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団長が行く File No.66

荻窪「酒と肴 ててて」造り手・飲み手・伝え手、3つの手が交差する気鋭の銘酒酒場

「酒と肴 ててて」

公開日:

今回取材に訪れたお店

酒と肴 ててて

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あのお店はなぜ時代を超えて愛されるの? お客さんがみんな笑顔で出てくるのはどうして? 赤星探偵団の6代目団長・赤江珠緒さんが、名店の暖簾をくぐり、左党たちを惹きつけてやまない「秘密」を探ります――。

知る人ぞ知る隠れ家的繁盛店

うまいものに目がない呑兵衛の嗅覚たるや凄まじい。2023年5月に中央線荻窪駅の線路沿いにひっそりとオープンした小体な酒場は、近隣の呑兵衛たちに即座に発見され、瞬く間に繁盛店となった。

荻窪「酒と肴 ててて」造り手・飲み手・伝え手、3つの手が交差する気鋭の銘酒酒場

小ぶりな杉玉と純白の暖簾が揺れるだけの店先には、「ててて」と風変わりな屋号が掲げられている。赤江珠緒団長の今宵の一杯は、ここで決まりだ。

レトロな引き戸の先は、まさに鰻の寝床といった造りでカウンターが一直線に伸びる。その奥にはテーブル席が2卓。調理用白衣と割烹着がよく似合う中田浩司さん・成美さん夫妻が切り盛りしている。

荻窪「酒と肴 ててて」造り手・飲み手・伝え手、3つの手が交差する気鋭の銘酒酒場

赤江: すてきなお店ですね、隠れ家的な雰囲気があって。このゆったりとしたカウンターは、一人か二人で来るのにちょうどいい感じ。

主人の定位置の差し向かい、特等席に腰を落ち着けた赤江団長が頼むのは、もちろん赤星、サッポロラガービールだ。よく冷えた赤星の中瓶とグラスが差し出されて早くもときめく。

荻窪「酒と肴 ててて」造り手・飲み手・伝え手、3つの手が交差する気鋭の銘酒酒場

赤江: お洒落なグラスですねー。薄はりでこの小さなサイズは初めて。底の角も緩やかにカーブしていてキレイですね。

トクトクと手酌すると、黄金比の泡で赤星が準備万端整った。さあ、幕開きだ。

荻窪「酒と肴 ててて」造り手・飲み手・伝え手、3つの手が交差する気鋭の銘酒酒場

――いただきます!

赤江: おいしーっ! さすが薄はり。すいーっと入って、シュワっときて、じめっと暑いこんな日にはクラッと気絶するほどおいしいです!

本日に品書きに目を移すと、成美さんが丁寧にしたためた美しい文字が想像力をかき立てる。

荻窪「酒と肴 ててて」造り手・飲み手・伝え手、3つの手が交差する気鋭の銘酒酒場

赤江: 鯵と白瓜のぬた! 貝出汁おから! 稚鮎! 鱧! 女将のぬか漬け!

いやーこれは決められません。赤江、メニューのラビリンスに迷い込み、途方に暮れております。。

「お一人様には盛り合わせをご用意できますよ」

迷える子羊にと主人が助け舟を出してくれた。なるほど、よく見ると、品書きの隅に「おひとり様の酒肴盛り合わせ1200円」とある。

荻窪「酒と肴 ててて」造り手・飲み手・伝え手、3つの手が交差する気鋭の銘酒酒場

「小鉢で5種類出せていただき……」という説明に「それでお願いします!」とすかさずかぶせる団長。

ラビリンスの暗闇に光明が射した。

大人のハッピーセット1200円の口福

荻窪「酒と肴 ててて」造り手・飲み手・伝え手、3つの手が交差する気鋭の銘酒酒場

曲げわっぱの盆に5つの小鉢がのってやってきた。本日の盛り合わせだ。この日は、貝出汁おから、和牛たたき、鯵と白瓜のぬた。とうもろこしの冷製すりながし、冬瓜のうま煮が盛り込まれた。

赤江: わーーー! 迷って決められなかったあれこれがちょっとずつ集合です。それぞれキャラ立ってます。ゴレンジャーですよ。最高のヤツですよ。

荻窪「酒と肴 ててて」造り手・飲み手・伝え手、3つの手が交差する気鋭の銘酒酒場

では、まず、とうもろこしのすりながしから……。

ああああぁ、とうもろこしのいい甘み! 今、赤江に夏、訪れました!

鯵には飾り包丁がきれいに入っていること。酢味噌がいい、赤星と合う!

荻窪「酒と肴 ててて」造り手・飲み手・伝え手、3つの手が交差する気鋭の銘酒酒場

和牛よ、なんておいしさなんだキミは!

そして、このおから! なんとなめらかなんでしょう。私が知っているおからを炊いたものはモソッとしていますが、こちらはそれとは対極にあるクリーミーなおいしさ。驚愕です。

冬瓜がこんなに角がピンと立っているのに、味はいい〜具合に染みていて、お出汁を固形物の状態でいただいてる感じ。伝わるかなあ?

荻窪「酒と肴 ててて」造り手・飲み手・伝え手、3つの手が交差する気鋭の銘酒酒場

赤江: いやしかし、コレ、安すぎやしませんか? ホントに1200円でいいんですか?

「我ながらお値打ちだと思います。一人だとあまり種類をたくさん注文できないじゃないですか。でも、お一人様にもいろんな肴でゆっくりお酒を楽しんでいただきたいと思いまして」と浩司さんは話す。

赤江: お一人なら、まずこの盛り合わせでハッピーになって、一人でニヤニヤしてほしいです。だけど、これだけで帰られたら、経営的にはアンハッピーですよね(笑)。ワタクシは、まだモリモリいただきますよ!

荻窪「酒と肴 ててて」造り手・飲み手・伝え手、3つの手が交差する気鋭の銘酒酒場

夫妻は共に板前だ。それぞれに料理の道を歩んできた。

東京出身の浩司さんは大学時代にアルバイトで料理に目覚め、学校を辞めて焼肉店を皮切りにさまざまな和食店を渡り歩いた。

奥様の成美さんは秋田市の出身。同じ秋田県の大館市特産の曲げわっぱを使用しているのも、成美さんの郷土愛からだ。高校を出た成美さんはイタリアンやフレンチなどの西洋料理の料理人になりたいと調理師学校に入ったが、そこで日本料理に開眼した。成美さんが当時を振り返る。

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「日本料理の授業は全体からすればほんのわずかだったのですが、ものすごく大きな影響を受けたんです。出汁の引き方ひとつとっても本当に奥が深いし、日本人なのにこんなに素晴らしい日本料理の世界を何も知らなかったなんて!と目からウロコが落ちまして」

赤江: 調理師学校では日本料理はメジャーではなかったんですね。確かにイタリアンとかフレンチの方が華やかなイメージかも。でも、日本料理の板前さんにはまた違ったカッコよさがあります。特に女性の板前さんは。

「私もそう思ったのですが、学校で日本料理をやっていきたいと話したら、『えっ、そっち? ホントに?』と先生方みんなに驚かれました(笑)」

成美さんは日本料理の有名店で腕を磨いていった。一般的に伝統的な日本料理の店では花形である板場や煮方を任されるようになるまでは長い年月を要するが、「先輩が次々に飛んでいったので」いろんな役回りにどんどんチャレンジさせてもらうことができ、20代で一通りのことがこなせるようになったという。

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赤江: 最近、料理の世界も働き方や先輩後輩の関係が変わってきているそうですが、さぞや大変なご苦労をされたことでしょう。とても可憐な秋田美人の奥様ですが、芯にはど根性がどっしりと備わっているとお見受けいたします。

ところで、こちらでは調理はどう分担しているんですか?

「営業中は私がお酒も担当するので、私は仕上げに火を使わずにお出しできるお料理を作っています。主人は揚げ物や煮物など温かいお料理とお造りなどですね」と成美さん。

「基本的にそれぞれが作りたいものを作ってるんですけど、互いの仕込みの様子を見て、へぇ〜そういうのやるんだ、みたいな感じで、けっこう刺激を受けています」と浩司さんは笑う。

荻窪「酒と肴 ててて」造り手・飲み手・伝え手、3つの手が交差する気鋭の銘酒酒場

赤江: でも、そうすると1日中一緒にいるわけですよね。ケンカにならないですか?

「不思議となりませんね。でも、仕込みを始める朝は、いつも鍋の取り合いをしてますけど」と成美さんは笑い、浩司さんははにかんで頷いた。

旬の味覚を燗酒と共に

荻窪「酒と肴 ててて」造り手・飲み手・伝え手、3つの手が交差する気鋭の銘酒酒場

イワシの梅しそ春巻きを揚げてもらった。アツアツを頬張ると、パリパリッと小気味よい音が響く。一口味わっては赤星、一口味わっては赤星、もう夢中だ。

赤江: イワシのおいしさがしっかり閉じ込められていて、梅肉がまたいいアクセントになっていて……私も巻いて揚げてほしいくらいです(笑)。

荻窪「酒と肴 ててて」造り手・飲み手・伝え手、3つの手が交差する気鋭の銘酒酒場

揚げ物熱は冷めやらず、厚切りハムカツを追加注文する。

ここらで赤星にはチェイサーに回ってもらい、「燗酒で涼を取る」と洒落込んでみることに。当店は温めておいしい日本酒を50種ほど取り揃えているという。

成美さんが燗をつけてくれたのは、茨城の酒「月の井」。筋金入りの日本酒好きに愛される、燗上がりする(温めて旨さが増す)銘酒だ。

荻窪「酒と肴 ててて」造り手・飲み手・伝え手、3つの手が交差する気鋭の銘酒酒場

赤江: (お猪口を傾け、しみじみと)沁み渡りますなあ。香りは穏やか、何も引っかかるところがなくスルリと喉を通って、じんわりコクが広がる。やさし〜い印象のお酒です。夏の燗酒、いいですねえ。

「月の井」を醸すのは、広島の「竹鶴」でも名杜氏として知られた石川達也さん。浩司さんの元同僚が石川さんのもとで酒造りを修行するようになったのが縁で、夫妻共に石川さんと親しく交流するようになった。「ててて」という店名は石川さんが名付け親だ。

「造り手、飲み手、伝え手。3つの手が交差する場所になってほしいという想いが込められています。初めは、えっ!? と驚きましたが、とてもいい店名をいただきました。オープンしてから、実際にそんな場所にしていきたいとさらに強く思うようになっています」(浩司さん)

赤江: 本当に素敵な店名ですね。私もいい飲み手になれるように精進いたす所存です。

荻窪「酒と肴 ててて」造り手・飲み手・伝え手、3つの手が交差する気鋭の銘酒酒場

箸休めにと頼んだ炒り醤油豆は、香ばしく炒った大豆に出汁をいっぱいにまとわせた逸品。箸休めのつもりが、箸が止まらず、豆と酒の無限ループに陥っていく。

ハムカツの登場に我に返ったが、予想外の佇まいに「え、えーーっ!」と思わず二度見する。

荻窪「酒と肴 ててて」造り手・飲み手・伝え手、3つの手が交差する気鋭の銘酒酒場

赤江: 厚切りにもほどがあるでしょ、ご主人(笑)。雲仙ハムのポークソーセージなんですね。どれどれ……。

くゎー、旨さ爆発! 山葵がまた相性抜群です。すかさず日本酒、アンド赤星のチェイサー……サイコーです。

あの、つかぬことを伺いますが、お二人はどちらで出会われたんですか?

カウンター越しに聞く馴れ初めの話も、最高の肴である。

初デートはまさかの日本酒試飲会

荻窪「酒と肴 ててて」造り手・飲み手・伝え手、3つの手が交差する気鋭の銘酒酒場

「知り合いが日本酒好きを呼んで開いた飲み会で初めて会いまして」と浩司さんが切り出すと、「そして後日、初デートが試飲会だったんですよ、滋賀県の日本酒の。普通、初デートに日本酒の試飲会を選びます?」と成美さんが続ける。

「いや、デートっていうか、試飲会があるけど行くかって聞いたら行くっていうから、一緒に行っただけで……」(浩司さん)

「店の研修か何かにおじゃまさせてもらう感じかと思って行ったら、二人きりなんですもん。それって、デートですよね?」(成美さん)

荻窪「酒と肴 ててて」造り手・飲み手・伝え手、3つの手が交差する気鋭の銘酒酒場

赤江: まあまあ。どうやら見解の相違があるようですね(笑)。試飲会って、イベント会場に蔵が出展してお酒を飲ませてくれるアレですか? 出会って間もない男女ではあまり行かないかもしれませんね(笑)。

で、やっぱり相当お飲みになった?

「滋賀県の蔵が30くらいブースを出していて、20蔵は回りましたね。1つの蔵で何銘柄か飲むんで、量は結構いきます。試飲会のあとは日本酒のおいしい居酒屋へ移動して、またしこたま飲みました」(浩司さん)

「とにかく二人とも日本酒が好きというのは一致していまして」(成美さん)

荻窪「酒と肴 ててて」造り手・飲み手・伝え手、3つの手が交差する気鋭の銘酒酒場

赤江: はははは! 最高の初デートじゃないですか! 一気に距離が縮まって。

そしてお付き合いするようになって、いつかは二人で店をやろうと。

「ええ、それを目標にしていたんですが、コロナがあったりでタイミングがなかなかむずかしくて。僕は経営についてもっと勉強しようと、店長兼料理長を任せてもらえる店に入って実践で学んでいきました。コロナも終わりが見えてきた時にちょうどのこの物件と出合いまして、機は熟したと、二人ともそれぞれの店を辞めました」(浩司さん)

荻窪「酒と肴 ててて」造り手・飲み手・伝え手、3つの手が交差する気鋭の銘酒酒場

赤江: お店を始める時はまだ結婚してはいなかったんですか?

「はい。二人とも一旦無職になって、さあ、これから開業に向けて協力して準備しなきゃ。じゃ、まず結婚しときますか、という感じで籍を入れました」(成美さん)

赤江: カッコいいー(笑)。一周して逆にロマンチック!

魅惑の〆、一つを選ぶのは酷すぎる

当店では必ずなんとも悩ましい問題に直面する。〆をどうするか問題だ。選択肢は3つある。

第一のコース:浩司さんの手打ち蕎麦。酒場にはめずらしい打ち立ての蕎麦をたぐれる幸せよ。これは完全に別腹モノ。
第二のコース:成美さんの塩むすび。秋田の実家でお父さんが丹精込めて育てたあきたこまちを、まじりっけなしに堪能したいならコレ。
第三のコース:成美さんの実家のあきたこまちで作る親子丼。日本料理の出汁の旨さが光る親子丼でガツンとフィナーレ。

荻窪「酒と肴 ててて」造り手・飲み手・伝え手、3つの手が交差する気鋭の銘酒酒場

赤江: きゃーーー、こんなにつらくも幸せな選択はないですね(笑)。うーーーーん、今日は成美さんの塩むすびで!

この三角おむすびを目の前にしたら誰もが笑顔になるだろう。海苔をビブスよろしくまとった愛くるしい姿。よく見れば、一粒一粒がツヤツヤと輝いていてうっとりしてしまう。

赤江: (ほおばって)むふっ、おいひい。もうこれはなんというか、(ほおばって)はらりとほぐれる絶妙な加減で握られていて、お米自体のピュアなおいしさと、(ほおばって)女将さんのやさしさと、切なさと……(以下省略)

荻窪「酒と肴 ててて」造り手・飲み手・伝え手、3つの手が交差する気鋭の銘酒酒場

それまでいろんな料理をしっかりいただいていたにもかかわらず、ペロリと平らげてしまった事実が、その塩むすびの魅力を何よりも雄弁に語っている。

赤江: いやーーーー満足この上なし。今宵、赤江は完全にハッピーに仕上がりました。

唯一の心残りは、ご主人の手打ち蕎麦をいただけなかったことですが、それは次回のお楽しみに取っておこうと思います。また必ずお邪魔しますね。

荻窪「酒と肴 ててて」造り手・飲み手・伝え手、3つの手が交差する気鋭の銘酒酒場

――ごちそうさまでした!
(2024年6月28日取材)

撮影:峯 竜也
構成:渡辺 高
ヘア&メイク:上田友子
スタイリング:入江未悠

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