二人の小説家がリレー形式で、赤星を交えて創作観について語り合うこの企画。綺羅星のような物語はどのように生まれたのか? 心を揺さぶる言葉はどう紡がれていったのか? 二人の間にはいつも美味しい料理と赤星があります。
第5回目となる今回は、前回ゲストとしてご登場いただいた芦沢央さんをホスト役に、そして新たなゲストに彩瀬まるさんをお招きしました。日頃から大の仲良しというお二人に、赤星を片手に大いに語り合っていただきましょう!
デビュー前に実現していた“夢の対決”
芦沢 まるさんとは普段からよく遊んでもらってますけど、お互い本当に酒好きですよね。
彩瀬 そうですね(笑)。今日は気合を入れて、ファッションも赤星カラーにそろえてみました!
芦沢 さすが(笑)。でも顔なじみすぎて、こういうあらたまった場は変な感じがしますね。
彩瀬 そもそもなぜこんなに2人でつるむようになったかというと、私の出版イベントに芦沢さんが来てくれたのが御縁の始まりだったんですよ。
芦沢 そうそう。まるさんのことはその前からずっと気になっていて、面識もないのにふらりとイベントに顔を出してみたら、すぐに共通の作家仲間たちを交えて一緒に遊ぶようになったんです。
彩瀬 それがこんな素敵な料理と赤星にありつける仕事に繋がるのだから、感謝しかありません。
芦沢 こちらこそ、今日はありがとう。とりあえず、赤星で乾杯しましょうか。
彩瀬 そうですね、今日はよろしくお願いします。乾杯!
芦沢 思えばまるさんとは不思議な縁なんですよね。私がデビュー前に応募したR-18文学賞で、最終選考でご一緒していたり。
彩瀬 ああ、そうか。そうでしたね。
芦沢 私は落選したんですが、まるさんはそこで読者賞をとってデビューされて。
彩瀬 なんか、ごめんなさい(笑)。でもR-18文学賞って、芦沢さんのほかにもいまでは名のある方々が大勢応募していて、なんだかとてもいい賞ですよね。
芦沢 うん、私もあそこで最終選考に残れたのが自信になって、その2年後にようやくデビューできましたから。でも、まるさんのデビューって、実は小説じゃないんですよね?
彩瀬 そうなんですよ。R-18文学賞をいただいて、デビューに向けて準備をしている間に東日本大震災が起きてしまって、たまたま現地で被災した私に「状況をレポートしてほしい」と新潮社からオファーがあったんです。その時のルポが人生初の著書です。
芦沢 あれだけの災害だから、いくら当事者とはいえ、何をどこまで、そしてどのように描写するのか、判断が難しかったと思うんです。でも文章を読んでいると、そこにすごく誠実に向き合おうとしているのが伝わってきて、それで私はファンになってしまったんですよ。
彩瀬 ああ、それは嬉しいなあ。ありがとうございます。
赤星は「料理に寄り添う」イメージが強いビール
店員 まずは「前菜三品盛合せ」からどうぞ。くらげ、蒸し鶏、ピータンの3種を盛り合わせています。
芦沢 わあ、涼しげで今日みたいな暑い日にぴったりですね!
彩瀬 このくらげ、歯ごたえがすごくいいです。口の中で繊維が切れる音がする。
芦沢 うん、ここまでシャキシャキ音が聞こえてくる(笑)。
彩瀬 そしてこの鶏肉の皮のところも、脂ののりが良くてビールに合うなあ。
芦沢 まるさんって、最新刊の『なんででも生まれる』もそうですけど、“生きる”ということを大切にした物語を書くイメージがあるんです。だからなのか、食についてもとても丁寧に描写しますよね。こういう企画で食レポ的なコメントを求めるのに、うってつけだとっていたので、今日はもうお料理についての感想はお任せしたいです(笑)。
彩瀬 ハードルが高いです(笑)。普段こんなに上等なものを食べてないので、なかなか咄嗟に言語化できないですよ。
店員 続いては当店定番メニューのひとつ、「シュウマイ」です。
芦沢 なんか凄いシュウマイが来た! 大きいし肉がみっちり詰まってる。
彩瀬 こんなの、ビールに合わないわけがない。赤星って、ビールの中でも料理に寄り添ってくれる印象があるんです、風味はしっかりしているけど、決して料理を邪魔しないバランスというか。
芦沢 なるほど。でも、たしかにそうですよね。存在感があるのに、味の濃い中華料理とケンカすることはないし。この肉汁たっぷりのシュウマイとも、よく合いますね~。
彩瀬 芦沢さんも、料理研究家を主人公にしたミステリーも書いているくらいだし、決して料理の描写が苦手なわけではないですよね。
芦沢 それでいうと、最終的にたいてい削るけど、人物の日常はいったんちゃんと書いているんですよ、私。たとえば殺人事件の犯人だって、殺人を犯さない日のほうが多いわけで、そういう日の生活を朝からひとつずつ書いてみて、その人物の造形を固めてくというか。
彩瀬 え、使わないことがわかっているのに!?
芦沢 そう、設定資料とかじゃなくて、ちゃんと小説として書くんです。朝何時に起きて、何を食べて、そのあと何をするのか、とか。そうした中で、「ああ、この人は日常のこういうところにいつもイライラしているんだな」と、私自身の中で理解が深まっていくんです。
彩瀬 それはすごい……。こんなにコスパの悪い書き方をしている作家って、たぶん芦沢さんくらいですよ(笑)。
芦沢 たしかにコスパは悪い……(笑)。でも、私にとってはどうしても必要な作業なんですよね。登場人物の設定を決める際、履歴書を作るという話もよく聞きますが、私はその代わりにとりあえず小説の形で探っている感じなんで。
彩瀬 そんな書き方をしているのに、芦沢さんってけっこういつも仕事をたくさん抱え込んでいるじゃないですか?
芦沢 まあ、それは単に筆が遅いからなだけなんですが……。締め切りは絶対に破らないんだけど、いつもお尻に火がついている自覚はあります。
彩瀬 だって私と会う時も、「どうしよう、まだこんなに原稿書かなきゃいけないのに遊びに来ちゃった」って言うと、芦沢さんはその倍くらい抱えていたりするもの。おかげで「ああ、もっとギリギリの人がいるのか」と、私の精神が落ち着くんですけど(笑)。
芦沢 そうやって、たまには下を見て安心するのも大切ということで(笑)。
作家はコロナ禍を物語の中でどう扱うのか
店員 こちらは「海老の唐辛子ケチャップ炒め」と「青ゲン菜とカニ煮込み」、そして「焼きギョウザ」でございます。
芦沢 どちらもすごく大きいですね。これは食べごたえあるわー。
彩瀬 この海老、食べても食べてもなくならない。こんな贅沢なことがあっていいんでしょうか。
芦沢 食感もピチピチだしね。最高。
彩瀬 ピチピチといえば、文芸誌の新年号の特集とかって、フレッシュで人気のある作家さんがずらりと名を連ねていたりするじゃないですか。ああいうの、執筆依頼をもらうと、どんなに締め切りが厳しくても受けたくなってしまうの、私だけですか?
芦沢 うーん、気持ちはわかる(笑)。私たちもまだまだ中堅なのかも怪しいくらいだと思うけど。
彩瀬 でもわかるでしょ? どうしてもあの、ピチピチした魚ばかり置いてる鮮魚店の店頭に、私も並べてほしいこの気持ち(笑)。無理してそこに入れてもらって、あとで地獄を見るのはわかっているのに……。
芦沢 でも、無理してでもやりたい仕事って、ありますよね。書き手の顔ぶれが面白いアンソロジー(※1つのテーマで複数の作家が競作する短編集)とか。そういうのにすぐ飛びつくもんだから私、テーマがばらばらで短編集にまとめられていない作品がたくさんあるんですよ。
彩瀬 ほら、やっぱりコスパが悪い(笑)。
芦沢 ほんとだ(笑)。それでいうと、最近出た『魂婚心中』では、どうにかそういう作品をいくつか拾い集めてまとめることができたので、ちょっと肩の荷がおりました。
店員 お待たせしました、お二人からリクエストがありました「豚肉の天ぷら」、そして締めの「炒飯」です。
彩瀬 リクエストしておいてなんですけど、すごいボリューム……! とくにこの炒飯、ほんのりとだけどピリッと辛くて、またビールが進んじゃう。
芦沢 豚肉のほうも、天ぷらというより、とんかつみたいな満足感がありますよ。サクサクしてて、本当に美味しい。
彩瀬 ほんとだ。でもとんかつより噛み切りやすいのがいいですね。いやあ、役得だなあ(しみじみ)。
芦沢 コロナ禍で出歩けなかった頃を思えば、こうして一緒にビールと料理を楽しめるようになったのは、ありがたいですよね。
彩瀬 あの頃はよく二人でZoom飲みをしてましたもんね。「世の中、これからどうなるんだろうね」って話しながら。
芦沢 コロナ禍を物語の中でどう扱うかというのも、作家としては悩ましいポイントだった気がする。コロナ禍の光景を盛り込むのか、それともパラレルワールドとして何事もない世界を描くのか。
彩瀬 うん、そのあたりは作家によってだいぶスタンスが分かれましたね。私はずっと、コロナ禍ありきの前提で書くようにしていますけど。
芦沢 私は作品によるかな。コロナ禍の生きづらさをテーマにしたこともあるし。そもそも、登場人物の生活様式として、マスクをさせるかさせないかって、すごく大きいじゃないですか。」
彩瀬 そうなんですよね。ある映画関係者が、「コロナ禍以降、マスクの意味が変わってしまった」とおっしゃっていて、なるほどと思いました。以前は風邪や花粉症といった日常的なものだったのが、いまはコロナの流行期を意味したり、感染予防に敏感な人物であることを示したり、新しいニュアンスになってしまった、と。
芦沢 たしかにそうですね。ちなみにうちの娘は、いまもマスクをしていないと落ち着かないと言ってます。幼い頃にマスクに慣れてしまうと、むしろ口元を隠していないと妙な感じがするらしくて。
彩瀬 うちの子も、マスクをはずすのにちょっと時間がかかりました。一度はそれが社会規範になったわけだから、戸惑うのも当然かもしれませんね。
芦沢 どういう年齢でコロナ禍を経験するかによっても、影響の大きさは違うということでしょう。
彩瀬 ともあれ、こうしてビールが美味しい日常が戻ってきてよかった!
芦沢 そうですね。まるさんにはこれからも、たくさんお酒のお相手をしてもらわないと。今日は上野までご足労、ありがとうごいました!
赤星を片手に小説家が食を楽しみ、会話を愉しむこの企画、次回は芦沢さんから小川哲さんにバトンをつなぎます。どんなお話で彩瀬さんと盛り上がるのでしょうか。次回をどうぞお楽しみに。
取材・文:友清哲
撮影:西崎進也