あのお店はなぜ時代を超えて愛されるの? お客さんがみんな笑顔で出てくるのはどうして? 赤星探偵団の5代目団長・宇賀なつみさんが、名店の暖簾をくぐり、左党たちを惹きつけてやまない「秘密」を探ります――。 (※撮影時以外はマスクを着用の上、感染症対策を実施しております)
■長崎出身の夫妻が切り盛りする老舗
宇賀なつみ団長にとって、恵比寿は少しノスタルジックな気分になる街だ。局アナ時代、テレビ朝日では会社へのアクセスのよい恵比寿界隈に住む同僚も多く、仕事帰りの一杯に恵比寿へ繰り出すことが多かった。
渋谷はハイティーンから大学時代の思い出の街、恵比寿は若き社会人時代を駆け抜けた思い出の街、といったイメージだ。そんな宇賀団長もついぞ知らずに過ごしてしまった老舗がある。長崎料理と中華料理の店「どんく」だ。恵比寿駅からすぐの路地に店を構えて40年を迎えるという。
意気揚々と暖簾をくぐり、遅いランチ客で賑わう店の一角に腰を落ち着けた団長。やおらメニューを繰り、まず頼むのはもちろんサッポロラガービール、通称“赤星”だ。
宇賀: 昨日はお酒を抜いて、バッチリ整えてきましたよ。あ、そういえばお風呂上がりに1本だけ飲んだわ、ふふふ。ともかく、もう喉はカラカラですよ。
迫力の大瓶を傾け、コプコプコプ……。
――いただきまーす!
宇賀:(ぐいっと飲んで、3秒息を止めて)ふーっ。おいしいっ! まだ明るいから2倍おいしいっっ! さ、注文の作戦を練りましょう。
長崎の方言でカエルを意味するという「どんく」は、長崎料理と中国料理を二大看板にする店だ。長崎ちゃんぽんや皿うどんをはじめ、伝統的なかまぼこを揚げたすり身、雲仙豚バラ肉の塩焼きなど、長崎県人も太鼓判を押す長崎のソウルフードが揃っている。
一方、中国料理は、焼き餃子やチャーハン、天津丼などの町中華的なメニューから、四川風回鍋肉や乾焼蝦仁と、なかなか読めない本格的なものまで(乾焼蝦仁はエビチリのこと)、気分に合わせてよりどりみどりだ。
宇賀: えーと、最後は皿うどんで〆るとして、途中に一旦これを挟むでしょ、よし、まずは青物から行きましょう。すみませーん、注文お願いします!
■大人気!ペロリといける絶品チキンカツ
赤星のお供として先陣を切ったのは空芯菜炒め。中華ならではの極強火で一気呵成に炒めたシンプルな一品だ。
宇賀: (シャクシャクシャク……)すんごいシャキシャキでおいしい! ビールにピッタリの鉄板おつまみです。空芯菜の炒め物って、中華のド定番だけど、もう、大好き。よし食べるぞ!ってやる気を出させてくれる味ですよね。
ご機嫌でシャクシャク、ゴクゴクやっていると、熱々の揚げ物がやってきた。同店の名物であるチキンカツだ。長崎料理にも中国料理にも当てはまらないと思われる、予想外の人気者のお出ましである。
宇賀: ほほぅ、これは想像以上のビッグサイズ。まずはソースをつけまして……。
おーーサクッとやわらか! かるっ、うまっ! お次は、自家製のタルタルソースでと……これもあっさり味でうまっ! コレ、2枚くらい一瞬でぺろっといけちゃいそう。
「うちは、素材はいいものを選んでいるんでね。このチキンカツには鳥取の地鶏、大山どりを使っているんですよ」と話すのは店主の田川誠さん。
奥さんの慶子さんは、「パクチーと辛いものがお嫌いでなければ」と、100円の手作りのパクチーソースがチキンカツにピッタリだと勧める。すかさずハイッと手を上げると、魅惑的な緑色のソースが登場した。すでにパクチーの香りがふわりと立っている。
宇賀: どれどれ、ちょいとつけまして……おおお、すんごいパクチー。辛っ。うまっ、辛っ、かるっ。さらにタルタルソースもちょいつけて……ん、サイコー!
コレ、チキンカツと最高のコンビネーションですよ。そして私、気づいちゃいました。このパクチーソース、赤星にもめちゃくちゃ合う! この一皿をつまみに、赤星3本はいけるかも(笑)。
この絶品チキンカツは、どうやら定食の人気ナンバーワンメニューのようで、周りを見渡すと豪快にかぶりついているお客さんが何人もいる。驚くのはその安さだ。チキンカツ3枚で税込850円。しかも17時までは、スープとライスのおかわり1回、ライスの大盛がサービス。チキンカツ5枚でもなんとプラス100円の950円也。
宇賀: え、ウソ、女将さん、それじゃ儲けが出ないでしょう?
「えぇ、まあ、5枚の定食を大盛にして、しかもおかわりもとなると、さすがに利幅はかなり薄いですね……。できればお酒も召し上がっていただけるとうれしいです」と慶子さんは笑う。
宇賀: そう! みなさん、定食をいただく時は赤星も飲んでください(笑)。私もジャンジャン飲みます!
さっきメニューを見て気がついたんですが、こちらには赤星のほかに、ヱビスと黒ラベルの瓶ビール、黒ラベルの生もありますね。赤星の人気はいかがですか?
「個人的には赤星がいちばん好きですね。毎日、仕事終わりに1本飲んでます。味があるんですよね、赤星は」と誠さんが答えると、慶子さんも「私も赤星派ですね。味わいが奥深くて、しかもバランスがいいなって思うんです。食事と一緒にいただくなら、私は赤星を選んでしまいます」と話す。ふたり揃ってビール党・赤星派だ。
■ボリュームたっぷりを最後までおいしく、の心意気
「どんく」の料理は、たいていデカい。焼売マニアの間で話題になっているえび焼売もドンッ、桜の煙で燻したバラ塩も厚切りでドドンッと、かなり豪気なポーション。それでいて、どちらも繊細なおいしさなのだ。
宇賀: メニューの写真では大きさが分かりにくいから、初めての方は要注意です(笑)。このボリュームに一人で挑んだら、〆のちゃんぽんや皿うどんは入らなくなっちゃうかも。
それでもビールのお供にこんなに美味しいおつまみをお腹いっぱい食べられたら満足感は大きいですけどね。
オリジナルメニューの炒肉片(ニクウマニ)は、豚肉の薄切りとタケノコ、シイタケをこっくりとろりと炒め煮にした、常連客に人気の一品だ。団長はこの佳肴をつまみつつ、2本目の赤星をグビリとやっている。
宇賀: その名のとおり旨味たっぷり。ラー油を少しかけるとまたこれが味変しておいしい。赤星が進んで困ります(笑)。
これまでいただいたお料理、ぜんぶ美味しすぎるんですけど、味の秘訣はなんですか?
「淡白なおいしさが大切だと思うんです。脂と塩気でパンチを効かせるのは簡単だけど、そういうおいしさは舌が疲れてしまい、最後まで続きません。開店以来、心がけているのは“残さずに食べていただける味”。そのためには、淡白でやさしい味わいにまとまっていなければいけません。やさしいおいしさは、また食べたくなるおいしさ。私が目指しているのは、そんな料理ですね」(誠さん)
宇賀: なるほど。もうワタシ、ご主人のお料理にゾッコンですよ。
ところで、ご主人と女将さんはおふたりとも長崎の出身だそうですね。馴れ初めは? え、同じ高校で、吹奏楽部の先輩後輩? 私も中学は吹奏楽部でした! パートは? ちなみに私はパーカッションでした。
恵子さんが恥ずかしそうに答える。
「私はフルート。主人はホルンで、1学年上です。いえいえ、学生時代は付き合っていないですよ(笑)。卒業後少ししてから東京で再会しまして……」
誠さんは高校卒業後、東京の調理師専門学校へ進んだ。当時、誠さんのお兄さんがすでに西麻布でラーメン屋を任されていて、誠さんもその店を手伝っていた。一方、慶子さんは長崎で働いていたが、「いろいろあって地元を離れたくなった」ことから(なにがあったかは謎)、ツテを頼って上京。高校の先輩である誠さんの店のことを知り、アルバイトとして働くようになったのだとか。
宇賀: なんか、ロマンチック〜。ご結婚は? 22歳の時! はやーい。そして一緒に独立したわけですね。このお店を開いたのはおいくつの時なんですか?
「私が26歳の時です。3歳と1歳半の子どもがいました。まだ若くて銀行がお金を貸してくれないので、信用金庫に定期預金をして印象をよくしてから、借入の相談をして。恵比寿駅はまだアトレもなくてとても小さな駅で、ガーデンプレイスも建設計画の話があった程度。今のようなおしゃれなイメージはまったくありませんでした。
駅からここまでも殺風景なものでね。たまたま格安の出物があったから恵比寿を選んだわけですが、当時は正直、こんな立地で本当にやっていけるのかと不安で……。でも、頑張るしかなかったし、なにより若さがあったから苦労も苦労と思わなかったんですよ」
そう振り返る慶子さんの笑顔が素敵だ。
■40年変わらない本場の皿うどん
夫妻が40年間つくり続けている、愛情たっぷりの皿うどんの登場だ。知っている人にはいまさらだが、うどんと言えども麺はカタ焼きそばと同じパリパリの揚げ麺。具材たっぷりの餡がかけられている長崎の名物料理である。
「どんく」のそれは、麺が見えなくなるほど餡がたっぷりとかけられている。
宇賀: おー、これはすごい! エビに豚肉、キャベツ、ニンジン、モヤシ、キクラゲ、カマボコ、お、アサリも入ってる。熱いうちにザクザクッと混ぜまして……。
はふ、お、おいひい。ちゃんぽんももちろん気になるけど、今日は皿うどんの気分だったから、これにして正解!
長崎の人はウスターソースをかけるんですか? どれどれウスターをちょいちょいと……はふ、おぉ、ほれもおいひぃ!
かたわらでは慶子さんが客席をニコニコと見守っている。奥の厨房では誠さんが鍋を振り続けている。40年変わらない、夫婦二人三脚の風景がここにある。
――ごちそうさまでした!
(2021年12月15日取材)
撮影:峯 竜也
構成:渡辺 高
ヘア&メイク:ATELIER KAUNALOA
スタイリング:近藤和貴子
衣装協力:ダブルスタンダード クロージング/フィルム(ニット¥35,200スカート¥30,800)
ヴァンドームブティック 銀座三越店(イヤリング¥13,200)
ココシュニック(リング¥44,000リング¥46,200)
ダイアナ 銀座本店(ブーツ¥29,700)