あのお店はなぜ時代を超えて愛されるの? お客さんがみんな笑顔で出てくるのはどうして? 赤星探偵団の4代目団長・市川紗椰が、名店の暖簾をくぐり、左党たちを惹きつけてやまない「秘密」を探ります――。
■本物のジンギスカンを東京で
ジンギスカン――。ヒツジ好きにはたまらない、この美しい響き。なぜかテンションが上がる祝祭感いっぱいの食べ物。親しい人が集まれば必ず食べる、北海道民にとってのKING of ソウルフード。
一方、なじみの薄い他県の人間にとっては、北海道っぽさ満点の憧れメニュー。しかし、残念ながら、いまいちピンとこない料理である可能性も高い。なぜなら、本当に美味しいジンギスカンを食べた経験がないから。みんな、いまだ“ジンギスカンの正解”を見つけられずにいる、迷える仔羊なのだ。
北海道旅行から帰ったばかりという市川団長。大好物のジンギスカンを食べ損ねたのが心残りだとか。湧き上がるヒツジ欲を満たさないと仕事にも身が入らないということで、練馬駅にやってきた。目指すのは、本場の生ラムジンギスカンを味わえるという「本格北海道成吉思汗 おやじ」だ。
市川: おーっ、いろんなサッポロビールが揃っています。なかには、どうしてここで飲めるの!? というものも!
でも私はもちろん赤星、サッポロラガービールをお願いします。団長ですからね。
――いただきます!
市川: ふーー。北海道で飲むサッポロクラシックも美味しかったけど、こうして東京で飲む赤星はなんだか心が安らぐ安定の美味しさ。
……今日は朝からずっと仕事で何も食べていないの。思いっきりやらせていただきます。
■厚切りラムを心ゆくまで
さっそく、ジンギスカンならではの凸型鉄鍋の登場だ。
ジンギスカン鍋は焼き面に刻まれたスリットが特徴的だが、このスリットの入り具合はさまざまで、穴があいているかどうかの違いもあるそうだ。こちら店は細かなスリットが入った穴あきタイプ。厚切りの生ラムを美味しく焼くためにこの鍋を採用していると店主の國吉崇之さんは話す。
「私の故郷の札幌がある道央ではジンギスカンと言えば生ラム。それが旭川など道北ではタレに漬け込んだマトンを使うなど、実は地域によっていろんなスタイルがあります。漬け込んだ肉の場合は、穴のない鍋で“焼き煮”にするような感じ。うちでは炭火の良さも生かせる穴あきタイプを選んでいます」
市川: なるほど、一口にジンギスカンって言っても色々あるんですね。たいていお肉と野菜がどんと出てくるけど、そもそもどう焼くのが正解なのかわかりません。教えていただけますか?
野菜を敷いてその上に肉をのせる人もいれば、肉を野菜で覆って蒸し焼きにする人もいる。國吉さんは決まりはないとしながらも、オススメの方法で焼いてくれた。
「豚の脂を全体に塗ったらてっぺんに置きます。玉ねぎを周りに配置しておいて、肉を火力の強い中央で焼いていきます。何度もひっくり返さず、片面ずつしっかり焼き色がつくまで火を入れるのがポイントですね。
もやしは油断するとすぐに焦げてしまうので、最初から投入しない方がいい。肉と野菜は分けて焼くほうがそれぞれ美味しく味わえると思いますよ。はい、焼けました」(國吉さん)
1センチを優にこえる厚切りの生ラムが絶妙な焼き加減で仕上がった。自家製のタレにつけてでいただく。
市川: うう~、おいひい。柔らかくて、ジューシーで。(間髪入れず2切れ、3切れと食べ進み)これ、永遠に食べ続けられそうな気がします。お肉のお代わりをお願いします!
肉の合間に野菜を挟んで、肉、肉、玉ねぎ、肉、玉ねぎ、肉、肉、玉ねぎ、肉、もやし、もやし。「おやじ」のもやしは、丁寧にヒゲがとってあるので、焼いてもシャキシャキと旨い。
■親父が遺した“命のタレ”
市川: こんなに美味しいジンギスカンは初めてです。何が違うんですか?
「肉と野菜を切って焼くだけの料理なんで、大げさなことは言えないんですが、こだわっているのは、まず肉の質と鮮度。うちは北海道産の生ラムを独自ルートで仕入れています。
そして、やっぱりタレ。いくら肉がよくても、最終的にはタレの良し悪しで味の印象が決まってしまいますから」(國吉さん)
市川: こちらのタレはお肉の味を引き立ててくれて、後味すっきり。ありそうでない、絶妙なお味です。実は私も自宅で焼肉のタレ作りを研究しているのですが、全然うまくいかなくて……。ちょっとだけヒミツを教えてください!
「タレは店の命ですから詳しくは教えられませんが、うちの場合、ポイントのひとつはリンゴ。かなり大量のリンゴを使いながらも、リンゴの風味が前に出すぎないように調和させるのが意外とむずかしい。無添加で、材料もありふれたものばかりですが、配合の比率と混ぜる順番が重要なんです。うちのこのタレ、実は親父の遺品からレシピが出てきたんですよ」(國吉さん)
國吉さんのお父さんは札幌でラーメン店を営んでいたが、ラーメンのみならずいろいろな料理の研究に余念がなかったそうだ。6年前に他界したお父さんは、ジンギスカンのタレのレシピも遺していた。
「レシピに従って作ったタレを味わってみると、子どもの時にうちで食べていたジンギスカンの味そのもので、親父とのいろんな思い出も一気によみがえってきました。自分にとってはこれが最高のタレ。親父が生きている時にはなにも親孝行できなかったから、このタレを受け継ぐことで天国の親父によろこんでもらえたらいいな、とこの店を始めたんです」(國吉さん)
市川: だから店名が「おやじ」……。素敵ですね。
いい話を聴く心の準備ができていなかったから、ちょっと戸惑っています。お遊びでタレを作っているタレビギナーが、うっかり大事なレシピの秘密を聞いたりしてすみませんでした(汗)。
■めくるめくジンギスカンのフルコース
火がついた食欲は勢いづいて業火となっている。火に脂を注ぐべく胃に肉をと、団長はラムタンを追加した。羊のタンは牛のそれのように大きくはない。そして当然ながら1頭から1本しか取れない希少部位だ。
なんともきめ細やかなサシが入ったタンがやってきた。こちらは國吉さんが独自にブレンドした塩でいただく。
市川: ううう。キョーレツに美味しいです! 柔らかいんだけど小気味いい食感で、ラムの香りもふんわり。私、牛タンよりこっちの方が好きかも。いや、このラムタンだから美味しいんですよね。
この塩が最高だし、もちろん自慢のタレでもやっぱり美味しい!(ビールをキュッと飲んで)そして、赤星との相性もバッチリ!
「そうでしょう。私も赤星がビールの中でいちばん好きなんですよ。ほどよい苦味とコクがあるしっかりした味があって。ジンギスカンにいちばん合うビールだと思ってます」(國吉さん)
ジンギスカンと言えば、丸い形をした冷凍肉を思い浮かべる人も多いだろう。かつてメジャーだった冷凍成型肉「マトンロール」を使ったジンギスカンは現代ではオールドスタイルとなっているものの、根強いファンもいる。
「おやじ」の客はおよそ6割が北海道出身者とのこと。マトンロールを懐かしむ人のために裏メニューとして用意している。道民なら誰でも知っている“ベル”のタレも完備。
市川: あぁ、このお肉の食感、そしてこの酸味のあるタレ、なんだか懐かしい。これはこれで美味しいなあ。
(「おやじ」のタレでも食べてみて)うん、でも私はこちらのタレの方がやっぱり好きだな。私はこの味を目指してタレ道を歩んでいこう。
〆は北海道産ななつぼしのごはん。こちらも道民ならみんな知っているという“タレ茶漬け”で決まりだ。
これはなんと、ジンギスカンで使った自分のタレをごはんにかけるという、背徳感も味わえるお茶漬け。「おやじ」では、たっぷりの海苔とゴマを散らしたうえからほうじ茶をかけていただく。
市川: あっつ! うまっ!! はじめての体験ですけど、ジンギスカンの〆にコレ、最高すぎます。こういうことなら、もっと計画的にタレを育てればよかった。たまに肉汁をタレにしみ出させたり(笑)。
今日はジンギスカンの本当の美味しさと楽しさを知ることができました。ヒツジ肉の禁断症状が出たらまた必ず寄らせていただきますね。
――ごちそうさまでした!
撮影:峯 竜也
構成:渡辺 高
ヘア&メイク:井上祥平(ヌーデ)
スタイリング:西野メンコ
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