あのお店はなぜ時代を超えて愛されるの? お客さんがみんな笑顔で出てくるのはどうして? 赤星探偵団の5代目団長・宇賀なつみさんが、名店の暖簾をくぐり、左党たちを惹きつけてやまない「秘密」を探ります――。 (※撮影時以外はマスクを着用の上、感染症対策を実施しております)
■蕎麦屋で一杯への思いを募らせて
「お蕎麦屋さんって幸せな場所。蕎麦屋の気の利いた肴で呑む“蕎麦前”は、なんだか大人の嗜みって感じだし、蕎麦で〆て仕上げる感じも気持ちよくて。蕎麦をつまみにまたちょっと呑んじゃって、結局締まらなかったりもするけれど」とは、赤星探偵団の宇賀なつみ団長の弁。
外での一杯自体がむずかしくなってしまった長い緊急事態制限下で、蕎麦屋呑みへの憧憬が募りに募った宇賀団長は、蕎麦前も〆の蕎麦も盛大に楽しんでやろうと、蕎麦居酒屋へやってきた。
新宿二丁目の真ん中で30年以上続く「へぎそば昆 新宿本店」は、新潟県新発田市出身の創業者、昆さんの新潟への郷土愛がいっぱいに詰まった店。バーやスナックが建ち並ぶエリアにあって、店内に入ると古民家風の空間に都心のど真ん中にいることを忘れることができる。
宇賀: さあ、なにはともあれ、まずは赤星をいただきましょう!
赤星探偵団の団長といえども、店でしか飲めない赤星の瓶ビールを飲むのはずいぶんと久しぶり。はやる気持ちを抑えてトクトクトク……。
――いただきまーす!
宇賀: あ゛―――。美味しい。これですよ、これなんです。私が味わいたかったのは! 家では味わえない贅沢だなあ。だって、もう、この取材も半年ぶりですよ。前回の横浜の「登良屋」さんは、まだ桜が咲く前で肌寒かったのを覚えています。長かったなあ。
(もう一口グビリとやって、メニューを開いて)それと、こうして赤星をいただきながら、おつまみをどれにしようか考えるこの時間。これは家飲みにはない楽しみなのようねぇ。
お、やっぱりありますね、のっぺ。まずは、のっぺをお願いしまーす。
■先発完投型の万能おつまみ「のっぺ」
「のっぺ」とは、新潟を代表する家庭料理のひとつ。さまざまな野菜を煮込んだ「のっぺい汁」は全国各地に見られる郷土料理だが、「のっぺ」は汁というより根菜を中心に薄味で煮含めた煮物で、冷たくして食べるのが基本。新潟では、お母さんの味を象徴する常備菜であり、ハレの日には欠かせないソウルフードである。
宇賀: 里芋、れんこん、にんじん、しいたけ、ごぼう、鶏肉。あ、いいお味。鰹のお出汁がしっかりしみていて、どれも食感がよくて。
冷たくしていただくってところもいいのよね。はじめに頼んで、ちょこちょこと、ずっと最後までつまめる先発完投型の頼りになる存在。
のっぺをつまみながら外飲みの喜びに浸っているところへ、熟考の末に決めた2品目がやってきた。牡蠣のピーマン詰め天ぷらだ。
ピーマンの肉詰めの牡蠣版のようなもので、大ぶりの牡蠣がピーマンにピチリと収まり、衣はさっくりからっと、牡蠣はほどよいレアに揚げられている。
宇賀: はいコレ、いただく前に確定です。こんなの絶対美味しいに決まってるじゃないですかっ。
レモンをちょいとかけまして……は、ふ、おいひい、ほら。赤星ともバッチリ合う。
■東京で新潟への郷土愛を受け止める希少な店
「へぎそば昆 新宿本店」は、数年前に昆さんが引退してからは、やはり新潟出身者に受け継がれ、変わらぬ営業を続けている。店長の橋爪智大さんは東京の出身で、現在のオーナーに誘われて不動産業界から転職してきたそうだ。
「お客さんはやはり新潟出身の方は多いですね。のっぺやへぎそばを食べてほしくて新潟のことをよく知らない方を連れてきてくださったり。新潟の方は地元愛が強い人が多いように思います」(橋爪さん)
宇賀: 新潟駅近くに住んでいる仲のいい友達がいるけど、確かにそうかもしれないですね。新潟のことを聞くといろいろと教えてくれるんですよ。地元に誇りを持っているんでしょうね。
仕事でもいろんなところへロケに行かせてもらったなあ。先日も佐渡島を回ったし、村上で塩引き鮭作りのお手伝いをしたり、麹づくりに挑戦したり。プライベートでは湯沢にスノボしに行ったり、長岡の花火を見に行ったり。
新潟って、縦にとっても長くて、自然も文化もすごく多様なイメージがあります。でも、共通しているのは、どこへ行ってもごはんとお酒が美味しいこと。美味しいもの食べて、美味しいお酒を飲んで、しあわせーというイメージが強い(笑)。
揚げ物に目がない宇賀団長は、店長イチオシの海老しんじょを追加注文。アツアツで登場したそれは、卵黄をたっぷり練り込んでいるそうで、箸ですっと切れるほどふんわりやわらか。
宇賀: エビの香りと旨味が口いっぱいに。揚げたてをハフハフやって、冷えた赤星をグイグイと。こういう瞬間をどんなに待ちわびたことか!
最高の揚げ物コンビで赤星を堪能した宇賀団長は、ここらで日本酒へとスイッチ。ずらりと揃った新潟の地酒を解説してくれたのは、創業者である昆さんの孫、豊島聖司さん。
辛口でフレッシュな印象の酒を飲みたいという団長にお勧めしてくれたのは、新潟県奥阿賀の蔵、麒麟山の超辛口。
「すっきり辛口だけど、味わいも豊かで、いかのわた焼きと相性がすごくいいですよ」と豊島さんが話せば、「おお、乗った」と団長。よく冷えた超辛口をキュッとやりながら、しばしイカを待つ。
豪快にぶつ切りされた肉厚のスルメイカが、わたのタレをまとってやってきた。見た目でわかる絶対うまいヤツ、本日2回目。
団長はイカと日本酒を味わいつつ、もはや遠い目になっている。
■名物へぎそばで蕎麦屋呑みは最高潮に
宇賀: はからずも、蕎麦前で、カキ、エビ、イカのトリプルコンボを決めちゃいました。このまま本能に任せていると、お蕎麦までたどり着けなくなりそうなので、そろそろへぎそば、お願いします!
「へぎそば」についても説明しよう。
“へぎ”とは、杉などの剥ぎ板で作られた四角い器のこと。ざるに盛られた蕎麦がざる蕎麦と呼ばれるように、へぎに盛られているからへぎそば、なのだ。味も特徴的だ。諸説あるようだが、発祥の地は小千谷。
江戸時代初期に誕生した麻織物、小千谷縮(おぢやちぢみ)では、糸の糊付けに海藻の一種である布海苔(ふのり)を使っていた。その布海苔を蕎麦のつなぎに使うことで、ツルツルとした喉越しの蕎麦が出来上がった。布海苔が入ることで、茹でるとほんのりグリーンに仕上がるそばは、へぎに盛られて提供されるようになり、広まっていったとか。
橋爪店長の打ち立て、茹でたてのへぎそばを早速いただく。
宇賀: うん、美味しい! しっかりつながっているから、細打ちなのにしっかりしたコシもあって、喉越しもするりと心地いい。蕎麦の香りが鼻を抜けて……いくらでも食べられそう(笑)。
蕎麦を手繰っては日本酒を傾けていた団長だが、ふと見ると、いかのわた焼きの皿でなにかやっている。へぎそばにわた焼きのタレを丹念にまとわせて、パスタのようにくるりとまとめて、パクリ。その想像通りの美味しさ、いや想像を超えたマリアージュに、むふっとうれしそう。
橋爪店長も「へぎそばをこうして食べている人は、初めて見ましたね」と苦笑、いや、感心しきりだ。
宇賀: ふふふ。見られちゃいました? ちょっとお行儀が悪いかもしれないけれど、せっかくの美味しいタレですから、余すところなくいただきたくて。
店長、それにしても、このへぎそばといかのわた焼きのコンビネーション、最強のおつまみですよ。ぜひ試してみてください。お蕎麦で〆るはずが、私、呑みモードに火がついてしまいました。お酒、今度はこの伝統辛口というのをくださ〜い!
今日は東京で味わう新潟の夜を、ゆっくりと堪能しました。ぜんぶ美味しかったし、久しぶりの外飲みで、本当に幸せなひとときでした。
――ごちそうさまでした!
(2021年10月22日取材)
撮影:峯 竜也
構成:渡辺 高
ヘア&メイク:ATELIER KAUNALOA
スタイリング:近藤和貴子
衣装協力:ミラ オーウェン/ミラ オーウェン ルミネ新宿2店(ワンピース¥13,970)
ダイアナ/ダイアナ 銀座本店(ブーツ¥25,850)
ケンゴ クマ プラス マユ/ヴァンドームヤマダ(イヤリング¥116,600)
ヴァンドーム青山/ヴァンドーム青山 本店(リング¥28,600,リング¥31,900)