あのお店はなぜ時代を超えて愛されるの? お客さんがみんな笑顔で出てくるのはどうして? 赤星探偵団の6代目団長・赤江珠緒さんが、名店の暖簾をくぐり、左党たちを惹きつけてやまない「秘密」を探ります――。 (※撮影時以外はマスクを着用の上、感染症対策を実施しております)
商店街の一角に佇む昔ながらの焼肉店
JR山手線・駒込駅。駅ホームで発車の合図に「さくら〜、さくら〜」と流れるのは、ここが全国に広まったソメイヨシノの発祥とされるがゆえ。バラの名所として知られる旧古河庭園や江戸大名庭園を代表する六義園といった名園へ行くなら、この駒込駅で降りるのが便利だ。
今となっては山手線の駅にはめずらしく、駅前に昔ながらの庶民的な商店街が残っているのが駒込の魅力だ。東口改札を出て、左へ行けば、クルマが入り込めない駒込銀座商店街が始まる。これは通称さつき通り商店街として知られ、昭和の雰囲気が残る霜降銀座商店街へとつながっていく。
一方、改札を出て右へ進むと、駒込アザレア通りの始まり。約300mの通りには飲食を中心とした90軒ほどの店が並ぶ。おそらく数十年変わらぬ佇まいの食堂や居酒屋があれば、おしゃれなカフェ併設のパン屋、ネオクラシック系のラーメン店、本格的なミャンマー料理店とベトナム料理店が同居する雑居ビルもある。
そんなアザレア通りを駅から歩いて5分ほど。大きく潔く“焼肉”と掲げられた看板に出くわす。今回のお目当ての店、炭火焼肉の「味園」だ。切り盛りするのは、加藤治さんといづみさんご夫妻。
創業は大阪万博の年と同じ1970年というから、すでに半世紀以上の歴史。テーブル席よりも座敷が大きくとられているのも、そうそう昔の焼肉屋ってこんな感じだった、とノスタルジックな気分にさせてくれる。
肉を焼く前からほのかに漂うタレの匂いだけでも、食欲が腹の底からガガガッと湧いてくる。さあ、早速始めましょう。渇いた喉を潤すのは、もちろんサッポロラガービール、“赤星”だ。
――いただきます!
赤江: はぁぁ。何ですか一体、美味しすぎるのよ。日に日に暑くなるこの季節は、赤星の美味しさも鰻登り。昨日より今日、今日より明日。毎日飲んじゃいますな。
壁に貼られた妙に味わい深いメニューは、いづみさんの手書きだという。団長はまず、インパクトのある文字に惹かれて「小腸」をオーダー。おっと、その前にキムチの盛り合わせも忘れちゃいけません。
厨房の一角に設えられた特注のかまどで熾された炭がアルミ製の七輪にたっぷりと入れられて到着。いざ、試合開始だ。
脂ののったぷるんぷるんの小腸、コプチャンを網に載せると、もうもうと煙が上がる。鼻腔をくすぐる香ばしさを肴に赤星をグビリ。コプチャンをひっくり返してはグビリ。表面全体がこんがりとしたところでいただく。
赤江: (はむはむと噛み締めながら)甘い! 脂が甘いです! 噛むほどにしみ出す旨みのすんごいこと。美味しいぞ、小腸、コプチャン!
そして、ここで赤星……はい、最高です。
とにかく丁寧に、すべて手作り
赤江: あ゛ーー、このキムチ、美味しいなあ。とってもまろやかな辛さで。
へぇ〜、自家製なんですね。えっ、お料理はぜーんぶご主人がお一人で手作り!? オイキムチは爽やかな青味で、カクテキもなんとも深いお味。たまりません。
箸休めのはずの箸が止まらない。キムチへの想い、止まらない。
そんな団長を我に返したのは、美しいサシが入った特製ハラミ。豪快な厚切りのハラミたちが、ブルーインパルスのように整然と隊列を組んでいる。さあ、小腸とハラミのセッション焼きの開始だ。
もうもうと立ち上る煙の合間に見えるハラミは、香ばしさを纏いながら刻々と変化していく。プルプルしていた小腸は、いつの間にか膨らんでプリプリになっている。それ! 今だ、今が食べ時だ!!
赤江: (ハラミを頬張って無言。さらに目を閉じて10秒無言)ふんっ!(鼻息と共にサムズアップ)
もう言葉にならないらしい。
当店の肉類は、タン以外はすべて和牛を使用しているとのこと。どれも脂が上品な甘さで、旨みが強く、それでいて後味はスッキリとしている。
団長はさらに攻める。他所ではあまりお見かけしないカブリリブロースを追加。こちらでは、玉子をつけてすき焼き風に食べるがおすすめだという。
赤江: これも美味しいなぁ、カブリリブロース。ほどよい歯応えがあって、噛むほどに味わいが広がります。噛む、うまっ、噛む、うまっ、噛む、うまっ。
「リブロースにかぶさっている部位で、リブロースよりも少し歯応えがあるんです。肉ってとろけるようなものも美味しいけど、僕は噛み締める美味しさがある方が好きなんですよね。肉を食べてるぞ、という実感がある方が」とご主人。
団長は大きく頷きながら、2枚目のカブリリブロースをじっくり味わい、またキリッと親指を立てた。
天井の換気扇はフル回転だが、客たちの焼きたい気持ちはその能力をも上回る。店内にはモクモクと美味しい香りの煙が立ちこめている。ああ、この感じも昔の焼肉屋だ、と郷愁に誘われる。
無理やり継ぐというウルトラC
「味園」は、いづみさんのお父さんが開いた店だ。大阪でのサラリーマン生活を辞め、一念発起して東京で焼肉店を始めることにした。土地勘のない東京で物件を探してたどり着いたのが、この駒込だった。
「なんで急に焼肉屋をやろうと思ったのか、なんで東京だったのか、実は詳しく聞いていないんです。父はもうあちらに行ってしまったんで、今となっては謎のままです」といづみさんは天井を見上げた。
赤江: ちょっと、いたこを呼んできましょうか(笑)。万博開催に沸く大阪を離れてあえて東京で、ですからね。大変なチャレンジだったでしょう。いづみさんは継がれると決めていたんですか?
「まったく考えていませんでした。私たち、実は同じ会社でサラリーマンをしていたんです。南洋真珠を卸す会社だったんですが、入社したのがバブルのいけいけどんどんの時で、よくこんなに高い物を買うよなあと呆れてしまうほど、売れに売れたんです(笑)。でも、一人目の子どもが生まれた時、主人が29歳の時に、無理やり継ぐことになって……」
団長が「お父さんがどうしても継ぎなさいと」と言いかけると、「それが逆なんです」といづみさんは笑い、ご主人が続ける。
「僕が無理やり押しかけたんです。昔から食べ物への関心が強くて、大学ではなく調理師学校に行きたかったくらい。結局、大学に進学しましたが、専攻も水産食品でしたし、ずっと飲食に関わる仕事をしたいと思っていたんです。それで30を前に思い切って飛び込みました。義父の承諾も得ずに(笑)」
赤江: ははは。めずらしいパターンですね。その後はいかがでしたか? ご苦労もあったでしょう。
「天職だと思いましたね。でも、確かに一筋縄ではいきませんでした。1993年に家業に入って、1996年にO-157、2001年にBSE(狂牛病)の騒動が起きました。立て続けに焼肉屋はとんでもない大打撃を受けたんです。
そこで、肉だけに頼らないリスクヘッジが必要だと考えて、ふぐの勉強も始めました。向島にあったふぐ料理専門の料亭とのダブルワークです。また肉に何か起こった時には、ふぐに転向できるようにと。
当時、味園は夕方5時から深夜3時まで営業していましたから、片付けを終えるのが4時頃。一旦家に帰り、朝から夕方まで向島でふぐ、そしてまた味園で肉、という生活でした。若かったからできたんでしょうね。充実した毎日でした」とご主人は振り返る。
赤江: それじゃあ、ぜんぜん眠れないじゃないですか! 一般企業だったら、あり得ないくらいブラックな労働です。真っ黒(笑)。人間、好きなことなら、平気でいられるんですかね。
「そうそう、それが苦ではなかったんですよ。身体を壊すこともありませんでしたね。サラリーマン時代は何度も十二指腸潰瘍をやっていたから、むしろ健康になりました。不思議なもんですね」とご主人はけろりとしている。
存続危機の大ピンチを乗り越えて
焼き焼きタイムも佳境を迎え、締めに冷麺をいただくことにする。
澄み切ったスープに黒褐色の麺。牛骨や鶏がらなどでじっくり手間ひまかけて取られたスープ、そして、どんぐり粉で打った細麺がこちらの特徴だ。
赤江: 清らか。清らかな美味しさです。これはスルスルといくらでもいただけそう。
どのお料理も、ご主人の丁寧な仕事が感じられるやさしい美味しさ。連日、ファミリーでいっぱいというのも頷けます。
実は昨年11月、意気軒昂そのもののご主人は不測の事態に見舞われた。バイクで走行中に、他のバイクに横から衝突されてしまったという。バイク同士の間に挟まった左足は「ぷらんとしちゃった」そうだ。入院は実に1ヵ月半にも及んだ。
「ちょうどワールドカップの時期で、おかげでベッドの上で思う存分観戦できました」とご主人は笑う。しかし、復帰まで、なんと5ヵ月間も店を閉めることになった。
店頭に休業の知らせを掲示すると、その余白には、店の再開を待ち望む常連客のメッセージが書き込まれていった。
「休業が長期に渡ったので、近隣では、相当重症だとか、もう再開はないとか、いろんな噂が飛び交っていたそうです。昨日知ったのですが、死んだって聞いた人もいたそうです(笑)。それだけ心配していただけるのはありがたいことです。みなさんの温かい想いが詰まったこの張り紙は、大切な大切な宝物です」(いづみさん)
赤江: O-157にBSE、コロナ禍がようやく明けようかという時に交通事故。いろんな荒波を乗り越えて、今があるんですね。ご主人が元気に復帰されたおかげで、私もこうして美味しい料理を堪能させてもらっています。
赤江: えーと、それで、締めたと言いつつ、どうしても気になるので、せっかくですから、最後にこちらもお願いします。ニンニクスープ!
やってきたのは、前出の丹精込めたスープに、青森県田子産のニンニクをこれでもかと投入して炊き上げた一品。ありそうでなかった、味園オリジナルのスープだ。
赤江: おおっ、これは! 美味しい!! ニンニクの風味がすんごい。でもまろやかでやさしい口当たり。唐辛子とごま油の薬味で味変すると、またオツですな。これはヤミツキになります。
今日、お家に帰ったら、煙とニンニクまみれの私に娘はどういう反応するか見ものです(笑)。
今度は絶対、家族でおじゃまさせていただきますね。娘をこのニンニクスープで洗礼したいと思います。
ご主人、そして奥様も、お身体くれぐれもお大事にしてくださいね。また美味しいお料理を楽しみにしています。
――ごちそうさまでした!
(2023年5月10日取材)
撮影:峯 竜也
構成:渡辺 高
ヘア&メイク:東上床弓子
スタイリング:入江未悠