あのお店はなぜ時代を超えて愛されるの? お客さんがみんな笑顔で出てくるのはどうして? 赤星探偵団の5代目団長・宇賀なつみさんが、名店の暖簾をくぐり、左党たちを惹きつけてやまない「秘密」を探ります――。 (※撮影時以外はマスクを着用の上、感染症対策を実施しております)
■ニュー新橋ビル地下飲食店街に初潜入
したたかに酔ったサラリーマンの街頭インタビューでお馴染みの新橋駅前SL広場。そこに隣接する昭和レトロな趣いっぱいの建物が、長年、界隈のランドマークとなっている「ニュー新橋ビル」だ。
1階には立ち喰い蕎麦屋や行列の絶えない洋食屋などの飲食店のほか、紳士服店や時計や靴の修理専門店、宝くじチャンスセンター、珍しい銘柄を取り揃えたタバコ屋などがギュッと肩寄せあっている。驚くのは金券ショップの数で、その手の店に縁のない人にとっては、そんなに需要あるのか!? という場違いな異世界に入り込んでしまったような気分になる。
地下1階は飲食店街になっている。さまざまなジャンルの飲食店70軒以上ひしめくが、その多くは個人経営の店。入れ替わりが激しく、近年は中国出身と思しき方が営む居酒屋が隆盛である。多くの店が扉や窓が開けている、もしくは通路との仕切りがないオープンスタイルで営業しているなか、ニュー新橋ビルらしからぬ落ち着いた佇まいの小体な店が、逆に目を引く。2018年にオープンした「酒肴晴(しゅこうばる)」だ。
今宵、翌朝の生放送に備え大阪に前乗りする予定の宇賀なつみ団長は、こちらで一杯やってから新幹線に乗り込もうという魂胆だ。
入口からすっと奥に伸びる細長い空間には、厨房に面するL字カウンターとテーブルが3卓ほど。すっきりと端正な空間だ。
宇賀: 素敵なお店ですね。私、実はこのニュー新橋ビルに入ったのは初めてなんですが、何というか、カオスですね(笑)。少し早い時間だからまだシャッターが開いてないお店も多いですけど、どこかアジアの国の雑居ビルに迷い込んだみたいな独特な雰囲気で。そこにあってこちらは落ち着いた雰囲気でホッとします。正直、扉を開けるのがちょっと怖かったけど。勇気を出してよかった。
「入りづらいですよね、中が見えないし(笑)。うちは飛び込みのお客さんはまずいなくて、だいたい誰かの紹介です。もちろん飛び込みも大歓迎なんですけどね」と話すのは店主の安田哲平さん。調理を一手に担っている。
猛暑日の夕刻、喉がカラカラの団長は、席に着くなり「赤星、お願いします!」の元気なひと声。注文の吟味は喉を潤しながらじっくり行うことに。
――いただきまーす!
宇賀: ああ、美味しい! やっぱりコレですよ。このところ、外で飲む機会がなかったから、ちょっとご無沙汰になっちゃって。たまに出る缶の赤星を家で飲めるのも幸せだけど、お店で飲む瓶の赤星は、やっぱり格別なんだよなあ。
ビールとともにやってきたこの日のお通しは、とうもろこしの葛豆腐。ブランドとうもろこしのゴールドラッシュを裏漉しし、出汁と牛乳、葛粉とじっくり練ったというとうもろこしの葛豆腐は、なんとも香り豊かでコク深い。
宇賀: とうもろこしの葛豆腐は初めて。とうもろこしの甘みが上品で、鰹出汁の餡とからんで、さらに深い味わいに……(赤星をゴクリとやって)ふぅ、シアワセ。
■確かな腕に裏付けられた気さく佳肴
もともと安田さんのご実家は、虎ノ門にあった畳屋さん。生まれたのは、ここからすぐの虎ノ門病院という地元っ子だ。
「虎ノ門にいたのは2歳までで、その後、実家は地上げに遭って白金に引っ越したんですけどね。でも新橋はなんとなく親しみのある場所ですね」
若くして料理人になりたい、やるなら日本料理がいい、と考えていた安田さんは、高校卒業後、調理師専門学校を経て、懐石の名店「分とく山」で修業を始めた。30歳までに独立すると心に決めていたことから、「分とく山」で6年間みっちり腕を磨いた後、店舗経営のノウハウを身につけるべく転職を決意。魚料理と日本酒に力を入れる居酒屋を展開する会社に入り、「魚BAR一歩」麻布十番店の店長兼料理長に就任した。
茄子の揚げ煮をいただきながら、店主の話に耳を傾ける。茄子は噛めばとろりとほどけるいい具合。
宇賀: 茄子がたっぷり吸っている出汁が、また美味しいこと。さすが懐石料理のお店のご出身。お出汁が香り高くて、これはどうやってもおうちじゃマネできない味だなあ。
調子が出てきました。よーし、お魚も頼んじゃお。
お造りを見繕ってもらった。この日の盛り合わせは、カツオ、シマアジ、天然カンパチ、イサキ、白イカ。順番に味わっては、毎度「おいしぃー」と小鼻がふくらみ、赤星が進む。そして、話は続く。
「27歳で料理長になったものの、当時、店で一番若かったですからね。なかなかやりづらかったですよ。とにかく信頼してもらえるように、誰よりも働いて頑張りました。『魚BAR一歩』には4年いて、最後にはみんな仲良しになって、独立する時もすごく応援して送り出してくれましたね。今でも『新橋で飲むならいい店がありますよ』ってお客さんにうちを紹介してくれるし、恵まれた環境で働かせてもらったんだなって思います」
宇賀: 安田さんのお人柄の賜物ですよ、きっと。お料理にも丁寧で実直な仕事ぶりが現れています。
■朝に活け締めされた鮮度抜群の魚たち
安田さんは本格的な懐石料理と魚料理専門店で腕を磨いてきただけあって、魚の扱いが見事。仕入れ先も、懇意にしている豊洲市場の仲卸のほかに、愛媛の漁港から直送してもらうルートを持つ。愛媛で朝、活け締めされた魚が午後には店に届くというから驚く。
この日は、立派な真鯛が届いた。
「今朝まだ生きていたのを神経締めした鯛なので、まだ死後硬直も起こっていなくて、ほら、こんな感じでプルプルしているんです」と安田さんが、大きな鯛の半身を振ると、なるほど身がまだ柔らかい状態。魚も自分が死んだことに気づいていないらしい。
白身の大きな魚は熟成させると旨味がのって味わい深くなるが、獲れたての鮮度を大事にとにかく早くいただくのも、なんとも贅沢なごちそうだ。宇賀団長は、このお宝の鯛を逃してはなるまいと、「酒肴晴」の名物である土鍋ごはんでいただくことにした。
土鍋ごはんは〆にお願いしておき、その前にしばし赤星&肉料理の饗宴を楽しむことにする。
団長が選んだのは、ザ・鉄板メニュー、豚ロースの生姜焼き。
湯気をくゆらせて焼きたての登場。安田さんは「フツウの生姜焼きですよ」と謙遜するが……
宇賀: おいしーっ! お肉が柔らかくて味がよく染みていて。何かが違う! 生姜の風味がフレッシュで、薬味のミョウガも絶妙にマッチしていて、爽やかさがあるの。
へぇ〜、生姜はタレに漬け込まずに、仕上げにおろしてふりかけているんですか。どうりで香りがいい訳ですね。
そうそう、生姜焼きには、マヨネーズが付いてこなくちゃね。ちょいとつけて味変して……んー、最高! 赤星もバッチリ合うけど、白いごはんもほしくなっちゃう。でも、土鍋ごはんが待っていますからね、ここはガマンガマン。
「うちのお客さんは、初めはビールで、途中から日本酒を召し上がる方が多いんですが、よく生姜焼きに合う日本酒は? と聞かれることがあります。僕はいつもキッパリと『生姜焼きにはビールです!』と答えていますよ(笑)」
■料理に寄り添ってくれるビールを
安田さんは、酒は日本酒とビールが大好物。ビールはサッポロ派で、店で出すのも生はサッポロ黒ラベル、瓶は赤星と迷いがない。
「若い時はすっきり辛口のタイプのビールが好きだったんですけど、気づけばサッポロばっかり飲むようになっていました。サッポロのビールはちゃんとした味わいがあるんです。料理を邪魔せずにしっかりと受け止めて、より美味しくしてくれる。料理に寄り添うビールって言うんですかね」
そんな話に深く頷く団長は、この日、とうもろこしの葛豆腐からお造り、豚の生姜焼きまで赤星一本足打法。どの料理にもほどよく寄り添ってくれる赤星で先発完投しそうな勢いだ。
いよいよクライマックスの土鍋ごはんのおでまし。ふっくらと炊き上がった新潟産コシヒカリ1合の上に、鯛の切り身がゴロゴロ、三つ葉がたっぷりどっさり。蓋を開けた瞬間、湯気とともに、人をダメにする芳香が鼻腔を直撃する。
宇賀: (ひと口食べて)うわあ、コレ、鯛です。まさに鯛そのものを味わうご飯! 鯛の旨味がすごいんだけど、とっても上品なの。お焦げも絶妙な状態で、これなら無限に食べられそう。
「出汁は一切加えてないんですよ。味付けは鯛にほんの薄く塩をしているだけです。鯛そのままを味わっていただきたくて」と安田さん。
土鍋ごはんは、定番に鯛と三つ葉のほかに、じゃこ山椒があり、松茸や牡蠣などの季節ものも登場するそうだ。
■食後のデザートは、からすみと日本酒
モリモリとごはんで〆て、ひと心地ついたかに見えた団長。しかしその視線の先にはガラスの冷蔵庫が。あろうことか、「せっかくだから日本酒もいただこうかしら」と、まさかの10回延長へ突入した。
この日は、富山県外にはほとんど流通しないと言われる希少な人気銘柄「勝駒」が入っていた。なみなみと注がれたもっきりのグラスの横には、自家製のからすみ。フランス料理店で食後に貴腐ワインとチーズをいただくが如く、優雅な時間が過ぎていく。
宇賀: このからすみ、めちゃくちゃ美味しい。お酒もちょうど好みの味で、最高の組み合わせです。
「からすみを召し上がっていただけてうれしいです! 何を隠そう、私がいちばん力を入れているのが、このからすみなんで。10腹のからすみを作るのに、塩抜きのために純米酒を3升使っているんですよ。干し方もちょっと変わっていて……」
宇賀: このからすみ、まだお酒を吸っているみたいですよ、もうグラスが空いちゃいました(笑)。それじゃ、新幹線の時間まで、もう一杯だけ……。
その後、延長戦は11回へと突入し、「ニュー新橋ビル」初体験の夜は大団円を迎えましたとさ。
――ごちそうさまでした!
(2022年7月28日取材)
撮影:峯 竜也
構成:渡辺 高
ヘア&メイク:ATELIER KAUNALOA
スタイリング:近藤和貴子
衣装協力:ココディール(トップス¥5,280カーディガン¥7,590)
ルーニィ(スカート¥24,200)
プラス ヴァンドーム/プラス ヴァンドーム ジェイアール名古屋タカシマヤ店(イヤリング¥11,000リング¥9,900)
ダイアナ/ダイアナ 銀座本店(パンプス¥16,500)