あのお店はなぜ時代を超えて愛されるの? お客さんがみんな笑顔で出てくるのはどうして? 赤星探偵団の6代目団長・赤江珠緒さんが、名店の暖簾をくぐり、左党たちを惹きつけてやまない「秘密」を探ります――。 (※撮影時以外はマスクを着用の上、感染症対策を実施しております)
初代団長、まさかの返り咲き
本企画「団長が行く」のお店巡りも、前回でめでたく50回を迎えた。それを区切りに赤星探偵団5代目団長・宇賀なつみさんが勇退。そして、ようようと現れた6代目は、なんと赤江珠緒さん! 我らが初代団長が、まさかの出戻り、いや返り咲きだ。
門前仲町の裏路地。赤提灯に吸い寄せられ、暖簾をくぐったのは、「これぞ大衆酒場」との呼び声も高い「だるま」。界隈屈指の繁盛店だけに、この日は開店時間よりちょっとだけ早めに入らせていただいた。
扉を開けると、どーんと大きく縦長のコの字カウンター。奥にはテーブル席が並ぶ。BGMは50年代から60年代のモダンジャズが中心で、甘いヴォーカルが心地いい。
カウンターの中に調理場と洗い場、お酒のストックもギュッと詰まっている。迎えてくれたのは、店主の美人姉妹コンビ。理(アヤ)さんと真(マサ)さんだ。
赤江: わー、ステキ。噂にはお聞きしておりましたが、本当にきれいなご姉妹で。私も奥底にあるオジさん心に火が点いて、なんだかテンションが上がってまいりました。
さっそく、赤星をお願いします!
今ではすっかりめずらしくなった水冷式冷蔵庫でキンキンに冷やされたサッポロラガービール、通称“赤星”のお出ましだ。
――いただきます!
赤江: くはーー。最高です!
堂々たる大瓶での手酌も堂に入ったもの。赤星探偵団を離れて約5年。出産と育児でお酒を控えていた期間もそれなりにあったが、気持ちのいい飲みっぷりだ。
赤江: 授乳期を終えたとき、さぞかしお酒も弱くなってるんだろうなあと思っていましたが、飲んでみたら、あれ? 前より飲めるぞ。あれれ、以前にも増して美味しいぞ、と(笑)。
赤江、恥ずかしながら帰ってまいりました!
姉妹で適材適所の役割分担
リンリンと鳴る今や骨董的な黒電話。氷屋さんが大きな塊の氷を届けに来る。ここには昭和から変わらない、穏やかな空気が漂っている。
カウンターの中でぐつぐつとかぐわしい湯気を立てているのは、名物の牛もつ煮込みと肉豆腐。これは外せまいと、一瞬迷ってから牛もつ煮込みをチョイスする団長。
さらに、和洋中さまざまなメニューが並ぶ短冊を見渡し、「おっ」と糠漬けもオーダー。赤星、煮込み、糠漬けというまばゆい3点セットで宴はスタートした。
赤江: ああ、この煮込み、いいお味。お味噌のやさしい味付けで、とろとろに煮込まれていて。
へぇ〜、調味料はお味噌とザラメだけですか? なんともホッとするお味で、いくらでもいただけそう。
ポリポリと小気味よい音の正体は、糠漬けのカブ。前日に漬けられたカブやキュウリは、フレッシュさをそのままに糠の旨みをしっかりとまとっている。遅い時間には売り切れ必至の隠れた人気の一品。さすが団長、お目が高い。
赤江: 赤星との相性も抜群です。お手製のおいしい糠漬けをいただける飲み屋さんって、案外少ないんですよね。これだけでもホントに幸せ。
糠漬けの、この幸福感、食べ盛りの若い子たちにはなかなか伝わらないかもしれないけど……。
恍惚の表情の団長のもとへ甘辛い香りを放ちながらやってきたのは、ツヤッツヤに光り輝くナス味噌炒め。豆板醤をはじめ数種の味噌を独自にブレンドしたタレで仕上げる、これまた名物のひとつだ。
赤江: (熱々をほおばって)はっ、ほっ、はふ。これも最高のビールのお供ですね。中華料理屋さん顔負けのお味です。炒め物は妹さんのご担当なんですか?
答えるのはお姉さんのアヤさん。
「そう、開店したら基本的に炒め物や揚げ物、サラダとかほとんどの調理は妹のマサがこなします。私は煮込みとかあらかじめ時間をかけて煮る料理の担当。マサは料理が本当に上手で、美味しいし手際がいいし。母ゆずりの腕ですね。それに引き換え私は、まるでダメ。
マサがしばらく店をお休みした時があって、私ががんばって料理したんですけど、みんなに文句言われるわ、注文も少ないわと、散々で(笑)。常連の有名なソムリエの方になんて、『俺はマサの料理しか食わないよ』とはっきりと言われる始末。それ以来、割り切って、煮込み当番に専念しています」
赤江: ははは。アヤさんの煮込み、本当に美味しかったですよ。今、作っているのはカレーですか? すんごいいろんなスパイスを入れていますね。めちゃくちゃ本格的。
「明日のために仕込んでる、土曜日限定のカレーです。結構、人気のおつまみなんですよ。毎回味が違うけど、美味しいよって(笑)」とアヤさん。
マサさんはそんな会話に微笑みながら、持ち場で黙々と手を動かす。いい雰囲気だ。
自由奔放なお父さん、陰で支え続けたお母さん
「だるま」はアヤさんとマサさんのお父さんが始めた店だ。10数年前にお父さんが亡くなり、姉妹で店を引き継ぐことにした。店内には、往時のお父さんの写真がいたるところに飾られている。
赤江: お父様、男前ですねー。これは間違いなくオンナを泣かせている顔です(笑)。どういう方だったんですか?
「確かにオンナを泣かせていましたね、母と私たちを」とアヤさんは笑う。お父さんはとても自由奔放、豪放磊落な方だったようだ。
「要はおぼっちゃまなんですよ。祖父は高田馬場あたりの大学で法学者をやっていた人で、父は書生さんを抱えているような立派なお家に育ったとか。附属高校からずっと青島幸男さんと同級生だったらしいです。
脱サラしてこの店を始めたようですが、それまで仕事は何やっていたのか謎です。かなりあやしい仕事をいろいろとやっていたようでした。それでお勤めができるタイプではないと気付いたんでしょう、ここで飲み屋を始めましてね。昔は、カウンターだけの造りで、カウンターもイスも位置が今よりずっと高くて。よくお客さんが酔っ払ってひっくり返っていたそうですよ」
赤江: ジャズもお父様のご趣味なんですね。下町の酒場にはめずらしいBGMだなと思ったけど、なるほど納得です。お母様はお元気なんですね。昔は一緒に働かれていたんですか?
「働いていましたよ、昼は他の仕事をして、夜はこちらで。働き者の母なんです」とマサさんは話す。
「父は厨房の中のことは一切せず、店が終わったら売り上げを持って飲みに行ってしまうような人でしたから、母は大変だったと思いますよ。それでも文句言わず、じっと父を支え続けました。芯の強い博多の女ですね。このつくねは、そんな母が考案した代表的な料理です」
登場したのは、ハンバーグのような出立ちでボリュームだっぷりの手作りつくね焼。お好みで山椒をかけていただく。
赤江: うん、美味しい! これはお母様のやさしさがギュッと閉じ込められたようなお味。いいなあ、母の味を受け継がれているんですね。
客を早く帰したがる迷店
「だるま」は常連客の多い店だ。中には、翌日会社へ持って行くお弁当を作ってもらって持ち帰るのが日課というツワモノもいる。ダイエット中とあって、メニューにはないヘルシーな小鍋で一杯やっていく人もいる。かといって、常連客が威張っているということはなく、老若男女がそれぞれに自分の時間を楽しむ、温かい止まり木になっている。
「毎日のようにいらっしゃるお客さんには、自然とその方によろこんでいただける裏メニューを出すようになったり。マサはやさしいですからね、常連さんには希望を聞いてナポリタンを作ってあげたり、『今日は鶏肉をどうやって食べたい?』なんて聞いたりして、即興でテキパキとやってます。私だったら絶対やりませんけどね」(アヤさん)
赤江: こんなお店が家の近所にあったら、毎日来ちゃいますよ。真心いっぱいのお料理がいただけて、おふたりのチャキチャキとした姿を眺められて。もう最高の晩酌じゃないですか。
赤江: そういえば、赤星探偵団のスタッフから、遅い時間には揚げ物は注文しない方がいいとアドバイスを受けました。ラストオーダーでアジフライを頼んだら、アヤさんとマサさんから同時に「もっと早く言いなさいよ!」と叱られたとか(笑)。
あと、お客さんみんなに「早く帰りなさい!」としつこく言っていたのが印象的だったとも。
「はははは。すみませんね。うち、揚げ油を毎日換えてるんだけど、最後にまた温度が上がっちゃうと、冷えるまで時間がかかるでしょ。だから、終わり間際には揚げ物やりたくないのよ。どうしてそんなに早くお客さんを帰したいかって? だって、私たちも早く飲みに行きたいんですもん(笑)」
そう言って姉妹は顔を見合わせて笑う。
赤江: そうですよね、自分の時間も大事! 売り上げは持ち去らずに、お父さんの呑兵衛イズムもほどよく受け継いで(笑)。
巻き戻しのきかない時間を大切に
「赤江さんは、お子さんとの時間を大切にするために、ラジオの帯番組をお辞めになると聞きました。それって、すばらしい決断だなあと思ったんです。父が亡くなった時にはこの店には社員もいて、その方の生活もあるので、なんとか存続させないといけないと私たちが引き継ぎました。当時、私たちは共に小学生の子どもがいる主婦でしたが、やるしかないと腹を括って」(アヤさん)
「子どもが小学、中学くらいの時の生活をあまり思い出せないんですよね。それくらい忙しい毎日だったんです。それぞれ子どもには家でお留守番をさせて淋しい思いもさせてしまいました。だから、赤江さんにはお子さんがまだ小さいうちに一緒に過ごす時間を大切にしていただきたい。時間はどうやっても巻き戻せませんから」(マサさん)
赤江: ありがとうございます! 力強く子育てされてきた先輩のおふたりには、すごく勇気づけられます。
そんな話をしていると、もう社会人として活躍中のアヤさんの息子さんが、店を手伝いに現れた。アヤさんのお嬢さんと息子さん、マサさんの息子さんの3人の子どもたちは、しばしば手伝いに来たり、友だちを連れて飲みに来てくれたりするそうだ。
「懐がさみしくなった時に突然飲みに来るんですよ」とアヤさんが言えば、「あと食べたいものがある時にもね。あれ作ってよって」とマサさんも続ける。
酒を酌み、語らい、笑顔が交差する。かけがえのない時間の流れが、ここにはあった。
――ごちそうさまでした!
(2023年2月24日取材)
撮影:峯 竜也
構成:渡辺 高
ヘア&メイク:上田友子
スタイリング:入江未悠