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団長が行く File No.65

駒場東大前「菱田屋酒場」定食屋仕込みの“ダサうま系”料理にひれ伏した宵

「菱田屋酒場」

公開日:

今回取材に訪れたお店

菱田屋酒場

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あのお店はなぜ時代を超えて愛されるの? お客さんがみんな笑顔で出てくるのはどうして? 赤星探偵団の6代目団長・赤江珠緒さんが、名店の暖簾をくぐり、左党たちを惹きつけてやまない「秘密」を探ります――。

商店街を賑わすニューカマー

京王線駒場東大前駅は、北口に広大な東大駒場キャンパスを擁し、南口には閑静な住宅街が広がっている。その南口には、肉屋、パン屋、駄菓子屋、時計屋、自転車屋などの個人店が建ち並ぶ昔ながらの商店街が伸びている。商店街の中ほどに佇む「菱田屋酒場」は2021年オープンの新顔ながら、連日賑わいを見せる人気店だ。

駒場東大前「菱田屋酒場」定食屋仕込みの“ダサうま系”料理にひれ伏した宵

めったに来る機会のないエリアだからと散歩を楽しんだ赤江珠緒団長は、「菱田屋酒場」で渇いた喉を潤すことにする。この日は特別に夜の営業を少し早めて開けてもらったのだ。まずはサッポロラガービール、通称“赤星”で、立ち呑みを楽しもう!

赤江: まだ5月というのに、真夏のような暑さです。散歩しながら途中からは赤星のことばかり考えてしまいました。

おおーーキンキンに冷え冷えですね。そうそう、これを夢見ながら、夢遊病のように歩いてまいりました(笑)。

駒場東大前「菱田屋酒場」定食屋仕込みの“ダサうま系”料理にひれ伏した宵

――いただきます!

んーん、美味しいーー! 暑い季節は2倍美味しい。歩いた後はさらに2倍。つまりこのたび4倍美味しいです!

一息ついたところで黒板の品書きに目をやれば、そこには魅惑的なメニューが踊っている。

「春菊のひき肉のピリ辛サラダ」「胡麻かんぱち」「ラムもやし炒め」「まぐろフライタルタルソース」「ポテトフライ岩のりバター」などなど。和洋中、全方位体制だ。

駒場東大前「菱田屋酒場」定食屋仕込みの“ダサうま系”料理にひれ伏した宵

赤江: これは、心してオーダーを決めないといけません。胃はひとつしかありませんからね。

いや、本当は同行のスタッフさんにも召し上がっていただくので、胃はたくさんあるのですが、こちらのお店はポーションがかなりのわんぱくサイズだと聞いております。しっかり吟味せねば……。

まずは、青ザーサイをお願いします。テーブル席に移動させてもらって、ザーサイをつまみながら作戦を練ります!

駒場東大前「菱田屋酒場」定食屋仕込みの“ダサうま系”料理にひれ伏した宵

ザーサイは塩漬けにされた中国からの輸入物をごま油で和えるのが一般的だが、こちらの「青ザーサイ」は新鮮な国産のものを浅漬けにしている。シャクシャクと小気味よい食感が特徴だ。

赤江: 青々しい香りがなんとも涼やかで美味しい! この漬物&赤星っていうのが、たまらないんだよなあ。

よし、こうなったら、赤カブ漬けもお願いします!

駒場東大前「菱田屋酒場」定食屋仕込みの“ダサうま系”料理にひれ伏した宵

卵かけご飯風のサラダとは?

まさかのダブル漬物を肴に慎重なスタートを切りながら、今宵の方針が定まった。

まずはサラダの前菜から一人宴会のスタートだ。

駒場東大前「菱田屋酒場」定食屋仕込みの“ダサうま系”料理にひれ伏した宵

赤江: なるほど思い切ったボリュームですねえ。どれどれ……。

んーーーっ、これはすっごいトマト、そしてすっごいクレソン!

そのまんまのことを言っちゃいましたけど、トマトとクレソンそれぞれの良さがめちゃくちゃ際立っていて、しかも調和しています。

そして、このドレッシング、めっちゃおいしい! なんですか? 食べたことのない味だけど、どこか懐かしい感じ。

駒場東大前「菱田屋酒場」定食屋仕込みの“ダサうま系”料理にひれ伏した宵

ドレッシングの秘密を教えてくれるのは、店主の菱田アキラさん。

「卵の黄身と醤油、油、そして胡麻です。卵かけご飯をイメージしています。卵かけご飯を食べている時に、この味ってみんな大好きだよな、こんなサラダがあったら面白いかなと、ふと思いついて。ご飯がほしくなるでしょ」

駒場東大前「菱田屋酒場」定食屋仕込みの“ダサうま系”料理にひれ伏した宵

赤江: なるなる!

クレソンって、ステーキの横にいるちょっと気取ったヤツというイメージがあって、つい洋風の味を思い浮かべてしまいますが、このドレッシングをまとうと、洋風のヤツではあるんだけど、だいぶ日本側に歩み寄ってきた感じなる。外国人が法被着てるみたいな。

私、何言ってるんだろ。ま、とにかく美味しいということを伝えたいんです(笑)。

駒場東大前「菱田屋酒場」定食屋仕込みの“ダサうま系”料理にひれ伏した宵

その時、厨房にジュワーッという揚げ油の音が響いた。

ほどなく、きれいなキツネ色になって姿を見せたのはアジフライ。一般的なものより一回り、いや二回りは大きい。

駒場東大前「菱田屋酒場」定食屋仕込みの“ダサうま系”料理にひれ伏した宵

赤江: ぐゎ〜、で、でっかい! こんなに大きなアジフライ、初めて見ました。熱々をいただきます!

はふはふ、ほ、は……美味しい〜。衣はカリッとしていて、中の身は厚くてふんわり、そしてしっとりジューシー。

完全にお皿からはみ出してますけど、こちらのアジフライはいつもこんなに大きいんですか?

「豊洲で親しくしている魚屋が、大きいのが入ったら連絡をくれるんです。今日のアジは千葉県産。アジフライは型がいい方が肉厚でうまいと思うんで」

駒場東大前「菱田屋酒場」定食屋仕込みの“ダサうま系”料理にひれ伏した宵

赤江: そしてまた、このタルタルソースがいい仕事してますわー。酸味とコクが淡白なアジの美味しさを引き立ててくれて。こちらも自家製? ゆで玉子と玉ねぎ、ピクルス、パセリ……あと他に特別なものが入っていたりします?

「いえ、ごく普通の材料ですね。ポイントは、そうだなあ、マヨネーズは○ユーピーに限るってことですかね(笑)」

赤江: わかる! おしゃれな瓶に入っているやつとかじゃダメなんですよね。パンチが足りなくて(笑)。もう、このタルタルだけお代わりしたいくらいです。

明治から続く老舗定食屋を受け継いで

駒場東大前「菱田屋酒場」定食屋仕込みの“ダサうま系”料理にひれ伏した宵

「菱田屋酒場」から50メートルほど離れた場所に明治後期創業の老舗定食店「菱田屋」がある。「菱田屋酒場」はその姉妹店なのだ。

「菱田屋」を取り仕切るのは、アキラさんの奥様、菱田優子さん。今はなき中国料理の名店「文琳」に勤めていたアキラさんは同僚の優子さんと出会って結婚。入婿として「菱田屋」の5代目を継いだ。

ふたりが菱田屋に入った当初は客足もまばらだったが、店頭を入りやすいガラス張りに改装し、メニューも大胆に改編した。アルコール類も充実させた。すると、次第に人気に火が付き、行列が絶えない繁盛店となった。

駒場東大前「菱田屋酒場」定食屋仕込みの“ダサうま系”料理にひれ伏した宵

赤江: 目と鼻の先に酒場も作ろうと思ったのはどうしてですか?

「改装後はお酒を楽しむ方が多くなっていきました。そして、女性客が増えるにつれて、いろんな料理を少しずつ味わいたいという声も大きくなっていました。定食スタイルだとどうしても対応がむずかしいし、お酒を召し上がって滞在時間が長くなると、定食屋としては売上が落ちてしまうという課題もありました。そこで、新たに菱田屋の酒場版を作って、菱田屋の料理をあれこれ味わいながら、お酒をゆっくり楽しんでいただこうと考えたんです」

赤江: なるほどね〜。外食ではお酒も味わいたい。でも、定食屋さんのような素朴なお料理でお酒をゆったり楽しめるお店って案外少ないんですよね。こうやって絶品の漬物とアジフライで赤星を味わえるなんて、もうサイコーですよ。

駒場東大前「菱田屋酒場」定食屋仕込みの“ダサうま系”料理にひれ伏した宵

そこへ揚げたてのとり天ポン酢がやってきた。

アジフライと揚げ物がかぶろうがなんだろうが、どうしても譲れなかったオーダーだ。唐揚げではなく、天ぷらで、しかも×ポン酢というところに、ビビビッときてしまったらしい。

赤江: おいひぃーー。なんですか、これは!? 肉の旨みが強くて、でも柔らかくて。揚げてあるけど、ポン酢でサッパリといただけて。

駒場東大前「菱田屋酒場」定食屋仕込みの“ダサうま系”料理にひれ伏した宵

「肉の部位に特徴があるんです。胸とろって呼んでるんですが、手羽と胸肉の付け根の肉だけを特別に肉屋に集めてもらって使っています。手羽ってジューシーで美味しいけど、ちょっとくどくなるし、食べるのが面倒臭いですよね。胸肉は肉の旨みがしっかりしているけど、パサつきがち。この胸とろは手羽と胸肉のいいとこ取りをしたような肉で、揚げると、ものすごくジューシーで旨みも強くなって、最高なんですよ」

赤江: お料理の腕ももちろんですが、素材も一つひとつ吟味されていて……。何と言いますか、お店の気さくな雰囲気からの勝手な予想を遥かに超えるハイクオリティなお料理に、ワタクシいささか戸惑っております。

鮨屋から中華、そして定食屋へ

駒場東大前「菱田屋酒場」定食屋仕込みの“ダサうま系”料理にひれ伏した宵

赤江: アキラさんも奥様も中国料理の修業をされたそうですが、ここでは中華に限らず本当に多彩なお料理を楽しめます。お刺身とかは独学なんですか?

「実は、元々は鮨屋になりたくて、高校を卒業してすぐ鮨屋に就職したんですよ。高級ホテルに店舗展開しているような有名店に。本当は親方と距離が近い個人店がよかったんですけど、組合の斡旋で仕方なく。雑用の下働きから最低10年経たないと鮨を握らせてもらえないという世界で、実際、在籍した2年間で包丁は1回も握らせてもらえなかった。

もちろん、そういう道の極め方もあるのはわかるけど、自分は実践でどんどん技術や知識を身に付けていきたかった。それに飲食店とはいえ、もはや大きな企業という感じの組織は性に合わないということがわかりました。それで転職したんです」

駒場東大前「菱田屋酒場」定食屋仕込みの“ダサうま系”料理にひれ伏した宵

赤江: アキラさん、お歳は……え、49歳!? タメですね! お若い! 40ぐらいかと思っていましたよ。

私がのほほんと大学生をやっていた頃に、アキラさんはシビアな料理の世界で、将来を模索していたんですね。お鮨屋を辞めて、その後は?

「鮨にこだわらずいろんな世界を見たいと思い、一瞬、フレンチになびいたんですけど、やっぱり中華に惹かれましたね。『浅草橋ヤング洋品店』の周富徳さんとか、『料理の鉄人』の陳建一さんとか、中華のスターシェフがテレビで活躍しているのを見て育った影響ですかね。油を使えるし、肉を使えるし、強い炎で調理できるし、ダイナミックでカッコいいなと」

駒場東大前「菱田屋酒場」定食屋仕込みの“ダサうま系”料理にひれ伏した宵

赤江: 同世代ですし、どっちの番組も観てましたから、言ってることは分かりますよ。でも、お鮨屋さんとは真逆の世界ですね(笑)。

「確かに。反動は大きかったですね。それで、当時評判の高かった『文琳』に飛び込みで雇ってくださいとお願いして、拾ってもらいました。そうしたら、前の職場とはまったく様子が違っていて、なんでもどんどんやらせてもらえました。入ったその日にキャベツを一箱分切れと言われて、すごく嬉しかったのを覚えています」

赤江: 素晴らしい! 行動力で道を切り開き、キャリアチェンジを果たし、さらに奥様まで射止めたと。なるほど、メニューに中華や伝統的な魚料理のエッセンスが見え隠れするのにも合点がいきました。

見た目はダサくてもめっぽう旨い“ダサうま系”

駒場東大前「菱田屋酒場」定食屋仕込みの“ダサうま系”料理にひれ伏した宵

赤江: 最後に、どうしても気になる「チャーシューエッグ」をお願いします!

コレって、定食屋さんの定番メニュー「ハムエッグ」のチャーシュー版ってことですよね? アキラさんが中国料理出身と聞いて、さぞかしチャーシューも美味しいだろうと、居ても立ってもいられなくなってしまいまして…。

駒場東大前「菱田屋酒場」定食屋仕込みの“ダサうま系”料理にひれ伏した宵

赤江団長、ご明察。「チャーシューエッグ」は自家製のチャーシューと目玉焼きがタッグを組んだ破壊力満点の逸品である。

1センチはあろうかという厚切りのチャーシューが3枚、玉子はダブル。たっぷりの千切りキャベツの上にのせられ、「菱田屋」で代々継ぎ足し継ぎ足しで大事にされてきた生姜焼き用のタレがたっぷりとかけられる。まさにラスボスの称号にふさわしい一皿だ。

駒場東大前「菱田屋酒場」定食屋仕込みの“ダサうま系”料理にひれ伏した宵

赤江: こここ、これは! またしても想像を超えた大迫力です。そして、やっぱり美味しい! 参りました、赤江、謝ります。

チャーシューの味がしみててやわらかいこと。そして、この生姜ダレが、パンチがありつつも清々しくて最高にマッチしています。赤星との相性も抜群!

アキラさんのお料理って、気取ったところがなくて、とっても親近感のある美味しさなんですよねえ。一見シンプル、でもさすがはプロというヒミツがさりげなく盛り込まれています。メニュー、ぜーんぶ味わいたい!

駒場東大前「菱田屋酒場」定食屋仕込みの“ダサうま系”料理にひれ伏した宵

「うちの料理は、“ダサうま系”と自分で言っています。見てくれはダサくて無骨だけど、食べると、ああ、なんか懐かしくてホッとする、っていう、そんな料理を作りたいと思っています。そもそもオレがオシャレに作ろうと頑張っても、だいたいダサくなっちゃうんだけど(笑)」

赤江: ははは。私は“ダサうま系”大好きです! 今のスタイルのまま迷わず突き進んでください。

また必ずおじゃましますね。その時は、変にオシャレになっていないか、厳しくチェックさせもらいます(笑)。

駒場東大前「菱田屋酒場」定食屋仕込みの“ダサうま系”料理にひれ伏した宵

――ごちそうさまでした!
(2024年5月23日取材)

撮影:峯 竜也
構成:渡辺 高
ヘア&メイク:上田友子
スタイリング:入江未悠

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