あのお店はなぜ時代を超えて愛されるの? お客さんがみんな笑顔で出てくるのはどうして? このほど赤星探偵団の3代目団長に就任した片瀬那奈が、名店の暖簾をくぐり、左党たちを惹きつけてやまない「秘密」を探ります――。
■東中野に突如現れる異空間
新宿から中央線の各駅停車でたった2駅の東中野。地下鉄大江戸線も通り、超高層ビルが立ち並ぶ新宿副都心のお膝元という便利な場所だが、多くの人にとっては特別な用がなければ駅に降りる機会もない、都会のエアポケットのような場所だ。
片瀬団長もやはり東中野は初めてというが、駅の西口からすぐのところにあるビルへ迷いなく進んで行く。今日は、「本格アフガニスタン料理を味わう」という特別な用があるのだ。
目指す「キャラヴァンサライ・パオ」は山手通りを渡ってすぐ目の前。広い歩道に面するビルの1階には、オープンエアのカウンターが設えられている。この団長企画第1回目で訪れた吉祥寺「いせや」のような気さくで開放的な店構えだ。
※第1回記事はこちら ⇒ https://www.akaboshi-tanteidan.com/gendaibusiness/dancho/dancho-no1/
片瀬: 何? 何? このカウンター、最高すぎるんですけど。で、よく見れば、普通の焼き鳥ではなくエスニックというカオス(笑)。
もともと炭火焼きの焼き場として使っていたスペースだったが、ご近所の常連さんたちのちょい飲み需要に応えるべく、あとからカウンターを設置したのだという。たしかに、この季節にこれは、最高すぎる。
店内はかなり広い。ビルの裏手側には、カウンターとテーブル席の空間があり、山手通り側には、ペルシャ絨毯で有名な西アジア特産の上質な絨毯が敷き詰められた大空間が広がっている。
団長はその絨毯席の片隅に腰を下ろし、完全にリラックスモードだ。
片瀬: 扉を開けて、一歩入った瞬間、もう異国。エキゾチックな雰囲気にワクワクしちゃうんだけど、妙に落ち着くから不思議。中東の見知らぬ土地を旅しているような感覚で、自分がどこにいるかわからなくなる。ここに住みたいかも……。
って思いながら窓の外を見ると、「ああ、東中野だったわ」って現実に引き戻される(笑)。
こちらは、全国でもめずらしいアフガニスタン料理の専門店。正確には、アフガニスタンで最も人口が多く、パキスタンやイランにも居住する民族・パシュトゥン人の伝統料理を中心にしたレストランだ。料理はオススメのものを見つくろってもらうことにした。
■心をわしづかみにする食体験
伝統料理は現地の味を忠実に守っているが、ムスリムの多い現地と大きく違う点はアルコール類の充実ぶり。ビールにワイン、日本酒、焼酎はもちろん、中央アジアの遊牧民が好んで飲む乳酒やジャパニーズラムなど一風変わったものもある。さらに、同じビル内にあるバーと連携しているから、本格的なカクテルもずらりと揃っていて、やはりカオス。
そんななか、団長が頼んだのは、もちろんビール。我らが「赤星」だ。
――いただきまーす!
幸せそうな団長のもとにさっそくやってきたのは、焼きトマトと、毎日店で手作りしているフレッシュチーズ、パニール。いろんな料理を家族で囲み、主食であるナンと一緒に食べるのが、パシュトゥンの一般的なスタイルだという。
片瀬: トマト、甘っ! トマトの味が濃い! えっ? 焼きトマトって、ただトマトを焼いたやつですよね。なんでこんなにおいしいんですか?
答えてくれたのは店の責任者である島田昌宏さん。
「味付けは塩こしょうとガーリックオイルだけなんですが、じつは火の入れ方に特徴がありまして、ナンと同じ420℃のオーブンを使っています。高温で一気に焼き上げることで、ジューシーさは残しつつも、表面は香ばしくて、うま味がギュッと詰まった味わいに仕上がります」
ふむふむと感心しながら、フレッシュチーズをパクリ。そして、唸る。
片瀬: このチーズ、最高に好きな味! 発酵させていないフレッシュなタイプなんですね。カッテージチーズのような。
チーズ自体は味付けされていないものに、塩をかけて食べるってところがシンプルイズベスト。これからは家でもカッテージチーズに塩だな……。
(またトマトを一口やって)ん゛ーーー!(チーズを一口やって)ん゛ーーー! このトマトとチーズ、無限にループできます!
やはり店で手間ひまかけて手作りしているのが、羊肉を使った水餃子、アフガンマントゥ。これも必食の一品。
片瀬: あ、ヒツジだ、おいしい。お肉のうま味がたっぷり詰まっているんだけど、臭みはゼロ。トマトソースが合ってるし、この白いのはヨーグルトですよね! このバランスがなんとも言えずいい具合なの。
先ほどスタッフのみなさんがせっせと包んでいるところを見ましたよ。やっぱりこの美味しさは愛情のなせる業なんですね。
■ナンのツウな食べ方とは
マントゥにご執心の団長のところへ、焼き立てのナンと串焼き肉の盛り合わせ、そして何やら豪勢な鉄なべ料理がやってきた。
こちらのナンは日本のインド料理店で見かけるような白くてふんわりしたものとは違い、見るからに香ばしそうな色合いで、網目のような模様が付いている。
熱々をちぎって一口……。
団長: おいしぃ~。私が知っているナンと違う……。なんていうか、このナンだけでごちそうって感じ。外はパリッとしていて中はふわふわ。小麦の味がしっかりする気がする。この模様は現地のやり方にならっているんですか?
「模様にはいろんなパターンがありまして、手を使ったり道具を使ったり、方法も様々なんですが、うちでは指で小さな穴を空けています。これには大きく3つの意味があります。まず、焼く時に膨らまないようにするため。それから、表面積を大きくして早く焼けるようにするため。そして最後に、ちぎりやすくするためです。
この製法に加えて、うちでは全粒粉を使っていることで香ばしさがより際立っているかもしれません。ちなみにナンをこんなふうに扱うとツウっぽく見えますよ」(島田さん)
適当な大きさにちぎったナンで肉を挟み、串から外す。そのミニハンバーガー状態のナン&肉に、この場でいえば焼きトマトやチーズをちょい足しして味わうという趣向だ。
片瀬: ああ、これ、最高! スマートに食べられるし、確かに、一緒に味わうと一層おいしく感じます。これって、カバブですから羊肉ですよね。臭みが全然ないし、やさしいお味。
私、アフガニスタンやパキスタンのお料理って、もっとスパイシーで、もっと好き嫌いが別れそうなパンチの強いものだと勝手に想像していました。その先入観とは正反対で、最小限の調味料で素材の味を引き出した、とってもシンプルな味付けでビックリです。
■シンプルだけど奥深いアフガン料理の真骨頂
「本場の味を日本できちんと伝えたくて」と話す島田さんが、イチオシするのがこの日のメインディッシュ、カラヒィだ。
カラヒィとはアフガニスタンやパキスタンにまたがる広い範囲で使われる鉄製の丸鍋のこと。この鍋で肉や野菜を煮る、蒸す、揚げるといった様々な調理を行うほか、裏返して平たいパンを焼くなど、毎日の生活に欠かせない調理器具となっている。
「キャラヴァンサライ・パオ」では、この鍋を使ったカラヒィ料理の数々を楽しめる。
島田さんはこの日、羊を使ったカラヒィをあえて2種類用意してくれた。
1つは同店オリジナルの一人前用鉄鍋で使ったもので、羊肉とトマト、シシトウを具材に、ショウガを加えて蒸し焼きにしている。もう1つは、伝統的な大鍋で、羊肉もぶつ切りの骨つき肉を使って、よりじっくり火を加えたものだ。
片瀬: どれどれ、まずはミニカラヒィからいきましょうね……うん、うん、あ~おいしい。お肉やトマトの味がすっと入ってくる感じ。和にも洋にもない、経験したことのないおいしさ。
片瀬: こちら、パシュトゥン・カラヒィはどうでしょう……あっ、全然違う! 材料はほとんど一緒なんですよね、なのに不思議。骨からのうま味が出ているのと、火の入れ方の違いでソースがまろやかかつ深い味になってる気がする。おいしいし、おもしろい! アフガニスタン料理、深い!
これ、甲乙つけがたいなあ。爽やかさもあるミニか、うま味たっぷりのパシュトゥンか……いずれにしても、私的には、これを白ごはんにかけて食べたいです!!
ごはんに合うものはだいたい赤星に合うという、私の中での法則があるので……(カラヒィ&ビールを一口)うん、めちゃくちゃ合います!
■赤星のように長く愛される店でありたい
「キャラヴァンサライ・パオ」の歴史は30年を超える。もともとこの地には庭付きの平屋があり、中東の絨毯の輸入業をしていた同店のオーナーが、友人である地主さんの許可を得て、その庭に遊牧民の移動式住居「パオ」を建てたのが始まりだという。
まずは子どもを連れて集える遊び場を作り、そこで羊の串焼きを売り始め、次第にお店の形に成長していったそうだ。現在のビルに建て替えられてからも、ほぼスタッフのDIYで内装工事を行い、パオをイメージしたくつろぎの空間を建物内に作り上げた。
片瀬: 先ほど、昔、子ども時代に連れて来られた方が、今は自分の子どもを連れて食事に来られているというお話も聞きました。私もまた来たいって思うし、大切な人を連れて来たくなるお店だなって思いました。東中野にしっかり根ざして、みんなに愛されている店なんですね。
ところで、そんな「キャラヴァンサライ」さんは、なぜ赤星を選んでいるんですか?
「赤星は140年以上の歴史を持つ、日本でいちばん古いブランドで、昔ながらの製法を守り、多くの人に愛され続けています。当店の歴史はまだ30年あまりですが、西アジアの伝統をこの日本の地にしっかりと伝えながら長く愛されていきたいと考えている私たちは、赤星に強い共感を覚えます。
そして、素材の味を大切にした私たちの料理にピッタリ寄り添う、深い味わいがあるところも赤星の魅力です。うちの店も赤星のように140年も続いていくといいな、と思っています」(島田さん)
片瀬: 大丈夫! このパオには、これからも世代を超えて、たくさんの人がくつろぎの時間を求めてやってくると思います。
――ごちそうさまでした!
撮影:峯 竜也
構成:渡辺 高
ヘアメイク:青山理恵
スタイリスト:大沼こずえ
衣装協力/Christian Wijnants
お問い合わせ:0120-61-1315