あのお店はなぜ時代を超えて愛されるの? お客さんがみんな笑顔で出てくるのはどうして? 赤星探偵団の5代目団長・宇賀なつみさんが、名店の暖簾をくぐり、左党たちを惹きつけてやまない「秘密」を探ります――。 (※撮影時以外はマスクを着用の上、感染症対策を実施しております)
■70年以上受け継がれる伝統の技と味
新梅田食道街――。JR大阪駅と阪急大阪梅田駅から徒歩1分のガード下に広がる飲食店街だ。天井は低く、張り巡らされた通路は今どきはあまり見かけない狭さ。ここには現在99軒の飲食店がひしめき合っている。
99軒にオーナーは約60人。つまり、そのほとんどがチェーン店ではなく個人店だ。ジャンルも多彩で、お好み焼きやたこ焼き、イカ焼きなどの粉もんから、うどん、おでん、串カツといった大阪グルメがひと通り揃う。
レギュラー番組の生放送のために毎週大阪に通っている宇賀なつみ団長だが、意外にも、ここ新梅田食道街に足を踏み入れたことはなかったという。今回、界隈屈指の老舗でサッポロラガービールを楽しめると聞いて、浪速感と昭和感がない混ぜになった、濃ゆすぎるこのディープゾーンへやってきた。
お目当ては創業70年を超える焼き鳥店「大阪一 とり平」、その総本店の暖簾をくぐった。「とり平」は現在、総本店のほか、本店、中店、北店に加え、グループとしてワインバー「とり小皿料理とお酒 中村や」を同じ新梅田食道街内に構える。着実に「とり平」勢力は拡大中だ。
大量の焼き鳥を準備しようにも各店の厨房のキャパを超えてしまい、総本店のお隣の北店は今や「セントラルキッチン」と化してしまったほどである。
この日は特別に、仕込みが急ピッチで行われている開店時間前に入らせてもらった。
すでに焼き場の炭は煌々と熾きて準備万端。赤星も氷水に浸す、いわゆるどぶ漬けでキンキンに冷えている。さあ、胸の奥のゴングは鳴った。
宇賀: 焼き鳥といえば、季節を問わず、まずはビールがないと始まりません。さっそく行きましょう。赤星を1本、お願いします!
手酌でトクトク――いただきます!
宇賀: ああ、美味しいよ、やっぱり今日も! 大阪でも赤星をいただけて幸せです。
料理は基本的に焼き鳥のみ。「砂ずり」や「なんこつ」などおなじみの焼き鳥メニューに混じって、「ネオ・ドンドン」や「ネオ・ピンピン」「ネオ・ポンポン」、はたまた「ネオ・ネオホルモン」など呪文のような謎の言葉が並んでいる。
さて、どうするか? そこへ、団長の注文を待たずに、焼きたての4本が辛子とレモンと共にお目見えした。
実は当店、合鴨の肉2串と皮2串の突き出しからスタートするのがお決まりなのだ。「お口直しに」とサービスの大根おろしも気が利いている。まずはこれをいただきつつ今後の展開を練ることにする。
宇賀: (鴨肉の串を味わって)お・い・しっ! 突き出しに合鴨というのは変わっていますよね。いきなりテンション上がっちゃいました(笑)。
■大阪名産の合鴨を前面に押し出した個性派
のっけから満面の笑みになった団長に、「なぜ鴨?」のナゾを解き明かすのは社長の中村元信さんだ。
「店を始めたのは祖父の中村隆洪です。もともと料理人だったおじいさんは、戦争から焼け野原の大阪に帰ってきて、京都にある親類のうどん屋を手伝ったあと、小深横町、今の大阪新阪急ホテルの場所にとり平を開きました。その時、他の焼き鳥屋と差別化しようと目をつけたのが大阪の河内松原名産の合鴨。その後、立ち退きで、この食道街ができた2年目に移ってきたんですが、ずっと合鴨をはじめにお出ししています。
おじいさんはネーミングセンスにも優れていたんです。“ン”で終わる言葉が人間の記憶に残りやすいという持論から、焼き鳥メニューにも風変わりな名前が付けられ、今も受け継がれています。おじいさんの目論見が当たったのかもしれませんね」
ちなみにドンドン、ピンピン、ポンポンの正体はこちら
ネオ・ドンドン=心臓(ハツ)
ネオ・ピンピン=腎臓(背肝)
ネオ・ポンポン=お尻の肉(ボンジリ)
宇賀: おじいさまは独創的なアイデアマンだったようですね。へぇ〜、メニューもほとんどがおじいさまの代で完成されたものをそのまま受け継いでいるんですか。それでは、今日は、とり平さんの世界にどっぷり浸かりたいので、おまかせでお願いします!
アラカルトだと提供は1種類2串ずつだが、おまかせだと1串ずつ。好みとお腹の具合、予算などを相談しながら、ストップをかけるまで色々な種類を味わえるとあって、ほとんどの客がおまかせで楽しむという。
早速、雌肝(めんぎも)とネオ・ドンドンことハツがやってきた。雌肝とは雌鶏のレバーのことで、当店で使うレバーは脂がのっているメスのものだけに限定しているところに、素材へのこだわりが見える。
宇賀: ほいひぃ(美味しい)。レバーが脂がのっていてなんと味わい深いこと。そして、ハツもものすごくジューシー。肉質がきめ細かくてとても上品です。タレも甘さ控えめでスッキリと、好みの味。そうですか、創業から継ぎ足し継ぎ足しなんですね、やっぱり。
「たまらないなあ」と独りごちながら赤星をグビリとやっていると、次の合鴨ロース&椎茸鴨巻きコンビが、絶妙な間でお出ましだ。
宇賀: 塩とタレが交互に来るところもニクいですね。どれどれ……合鴨ロースも最高! 臭みなんてまったくないし、とっても柔らかいです。素材も抜群にいいのでしょうが、焼き加減も素晴らしいですね。
「うちでは土佐備長炭の細いものを特別に選り分けてもらって使っています。炭を4層に重ねてかなりの強火を作り、短時間で一気に焼き上げるのがうちの特徴。こうすることで鮮度のいい肉のジューシーな美味しさをぎゅっと閉じ込めて、肉質は柔らかに仕上げています」と中村さんは話す。
■料理として完成された一串を堪能する
椎茸鴨巻きをほおばった団長はまたもや「美味しいなあ」と唸りながら、1串1串の食べやすさへの配慮を指摘する。
宇賀: 1本がちょうど美味しくペロッといただけるサイズなの。しかも、必ず串の先頭から下に行くにつれて小さくなっていて、間に挟んである長ネギや玉ねぎたちも、お肉の引き立て役としてホントにいい仕事をしているんだよなあ。
椎茸との組み合わせは、薄切り肉を巻きつけるタイプで、なるほど口の中で鴨と椎茸がほどよく調和します。どれも1串がひとつのお料理になっているんですよ、完結しているの!
そんな絶賛の声を聞いて、中村さんもうれしそう。
「これもね、おじいさんが完成させたものなんですよ。20年くらい前にホームページを作る際に、定番のメニューも紹介しようとあらためて一品一品を見つめ直したんですね。それまでは祖父から父、父から僕と、先代のやり方を特に疑問も持たずに踏襲してきたのですが、どうしてこういう組み合わせなのか? どうしてこういう切り方で刺し方なのか? という視点で見てみたら、どれもめちゃくちゃ理にかなっていて改善の余地を見つけられないんですよ。驚きましたね」
「たとえば、突き出しの鴨は、肉の場合は長ネギと組み合わせているけど、皮の場合は玉ねぎと組み合わせています。鴨肉は玉ねぎよりも長ネギの方が本来の旨みが際立つし、鴨の皮は強い脂に玉ねぎの辛味の方がマッチするからなんですよね。他にも、野菜とミンチの組み合わせにも合点がいきました。
基本的には合鴨のミンチを使っているなか、ピーマンだけは鶏肉のミンチと決まっていたんです。ピーマンも合鴨のミンチで試してみると、十分美味しいけれど、ピーマンの持ち味であるいい青くささが全部飛んでしまって、鶏肉にはちょっと劣る印象になるんです。いやあ感心しましたね。この突き詰め方はただごとではない、じいさんホンマすごいで、って」(中村さん)
ミンチは基本の3種をいただいた。大葉は刻んだ大葉を混ぜたつくねが連なるタイプ。トマトはミニトマトの中をくり抜き中にミンチを詰めているうえ、賽の目にカットされたチーズも仕込まれている。
ピーマンはよくある半割に肉を詰める形状ではなく、切り揃えたピーマンで肉をグルリと巻いている。これも律儀に1個目が大きく、2個目はちょっと小ぶり。大葉とトマトは鴨肉のミンチで、ピーマンは鶏肉のミンチ。いずれも、とり平伝統の味だ。
宇賀: ほっんと、美味しい! そして小粋なパーティメニューって感じで楽しいし。とっても丁寧な仕事のおかげですねえ。
■串の一本一本に、酒の一杯一杯に手を抜かない
続いて、焼き鳥(ピーマン)とa.k.a“ネオ・ネオホルモン”がタレをまとって登場。こちらもよく見ると扇型になっていて、焼き鳥の下段にはピーマンが2枚重ねで仕込まれている。なんとも繊細な仕事!
ちなみにネオ・ネオホルモンは、鴨の下腹の肉で、脂がしっかりのった他ではなかなか食べられない希少部位だ。
宇賀: またペロリといただいてしまいました。いいリズムで出してくれるから、ドンドン、ポンポンいけちゃう。あれ? これ、完全におじいさまの術中にハマってますね(笑)。
タレの焼き鳥をいただいたら、あったかいお酒が飲みたくなっちゃいました。お燗をつけていただけますか? 最近ワタシ、ビールをチェイサーに熱燗、というのに目覚めてしまって(笑)。
「はいよっ、今ぬくめますね」と中村社長がトクトクトクと伊丹の酒「白雪」を注いだのは、地元大阪で作られた錫製のタンポ(燗器)。これを湯煎でじっくりと燗にする。
まだ日本酒に一級酒、二級酒といった等級制度あった時代、大衆酒場で出す酒は二級酒と相場が決まっていたが、とり平では酒は特級にこだわった。何よりも「うまい!」を大事にしてきたからだ。
宇賀: ん、うまい! 身体の隅々までじんわりしみ込んで芯からあったまります。おじいさま、そしてお父さまから受け継がれた心意気も、お料理やお酒にしっかり入っているんだな、と思います。
何やらめでたそうな名前の“ネオ・ゴールドダイヤ”も絶品と団長も感服したが、この品の正体は、あえて謎のままにしておこう。ぜひ現地に行って、自分の舌で確認していただきたい。
■昔ながらのラガーの奥深い味わい
ところで、こちらではなぜ赤星を置いているのだろう? 20年ほど前に扱うようになったと中村さんは話す。
「瓶は他の会社さんのビールを扱っていたのですが、そのビールがリニューアルされて味が変わったんです。今っぽくなったというか。それでちょっと物足りないなと感じていたところで、たまたま神戸の店で飲んだ赤星がおいしくて、これだ!と。昔ながらのラガーの奥深い味わいがあって、うちの料理にも合うし、ずっと飲めるビールだなと思って、それから切り替えたんですわ。他のビールも置いてますけど、みなさん赤星を選ばれはりますね」
宇賀: 団長をやっていて言うのもなんですが、こちらのお店は絶対に赤星ですよ(笑)。味のある雰囲気と焼き鳥の香ばしい匂いで、暖簾をくぐった時から赤星の口になっちゃっうんです。
そろそろお腹にいっぱいという団長が最後の1串に選んだのはレンコンだった。こんがりと焼き上がった串を凝視し、感嘆の声を漏らす。
宇賀: レンコンの穴にお肉が詰められている! これは鴨肉ですか? どれどれ……ひゃいほぅれす(最高です)!
お腹も心も完全に満たされ、胸の奥に高らかなテンカウントが響いた。
――ごちそうさまでした!
(2022年12月16日取材)
撮影:峯 竜也
構成:渡辺 高
ヘア&メイク:あきやまひとみ
スタイリング:近藤和貴子
衣装協力:ルーニィ(コート¥85,800)
セルフォード/セルフォード ルミネ新宿1店(ワンピース¥31,900)
アビステ(イヤリング¥23,00)
ドーターズジュエリー(リング¥10,742)
銀座かねまつ/銀座かねまつ6丁目本店(ブーツ¥37,400)