あのお店はなぜ時代を超えて愛されるの? お客さんがみんな笑顔で出てくるのはどうして? 赤星探偵団の3代目団長・片瀬那奈が、名酒場の暖簾をくぐり、左党たちを惹きつけてやまない「秘密」を探ります――。
■熱々の串焼きには極冷えの赤星を
薄暮の新宿駅南口。片瀬団長がやってきたのは、甲州街道から1本入った路地にあるもつ焼きの老舗「鳥茂」。1階と2階のそれぞれに焼き場のあるカウンターを備え、個室を含め全80席以上もある大きなハコで、シックな内装の店内も一般的なもつ焼き屋のイメージとは一線を画す。
団長は迷わず焼き台の前のカウンター席に落ち着いた。店主の酒巻祐史さんの仕事を間近に観察できるアリーナ席だ。
片瀬: こんばんは。今日はよろしくお願いします! 実はわたし、もつ焼きはあまり食べたことがなくて、部位の名前を見てもチンプンカンプンなんです。お料理はお任せしてしまってもいいですか?
「こちらこそよろしくお願いします。ええ、もちろんお任せで結構です。お腹の減り具合はいかがでしょう。どれくらい召し上がりますか?」(酒巻さん)
片瀬: 死ぬほど食べるんです、ワタシ。モデルの仕事を始めてからも20歳ぐらいまでは、最高で1日9食も食べてたくらい(笑)。
「ははは。それは、たのもしい。では、今日おすすめのものを順番にお出ししていきますね」(酒巻さん)
片瀬: はい! よろしくお願いします! あー、テンション上がってきた。まずは、喉を湿らせて落ち着きましょうね。瓶ビールをお願いします!
やってきたのは、サッポロラガービール、通称「赤星」。キンキン、というかガンガンに冷えている。
――ではでは、いただきます。
片瀬: うまいっ! なにこれ、冷たさが最高! この冷えっ冷えで飲む赤星もいいなあ。
「うちはあえて温度をかなり下げています。だいたい1度。ちょっと冷たすぎるかなというくらいが、熱々の串焼きに合うんですよ。ではまず、コチラからどうぞ」(酒巻さん)
口火を切ったのは、この日の朝まで生きていたという豚からとったレバーの串焼きだ。
片瀬: すごい、角がピンと立ってる! カメラさん、ごめんなさい。もう我慢できないから一口いっちゃいます……。
(目を閉じてしみじみと)おいしい! むちゃくちゃ、うまい!! やさしくて、とても深い味わい。表面はカリッと焼かれているのに、中のほうは、なんて言ったらいいんだろ、ウニみたいに溶けてなくなっちゃうの。
初めましてだな、キミは。そして冷えっ冷えのビールをひと口……はい、うますぎ!
■もつ焼きのイメージが一変する感動体験
衝撃的なレバーとの遭遇にやや放心状態の団長のもとへ、次なる刺客が現れた。レバーと並ぶ「鳥茂」の定番、つくねだ。一見、ごく普通の出で立ちだが……。
「牛、豚、鳥の肉と内臓、そして玉ねぎを練り上げて、つなぎなしで作っています。洋食店で修業した先代がハンバーグにヒントを得て考案したものです」(酒巻さん)
片瀬: え~、そんなにいろんなお肉が入ったハンバーグは食べたことない。どれどれ……あ、ニンニクが効いていて、おいしい。初めての味なんだけど、どこか懐かしさが込み上げてくるの。はあ~おいしいなあ。
そして、続けざまに上シロがやってきた。驚くなかれ、これで豚1頭分の直腸を使用とのこと。「鳥茂」の突き抜けた旨さを象徴する一品として、これを楽しみにする常連客も多い。
片瀬: あ、これ、ホルモンというより、食感はもう、湯葉です。めちゃくちゃおいしく調理された湯葉……でも、湯葉よりもむしろ上品で深い味わい。
臭みなんて、ホントにまったくないですね。えっ、4時間も洗って下処理をしているんですか……そうなると、もう愛情しか入っていないですね。もう、ほとんどやさしさでできてるって感じ。おいしいわけだ。
■飲み屋ではない、料理屋としての自負
「鳥茂」は昭和24年創業。まだ戦後の混乱が続くなか、新宿駅東口の現在はビックカメラがあるあたりに、酒巻さんの祖父が出した屋台が原点だ。
物資が乏しいなかで比較的手に入りやすかった豚の臓物を焼き鳥に見立てて出す店が一気に増えた頃で、焼き鳥の“鳥”と、当時の首相、吉田茂から“茂”をとって屋号にしたという。
戦後の復興期は、ビールはまだまだ高級品で、店で出す酒は専ら安い日本酒だった。その日本酒でさえも品薄で入手しづらく、かつ統制も厳しかったため、どの飲食店も酒の確保に苦労したそうだ。
「祖父の話によると、当時は役人がちょくちょく見回っていたそうです。店をのぞいては『お前のところはどんなお茶を使っているんだ』と聞くのですが、それは要するに酒の催促です。
そこで酒を急須に入れて、湯飲みになみなみ注いで出す。すると役人は『なかなかいいお茶だな』といって一杯やって去っていくという、人間的な付き合いを大切にした時代だったようです。その名残で、うちでは日本酒を南部鉄瓶で出しているんですよ」(酒巻さん)
片瀬: えー、そうなんですか、あははは。確か落語にも、そんな話がありましたよね。あとで二番煎じも飲みに来るからよろしく、みたいな(笑)。
先代が早くに亡くなったために、酒巻さんは23歳という若さで3代目の店主となった。祖父と父が築き上げた伝統を守りながらも、試行錯誤を続け、現在の他に類を見ない独自のスタイルを確立していった。赤星を採用したのも、ビール党を自認する酒巻さんだ。
「私たちはあくまでも料理屋なんです。酔うための料理ではないことにプライドを持っています。だから、料理をおいしく召し上がっていただくためのお酒を用意するのが務めだと思っていまして、赤星はうちの料理を引き立ててくれる、頼れる存在です。
焼き物は一度に焼ける量が限られますから、どうしてもお客様をお待たせしてしまうことがあります。お時間いただきそうな場合には、『少しお待たせしてしまうかもしれませんので、こちらをどうぞ』と、並んでいるお客様に赤星を一杯サービスでお出ししています。
せっかく早めに仕事を切り上げていらしてくださったわけですから、お客様にはとにかく、うちでの時間を楽しんで帰っていただきたいんです」(酒巻さん)
片瀬: そういう気遣いって、ものすごくうれしいものですよ。「おいおい、まだかよ」って、ちょっとイライラしそうなところに出てくる一杯のビール。それだけで本当に気分は変わります。
わたし、気がついたんですが、このカウンター席、焼き台の上に鏡がついているんですね。ビックリしました。お一人様でも、焼いている手元が見えて飽きないし、そのピーマンの肉詰め、私のかなとワクワクできます。こういうさり気ない配慮もいいなあ。
■ピーマンの肉詰めはこうして生まれた
「あ、やっぱり私のだったんだー」とお目見えしたのはピーマンの肉詰め。
片瀬: (がぶりとやり)はい、間違いない! なんだろ、これ、ピーマンが薄皮の品種なんですか? お肉とのバランスが絶妙で……。ああ、肉汁もすごい……。
あの、噂に聞いたんですけど、ピーマンの肉詰めはこちらが発祥だとか。
「ええ、そうなんです。使っているのはごく普通のものですけど、たぶん炭火で焼いているせいだと思います。ピーマンって、独特の青味と苦味があるじゃないですか、戦後間もなくは、露地栽培で作られていたものの、あまり人気がなかったそうなんですね。
そんなとき、祖父がこの肉詰めを考えて店で出してみたところ、たちまち人気メニューに。新宿にやたらとピーマンを売る店があるらしいと話題になって、高知からピーマン農家の視察団まで来て、なるほどこりゃ売れるわ、と納得して帰ったとか。それから、ハウス栽培が一気に加速したと聞いています」(酒巻さん)
上タマもぜひ味わいたい同店ならではの一皿。常連さんの予約ですぐに完売してしまう幻の逸品だ。
豚のタンは牛よりも味が濃く、なかでもあまり運動しない根元近くは脂がのっていてやわらかい。上タマはその厳選部分をぜいたくに2頭分使っている。
片瀬: ああ、いい香り。落ちた脂が燃えた煙で燻されているんですね。では、いただきます……ん、なんなの、これは。うまっ! 肉の味、濃いなー。なのに後味はすっきり。臭み、ゼロ。
(ビールをキュッと一口やって独り言ちる)まいったな、いちいちおいしすぎて、私の中で情報が渋滞してる。処理しきれない……。
上タマとは対照的に、よく運動する「コメカミ」は小気味よい食感と噛むほどにじんわり染み出すうま味が特長。お皿に添えられたトリュフ塩をちょいとつけてほおばった団長は、情報過多が行き過ぎて、もう無言。
というわけで、ここらで〆をと、雑炊をリクエスト。
「雑炊の前にこちらを少しだけどうぞ」と差し出されたのは、もつ焼きと並ぶ人気の特選黒毛和牛ステーキをぜいたくにのせた牛肉炙り飯の、アタマのみ。大きめのブロック状態で炙っては休ませ、また炙っては休ませ、都合1時間かけてジューシーなレアに仕上げた極上のサーロインステーキだ。
片瀬: ご主人、なんてことを……でも、食べれちゃうんだよな、これが。んっ!(無言であっという間に完食して)ふ~、幸せ。
ほどなくやってきた雑炊は、鳥の出汁を米にたっぷり吸わせたシンプルイズベストの一品。
片瀬: ああ、沁みるわあ~。わたし、これ、永遠に食べ続けられる気がする……。
17時の開店と同時に待ちわびたお客さんが続々来店し、席はみるみるうちにうまっていく。先ほどまで仕込みに余念がなかった若い職人さんたちも、ここからは戦闘モードに。そのキビキビと無駄のない動きに、人気店の「秘密」を垣間見た。
そして、帰り際、団長はあることを見逃さなかった。そう、階段で席の準備が整うのを待つお客さんたちが手に手に持つ、一杯のビールだ。
片瀬: もちろん疑ってなんかいませんでしたけど、先ほどのお話は本当だったんですね。3代目の心意気、しかと見届けましたよ。そして、お料理はぜんぶ、感動的な味でした。また必ず寄らせていただきます。
――ごちそうさまでした。
撮影:峯 竜也
構成:渡辺 高
ヘアメイク:面下伸一
スタイリスト:大沼こずえ
衣装協力/MSGM