「朝めし酒場 ナニコレ食堂」

赤星探偵団の赤江珠緒団長の元には、サッポロラガービール、通称“赤星”にまつわるさまざまな情報が届く。

「あの居酒屋もついに赤星を入れたようだ」「あそこはビストロなのに実は赤星が飲める」「大瓶を400円で出す店を発見」などなど。そして今回、赤星のことにかけては妙に鼻がきく迷探偵・赤江のセンサーにビビビと反応したのは「朝8時から赤星を飲めるナゾの店があるらしい」というタレ込みだった。

やってきたのは、“おばあちゃんの原宿”として知られる巣鴨。JR巣鴨駅から白山通りを北へ向かって進むと、店が減ってちょっと寂しくなったあたりで、場違いな案山子に行く手を阻まれる。

大きな赤い暖簾は「朝めし酒場 ナニコレ食堂」と染め抜かれている。“朝めし酒場”って何？ 酒場なの、食堂なの？ ナニコレってこっちが聞きたいよ！ ということで、勇気を出してナゾの扉を開いてみた。

いかにも街の飲み屋といった風情のカウンター席とその背後にあるソファー席には、妙にキャラの濃い面々が座り、思い思いに酒を楽しんでいる。とても午後2時とは思えない光景だ。「わっ、うそ？ 赤江さん？ 赤江珠緒さんだ！」「かわいい〜」「たまちゃん、いつもラジオ聴いてました！」「はいはい、席こっちこっち、ここに座って〜」と、カウンター中央に有無も言わさず誘導された。

赤江：　なんですかココは〜!? まるで深夜のコント番組のセットじゃないですか！ ほんと、ナニコレ？ ですよ（笑）。

「ごめんなさいね、赤江さん。みんな興奮しちゃって」とカウンター内から場を仕切るのは“ママ”こと、はたのひろこさんだ。なんとワンオペで店を切り盛りしている。

「赤江さんはコレですよね〜」と冷蔵庫から赤星を持ってきてくれたのは、粋なハットがよくお似合いの“山ちゃん”、御年83歳。かなりの高頻度でカウンター端にスタンディングで陣取り、ドリンクのサーブを買って出ている常連兼ボランティアスタッフだ。

のっけからのカオスの中、素面の団長はご機嫌なお客さんに囲まれて、ワイワイと、みんな一緒に赤星で乾杯！

――いただきまーす！

赤江：　ぷはーっ！ 昼下がりの赤星はたまりませんなあ。しかも、午後2時にこんなにいい具合にあったまっている酒場はなかなかありませんよ（笑）。みなさんご常連なんですか？

だいたいそうですかねえ、と顔を見合わせながら紹介していただいた面々は、ご近所にお住まいの方、近くの学校にお勤めで今日はお休みの先生、職場が近くで午前中で仕事を終えた方、休日は決まって電車に乗って午前中から飲みに来るという方などなど。そして、毎日が日曜日の山ちゃんも。

「この方は初めての来店らしいんですけど、明日健康診断だから、今日午前中から飲みに来たんだって」と隣客に紹介された女性は、翌日の健康診断に備えて晩酌を早めにスタート＆早仕舞いできるようにと、朝から飲める当店を選んだとのこと。

赤江：　ははは！ 健康診断に臨む姿勢が真面目なのか不真面目なのか、もはやわからないです。第一、晩酌でもないし。朝酌？ 昼酌？

えっ、明日の予約も入れた？ 健康診断を終えたらその足でまた飲みに来るんですか!? 健康診断をナニコレ食堂でサンドイッチ（笑）。

「うちは健康診断の後に飲みに来る人がほんと多いのよ。世の中には健康診断を終えたらすぐにでも飲みたいって人がどれだけいることか……私もそうだけど」とママは笑う。

そこへ、みんながおすすめする牛もつ煮のお目見えだ。写真はおひとり様向けのハーフサイズ300円。大ぶりの牛もつがたっぷりと盛られた豪気な通常サイズは600円也。十分に破格値と言えるが、500円オーバーは当店では高級メニューの部類だ。

毎日、ワンオペとは信じられないくらい膨大に用意された料理のほとんどは300円〜400円程度で、どれも気前よく盛られるからお腹にも財布にもうれしいばかり。

赤江：　（牛もつ煮をひと口食べて）これは美味しい！ みなさんがおすすめするだけのことはありますね。とろけるようにやわらかく煮込まれて、お味噌がよくしみていて、いいお味。

牛のもつ煮といえば、前々回に行った麻布十番の「あべちゃん」も絶品でしたが、こちらも甲乙つけがたい美味しさです。

聞けば、こちらでは牛のシロとフワを独自にブレンドした味噌でじっくり煮込んでいるとのこと。ニンニクをほんのり効かせているのがポイントで、酒のアテに最高。とりわけ赤星のお供にドンピシャだが、“with 白めし”も間違いない。

「ナニコレ食堂」では、ごはんと味噌汁と漬物のセット300円を、牛もつ煮をはじめ、いろんなおかずと組み合わせることができる。なるほど、“食堂”たる所以である。

曜日によって違いはあるが。営業開始は基本的に朝8時。10時まではワンコイン500円で味わえるモーニングもある。もちろん開店からお酒もOK。昼休憩のない通し営業で、店じまいは平日は18時、土日祝は17時。ありそうで、なかなかない営業スタイルだ。

赤江：　“朝めし酒場”というキャッチフレーズにようやく合点がいきました。朝ごはんも食べられるし、それと同時に酒場でもあるし、お昼は食堂としても使えるし。でも、酒場にしては閉店時間が早過ぎますよね。また、どうして？

「ママが飲みに行きたいからだよね〜」とみんなが口を揃える。ママがはにかみながら後を引き取る。

「そうなんです。私も飲み行かなないと、どうにも1日が終わらないタチで。門前仲町の『だるま』さんの回を読ませていただきましたけど、あちらの店主の美人姉妹とおんなじ気持ち。自分が飲みに行く時間を確保するために店を早く閉めるんです（笑）」

赤江：　素晴らしい！ 赤江の統計によりますと、店主が呑兵衛で、しかも夜な夜なフィールドワークに熱心なところは100パーセント名店です（笑）。

次のおつまみは、そんなママにお任せします！

それならアレがいいかしら、と作ってくれたのが、名物の「ドリサラ」450円也。ポテサラにイカとそら豆のマリネ、きのこのマリネ、ハム、カニカマ、煮卵、もう見えなくなっているレタスがてんこ盛りのドリームサラダ、略してドリサラだ。

赤江：　おおおぉ、これは！ 夢が、夢が詰まってます！ 煮卵もなんともいい具合。どれどれ……。

ああ、いいですねえ。煮卵ドリームで赤星、きのこドリームで赤星、カニカマドリームで赤星。ナゾのドレッシングもドリーム。この一皿で永遠に飲めそう。こんなにサラダ要素が少ないサラダにお目にかかったのは初めてですけどね（笑）。

赤江：　ところで、こちらではどうして赤星を置いているんですか？

「まず私が好きだってこともありますけど、みんなの要望が大きいですよ。生もあるのに、赤星は本当によく出ます。やっぱり“酒場”って場所にはぴったりの瓶ビールですよね」（ママ）

キンキンに冷えていた赤星がどんどん出ていく。他のお酒にスイッチしても、赤星はチェイサーとして大活躍だ。

「今日は泡、あけちゃお。赤江さんも一杯どうぞ」「オレは日本酒にする、赤江さん一杯ごちそうさせてください」と、団長の前にはいつの間にかいろんなお酒が勢揃い。

山ちゃんも「オレとも乾杯してください」と赤星片手にやってきた。

かんぱ〜い！

ママ：　よかったね、冥土の土産になったね。あ、山ちゃんの後ろに光が差してきたよ。お迎えが来たみたい。

山ちゃん：　うるさいよ。最低あと半年は大丈夫だよ。それより赤江さん、独身ですか？

赤江：　いえいえ結婚しております（笑）。子どもも一人いまして。

山ちゃん：　ああそうですか、残念だなあ。でもまだチャンスはいくらかありますよね。

みんな：　何言ってんだよ、83歳！

赤江：　あははは！

ママ：　赤江さん、山ちゃん、バツ3なんですよ。バツ4狙ってる？

山ちゃん：　おい、なんで離婚が前提なんだよ！

みんな：　ギャハハハ！

このコント、台本があるに違いない。

赤江：　ずっと気になってるんですが、品書きに添えられたイラストは……。やっぱりママが描いたんですか。いや〜、ユルくて、なんとも味があって、いいですねえ。“おにぎり”は山ちゃんですよね。蛭子能収画伯の筆と見まごうばかりの秀逸なタッチです。

ところで、もうひとつさっきから気になっていたのですが、メニューの「モスの頭」ってなんですか？

みんなの「食べた方がいいよ、絶品だよ」と言う声を受けて、いただくことに。

登場したのは、スキレットで熱々に煮込まれたトマトソースのハンバーグだ。

酒場ではカレーのルーだけのことや親子丼の具の部分だけのことを“頭”って呼んだりするんですよ、というみんなのヒントを背に、早速ひと口。

赤江：　あ゛―――。なるほど。モスって、あのモスですか。読者の皆様にはご想像にお任せします。美味しい！ それに再現力がすごいですね、こういうの「舌コピ」っていうのかしら。

ママ：　ワタシ、なんでも頭が好きなんですよ。酒飲みだから、外食していると、ああコレ、炭水化物の部分はナシで具だけだったら最高のおつまみになるのになあってよく思うんです。だから、これもバンズがなかったらどんなふうになるかなって、実験してみたの。

「ママはホントに勉強熱心なんだよね。18時に店を閉めたらすぐにいろんな店に飲みに行くんだよ。そこで楽しみながらもナニコレ食堂でも応用できないかっていつも考えていて。日中も飲み歩きが好きな人のインスタを見て、料理の盛り付けを研究したりね。おかげでオレたちはいろんな旨いものが食べられるんだ」と常連さんは話す。

「ナニコレ酒場」がオープンしたのは2017年1月。それまでママは他の仕事をしていたが、酒場巡りで培った手料理の腕を活かし、呑兵衛たちを集めたホームパーティをよく開いていた。すると、ママのような人がママの店があったらいいな（ややこしい）との声が次第に大きくなり、「近くにいい物件見つけたよ、やりなよ、やりなよ！」と背中を押されて誕生したのが、世にも奇妙なこの“朝めし酒場”なのである。

夜の飲み歩きは短時間勝負で濃密に過ごし、10時までには就寝。毎朝3時半に起きて、24時間営業のスーパーや市場で買い出しをして、5時には仕込みを開始しているという。呑兵衛たちの楽園は、ママの八面六臂の活躍に支えられているのである。

ネギ塩ダレがたっぷりかかったプリプリの砂肝炒めを肴に、さらに杯を重ねる団長。常連さんも、初めましての人も、共に語らい、笑い合う。3年半にも及んだ新型コロナのパンデミックによって忘れられてしまった光景が、ここにはある。

いつの間にか団長もオリジナルTシャツを着て大団円。ペアルックになった山ちゃんはまんざらでもない様子だ。本気で4度目の正直を狙っているのかもしれない。

赤江：　今日はなんだか、強烈に楽しかったです。次回は健康診断の前か後に来ますね！

――ごちそうさまでした！
（2023年9月25日取材）

撮影：峯 竜也
構成：渡辺 高
ヘア＆メイク：上田友子
スタイリング：入江未悠