あのお店はなぜ時代を超えて愛されるの? お客さんがみんな笑顔で出てくるのはどうして? 赤星探偵団の6代目団長・赤江珠緒さんが、名店の暖簾をくぐり、左党たちを惹きつけてやまない「秘密」を探ります――。
すっぽんとタイ料理の二刀流
もんじゃ、もんじゃ、もんじゃ、もんじゃ。月島といえば、もんじゃ。昭和30年代には月島にはもんじゃ屋は4軒しかなかったそうだが、現在は商店街に50軒以上がひしめく。いつしか「もんじゃストリート」と呼ばれるようになった通りでは、ソースの甘辛い香りが、道ゆく人をジュージューと香ばしい店内へと誘い込む……。
「はっ! いかん、いかん。うっかりもんじゃ屋さんへ吸い込まれそうになりました。今日のお目当ては違うんです」と我に返った赤江珠緒団長。もんじゃの誘惑を断ち切って、やってまいりました本日のお店は「月島源平」。
看板には“すっぽんとタイ料理”と掲げられている。もんじゃとは随分かけ離れている。月とすっぽん。月島なのにすっぽん、しかも+タイ料理という謎の組み合わせに団長のアンテナがビビッと反応した。
すっぽんのコースは要予約。同店ならではのタイ風アレンジですっぽんを丸ごといただく「タイ式薬膳すっぽん一匹コース」が首尾よく予約済みだ。
赤江: 席に着いたらどうするかって? メニューはノールックで、まずは赤星です。我らがサッポロラガービールですよ。
キンキンに冷えた赤星を持ってきてくれたのは、店主の保坂賢治さん。仕込みに手間のかかるすっぽんも、本格的なタイ料理も、調理を一手に担っている。本日はどうぞよろしくお願いします。
――いただきます!
赤江: かぁーーーーっっ! やっぱりこれだなあ。
あ、失礼しました。美味しさのあまり、私の中に棲むオジさんがちょっと顔を出してしまいました。本日も美味しゅうございます(笑)。
ここで団長、コースのスタートを待つ間、しばし赤星のお供にと、ぬか漬けを注文。
赤江: 何でだろう。ぬか漬け見つけるとだいたい頼んじゃうんだよなあ。
とかなんとか言いながら、セロリやキュウリのぬけ漬けをパリポリやって、ウォーミングアップもはい、完了。戦いの準備は整った。
すっぽんを丸ごと食べ尽くす一匹コース
さあ、刺身盛り合わせの登場で、すっぽん丸ごとコースの幕開けだ。
赤身は胸肉が中心で、熱湯にくぐらせた湯霜造りにしてある。白いのは脂身、赤くて丸いのは心臓。黄色のは卵だ。その卵の上にチン座するのは、男の子の大切なところ。
「今日は、2匹バラしまして、1匹がメス、1匹がたまたまオスだったので、両方の大切なところを盛り込ませていただきました」
赤江: オスだけに、たまたまでしたか(笑)。あ、すみません。早速いただきます。
まずはワサビと醬油で赤身をいただく。
赤江: ほう、ほう。これはおいしーお肉ですね! きれーっなお味のお肉。噛めば噛むほど旨味が感じられて、後味はすっきり。臭みなんて皆無です。
脂身もいいですねえ。脂とは思えないほどさっぱりしていて、でもほのかなコクがいい感じ。卵もなんともまろやかで上品なお味です。
一方、アチラ様はまさにチン味! いや正体を知らなかったら、美味しい貝だなあと思っていたことでしょう。
こちらで使うすっぽんは、「沖縄パインすっぽん」というブランドもの。沖縄南部の一年中温暖な環境で育てられているという。
その名の通り飼料が特徴的で、魚肉を中心に、沖縄特産のパイナップルやパパイヤ、ニンニク、フィッシュオイルを与えているそうだ。フルーツの酵素をたっぷり摂ることで、柔らかく臭みがない肉質になるという。
赤江: 本当に美味しいお肉です。もっとちゃんと食レポしろって?
うーーん、なんて言ったらいいんでしょう。地鶏とヒラメのいいところを合わせて2で割ったような味。保坂さん、どうですか?
「ああ、そうですね、わかる気がします」と、ちょっと目が泳いでいる保坂さん。いい人だ。
さて、本日のコースはタイ料理風のアレンジだ。どこにタイ要素があるかというと、醤油以外にもう一つタレがありました。ナムチムタレーというナンプラーがベースのタレである。
「ナムチムというのが“タレ”という意味で、タレーが“海鮮”という意味です。ややこしいですね(笑)。タイではシーフードに欠かせないタレで、向こうの人は何にでもかけて食べるんですよ」
赤江: おおお、まさに。このタレでいただいたら、一気にタイ王国へ飛びました。スッポンがタイの民族衣装をまとっております。なるほどですねー。
「お口に合いましたか? タイ料理のタレは少しインパクトが強すぎるので、せっかくのすっぽんの味がわからなくなってしまうという面もありまして…。正直、僕は、刺身に関してはワサビ醤油の方がうまいと思います(笑)」
赤江: はははは。私もそう思いました。保坂さん、正直で、いい人だ。
ひと口頬張れば気分は一気にタイ王国へ
お次に現れたのは、いろんな薬味が小皿に盛られた、なんとも楽しい一品。タイではおやつなどでよく食べられるミャンカムという料理だ。
本来はハイゴショウの葉を使うが、日本では今の時期に手に入らないので、この日はエゴマの葉と大葉で代用。すっぽんのレバーや腸、白子などの内蔵の煮込みと、お好みでショウガ、アーリーレッド(玉ねぎ)、ライム、ローストピーナッツ、ココナッツをくるんでいただく。
赤江: せっかくですから、薬味も全部ちょっとずつ盛りまして、クルクルクルと。そして、出ました、ナムチムタレーをちょいと付けて、ではいただきます……。
赤江: んーーーーっ、これも美味しい! また一気にタイランドです。バンコクです。今、絶賛、メコン川をボートで下っております。
すっぽんの煮込み自体は、美味しいもつ煮込みという感じなんですけど、薬味がタイへ持っていきますね。すっぽんがムエタイパンツとボクシンググローブを付けて現れた感じです。
(赤星をグビリとやって)またこれが赤星とも相性抜群。シアワセです。
ここらでちょいと箸休めにと、やってきましたのはすっぽんコースの定番、生き血だ。当店では新鮮な血をリンゴジュースで割って供される。
赤江: 血、新鮮でうまいなあ、とは正直ならないですよね(笑)。他のお店でもいただいたことがありますけど、だいたいは割りものの味です。こちらではリンゴジュースの味。儀式のようなものですね。キャーキャー言いながら飲むっていう。
でも、保坂さんお肌ツヤツヤですよね。えっ!? 47歳なんですか!? もっとお若いかと思いました。すっぽん効果ですね。私もこれから毎日すっぽんの生き血をすすろうかしら(笑)。
保坂さんは東京出身。以前は銀座のバーでホールスタッフとして働いていたが、タイ料理好きが高じて、昼はタイ料理店での調理、夜はバーでの接客と、ダブルワークに勤しむようになった。
この「月島源平」は元は「日本料理 源平」という和食店で、保坂さんはその常連客だった。名物のすっぽん料理が大のお気に入りだったのだ。ところが、店主が高齢のため店をたたむとことになってしまう。源平のすっぽんをなんとかして食べ続けたかった保坂さんは、店主に頼み込んですっぽんの調理法を伝授してもらうことに。
「店がなくなっても、自分で捌けるようになれば、いつでもすっぽんを買ってきて家で味わえるなと(笑)。それが、勉強させてもらっているうちに、店をやってみないかということになって。ならばと、思い切って自分が好きなすっぽんとタイ料理の二刀流でいくことにしたんです」
赤江: なるほどー。だから、いろんなタイ料理が味わえて、すっぽんもあると。ようやく謎が解けました。
すっぽんは一般的な和風でいただくこともできるけど、ここではタイ風でも楽しめるというわけですね。私はこのタイ薬膳バージョンが好きです。美味しいし、楽しい!
美味しくてお肌も潤うすっぽん鍋
さあさあ、お待ちかね、今宵のメインディッシュ、すっぽんの薬膳鍋がグツグツといい具合だ。
すっぽんの腕や肩、腹などの肉、甲羅の一部であるエンペラ、エノキやキクラゲ、山芋などの野菜が、様々な生薬と一緒に煮込まれている。
赤江: わーー! こんなにすっぽんが入っているんですか! なんて豪勢な。
赤江: 頭だー!(笑)。まさかこの状態で入っているとは思わないから、わからなかったよーー。
えっ、首が美味しい? よく動かすからお肉がしっかりしていて、コラーゲンもたっぷりで、すっぽんらしさを堪能できるとな。それでは、赤江、いちばんいいところをかぶりつかせていただきます!
……ふん、ふん、んんー、これは、美味しい。じょーひんなお肉の煮込み。そしてまた、お出汁が奥深い味わいで、たまりません。
「エンペラもぜひ。コラーゲンがたっぷりで、とても美味しいですよ。コラーゲンを口から摂取しても効果がないという意見もあるんですが、すっぽんを食べるとみんな肌の調子がいいって言いますし、僕も実際、翌日、あ、違うなと感じます。すっぽんは美容にはとてもいい食べ物だと思いますよ」
赤江: 保坂さんも毎日すっぽんを食べてるんですよね。だからそんなに肌がトゥルントゥルンなんですよね? えっ食べてない?
「店やるようになってからほとんど食べる機会はないですね。すっぽんって、仕込みがめちゃめちゃ大変なんですよ。美味しく食べるためには、すみずみまで毛細血管をきれいにお掃除することが重要で、調理できるようになるまでに3時間くらいかかります。鍋の場合は、何度か茹でこぼして下煮したり。そこまで手間ひまかけたものを自分ではもったいなくて食べられないです(笑)」
赤江: はははは。食べたくてすっぽん料理を学んだのに、結局食べられず。でも、そのおかげで私もこうして最高のすっぽんを味わえるわけですね。
ありがたいことです。心していただかねば。
米麺で極上の出汁を最後まで堪能
すっぽんと、野菜からのエキスも加わって、出汁がもうとんでもない旨さになっている。さあ、鍋のクライマックス、〆の時がやってきた。
こちらでは、ジャスミンライスを使った雑炊か、タイの麺を選べる。麺は米粉のみの麺で、パッタイなどに使われることが多いセンレックというタイビーフン。乾麺ではなく、生麺を使うのがこだわりだ。団長は麺をチョイスした。
赤江: (麺をすすって、しばし目を閉じて)美味しい……美味しすぎます。生麺だからでしょうね、麺がお出汁をたっぷりと吸っていて、それでいてコシもあって、喉越しもするりと滑らか。いくらでも食べられる。
今日みたいな肌寒いに日には最高です。いや、暑い夏に汗かきかき食べるのもまたいいかもな。あ、朝食にも良さそう。食欲のない朝とか。コレ、毎朝食べたいです。つまり年中食べたいです!
ところで、こちらのお店ではどうして赤星を置いているんですか?
「僕が好きだから、ですね。赤星も、黒ラベルも、サッポロのビールの味が好きなんですよ。それに赤星はラベルがかっこいいじゃないですか。自分で店をやるなら、瓶ビールは絶対に赤星って決めていました。とりあえず生、じゃなくて、赤星でスタートするお客様も多いですよ」
赤江: すっぽんとタイ料理と赤星。赤江的にも好きなものが3つ揃う奇跡が起きた感覚です。
次回は、グリーンカレーとか他のタイ料理も味わってみたいし、オーソドックスな和風バージョンのすっぽん鍋もいただきたいです。また仕込み3時間、よろしくお願いします(笑)。
次回は保坂さんも一緒に食べましょうね。
――ごちそうさまでした!
(2024年2月19日取材)
撮影:峯 竜也
構成:渡辺 高
ヘア&メイク:上田友子
スタイリング:入江未悠