私たち「赤星探偵団」が、
あしで稼いだ“おいしい情報”を発信します

赤星が飲めるお店を探す 赤星が飲めるお店を探す
ブクマーク一覧へ

100軒マラソン File No.98

市川駅北口で「酒飲みの胃袋と肝臓を鷲掴みにする名店」に出会えた口福

「サケフク」

公開日:

今回取材に訪れたお店

サケフク

ブックマークする

サッポロラガービール、愛称「赤星」が飲める店を100軒訪ねるマラソン連載も、今回で98回目。残すところあと3回となってまいりました。このたびは東京を離れます。

とはいえそこは、東京都23区のいちばん東に位置する江戸川区と隣り合わせた千葉県市川市だ。JR市川駅北口から徒歩1分、アイアイロード商店街に佇む「サケフク」という店へ出かけることとあいなりました。

市川駅北口で「酒飲みの胃袋と肝臓を鷲掴みにする名店」に出会えた口福

酒飲みへのありがたい配慮

カウンター1本の小さな店です。さっそく席につき、まずは「赤星」を頼んでから、しばし店内を見わたす私に出されたのは、温かい汁の椀だった。

お邪魔をした当日、関東には北方から寒波が下りて来て、とても寒かった。そこへ出された1杯の椀。さっそく啜ってみると、なんとも味わい深い汁だ。滋味にあふれ、それでいて、しつこくなく、ひと口啜れば、間を置かずにまたひと口啜りたくなる絶品の汁。

市川駅北口で「酒飲みの胃袋と肝臓を鷲掴みにする名店」に出会えた口福

こ、これは? という目線を感じ取ったご主人が、にこりと笑い、

「お通しのシジミ汁です」

痺れますねえ。締めではなくて、お通しにシジミ汁。コンソメスープを最初に出すバーもありますが、ちょうどそんな感じでしょう。最初の1杯を胃袋に入れる前に、温かい汁ものでそっといたわる寸法だ。

市川駅北口で「酒飲みの胃袋と肝臓を鷲掴みにする名店」に出会えた口福

シジミは肝臓くたびれ系の私なんぞには、ただでさえありがたい成分をぎゅっと詰め込んだ食品だけに、そのエキスたっぷりの汁でまずは身体の内側から温めてもらうのは、快感であり、同時に、なんともありがたい配慮なのである。

「ああ、ありがたや、ありがたや」

自然とこういうひと言が出るあたり、還暦酒場ライターの真骨頂というものか。

市川駅北口で「酒飲みの胃袋と肝臓を鷲掴みにする名店」に出会えた口福

シジミ汁、赤星、シジミ汁、赤星、と交互にやるうちに、早くも燗酒のきりっとしたところを1杯ひっかけたい欲求もわいてくる。まだ、最初のつまみも頼んでいないというのに、飲みたい気が満ち満ちている。つまり、ご主人の術中に完全にハマったのである。

私をハメてにこにこしているのは、この店のご主人、高橋慎一さんだ。昭和47年(1972年)三田の生まれというから正真正銘の都会っ子。私のような三鷹ものとはちょっと違う。なにしろ、昔の白金界隈の庶民的な風俗を知っているという。

市川駅北口で「酒飲みの胃袋と肝臓を鷲掴みにする名店」に出会えた口福

なるほど、そんな出自の方であれば、古くは下総の国の国府が置かれた土地にして、明治以来の軍都であり、産業の街であり、富裕層の別荘地であり、永井荷風や幸田露伴、北原白秋なのど文人たちも住んだという、実に懐の深い街・市川を、自分の店を営むのに似合いの土地と思っても不思議はない……。

1杯のシジミ汁のおいしさに痺れた頭で、私はそんなことを思い浮かべたのだった。

高橋さんは、都内で古民家居酒屋などを展開するグループで修業を積み、独立。市川での「サケフク」オープンは2017年。店は今年で8年目になる。

日本酒にもビールにも完璧に合う肴たち

市川駅北口で「酒飲みの胃袋と肝臓を鷲掴みにする名店」に出会えた口福

さて、さっそく酒肴を頼もう。まずは、メニューのもっとも右側にある、本日のお魚盛り合わせにしてみよう。

魚は、サバ(大分)、イワシ(青森)、アジ(京都)の光り物3品だ。

市川駅北口で「酒飲みの胃袋と肝臓を鷲掴みにする名店」に出会えた口福

紅タデ、青ネギ、ショウガ、ワサビの薬味の中から好みのものを刺身に、さらに、たまり醤油を加えていただく。この醤油はうま味に富んでいるのだが、アジ、イワシ、サンマなどの青魚に合わせると、実にまろやかで、独特の風味が出る。

ショウガとサワビの併用はしないが、ワサビにタデとたまり醤油でサバを食べたり、イワシはシンプルにショウガとたまり醤油のみにしたり、見るからに脂ののっているアジには、ワサビ以外を全のせでいただいたり、はたまた、イワシをワサビとたまり醤油で試してみたりと、このひと皿だけでも味わい方はすぐに10通りくらいになってしまう。そして、そのいずれの食べ方にも、ちゃんと個性がある。

市川駅北口で「酒飲みの胃袋と肝臓を鷲掴みにする名店」に出会えた口福

刺身がとてもうまいので、どこの市場に通っているのか聞いてみたくなった。たしか、船橋に卸売り市場があったと聞いたことがある。

「船橋にも、松戸にもあります。でも、足立市場まで行ってるんですよ」

おお! 千住にある、あの足立市場か。庶民的で活気があって、何でも揃う、魅惑の市場だ。

「千住まで行ってるんですか。あそこ、浅草の観音裏の渋い飲み屋の大将が通ってるよね」

市川駅北口で「酒飲みの胃袋と肝臓を鷲掴みにする名店」に出会えた口福

思わず、親しい口調で話しかける私に、高橋さんは、柳葉敏郎さんによく似た渋い笑顔で答える。

「『ぬる燗』さんですよね。お見かけしますけど、声をかけたことはないです(笑)」

「見た目、ちょっと怖いからね」

この連載の第8回目にお邪魔をした浅草『ぬる燗』の大将、近藤謙次さんのことだ。人見知りなだけで、話せば人懐っこい男なのだが、市川の酒場でも話題になるあたり、さすがである。

市川駅北口で「酒飲みの胃袋と肝臓を鷲掴みにする名店」に出会えた口福

次なる酒肴は、ぬただ。正確には、赤貝と春野菜のぬた、である。

春野菜とは、菜の花とうるい。冬の終わりから春のはじめにかけての海と里の旬を合わせて白みそ仕立てのぬたに仕上げている。

見た目も美しく、ひと箸、口に入れれば申し分なしの酒肴である。昨今、こうした、素朴で飾り気のない酒肴がうまい店に行き会うと、そのひと皿をひたすらに愛でたくなる。

市川駅北口で「酒飲みの胃袋と肝臓を鷲掴みにする名店」に出会えた口福

うるいという山菜のしゃきしゃきとした食感、ぬたの味わい、赤貝の身やヒモからじわりと染み出すうまみ、すべてが口の中でまじりあって、赤星という素朴なビールを引き立てる。

このひと皿は日本酒に合うことは間違いがないし、私はこのぬたに北のイメージを勝手に思い浮かべたので、山形の地酒「鯉川」を頼むことにした。燗の具合は、少し辛めに酒が引き立つ方向でお願いした。

市川駅北口で「酒飲みの胃袋と肝臓を鷲掴みにする名店」に出会えた口福

その選択に間違いはなかったようで、ぬたをちょこちょとつまみながら、燗酒がうまい。もちろん、差しはさむビールもうまい。

ひと口、またひと口、とやるうちに、店に入ってからも身体の奥のほうに残っていた寒さの凝りが、徐々にほどけていく。身体全体によく血がめぐり、食欲も、飲みたい欲も、フツフツと湧いてくるようだ。

市川駅北口で「酒飲みの胃袋と肝臓を鷲掴みにする名店」に出会えた口福

そこで頼んだのは、鶏もも肉の三五八漬け焼きだ。

塩3、麹5、蒸米8の割合で野菜などを漬けたものを三五八漬け(さごはちづけ)という。漬け物の場合は、麹や米の衣を取り除いてから供されるようだが、こちらの店では、鶏肉を漬けた衣を着せたまま、焼くのである。塩麹漬けの鶏ももを炭火で焼いた串物を出す焼鳥屋があるけれど、工夫としては、それに似ている。

市川駅北口で「酒飲みの胃袋と肝臓を鷲掴みにする名店」に出会えた口福

小皿に盛られた1品は、表面にこんがりと焦げ目をつけて、中は薄いピンク色をとどめた鶏もものステーキ。うまそうな麹の衣をまとっている。

これが、日本酒にもビールにも、完璧に合う。鶏の脂は適度に抜けて、こんがりと香ばしく、麹はよく香って、きつい塩味はないのに、口中を幸せなおいしさで満たしてくれる。

ひと口、ふた口と食べてみた後で、添えてあるレモンをキューっと搾ると、ワインやウイスキーもうまく寄り添う絶品に化けた。

市川駅北口で「酒飲みの胃袋と肝臓を鷲掴みにする名店」に出会えた口福

高橋さんに訊くと、2週間ほどで入れ替わる酒肴メニューは、いつもだいたい12~13品ほどだという。

驚くほど多いわけではない。けれど、そのひと品ひと品が、実に丁寧に仕込んであって期待を裏切らない。何を頼んでも安心という店であれば、メニューは10もあれば本来は十分なのである。

還暦を過ぎて初めての発見

市川駅北口で「酒飲みの胃袋と肝臓を鷲掴みにする名店」に出会えた口福

気がつけば外はとっぷり暮れて、一人、二人とお客さんがやってくる。

ここからはうろうろしていては邪魔くさいので、我々取材隊は入り口近くの対面席につき、思い思いの酒肴を注文して、赤星を楽しむことにした。

市川駅北口で「酒飲みの胃袋と肝臓を鷲掴みにする名店」に出会えた口福

続いての一品は、佐賀白石蓮根の蓮根もち、である。すりおろした蓮根を焼いてタレをかけたシンプルな酒肴なのだが、これが、また、めっぽううまい。

ちょうどこのタイミングで出勤したお燗番の女性は佐賀出身。彼女いわく、白石町というのは有明海を望む古くからの干拓地で、その重粘土質の土壌で育った蓮根は強い粘り気が特徴なのだとか。そのため、片栗粉などのつなぎを用いず、自らの粘りだけで蓮根餅がつくれるという。

市川駅北口で「酒飲みの胃袋と肝臓を鷲掴みにする名店」に出会えた口福

食べてみると、その通り、なんとも濃密で、粘りのある蓮根のすり身なのだ。カリッと焼いた表面に小ネギをのせてあり、少し甘みのあるタレがじつによく合う。

食感、濃厚さ、うまみ、すべてのバランスがよくて、見た目はとても地味なのに、妙に感心させられてしまう。

市川駅北口で「酒飲みの胃袋と肝臓を鷲掴みにする名店」に出会えた口福

市川駅北口で「酒飲みの胃袋と肝臓を鷲掴みにする名店」に出会えた口福

市川駅北口で「酒飲みの胃袋と肝臓を鷲掴みにする名店」に出会えた口福

どうにも止まらなくなった我々は、北海道産本わかさぎ天ぷら、台湾風牡蠣オムレツ、さらには埼玉県の銘酒「神亀」の酒粕を使った千住葱の酒粕グラタンと、立て続けに注文した。

編集Hさんも、カメラSさんも、何を食べてもうまい、うまいの一点張りである。

なんともシアワセな気分だ。赤星100軒マラソンの第98回目も、どうやら無事に終えることができそうで、カメラを置いたSさんが千住葱のグラタンを夢中で食べる横顔を、やさしい気持ちで眺める私であった。

市川駅北口で「酒飲みの胃袋と肝臓を鷲掴みにする名店」に出会えた口福

〆に選んだのは、自家製ウスターソースの焼き飯。どんなものが出てくるか、想像できるようで、できないようで、じつは最初から気になっていたのだ。

ソース味の焼き飯を自分なりにあれこれ考えてみたりしながら、鳥取の銘酒「辨天娘」の濁り酒の熱燗をひと口。Hさんが追加した赤星もまた、チェイサーとして楽しむ。

市川駅北口で「酒飲みの胃袋と肝臓を鷲掴みにする名店」に出会えた口福

そこへ、得も言われぬ香りを放ちながらラスボスが現れた。具は、たくさんのむきエビと魚肉ソーセージ、そして、ナルトであった。

日ごろ、お好み焼きでさえソースでなく醤油で喰いたい私だが、このソース焼き飯を、非常においしく食べた。これは、個人的にはひとつの発見であった。

高橋さんの手腕により、100軒マラソン98軒目にして、ソースのうまさを知ってしまったのかもしれない。

市川駅北口で「酒飲みの胃袋と肝臓を鷲掴みにする名店」に出会えた口福

(※2025年2月6日取材)

取材・文:大竹 聡
撮影:須貝智行

この記事シェアする