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団長が行く File No.59

大塚「地酒や もっと」一度知ったら抜け出せない! “燗酒沼”にハマった秋の宵

「地酒や もっと」

公開日:

今回取材に訪れたお店

地酒や もっと

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あのお店はなぜ時代を超えて愛されるの? お客さんがみんな笑顔で出てくるのはどうして? 赤星探偵団の6代目団長・赤江珠緒さんが、名店の暖簾をくぐり、左党たちを惹きつけてやまない「秘密」を探ります――。

呑兵衛と助平しか来ない街

山手線で池袋駅の隣に位置する大塚駅は、山手線で「降りたことのない駅」や「影の薄い駅」ランキングでしばしば上位にランクインする駅だ。

ある大塚の住人はこんな名言を吐いた。「大塚には呑兵衛と助平しか来ない」。

置屋、待合、料亭が三位一体となって営業することが許された三業地、いわゆる花街として大塚は古くから栄えた。駅南側の「大塚三業通り」には、かつての花街としての雰囲気を感じさせる建物が点在し、居酒屋や焼き鳥屋などに生まれ変わって賑わっている。駅北口には古民家群を飲食店にリノベーションした「東京のれん街」や、ちょっと艶っぽい歓楽街も広がっている。

大塚駅界隈には、街の規模に比して飲食店がやたらと多く、そのほとんどが個人経営の店。居酒屋などお酒をメインにした店が目立つのだが、特徴的なのは日本酒をウリにした店が多く、“日本酒の聖地”としても酒場ファンに知られている。旨い酒をキュッとやりたい、もしくは、また別の欲望を満たすためにわざわざやってくる街であるということを、先述の名言は言い当てている。

大塚「地酒や もっと」一度知ったら抜け出せない! “燗酒沼”にハマった秋の宵

そして今宵、呑兵衛の赤江珠緒が大塚に降臨。サッポロラガービール、通称“赤星”を楽しみつつ、日本酒の世界をさらに深く知りたいとやってきた。お目当ては、日本酒を常時50種ほど取り揃える居酒屋「地酒や もっと」だ。

もちろん赤星があるのは調査済み。席に着いた赤江団長は声高らかにオーダーする。「赤星ください!」。

お燗番の井坂慎吾さんにトクトクと注いでもらって(お燗番については後述)、さっそくはじめよう。

大塚「地酒や もっと」一度知ったら抜け出せない! “燗酒沼”にハマった秋の宵

――いただきます!

赤江: くーーーっ! おいしいなあ、空気が澄んだ秋晴れのこんな日に飲む赤星はたまりません。

大塚に来たのはこれで2回目。フミキリスト(踏切愛好家)の甥っ子と都電荒川線に乗りに来たとき以来です。どうやら大塚は踏切好きにはたまらないスポットらしくて。呑兵衛と助平とフミキリストしか来ない街ですね(笑)。

大塚「地酒や もっと」一度知ったら抜け出せない! “燗酒沼”にハマった秋の宵

今宵は、お店の名物をお任せで出してもらうことにした。口開けは酒肴の盛り合わせ。この日は、ホタテの酢味噌がけ、あん肝の時雨煮、合鴨のロース炭炙りの三役揃い踏みだ。

赤江:(ホタテを一口頬張って)ムフッ、おいひい。なんですかこれは!(合鴨をパクりとやって)フゴッ、これまたなんですかこれは! しっかり炙られて炭の香りをまとった外側と、しっとりジューシーな内側のコントラストが、もうたまりません!

(あん肝をペロリとやって)……無言……(赤星をゴクリとやって)おいしい、おいし過ぎる。わらび餅かと思っていただきましたが、柑橘を加えて炒ったおからをまぶしたあん肝ですと! この盛り合わせだけで私、夜通し飲めます!

大塚「地酒や もっと」一度知ったら抜け出せない! “燗酒沼”にハマった秋の宵

ブリからブリへと畳み掛け

合鴨&赤星でウットリしている団長のところに、ブリのお造りがやってきた。

といっても単なる刺身ではない。ブリを炭火で香ばしくたたきにして絶妙な塩を施した、その名も「ブリ炭塩たたき」。すだちを搾り、からしをちょいと付けていただく。

大塚「地酒や もっと」一度知ったら抜け出せない! “燗酒沼”にハマった秋の宵

赤江: は〜〜、ブリがこうなりましたかあ。もうおぃしすぎるよぅ。

皮目がパリパリと香ばしいのに、身の部分は半生でしっとり。生のお刺身の繊細なおいしさと、焼き物の力強い旨みが一体となって……。世の中のブリは全部こうして食べるべきだと、私は思います。

この皮目の香ばしさがあるから、ビールとの相性も最&高です!

大塚「地酒や もっと」一度知ったら抜け出せない! “燗酒沼”にハマった秋の宵

「地酒や もっと」は、日本料理の店で長年腕を磨いてきた水永英伸さんが2013年に開いた店だ。根っからの日本酒ファンである水永さんが掲げるコンセプトは実に明確。「日本酒をあらゆる世代に気軽に飲んでほしい」。

わけても「燗酒のおいしさを知ってほしい」ということで、カジュアルな雰囲気の店内に、選りすぐった全国の銘酒をと、酒にぴったりのあてを用意している。

大塚「地酒や もっと」一度知ったら抜け出せない! “燗酒沼”にハマった秋の宵

店内の壁には大きなチャートが掲示されている。縦軸は「さわやか↔ふくよか」、横軸は「軽快️↔濃醇」。そこにマッピングされている銘柄のほとんどは、お燗にしておいしいお酒、いわゆる“燗上がりする酒”だ。

燗にしておいしいお酒とは、一体どのようなお酒だろう? 「地酒や もっと」では“純米”と“熟成”をキーワードに選んでいると水永さんは話す。

大塚「地酒や もっと」一度知ったら抜け出せない! “燗酒沼”にハマった秋の宵

「日本酒の蔵は全国に1000以上ありますが、そのうち燗酒用に特化して造っている蔵がだいたい30ほどあります。それらの蔵に特徴的なこととしては、基本的に醸造アルコールを加えずにお米だけで造る純米酒であり、もろみの中の糖分をしっかりと使い切って完全発酵させたキレのいいお酒であること。

そして、出来立てを味わうのではく、年単位で寝かしてしっかり熟成させていていることです。冷たくしておいしいとされるお酒のようにフルーティな香りやピチピチとしたフレッシュな味わいではなく、まろやかで奥深い旨みと熟成香が感じられるのが魅力です」(水永さん)

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そこへ炊き合わせの名物、ブリ大根が出来上がった。鰹出汁とゆずの香りがなんともかぐわしい。

赤江: わー、なんとまた美しいこと。お出汁が透き通っていて、この上品な見た目からして、私の知っているブリ大根とは一味も二味も違います。せっかくですから、こちらにピッタリのお燗酒をひとつつけていただけますか?

実は、わたくし、これまでちゃんとお燗酒を味わったことがありません。本日、お燗デビューでございます。

大塚「地酒や もっと」一度知ったら抜け出せない! “燗酒沼”にハマった秋の宵

お燗番を務める井坂さんは、銘酒居酒屋として名高い「神田新八」で経験を積んだ日本酒提供のプロ。彼は鳥取にある小さな蔵、太田酒造場の「辨天娘」の中から5年間熟成された1本を選んだ。

それをチロリに入れて65℃まで湯煎する。一般的な熱燗が50℃、かなり熱いとされる飛びきり燗が55℃だから、無茶苦茶に熱い。

ガラスの徳利に入った辨天娘は淡い琥珀色。この色づきが旨みがのっている証だそうだ。

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赤江:(静かにひと口)はぁ。これは沁みますな〜。私が知っていた日本酒のおいしさとは全く方向性が違います。ふわりとやさしくて、それでいて深い。身体の隅々まで、細胞の一つひとつに沁み渡っていくような感じがします。

どれどれ、ぶり大根をいただきまして……。おお、鰹出汁をまとったブリがまたさっきのたたきとは別の表情で、キョーレツにおいしい! そして辨天娘を追っかけ……く〜〜。そっかー、そういうことだったのかーー。

酒は燗だ、酒は燗してこそ旨いという人が言っていることがようやくわかりました。お料理もお酒もそれぞれに抜群においしいのだけど、一緒に味わうことで、さらに何倍にもおいしくなりました! 参りました。降参です。謝ります。

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「燗酒は味わいもさることながら、酔い方もいいんですよ。体内に入ったアルコールは体温と同じ温度になってはじめて吸収されます。ですから、飲み口のいい冷酒をグビグビやると、酔い始める前にたくさん胃の中にアルコールが溜まってしまうので、いざ帰ろうという時に急に足に来たりします。その点、燗酒は飲み始めから、ふわ〜っと気持ちよく酔っていけるんですよ」(井坂さん)

赤江: なるほど! 「親の小言と冷たい酒は後で効く」と言いますんね! そういうことでしたか。

うちのお祖父さんの晩酌も必ず燗酒でしたね。そういえば電気で温める燗つけ専用の家電があったなあ。「燗つけたらもうアルコールは飛んでるからいくら飲んでもいいんだ」と言いながら毎晩酔っ払ってました(笑)。

時間が経てば経つほどおいしくなるお酒の不思議

大塚「地酒や もっと」一度知ったら抜け出せない! “燗酒沼”にハマった秋の宵

美しいピンク色の何かがやってきた。よく見ればそれは揚げ物の断面。肉だ!

「な、なんですか、このお肉は!?」という団長。水永さんは、から煎りした黒胡椒と岩塩をふりかけながら「うちはジビエも名物でして、今日は蝦夷鹿のカツレツをご用意しました」と答える。「ご用意」のところで食い気味に「シカ!」と団長は目を踊らせた。

おろしたての本わさびをのせてパクリ。

赤江: にくだー、おいしいぞー、えぞしかー! さいっこーの火入れ具合。牛肉の赤身に似たところもありますが、牛肉よりも赤身のおいしさがストレートに楽しめます。臭みなんて一切なし。そして、ここで燗酒。うまい! アーンド、赤星のチェイサー。うまい!

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赤江: ところで、素人の素朴な疑問なんですが、燗酒ってどうしておいしいんですか? 冷たいお酒とどう違うんですか?

井坂さんは、冷たくしておいしいお酒と温めておいしいお酒は根本的な造りが違うと話す。

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「冷たくしておいしいお酒の代表は、お米をたくさん削って造る華やかな香りがする吟醸酒です。そのようなお酒は出来立ての時が一番おいしくて、時間が経つとどんどんおいしさが損なわれていきます。一方、温めておいしいお酒はあまりお米を削らずに造ることが多く、出来立ての時は雑味があってあまりおいしくありません。ですが、時間が経つにつれて、雑味が旨みに変わってどんどんおいしくなっていきます。

同じ日本酒なのに方向性が真逆なんですよ。ワインも時間が経つとおいしくなっていきますよね。そして、よく“開く”と言ったりしますが、ワインは飲む直前に空気に触れさせることでさらにおいしくなります。燗酒向きの日本酒は温めることで開くことができるんです」

赤江: なるほどー。お燗番の井坂さんは、お酒がどの温度で開くかを見極めてお燗をつけてくださっているわけですね。こちらの辨天娘の場合は、それが65℃だったと。

大塚「地酒や もっと」一度知ったら抜け出せない! “燗酒沼”にハマった秋の宵

「そうなんです。しっかりと造られた燗酒向きのお酒は、60℃以上の高温にすることで旨みが一気に開きます。これが、冷酒向きのお酒だったり、やわな造りのものだとバランスが崩れて甘ったるくなったり、雑味が出たりしてしまいます。

よく人肌くらいのぬる燗を好まれる方も多いのですが、ぬる燗のところで止めたものよりも、一度高温にして冷ましたぬる燗の方が断然おいしい。ですから、お燗はしっかり温めて、あとは冷めていく好きな温度のところで召し上がるのをお勧めしています。燗冷ましが旨い酒はいい酒だと言ったりするのですが、燗上がりしたお酒は冷めてもおいしんですよ」(井坂さん)

赤江: そうだったのか、知らなかったー。お祖父さんにこのウンチクを語りたかったなー。あと、お燗くらいでアルコールは飛ばないぞって(笑)。

大塚「地酒や もっと」一度知ったら抜け出せない! “燗酒沼”にハマった秋の宵

団長の日本酒観が一気に広がったところへ、今度は土鍋でグツグツと煮える何かがやってきた。常連客がみんなお待ちかねの冬の味覚、穴熊のしゃぶしゃぶだ。アツアツを早速いただく。

赤江: ……スゥー。すみません、おいしすぎて息するの忘れてました。初穴熊、味わったことのないおいしさです!

鴨やら猪やら牛肉やらいろんなお肉のいいところを合わせたような滋味。大きな脂が見た目とは違ってスッキリと心地よい甘み。お出汁のコクと実山椒の爽やかさがまた全体をうまく調和させていて……あ、また息するの忘れてました。

穴熊の旨みが溶け込んだこのお出汁がまた、お燗酒の最高のあてになりますね!

大塚「地酒や もっと」一度知ったら抜け出せない! “燗酒沼”にハマった秋の宵

「そうんなんです! 出汁で燗酒をやるというのが私も最高の飲み方だと思っているんです。出汁と燗酒は無限ループできます。赤江さん、すでにそこに到達しましたか!」と井坂さん。

「燗酒の沼にようこそ」と水永さんが続ける。

「先日、うちで日本酒好きが40人集まりましたが、全員お燗酒を飲んでました。壮観でしたね。我々はよくこんなことを言います。冷酒から燗酒に入ってくる人は多いけど、燗酒から冷酒へ行く人は一人もいない、と。赤江さんも、もう逃げられませんよ(笑)」

意識も遠のく究極の〆ごはん

大塚「地酒や もっと」一度知ったら抜け出せない! “燗酒沼”にハマった秋の宵

燗酒の無限ループを断ち切らねばこの沼から脱出不可能と判断し、〆のごはんを注文。それが、思わぬ誤算を招いた。

現れたのは、またもや断面が芸術品のように見目麗しい巻き物。なんと本まぐろのトロと赤身、真鯛、卵黄の醤油漬けをブレンドした赤酢のシャリと共に巻いた豪気な海苔巻きだ。

大塚「地酒や もっと」一度知ったら抜け出せない! “燗酒沼”にハマった秋の宵

団長はひと口食べるなり、何やらフゴフゴ言っている。

赤江: すみません。おいし過ぎて、今度は過呼吸になってました。なんですか! いかんです! 水永さん、なんてものを作り上げたんですか。口の中に一瞬、宇宙が広がって、意識が遠のきました。

〆ようと思いましたけど、井坂さん、おすすめのお燗をもう一つお願いします。それからチェイサーに冷たい赤星も!

その晩、団長は燗酒の沼に、どっぷりと身を任せることにしましたとさ。

大塚「地酒や もっと」一度知ったら抜け出せない! “燗酒沼”にハマった秋の宵

――ごちそうさまでした!
(2023年10月25日取材)

撮影:峯 竜也
構成:渡辺 高
ヘア&メイク:上田友子
スタイリング:入江未悠

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