あのお店はなぜ時代を超えて愛されるの? お客さんが笑顔で出てくるのはどうして? 赤星探偵団2代目団長・尾野真千子が、名酒場の暖簾をくぐり、左党たちを惹きつけてやまない「秘密」を探る――。
■下町情緒漂う街で見つけたタコ天国
“谷根千”とは谷中、根津、千駄木という3つの町名の頭文字をつなげたもので、これらの町一帯を指す言葉。東京の古き良き下町情緒が感じられることから、今、街歩きに人気のエリアだ。
その千駄木を横断する団子坂の坂下近くに、東京中のタコ好きが夜な夜な集う店「三忠」はある。タコを中心とした魚料理が秀逸な人気居酒屋だ。今宵、団長はこちらへぶらり。
尾野: ごめんくださ~い。お~、すごい! お店の中はタコ、タコ、タコ。タコの置物や絵でいっぱい(笑)。ようし今日はタコ食べまくるぞ!
その前に、まずは瓶ビールをお願いします!
やってきたのはもちろんサッポロラガービール「赤星」。これをひと口、キュッとやってから、じっくり肴を選ぶのが尾野団長のお愉しみ。
尾野: 本日のおすすめは、ヤリイカ、金目鯛、カワハギ、キンキ、旬のお魚がいろいろありますねえ。どうしようかしら…いけない、いけない、今日はタコを食べに来たんです。
まず、タコ刺しでしょ、それから、お、天ぷらもあるのね。これも当確。それから、そうそう、たこしゃぶも忘れちゃいけません。あ、それならこれがいいわね、多幸コースのタコ料理5品セット、「タコ5」3200円也。これ、いってみよう!
「タコ5」はたこ刺し3点、たこ焼き&たこ天、明石焼、たこしゃぶ、たこめしの5品を味わえるお得なセットだ。
板場から「承知しました!」と元気よく応えるのは店主の佐藤由之さん。人懐っこい笑顔が素敵だ。
「今日は尾野団長にぜひ召し上がっていただきたいものがあるんです。まずそちらを前菜にお出しして、タコ5にいきますね」
タコの宴の口火を切ったのは、柿とタコのごま和え。秋から冬にかけての「三忠」の定番メニューだ。
「今日仕入れた柿は、尾野団長のふるさと、奈良県産。ぜひこれを召し上がっていただきたくて」(佐藤さん)
尾野: 本当ですか!? ありがとうございます。奈良のどこ産ですか? 下市? へ~誰んとこのやろ、知り合いにもいっぱい柿つくってるおうちあるんですよ。ではでは、いただきまーす。
やさしい柿の甘味とごまの香ばしさがいい感じ。柿とタコ、まさかと思ったけど合いますねえ。そして赤星をぐびっとやって……くーっ、うまい!
■刺身にたこ焼き、たこ天、千変万化のタコ料理
突然、店内にいい香りが漂ってきた。なんとも上品で、テンションが上がる、松茸の香りだ。「マツタケ! マツタケ!」と団長の目も輝く。
「菊菜と松茸のおひたしです。関西では春菊は菊菜と呼びますよね。奈良の方は菊菜をよく召し上がると聞いたものですから」(佐藤さん)
尾野: 菊菜、大好き! 松茸も、大、大、大好き! どれどれ……おいし~~!(カメラマンの視線を感じて)ダメ、あげませんよ!
さて、さて、多幸コースに相対する準備は整った。
まず先鋒として登場したのは、たこ刺し。真ダコは30秒ほど湯がいたもので、吸盤は軽く炙ってある。水ダコは生で、卵白を混ぜて泡立てた特性の醤油ムースをつけていただく。
尾野: 水ダコ、うんまい! ……真ダコも、うんまい! 甲乙つけがたいな。……吸盤、うまっ! コリコリの食感が最高。吸盤、優勝。
次鋒はたこ焼き&たこ天コンビ。ごく普通のたこ焼きのように見えるが、三忠のそれはひと味違う。
尾野: あれ? これ小麦粉の生地じゃないな、魚のすり身だ。ふわふわしたさつま揚げの中にタコがゴロっと入ってて、おいしい。けど、コレ、たこ焼き!? ま、おいしいからいっか。
さて、たこの天ぷらはと……はふ、は、ふ、ん! うんまい! タコの天ぷらって初めてだけど、揚げ方がサクッと軽くて、中のタコがふわっとジューシー。もう最高だよ、タコさん。
■生タコの食材としてのおもしろさ
そもそも「三忠」はなぜここまでタコにこだわっているのだろうか?
創業は今からちょうど30年前。「初めはタコの店じゃなかったんですよ」と、佐藤さんは自身のタコ歴を振り返る。
「この店を開く前に勤めていた日本料理店では、仕入れや調理を自由にやらせてもらっていたんです。当時、生のタコを使うのは高級な寿司屋くらいでしたけど、おもしろそうな食材だと思って試しに仕入れてみましてね。
正直、売られている茹でダコってそこまでおいしいかな、という疑問もあったりしまして。それで生のタコを見よう見まねで調理して出してみたら、これが評判で。それからほとんど独学でタコの調理を研究するようになったんです」(佐藤さん)
尾野: 正直に言うと、私、普段はそんなにタコを積極的に食べたいって思うことはなかったの。でも、今日いただいたお造りも天ぷらも、これはタコでしかないおいしさだわって、ビックリしました。ここにたどり着くまでにはずいぶん苦労されたんじゃないですか?
「今でこそ下ごしらえも調理のコツもインターネットですぐに調べられますが、当時は資料が何も見つからなくて大変でした。タコの生態もまだ謎が多かったくらいだったし。だから、とにかく人それぞれのやり方を聞いて試してみたんですよ。
塩もみの方法とか茹で時間もマチマチだし、大根で叩くとやわらかくなっていい、いや叩かないほうが歯ごたえがあっていいとかね。試行錯誤してみてわかったのは、茹で加減がいかに重要かということです。
市販のタコって、脚が頭に向かってキレイに丸まるように脚先から茹でられてるんだけど、それだと脚の太いところに対して細いところが茹で過ぎになっちゃうんですよ。身の部位部位に合わせて程よく火を入れてやるだけで、味は格段によくなるんです」(佐藤さん)
尾野: うんうん、三忠さんのタコは、歯ごたえはしっかりあるんだけどやわらかい、って言ってること矛盾してるけど、絶妙なタコらしさなの(笑)。味わいもなんか深いなーって思う。
「ありがとうございます。『いつ飲み込んだらいいの?』って聞かれないように、茹で加減だけには気を付けています(笑)。
タコ1匹を刺身だけで売り切るのって大変ですからね、どうしたらお客さんに喜んでもらえて、自分でも職人としてやりがいのある料理をお出しできるか。それを研究しているうちにタコのメニューが自然と増えていって、いつの間にかタコ料理専門店みたいになっちゃったんです」(佐藤さん)
さあさあ、どんどんいきましょう。中堅の明石焼は、「たこ焼きに似てるけど出汁で食べるアレ」というイメージを裏切る同店随一のトリックスター。ある日、まかないに作ったメレンゲ入りのオムレツからアイデアが生まれた創作料理だ。
尾野: これ、一風変わってるどころの話じゃないよね。ご主人、狙ってるでしょ、インスタ映え。
そして、副将、たこしゃぶの波状攻撃。沸騰手前の昆布出汁に極薄の水ダコをさっとくぐらせて、自家製のポン酢でいただく。
尾野: (目を見開き、小鼻をちょっとふくらませて)んめぇ! あ、すいません、おいしゅうございます。生のお造りもいいけど、ちょっと火を通すと食感も味わいも変わって、とってもいい。みんな違って、みんないい。
■1匹2万円でも仕入れるタコ屋の矜持
佐藤さんは来年還暦を迎えるとは思えない若々しさ。連日、仕事を終えて店を出るのは0時近くになるが、それから飲み行く、もしくは家での一杯は欠かさない。
にもかかわらず、朝の築地通いは開業から1日たりとも欠かしたことはないという。もちろんタコの仕入れは一年中欠かすことはない。
「タコの旬は産卵前の初夏と言われていますが、年中タコを扱っていると、秋のタコは身がやわらかいとか、四季折々に持ち味があることがわかってきました。季節によって脂ののりが変わる魚とは違って、切り方や火の入れ方次第で一年中おいしく楽しめるんです。
でも、季節や天候によって価格は随分変動しますよ。高いときは1匹2万円もします。それでもうちは仕入れます。これはもう、責任感ですね」
ご主人のタコに対する想いを聞きながら、団長はたこしゃぶをペロリと平らげた。
そこへ大将特製のたこめしがやってきた。キムチ風味の赤と墨で炊き込んだ黒の2種。赤と黒のスタンダール仕様だ。
尾野: こう来くるのか。たまに予想を裏切ってくるのが三忠流なのね。どちらもおいしいけれど、私はピリ辛の赤が好きかな。ご主人、どうして赤と黒なの?
「昔、辛い物ブームのときに、キムチを使ってたこめしを辛くしてみたらこれが好評でね。そのあとにイカ墨ブームがきて、じゃあうちも墨を使って黒くしてみようと」(佐藤さん)
尾野: ブームに乗っかっただけ? 結構、ミーハーなんですね(笑)。黒はタコの墨を使っているんですか?
「タコってイカと違って墨袋を取り出すのがむずかしいんですよ。それと、タコの墨は熱を加えると凝固しちゃうんで仕上がりがキレイにならなくて…」
尾野: じゃあ、このたこめしを作るのも大変ですね。
「いや、そんな訳で、これに使っているのはイカ墨」
尾野: って、そこはイカなんかーい! ははは。ご主人の遊び心と愛嬌も三忠ならではの味ですね。タコ尽くしに満足、満足。1年分ぐらいの量を一気に食べた気分です。
――ごちそうさまでした!
撮影: 峯 竜也
構成: 渡辺 高
ヘアメイク: 石田あゆみ
スタイリスト: もりやゆり
衣装協力/ジオン商事(TITE IN THE STORE)
問い合わせ先/ジオン商事(03-5792-8003)