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作家たちの呑み話 File No.6

赤坂の肉割烹で赤星とのマリアージュを楽しむ!

「金舌赤坂」

公開日:

今回取材に訪れたお店

金舌赤坂

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赤星を交えて、二人の小説家がリレー形式で語り合うこの企画。綺羅星のような物語はどのように生まれたのか? 心を揺さぶる言葉はどう紡がれたのか? 二人の間にはいつも美味しい料理と赤星があります。

第6回目となる今回は、前回ゲストとしてご登場いただいた彩瀬まるさんがホスト役。そしてゲストには昨年直木賞を受賞したばかりの小川哲さんをお招きしました。赤星を片手に大いに語り合っていただきましょう。

実は同じ高校の先輩後輩の間柄!

赤坂の肉割烹で赤星とのマリアージュを楽しむ!

彩瀬 小川さんとは同時期に同じ高校(※渋谷教育学園幕張高等学校)に通っていた間柄ですけど、当時はまったく接点がなかったよね。

小川 そうですね。何かの記事で同じ高校だと知ってウィキペディアをチェックしてみたら、小学校まで一緒で驚きました(笑)。ただ、生まれ年こそ同じ1986年ですけど、彩瀬さんは早生まれだから、学年でいうと僕のひとつ上にあたるんですよ。

彩瀬 ああ、それなら面識ないのも仕方ないか。でも私も、人づてに「後輩に作家をやっている人がいますよ」と聞いてはいたんですよ。その御縁で3~4年前に対談させてもらうことになったのが初対面だよね。

小川 共通の作家仲間が多いこともあって、それ以来、何かとお世話になってます。

彩瀬 こちらこそ。今回も、せっかく美味しい料理と赤星が飲める仕事だから、どうせなら気のおけない人がいいなと思って指名させていただきました!

小川 ありがとうございます(笑)。作家って、こういう仕事にありつくために、日頃せっせと仕事を頑張っているところがありますよね。

彩瀬 うん、同感。というわけで、まずは赤星をいただきましょう。乾杯!

小川 乾杯―!

文学賞の選考委員という仕事の面白さはどこに?

赤坂の肉割烹で赤星とのマリアージュを楽しむ!

前菜の「つるむらさきのお浸し」

彩瀬 うーん、普段は原稿と向き合うばかりの日々だから、やっぱりこういう仕事っていいよね。

小川 そもそも僕らって、出版業界以外の人と仕事をする機会が少ないですからね。何より、この赤星の落ち着いた喉越し、こういう暑い日にはごくごくいけて最高ですよ。

店員 早速ですが、まずは前菜から参ります。「つるむらさきのお浸し」と「牛すじとあさりの時雨煮」でございます。

彩瀬 すごい、もういい香りが漂ってきてる!

小川 ああ、これは赤星によく合いますね。このあとラジオの収録があるのに、飲みすぎてしまわないか心配ですよ(笑)。

彩瀬 ラジオなら顔が赤くなってもバレないから大丈夫! それにしても、小川さんもいろいろやってるよね。文学賞の選考委員なんかもやってるじゃない? ぶっちゃけ、どんな思いでやっているの?

小川 あえて候補者の方の気持ちを顧みずに言うと、面白いです。

彩瀬 それは受賞作を選ぶ作業が面白いってこと?

小川 いえ、選考委員はほかにも有名な作家の方が数名いらっしゃるので、単純に同業者と小説の話をするのが楽しい、という感じです。まるで豪華な読書会に参加しているような感覚というか。とはいえ、候補者の方は人生がかかっているので、もちろん真剣に作品と向き合っていますが。

彩瀬 話題の作品について同業者とあれこれ感想を言い合うことはよくあるけど、仕事となるとまた、作品の受け止め方が変わってきそうだよね。

小川 仕事じゃなければ、もっと主観で物を言えると思うんです。そもそも小説って、どっちが面白いとか優れているとか、比較できるものではないはずですし。

彩瀬 うん、それはそうだよね。

小川 しかし選考となると、他の候補作と比較しなければならないので、好きなポイントとそうでないポイントを、ちゃんと言語化して評価する必要があります。場合によっては、好みとしては嫌いな作品でも、レベルが高いからプッシュするようなこともあり得るでしょうし。

彩瀬 なるほど、その違いは興味深い。個人的な「好き」をいったん脇に置いておいて、授賞にふさわしいかどうかをジャッジしなければならないわけだもんね。

小川 そうですね。だから難しいんですけど、僕の場合はそれぞれの作品が目指すところにどこまでうまく到達できているか、という基準で考えるようにしています。

日常における食事との向き合い方

赤坂の肉割烹で赤星とのマリアージュを楽しむ!

見た目の美しい「黒毛和牛刺し盛り合わせ」

店員 続きまして、「黒毛和牛刺し盛り合わせ」です。ハツ、赤身はトウガラシ、そしてザブトンになります。

小川 このザブトン、褒め言葉になっているかわからないけど、まるで上等な大トロみたいな食感で美味いです。

彩瀬 たしかに! でも歯ごたえが牛肉だから、しっかり噛めるマグロって感じ。赤身を食べたい時って、鉄分を摂りたい気分の時でもあると思うんですけど、すごく上質な鉄分の塊をいただいている感覚を覚えます。

小川 さすがのグルメリポート(笑)。彩瀬さんは作品を読んでいても、食感とか匂いを丁寧に描写されていますよね。僕みたいな人間とは世界の認知の仕方がまるで違うんだろうなといつも感じています。

彩瀬 そんなことはないと思うけど(笑)。逆に、小川さんが思わず細かく描写してしまう分野ってあるんですか?

小川 僕は視覚と音に認知が偏っていますから、あまり思い当たらないですね。こういう美味しい料理を前にして言うのもなんですが、日頃の食事にしても「美味い」か「普通」くらいしか評価基準を持ってないんですよ。そもそも食べられないほど不味いものって、そうそう存在しないと思いますし。

彩瀬 でも、たとえば子どもの頃に大好きだったメニューとか、記憶に残ってはいるでしょう?

小川 ないことはないんですけど、僕は物心つくまでご飯を食べること自体が嫌いだったらしいんですよね。いまはまったくそうではないですけど、何となく他人と比べて人生における食事のプライオリティが低い気がすることはあります。

彩瀬 なるほど。私の場合は子どもがいるから、家で仕事をしていても夕方になると料理をしなければならないので、否が応でも頭の片隅で「冷蔵庫に何が残っていたっけ?」とずっと気にしてしまうんです。

小川 ああ、それは確かに僕とは環境が違いますね。

彩瀬 原稿が切羽詰まっている時は、これがなかなかしんどくて。で、子どもが学校から帰ってくると開口一番、「今日の晩ごはんは何?」なんて聞かれたりする。そんなの私が教えてほしいよっていつも思ってますよ(笑)。

赤坂の肉割烹で赤星とのマリアージュを楽しむ!

お二人ともピンチの時のエピソードには事欠かないようです

小川 なんか、締切が迫っているのにまだ1文字も書けてない状況で、編集者から「どんな作品を書くんですか?」って聞かれるのに似てますね。こっちが知りたいよ! みたいな(笑)。

彩瀬 そうか、これは作家にとってはあるあるなのか。でも、小川さんすごく進行きっちりしてそうなのに、そういう追い込まれ方することもあるんですね。

小川 もちろんありますよ。ちょっと前に、まだほとんど手を付けていない新刊の情報がAmazonで予約開始になっていた時にはさすがに焦りましたけど(笑)。

彩瀬 え、そんなことあるの? だってタイトルすらまだ決まっていないってことでしょ?

小川 その時は“小川哲傑作短編集”みたいな仮タイトルで出てましたね。「俺、まだその傑作を書いてないんだけどな」と思いました(笑)。もしかすると、このまま発売日を迎えたらどこからか勝手に傑作が湧いて出るのかな、と。

彩瀬 小川さんはすぐ因果を逆転させようとする(笑)。

誰が一番うまい!? 小説界の「食事描写決定戦」

赤坂の肉割烹で赤星とのマリアージュを楽しむ!

熱した石にお肉を乗せお好みの焼き加減に

店員 お待たせしました、30日熟成の「極上金舌(牛タン)」、「レバー&ハツの溶岩焼き」、そして「雲丹ドック」と続けて参ります。牛タンはまず何もつけずに召し上がっていただいてから、お好みですだちや生七味をお使いください。

彩瀬 このタン、分厚いのに柔らかい。口の中にとろけてくる脂が、めちゃくちゃいい香りがしますよ。

小川 本当だ。……というか、このタンを口にした瞬間、そういう感想が出てくるのがすごいですよ。やっぱり作家だなあ。

彩瀬 そうかな。まあ、お仕事だから作家らしいことを言わなければとは思っているけど(笑)。でもこういう描写って、うまい人は本当に上手だよね。

小川 そうですね。もし「食事描写決定戦」みたいなことをやるとしたら、最近だったら誰が一番うまいんだろう。

彩瀬 ぱっと思いつくのは、千早茜さんかなあ。わりと断トツかも。

小川 たしかに千早さんはうまいですね。

彩瀬 あと、川上弘美さんが描くものは、普通の素麺ですらすごく美味しそう。

小川 それもわかります。あと、何でもないものを美味しそうに思わせるという点では、小説じゃないけど『カイジ』の福本伸行さんが印象的です。飢えた地下労働者がありつく柿ピーの味とか、本当に心の底から美味しそうに食べていて共感してしまいますよ。

彩瀬 切迫した人間ならではのやつね(笑)。あと、ふと思ったのは、村上春樹さんの描くご飯は、けっこうお腹を鳴らしながら読んでいた気がします。

小川 村上春樹さんの描写って、味を丁寧に説明するというよりも、どんな具材を使っていて、どういう味付けがされているのか、料理の成り立ちを詳しく追っていくスタイルですよね。

赤坂の肉割烹で赤星とのマリアージュを楽しむ!

食事の描写は作家さんの個性が光ります

彩瀬 そうそう。料理の描き方にも種類があって、食べた時にどんな特別な感覚が得られたかという描写に優れた書き手もいれば、端的な情報を与えて読者に想像をふくらませるのが上手い書き手もいるよね。村上さんは後者かな。

小川 ちょっと話が変わるんですけど、食事の描写についてよく思うんです。小説における会話シーンで、「言った」が必要なのかどうかという問題があるじゃないですか。

彩瀬 登場人物のセリフを描く際に、「『×××××』と言った」という一文の、「言った」を添えるべきか否か、という話ね。

小川 それです。村上春樹さんは「言った」を添えるスタイルなんですが、要はカギカッコが誰のセリフなのかを、この「言った」を使わずに表現するべきだという議論がある、と。

彩瀬 あるよね。村上さんはご自身の感覚的に、そのほうが据わりがいいのかな?

小川 僕個人としてはどちらでもいいと思っているのですが、この視点で考えると、食事のシーンってすごく便利なんですよ。何かの料理をつまんだり、咀嚼したり、あるいはビールをぐいっと飲ませたり、セリフにアクションを伴わせやすいから、セリフのあとに「言った」と添える必要がなくなるんですね。

彩瀬 ああ、なるほどね。たとえばこうして牛タンを食べる描写にしても、かじり方ひとつでその人物の性格まで表現できるしね。

小川 あ、本当だ。彩瀬さんは少しずつ食べているのに、僕はせっかちだから二口でたいらげてしまいました(笑)。つまりはこういうことですよ。セリフの主とその人柄まで表せる。

直木賞受賞で日常に変化は……?

赤坂の肉割烹で赤星とのマリアージュを楽しむ!

お客さんが料理をより楽しめる演出が憎い

彩瀬 ねえ、この「雲丹ドック」、絵力すごくない? これは写真を撮って帰って家族に自慢しなきゃ!

小川 たしかにこれはテンション上がりますね。

店員 雲丹と酢飯の間にユッケを挟んでいます。お客様ご自身で海苔を巻いてお召し上がりください。

彩瀬 (ひとくち食べて)くう、見た目だけじゃなく、お味のほうもたまらない。

小川 うん、美味い! 美味しいものを3つ足し合わせて、それでいて互いを邪魔していないという、完璧なバランスですよね。

彩瀬 本当にそれ。お口の中で先に雲丹と酢飯が溶けて、最後にお肉が残るので、味が段階的に変わっていく感じ。最後に残るユッケの脂の旨味が、またビールと相性がいい!

赤坂の肉割烹で赤星とのマリアージュを楽しむ!

お肉を引き立て、お肉で美味しくなる野菜たち

店員 続いてのお料理です。「厚切り牛舌ステーキと加茂茄子田楽」、「泉州水茄子とズッキーニの胡麻ダレ掛け」でございます。加茂茄子の下に敷いているのは、鼈甲飴になります。

彩瀬 鼈甲飴! (少し舐めて)飴が材料でも甘ったるくなくて、ジュレみたいな味付けになってる。すごい工夫ですよね、これ。

小川 うーん、素晴らしい。それにしてもこの時期は茄子が美味いですね。

彩瀬 そして、この牛タンステーキ、お箸で切れるよ。ステーキだけど煮物みたい。めちゃくちゃとろける。

小川 このあとメインが来ると考えると、すごくボリュームのあるコースですけど、野菜が多いので重たくないのがいいですよ。普通に食べられてしまう。いやあ、本当にいい仕事ですね。

彩瀬 仕事の話でいうと小川さん、直木賞を取られて生活は変わりました?

小川 いや、変わらないですよ。

彩瀬 そうなの? もともと先々まで仕事が詰まっていたから、目の前の仕事をとにかくやっつけなければならない現実に変わりはないってことなのかな。

小川 そうですね。それに、直木賞をもらったあとにいただく依頼も、「直木賞をとったのでお願いします」とは言ってこないわけですよ。その意味で、どこからどこまでの仕事が直木賞効果なのかわからないんです。

彩瀬 でも、直木賞作家になったということで、重圧みたいなものは生まれません?

小川 それもあまり感じないですね。直木賞作家って、ご存命の方だけでも100人くらいいますし、いまの若い世代にはどういう賞なのかもほとんど理解されていないじゃないですか。

彩瀬 それはそうかもしれないけど。

小川 だったら、宇多田ヒカルさんと対談した時のほうが、周囲の反響ははるかに大きかったですよ。友人知人から「見たよ」とか「すごいな」とか、直木賞の時よりもはるかにたくさん連絡来ましたから(笑)。

彩瀬 たしかに凄いことだよね(笑)。でも、そういう機会が舞い込むのは、直木賞作家だからこそだと思う。直木賞という“お墨付き”は、やっぱでかいよ!

食いしん坊は料理に不向き!?

赤坂の肉割烹で赤星とのマリアージュを楽しむ!

絶妙な火加減の黒毛和牛厳選ステーキ

店員 メインの「黒毛和牛厳選ステーキ」、そして土鍋ご飯とお椀をお持ちしました。ご飯は「トリュフとフォアグラの炊き込みご飯」でございます。

彩瀬 ええ、なんて豪華な! この、焼いたパプリカの香ばしさよ……。

小川 盛り付けも美しいですよね。この紅葉をかたどっているのは、芋かな。秋を先取りさせてもらった気分です。

彩瀬 それにしても、フォアグラって炊き込んでいいものなんですね。

小川 いや、フォアグラは炊き込んでいるのではなく、調理してからのせているんじゃないかな。

彩瀬 そうか、ほぐしながら混ぜて食べるんですね。フォアグラの脂の風味が利いていて、最後まで飽きさせないですね。これは家庭では絶対に味わえない。

小川 そうですね。僕も一人暮らしが長かったので一通りの料理はするんですけど、これは再現できない。独身時代はとくに、本当にいつも適当なものばかり食べてましたからね。

赤坂の肉割烹で赤星とのマリアージュを楽しむ!

この絵力! 締めまでサプライズ満載です

彩瀬 結婚したいまは、料理はどうしているの?

小川 その日にやれるほうがやる感じです。全体としては僕が4、妻が6くらいの割合ですかね。いや、自分で4だと思っているってことは、実際は3とか2なのかな(笑)。

彩瀬 でもけっこうやってるんだ。

小川 肉を焼く時などは、僕のほうが美味しく焼けるので率先してやりますね。

彩瀬 それはフライパンにこだわりがあるとか、そういうこと?

小川 いえ、単純に加熱の時間や焼き加減ですね。本気を出す時は温度計まで持ち出して厳密にやりますし、ものによっては低温調理器も使います。

彩瀬 へー、丁寧な生活をしてますね。私も見習わないと。仕事しながらだと、どうしてもその場しのぎの料理ばかりになってしまうので。

小川 低温調理もそうですけど、料理って1時間何かに漬け込む工程が重要だったりして、本来は食い意地の張っている人間には不向きなんですよね。

彩瀬 そうだよね。でも、その待ち時間に原稿を頑張って、「これが終わったら美味しいご飯が食べられる」と耐えるのも楽しくない?

小川 僕は駄目ですね。やりかけの料理のことが頭の片隅に少しでもあると、原稿が進まないタイプです。だから仕事と家事の時間は完全に切り分けるようにしています。

彩瀬 それも面白い一面。本当に食事との向き合い方って人それぞれなんだね。だからこそ、こうして他の人が作った料理が食べられるのって幸せなことだよ。

小川 間違いないですね。赤星もあるし(笑)。

彩瀬 というわけで、今回もお腹いっぱい! 小川さん、今日は楽しいひとときをありがとうございました。

赤坂の肉割烹で赤星とのマリアージュを楽しむ!

同じ高校ご出身のお二人の仲を赤星がさらに縮めてくれました

赤星を片手に小説家が食を楽しみ、会話を愉しむこの企画、次回は彩瀬さんから朝井リョウさんにバトンをつなぎます。どんなお話で小川さんと盛り上がるのでしょうか。次回をどうぞお楽しみに。

 

 取材・文:友清哲

撮影:西崎進也

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