あのお店はなぜ時代を超えて愛されるの? お客さんがみんな笑顔で出てくるのはどうして? 赤星探偵団の5代目団長・宇賀なつみさんが、名店の暖簾をくぐり、左党たちを惹きつけてやまない「秘密」を探ります――。
■憧れの“団長”を拝命して
築地本願寺の裏手に、昭和の空気が色濃く残るエアポケットのような一角がある。そこかしこに古めかしい長屋、昭和初期に建てられたと思しき銅板貼りの看板建築も健在だ。
そこへふらりと現れたのは、フリーアナウンサーの宇賀なつみさん。赤星探偵団の新団長である。
宇賀: 団長か……ふふふ。いい響き。実は私、高校の部活は応援部。チアリーディングではなく、女子も学ランを着るバンカラな応援部なんですけど、ずっと平部員だったから、うれしいな。まさか“団長”って呼ばれる日が来るなんて。
そんな宇賀団長が記念すべき就任第1回目に選んだのは、築地の裏路地にひっそりとたたずむ小料理屋「はなふさ」。旬の魚を中心とした正統派和食でお酒を楽しめる、知る人ぞ知る名店だ。
カウンター8席と小上がりという小体な造りで、カウンターと中の厨房の間には品書きの短冊がカーテンのように揺らめいている。
宇賀: お品書きの文字がすでに美味しそう。この文字を読みながらしばらく飲めますよ、わたし。早速、瓶ビールをお願いします。もちろん赤星!
サッポロラガービールの栓がシュポンッと抜かれた。かねてより瓶ビールは一人1本マイボトルで飲んだ方がいい、という持論がある団長は、手酌上等。注ぎからグィッと一口までのよどみない動作が、立板に水といった風情だ。
――それではさっそく、いただきます!
宇賀: うーん、おいしい! まだうっすら明るいうちから飲めて、今日は幸せです。
(お通しの酒盗とクリームチーズの和え物をひと舐め)うまっ。局アナ時代はずっと不規則な生活で、友人とはいつも時間が合わなくて……。夜7時から集まろうってときには、その前に、たいてい一人で5時から飲んでウォーミングアップしてました(笑)。こういうお店が、ちょうどいいの。
■極上の刺身を前に、団長ご乱心?
もう一つのお通しである白身魚の南蛮漬けと赤星を味わいながら、品書きカーテンの幸せな風景を楽しむ団長。とりあえず、白菜の浅漬けでちょいと飲りながら、献立をじっくり組み立てることにした。
宇賀: この白菜、シャキシャキの漬かり具合といい、立派な鰹節の風味といい、最高。こんな浅漬けを出すお店なら、何を頼んでも間違いない。遠慮なく、思い切りいかせていただきます。
まずは、お造りを見繕ってもらった。この日は、つぶ貝、カワハギ、小肌、アジ、ブリ、バチマグロが盛り込まれた。どれも角がピンと立ち、見るからにモノの良さが伝わってくる。
宇賀: あ、ツブ貝、甘い……。カワハギの薄造りは、肝をお醤油にといて、と……。く〜〜たまりません。
すみません……日本酒をください! このお刺身を前に、日本酒の魅力に抗えません。でもご安心を。団長のワタクシ、赤星と日本酒を同時にいただく“ストロングスタイル”も得意としておりますので。
美しい飾り包丁の入った光り物と日本酒のマリアージュに悶絶する団長のもとへ、里芋の煮物がやってきた。澄んだ鰹出汁の中で大きな入間産の里芋が3つ、肩を寄せ合っている。
こっくり炊き上げられた里芋を一口、お出汁もごくりといただいて、団長はひとごこち。品書きの隙間に見え隠れする店主の小野寺利之さんに話しかけてみた。
宇賀: 大将、こちらのお店は長いんですか?
「今年で36年になります。始めたのはバブルの直前の不景気の時でした。洋食店で料理の世界に入って、ロサンゼルスの和食店に2年いたり、北海道料理の店も経験しました。31歳の時に晴れて、ずっとやりたかった和食のコースの店として、ここを開いたんです。
ところがバブルになって景気が上向いたと思ったら、うちに来たお客さんは、コースがまどろっこしいと思っちゃうんですかね、途中で銀座に行こうとか言って、お代は払うけど残りを召し上がらずに帰っちゃうんですよ。なんとも慌ただしくて、おかしな時代でね。
そんなことがあったもんだから、ゆったりとくつろいでもらえるお客さんに来てほしいし、自分もじっくり料理に取り組みたいと思って続けてきて。それで、いろんなものをアラカルトで、お酒と一緒に楽しんでもらう現在の形になってきたんです」(小野寺さん)
宇賀: 軽い気持ちで聞いたら波乱万丈すぎてびっくりしましたけど、私には今の「はなふさ」さんがピッタリです。女性一人でも居心地がいいし、その日の気分で好きなものをあれこれ選んで味わえて、ご主人とこうしてお話させていただきながらゆっくり楽しむお酒は、この上ない贅沢ですよ。
■カキフライ&ビールの背徳的な無限ループ
鴨ねぎが焼き上がった。想像していた鴨肉と白ねぎが交互に刺さったねぎまスタイルとは異なる出で立ち。炭火でじっくり焼かれた鴨肉の上に、ごま油で和えた刻みねぎをたっぷりとのせ、さらに表面をバーナーで炙って焦げ目をつけてある。
宇賀: ごま油と焦がしたねぎの香りがなんとも食欲をそそりますね。熱いうちに、どれどれ……。
んっ、大将、これは発明ですね! 鴨肉がジューシーで、ねぎがまたいい相棒になっていて。辛子をつけるとまた一味違って……。そして赤星とも合う!
団長の大好物はズバリ揚げ物。とんかつ、唐揚げ、コロッケ、アジフライ、ポテチなんでもござれ。揚げてあるモノ、だいたい友達。
となれば、旬のカキフライを見逃すはずはない。大ぶりの揚げたてカキフライがシュワシュワいいながらお目見えだ。
団長は歓喜の声を上げつつも、グラスの赤星を飲み干して、「赤星、もう一本お願いします!」とフライ&ビールの準備を整えた。
宇賀: はふはふ、あくっ……。ああ、もう、これ、何も言うことありません。カキフライの楽しみがあればこそ、寒い冬も許せるというものです。
カキフライそのまま、赤星、キャベツ、カキフライ&レモン、赤星、キャベツ、カキフライ&ソース、赤星……。あれ? 赤星、追加1本で足りるかな(笑)。
■酒と肴にじっくり向き合う最高の舞台
どれもハズレなし。魅惑の品書きを端から端まで試したいところだが、涙をのんで次をラスイチの肴とすることに。本日は黒むつの煮付けをつつきながらフィナーレを迎えるという。
宇賀: ご主人は呑兵衛の気持ちをよくわかっていらっしゃいます。お料理とお酒への愛情をひしひしと感じますし、とくに、お魚はご自身も相当お好きだとお見受けしました。生まれも育ちもこのあたりだとお聞きしましたが、築地市場が近いということも関係ありますか?
「ええ。子ども時代は、近くの川でハゼ釣りしたり、かつてあった石炭の集積場で遊んだり。もちろん市場も遊び場でした。
昔は、運ぶ途中でトロ箱から飛び出た魚がよく道に落ちていましてね。そういう魚は拾った人のもの、という暗黙の了解があったんですよ。子ども時分からそんな魚を持ち帰っては、見よう見まねで料理をしていました」
と小野寺さんは、遠い幼少期を振り返る。
ぐつぐついっていた鍋も、いい頃合いのようだ。
鹿児島産の黒むつがこっくりと煮付けられた。小ぶりだが脂がのって、ほくほくとした一片を口に入れ、団長を目を細める。やおら日本酒をキュィ。赤星もゴクリ。
宇賀: ああ、煮魚って、本当においしいですよね。お豆腐にもしっかり味が染みていて、こういうのをいただくと、とことん飲みたくなってきちゃう。「はなふさ」さんがうちの近所にあったら週5で通うなあ……。
ご主人、今はコロナでいろいろ大変だと思いますが、負けずに頑張ってくださいね。また必ず寄らせていただきます。気になったけどいただけなかった生からすみの塩漬けと、のどぐろの灰干しは、次回のお楽しみ(笑)。
――ごちそうさまでした!
撮影:峯 竜也
構成:渡辺 高
ヘア&メイク:ATELIER KAUNALOA
スタイリング:近藤和貴子
衣装協力/ココ ディール(ニット¥9,800、スカート¥8,900)
STELLAR HOLLYWOOD(イヤリング¥1,900)
ダイアナ/ダイアナ 銀座本店(ブーツ¥22,000)