あのお店はなぜ時代を超えて愛されるの? お客さんがみんな笑顔で出てくるのはどうして? 赤星探偵団の5代目団長・宇賀なつみさんが、名店の暖簾をくぐり、左党たちを惹きつけてやまない「秘密」を探ります――。 (※撮影時以外はマスクを着用の上、感染症対策を実施しております)
■日本最大の現金問屋街の一角で
神田駅と隅田川の間、都営浅草線・東日本橋駅や都営新宿線・馬喰横山町駅、東京メトロ日比谷線・小伝馬町駅が密集する界隈は、繊維関連を中心とした約300社もの目利き店が集まり、和洋服、服飾雑貨、化粧品などでは揃わないものはないと言われる日本最大の現金問屋街だ。
そんな独特の空気漂う街の一角に「みを木」はある。地下へ降りる小さな間口にぶら下がる杉玉から、きっと日本酒にこだわった店なのだろうと読み解ける。実際こちらは、日本酒をはじめとする選りすぐりの酒と、気の利いた肴が揃うと銀座で人気だった「佳肴みを木」が、3年前に移転し、リニューアルオープンした店なのだ。
噂によると、ビールはサッポロラガー“赤星”とのこと。ならば調査せずにはいられないと、宇賀団長はやってきた。
宇賀: わー、予想外の空間。おしゃれで、なんだか秘密基地っぽい雰囲気がステキです。
コンクリート打ちっぱなしの壁には、手描きの亀の絵。鹿の頭の剥製、いわゆるハンティング・トロフィーが奥から客席を見つめている。
冷蔵庫には赤星がいい頃合に冷えている。薄手のちょうどよいサイズのグラスに赤星を注いで、いざ、調査開始!
――いただきます!
宇賀: はぁーー。おいしい。今日は蒸し暑かったから、赤星のことばっかり考えちゃってたの(笑)。会えてうれしいよ、ホントに。
料理はおまかせのみ。内容と品数の違いで6000円と8000円のコースが用意されている。この日、宇賀団長は6000円コースを事前に予約、抜かりはない。
「おおぉー、やったー! これは、カンペキなセット」と団長をのっけから小躍りさせたのは、「前菜いろいろ」の小鉢たち。この日は、鴨ロースの旨煮、こごみの胡麻和え、山うどのおひたし、蒸しアワビ、桜海老入りの卯の花。季節の海のものと山のものが、なんともいいバランスだ。
宇賀: アワビがやわらかくて、旨味たっぷり! 桜海老とおからも初めていただいたけど、とってもおいしい。
(赤星をゴクリとやって)呑兵衛の心を鷲掴みにする魅惑の小鉢たち、ワタシ、このセットだけで最低1時間は飲めますよ、いや、本当に(笑)。
■ポタージュをアテに、赤星も、日本酒も
次の料理を持って、「すみません、ちょっと早かったですかね。うちはお料理がかなりたっぷりあって、ガンガン召し上がっていただくスタイルなもので」と話すのは店主の渡辺愛さん。
ガラスの器で登場したのは、カリフラワーのポタージュに毛蟹の出汁のジュレがのった一品。カリフラワーの甘みいっぱいのなめらかなポタージュの中には、毛蟹の肉がたっぷり入っている。
宇賀: 繊細な口あたりなのに、毛蟹とカリフラワーの旨味がいっぱいに広がります。赤星にも合うなあ。
女将さん、日本酒をいただけますか? 冷たいものでおすすめを。お料理が繊細でやさしいおいしさなんだけど、不思議とお酒も進むお味。ワタクシ、日本酒と赤星、なんと同時にいっちゃいます!
ひと匙のポタージュのあとに滋賀の酒蔵の純米大吟醸をツィー。「ンンン、おいしいー」と唸りつつ、山うどのほのかな苦味で口直し。赤星をゴクリとやって「ンンン、おいしすぎる」と、華麗な二刀流を見せる。
恍惚の表情を浮かべる団長のもとに現れた次なる刺客は、えんどう豆のグリーンも鮮やかなハマグリの茶碗蒸し。これまた春らしく上品な装いでありながら、酒呑みエンジンがフルスロットルになること必至の危険な一品だ。
ひと口味わった団長は、深くため息をついた。
宇賀: 人生で食べた茶碗蒸しの中でベストかも……。この中に浸かって具になりたいくらい。
■移り変わりの激しい飲食業界を自然体で生き抜く
「みを木」は渡辺さんの日本酒好きが高じて形となった店だ。もともとCM制作会社に勤めていた渡辺さんは、大好きなお酒の中でも日本酒の魅力にハマり、地酒を揃える居酒屋を巡ったり、日本酒の勉強会に参加したりするようになった。そして、次第に仕事にしたいと思うようになったと話す。
「当時、一般的に人気のあった日本酒は、飲みやすさが重視されたいわゆる淡麗辛口のタイプ。本格焼酎の味わいの深さにみんなが気づいて焼酎ブームが起こり、日本酒は急激に低迷した頃です。フリーでCM制作の技術スタッフをやっていて仕事にもそれなりにやりがいを感じていましたが、大好きな日本酒を仕事にしてみたい、日本酒業界に仕事で貢献したいと思い、まずはノウハウを身につけようと居酒屋のアルバイトから始めました」
地酒に強い居酒屋をアルバイト、社員として渡り歩き、12年前に満を持して開いたのが、前出の「佳肴みを木」だ。酒は全国各地の日本酒をメインに揃え、日本酒に合う料理に特化し、渡辺さんは着物姿で采配を振るって店は繁盛した。ところが、今から3年前、その店を客席数を大幅縮小して移転することを決めた。7~8年前から飲食業界の流れが大きく変わり、従来の店のあり方に限界を感じるようになったからだという。
「私が店を始めた頃は、飲食店はある程度の資本を用意して、それなりの規模で開業するのはが一種のセオリーでした。それが、流通事情の変化などによって、個人が小規模な店を始めやすくなって、8年くらい前からとても個性的で魅力ある飲食店が一気に増えていったように思います。それは業界にとってよろこばしいことです。
ところが、そうした影響からか、どこも料理人の人材不足に悩むようになりました。前の店には規模からいって最低3人の料理人が必要でしたが、どうにも確保が難しくなり……現在の鈴木寿料理長に入ってもらえるようになったタイミングで、思い切ってリニューアルしたんです」
鈴木さんは元々フランス料理をベースとし、本格和食の修業も積んだ経験豊かな料理人。技術を凝らしたソースも作れるし、和の出汁を引くこともでき、“素材を極力いじらない”という日本料理の基本も大切にしている。
宇賀: なるほど、だから本格的な和食のおいしさもありながら、西洋なニュアンスとか、創作的な遊び心もかいま見えたわけですね。好きです、鈴木さんのお料理。
「そんなわけで、今は“佳肴”にはこだわらず、鈴木料理長が自由演技をする店となっています。最近は、着物を着る若くてかわいい女将さんも増えましたから、もう私はいいだろうと、着物を置いて、こんなラフな姿に(笑)」
宇賀: “普通の女将さんに戻ります”と(笑)。いやいや、おふたりともTシャツがお似合いで、自然体ですてきですよ。
■身も心も満足の自由演技の料理たち
厨房で黙々と作業し、魅力的な料理を畳みかける鈴木料理長。その料理を次々と平らげ、渡辺女将おすすめの日本酒をテンポよく飲み干していく団長。鈴木さんの自由演技をダイジェストで紹介しょう。
●サクラマスにビワを合わせた酢の物
宇賀: 旨味の強いサクラマスを厚切りのお造りに。ビワの甘みとお酢の酸味と一緒にさっぱりといただける、技アリ!な一品。日本酒が加速。
●マグロの漬け
宇賀: ほどよく味付けされ、火が少しだけ入れられた中トロは絶品。少しだけ忍ばせられているごはんが、なんともいい仕事。ごはんの甘みが中トロの旨味を引き立てて、しかも日本酒との相性もさらにアップ。さらに日本酒が加速。白ワインもいいかも。
●シラウオのかき玉汁
宇賀: シラウオの玉子とじはあっても、かき玉汁ってめずらしい。プリンッとしたシラウオを卵でほどよいとろみがついたお出汁といただくと、なんとも穏やか心持ちになります。これまた飲まずにはいられない。芋焼酎お湯割りもアリかも。
ここまででも十分お値打ちのような気がするが、何やら凶悪な香りが漂ってくると思ったところへ、まさかのラスボス登場! 鰻の醤油焼きだ。蒲焼きでもなく、白焼きでもなく、醤油を塗りながら炭火で焼いた、これまた、ありそうでない逸品。
ワサビをちょこっとのせてパクリとやった団長。パリ、パリ、パリと小気味よい音が聞こえてくる。
宇賀: すごいっ! なにコレ? 皮がパリパリしてめちゃくちゃ香ばしい。なのに、身はふっくらしていて、噛めば噛むほど、鰻の旨味と香りが口いっぱいに広がって……気絶しそう。
鰻屋さんもみんな醤油焼きをすればいいのに(笑)。
この鰻、日本酒や焼酎との相性も抜群だが、渡辺女将は赤星とのマッチングを激奨する。早速試してみると……。
宇賀: これは最高の組み合わせ! 赤星のお供選手権で、この鰻の醤油焼きは暫定1位です!
ん、このワサビの横の海苔の佃煮も檄ウマ! 自家製なんですか? これは日本酒が合うかな。女将さん、海苔に合いそうなお酒をお願いします。それと、赤星ももう1本ください!
ついに私の隠れ家を見つけてしまったとばかりに、呑兵衛の本能をそのままにくつろぐ団長。東京の下町の夜は、静かに更けていきましたとさ。
――ごちそうさまでした!
(2022年4月26日取材)
撮影:峯 竜也
構成:渡辺 高
ヘア&メイク:ATELIER KAUNALOA
スタイリング:近藤和貴子
衣装協力:yori(ラウス¥48,400)BLUELEA(パンツ¥20,240)
ヴァンドームブティック/ヴァンドームブティック 伊勢丹新宿店(イヤリング¥15,400)
ヴイエー ヴァンドーム青山/ヴイエー ヴァンドーム青山 有楽町マルイ店(リング¥13,200・¥11,000)
ダイアナ/ダイアナ 銀座本店(サンダル¥15,950)