚を抱えて帰ってきた。二人は市場で魚を買い付け、その場で魚の下処理をするのが日課だ。
午前に水揚げした魚を競りに出す昼網なので、わずか数時間前までは海で泳いでいた魚ばかり。それを、市場で海水で洗いながら卸すので、店に届くまでは一度も真水に当たらずに済む。よって身が水っぽくならず、本来の旨みも逃さないのだ。今日は鯛とタコの上物を仕入れた。
「鯛は、ここらじゃ“寝かし”とか言うんですが、海水で一晩泳がせておいてから卸しています。釣りたての興奮している鯛を一度落ち着かせることによって味が良くなると言われているんです。実際、寝かして、真水にも当てずにお造りにした鯛は、めちゃくちゃ評判いいですわ」(社長)
鯛は近藤さんの手によってあっという間に捌かれ、みるみるうちに美しいお造りとなっていく。皮目を残して熱湯をかけた湯霜も見るからに旨そうだ。近藤さんは大学卒業後に新卒で入って6年目になるという。地元の生まれで、子どもの頃から親に連れられ、このカウンターでぶどうジュースを飲んでいたそうだ。
入社後、何もできない自分を不甲斐なく思い、「魚」を強みにしようと決心したという。折しもコロナ禍となり、休業期間は魚屋に弟子入りして、魚の目利きや捌き方を一から学んでいったという。
「授業料払わなあかんくらいの勉強をみっちりさせてもらいました。大学時代には想像もしませんでしたが、市場で魚をさわれる毎日は本当に幸せですね」(近藤さん)
そう話しながらも、今度は巨大なタコを切り分け、頭と脚2本が大鍋で茹で上げていく。
さあさあ、お待ちかね、鯛&タコのお造りを盛り合わせてもらおう。
赤江: こちら明石が誇る2大スター、鯛さんとタコさんです。明石海峡の激しい海流にもまれながら筋肉質に育ったアスリートたちございます。
では、鯛からいただきます! ……ん゛―――、こ、これはすごい! 鮮度抜群の鯛ならではの歯応えと熟成させたような旨みが共存しております。
土地柄、鯛は上等なものばかり食べて育ってきたので、少々舌が肥えてしまっていると自覚しておりましたが、これは別格。スターの中のスターです!
そしてタコさんも……かーーーっ、これはすごい。茹で加減も絶妙で、弾力がありながら、歯がサクッと入る感じがたまりません。噛めば噛むほど旨みがじんわりやってきて……すみません! タコの天ぷらもください!
全国で獲れるタコの中でも一級品と呼び声の高い「明石のタコ」を幼少期から食べて育った、タコエリートの団長も、このタコの旨さには驚嘆。発作的にタコ天の追加注文をしまったようだ。
薄衣で揚げられた熱々のタコ天を沖縄の塩でいただく。お造りでのおいしさにほっくりとした食感と上品な甘みが加わっている。箸が止まらない。赤星が止まらない。ロマンチックが止まらない。
赤星から選りすぐりの地酒へ
母体の酒販店「たなか酒店」は1931年創業。現社長の田中泰樹さんが3代目だ。
若い頃は店を継ぐのではなくテレビ業界を志望していた田中さんだったが、大学5年目のある時、新潟の日本酒を口にして、その旨さに驚いたという。こんなおもしろい商品を扱えるなら酒屋も悪くないなと、いずれは家業に入ろうと考えた。
そして2000年、32歳の時に家業に入り、全国の日本酒蔵を訪ねて取引先を開拓していった。2004年には、それまで角打ち程度だった飲食スペースを一挙拡大して現在のような立ち呑み店としてオープンさせた。
料理の旨さもさることながら、酒屋が営むだけあってドリンクの充実ぶりも見事なものだ。ビールは赤星のほかに地元のクラフトビールを用意。オーガニックワインも飲める。日本酒は付き合いの深い40蔵の銘柄約100種を扱う。
氷温貯蔵庫で独自に何年もの熟成をかけた銘柄もあるし、一年中チロリで燗をつけたもらうこともできるから、その楽しみはさらに多彩だ。
赤江: 瓶ビールにはどうして赤星を置いているんですか?
「自分が好きだからですね。しっかりした味わいがあるから、料理との相性がいいですよね。それに、瓶の佇まいがいいじゃないですか、いかにも“酒場”って感じで。大人の空間を演出してくれるビールですね」(社長)
赤江: ああ、そのお言葉は、赤星探偵団団長としましても、うれしい限りでございます。
団長は栃木の銘酒、惣誉のお燗に切り替え、兵庫県三田市にある日向牧場のチーズをたっぷりのせたチーズバゲットを合わせ、ニンマリしている。
最近、社長のお嬢さんもスタッフに加わったとあって、カウンター内はさらに活気づいている。いきいきとテキパキとしたチームたなか屋の動きを肴に、お猪口を傾ける。団長は立ち呑みであることも忘れて、根っこを生やしてしまったようだ。
赤江: 道中「特別感皆無」なんてぼやいていた自分が恥ずかしいです。昔からウロウロしてた地元の商店街に、まさかこんな「特別なお店」が隠れていたなんて……。これからは帰省するたびに寄らせてもらいますね。
――ごちそうさまでした!
(2024年7月12日取材)
撮影:峯 竜也
構成:渡辺 高
ヘア&メイク:東上床弓子
スタイリング:入江未悠