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100軒マラソン File No.97

東十条の坂下に佇む「原価計算苦手系酒場」が安くて美味くて最高すぎた件

「立呑酒飯 えいちや」

公開日:

今回取材に訪れたお店

立呑酒飯 えいちや

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サッポロラガービール、愛称「赤星」が飲める店を100軒訪ねるマラソン企画。連載もいよいよ大詰め、97回目を迎えました。日ごろは老舗にお邪魔することが多い取材隊がこのたび向かいましたのは、2023年4月オープンという、新しいお店です。

場所はJR京浜東北線の東十条駅南口からスロープを下った先の交差点近く。「立呑酒飯 えいちや」という立ち飲みの居酒屋さんです。

東十条の坂下に佇む「原価計算苦手系酒場」が安くて美味くて最高すぎた件

東京都北区。だいたいどのあたりかというと、京浜東北線は、都心中央部の千代田区から台東区、荒川区を通って北区に入る。王子、東十条、赤羽を通ってさらに進むと、もう埼玉県だ。

北区とはその名のとおり、東京23区の北部に位置する地域で、三鷹育ちの私にとって馴染み深い土地ではないのですが、知らないわけでもない。埼京線の十条駅に近い斎藤酒場さんや東十条の今回伺う「えいちや」さんの近くの「埼玉屋」さんも、好きな店です。

東十条の坂下に佇む「原価計算苦手系酒場」が安くて美味くて最高すぎた件

取材に行ったのは昨年末、12月20日のこと。午後4時開店の店に3時半に入れてもらい、開店までの間にもお話を伺いました。

さて、いったい何を頼んだものか

東十条の坂下に佇む「原価計算苦手系酒場」が安くて美味くて最高すぎた件

立ち飲み酒場ですが、店内は広々している。厨房スペースも広いし、カウンターの奥から壁が迫るという感じでもない。

「ここはもともとステーキハウスだったんです。独立を決めて物件を探しているとき、何人かで合同内見をして、最初、僕は落とされちゃったんですよ。でもその後、当初入居することになっていた人が辞退したので、運よく入ることができました」

そう語るのはご主人の長屋弘亮さん。満員で17,18人は入れそうな店で出す酒肴をひとりで手づくりしている。

東十条の坂下に佇む「原価計算苦手系酒場」が安くて美味くて最高すぎた件

「毎日13時くらいには店に出てきて、仕込みをします。ポテサラとか煮込みとか、だいたいの準備をしておいて、後は、開店後に、調理しながらお出ししています。魚などは、注文をいただいてから皮を引いて刺身にしたり、そんな感じですね。18時からはパートのスタッフも来て手伝ってくれるので、なんとかなってます」

驚くべきは、その品数だ。黒板いっぱいに定番つまみ各種の名前が並び、他にも、本日の鮮魚とかオススメとか、黒と赤のマジックで書かれた品書きが、べたべた貼られている。一見して、あまりのメニューの多さに驚き、次の瞬間には、さて何を頼んだらいいものか、迷いに迷うのだ。

東十条の坂下に佇む「原価計算苦手系酒場」が安くて美味くて最高すぎた件

黒板のメニューの左端には、名物として、えいちや煮込み、自家製ポテトサラダなどがあり、そして、マジックで書かれた本日の鮮魚という1枚の紙を見ると、活〆シマアジ、活〆真タコ、など魅惑的な文字が並ぶ。

その上に、「脳天刺し」の4文字を見つけた。マグロの頭の部分の刺身ですな。脂がのっていて、うまいんだ。うん、これをまずは頼もうじゃないか。

と思うそばから、「ゴマヒラマサ」の6文字が目に飛び込んできた。しかも、このメニュー、ゴマの前に、小さく「博多風」と書いてある。おお、あの、博多のゴマサバ、あるいはゴマアジ。あのアレンジものを、ヒラマサでやろうというのであるな、と前のめりになった。

東十条の坂下に佇む「原価計算苦手系酒場」が安くて美味くて最高すぎた件

博多のゴマサバ、ゴマアジが最高の酒肴であり、ご飯のおかずであることは知っているし、当連載の博多シリーズの中でも「寺田屋 本店」さんではゴマアジを紹介した。

ヒラマサも、サイズこそでかいが青魚という意味ではサバやアジのお仲間。けれどワタクシ、「ゴマヒラマサ」は味わったことがない。だから頼むことにします。さらに、名物の中からえいちや煮込みを加えて注文は万全だ。

ここでようやく、赤星のグラスに口をつける。

東十条の坂下に佇む「原価計算苦手系酒場」が安くて美味くて最高すぎた件

うまい。文句なし。

まだ最初のつまみも出てきていないのに、どうしたことか。50品を超えるのではと思われる豊富なメニューから、琴線に触れた3品を選んだこの時点で、どんなつまみが出てくるか期待が膨らんで、ビールをいつもよりうまく感じさせているのか。

我ながら何が言いたいのかよくわからないが、うまいのだから理由はどうだっていい。

料理のセンスは父親譲り

東十条の坂下に佇む「原価計算苦手系酒場」が安くて美味くて最高すぎた件

ほどなくして出てきたのは、名物の煮込みです。日ごろ、味噌仕立ての汁の中で煮込まれた豚モツを見慣れている目には、実に新鮮な姿だ。

まず、ネギの緑と紅生姜の赤がまぶしい。箸を突っ込んでみると、いろいろの具が入っていることがわかり、一口食べると、濃厚でとろけるような甘みが口中に広がった。

東十条の坂下に佇む「原価計算苦手系酒場」が安くて美味くて最高すぎた件

「これ、肉はなんですか?」

「牛スジと牛ホルモンです。僕が、豚より牛のほうが好きなんですよ。脂がおいしいと思います」

「ほかにも煮汁の中にいろいろ隠れていますね」

「豆腐、コンニャク、ダイコンとか。出汁は、昆布とカツオブシと、干しシイタケでとります。あとは、肉から出る味ですね」

東十条の坂下に佇む「原価計算苦手系酒場」が安くて美味くて最高すぎた件

なるほど、濃厚なだけでない、うま味の秘密がわかるような気がします。長屋さんの料理の腕前、確かな感じです。どこで修業したのか、伺うと、飲食の世界ではこれといった師匠がいるわけでもないとのこと。

「酒屋さんに勤めていたこともあるし、その後は運送関係。それから飲食に入りました。料理については、独立前にお世話になった店で覚えたこともありますが、昔から自分が飲むときのアテをつくるのが好きなんです。もとはと言えば、私のオヤジが料理好きで、魚も自分でおろすような人でしたから、その影響はあるかもしれません」

酒を飲む自分のために、ちょっと工夫してうまいものをつくろう。そう思える人がつくる酒肴はまず間違いがない。これは、プロ・アマの区別なく言えることではないか。

東十条の坂下に佇む「原価計算苦手系酒場」が安くて美味くて最高すぎた件

そんなことを一瞬ぼんやりした頭に思い浮かべていると、脳天刺しが登場した。肉厚である。白くスジみたいに見えるところは脂の層か。

口に入れると、たちまちにしてトロトロと溶けるように消えていく。口中に残る甘みに「赤星」が絶妙に調和する。

マグロは、他の魚とは別の専門業者から仕入れているというが、気軽な立ち飲みで、これほどうまい刺身が出るのは感動ものだ。俄然、もうひとつ頼んだゴマヒラマサへの期待が膨らんでくる。

東十条の坂下に佇む「原価計算苦手系酒場」が安くて美味くて最高すぎた件

そこに供されたひと皿は、醤油ダレにヒラマサの切り身が半ば沈んでいる形ではなく、見たところ、ヒラマサの漬け、である。

「博多のゴマサバはもっとシャバシャバしていますが、それをリスペクトしながら、僕のはもっとねっとりとした感じに仕上げています。味も、少し、濃いめです」

なるほど、ねっとりめ、で、味は濃いめだ。うまいなあ、これ。この工夫、最高だ。

東十条の坂下に佇む「原価計算苦手系酒場」が安くて美味くて最高すぎた件

ヒラマサはサバやアジに比べると大型魚で、個人的にはカンパチやブリにはもうひとつ味が劣るという思いがあったが、いわゆる博多風にアレンジされると、脂は強すぎず酒のアテとしてとても具合がいいようだ。

ゴマの風味、海苔の香り、小ネギのシャキシャキ感が、ちょっと濃いめのヒラマサの漬けの深い味わいにアクセントを添えている。ビールに合う。日本酒もいいし、サワー系もいいだろう。

料理もお酒も破格の値段

東十条の坂下に佇む「原価計算苦手系酒場」が安くて美味くて最高すぎた件

長屋さんによると、お客さんはビールからサワー系やホッピーなどへ流れる人が多いとのことだが、こちらのお店、ビール以外の飲み物も、魅力的である。

ハイボールの場合、ベースのウイスキーは国産ブレンデッドのほかに、スコッチ、アイリッシュ、バーボンがある。ちなみに、デュワーズのハイボールはなんと450円。ほかに、各種あるサワーの中で、男梅サワーなどは390円である。

東十条の坂下に佇む「原価計算苦手系酒場」が安くて美味くて最高すぎた件

今さらだが、実はこの店、料理の値段も破格なのだ。たとえば、鶏天紅生姜しそ巻き550円、とろとろニラ玉450円、長芋磯辺揚げ490円などなど。「なんなんだ、この安さは……」と思わずつぶやく私に、長屋さんは笑いながら、こう言いました。

「お前は原価計算ができないのかと、嫁さんに叱られているんです。さすがに2025年からは少しだけ値上げさせていただくつもりなんですけど(笑)」

東十条の坂下に佇む「原価計算苦手系酒場」が安くて美味くて最高すぎた件

あらゆるモノが値上がりしている昨今、飲み屋さんにおける値上げも当然。おいしいものを、できるだけ安く提供しようという店の良心に、少しばかりの追加料金を払う時代なのだと思う。

編集Hさんが頼んだポテトサラダが出てきたとき、この思いはさらに強まった。フライドオニオンをパラパラかけた自家製のポテサラはまるで塔のようにそそり立つ。

東十条の坂下に佇む「原価計算苦手系酒場」が安くて美味くて最高すぎた件

その先端から崩して口へ運び、軽くスパイシーな香りと絶妙な舌触りに感激。ひとりで食べてはもったいないと、取材隊みんなにオススメしまくりたい気分になっていると、これも名物のひとつ「えいちや焼き」の皿が目の前に置かれた。

いわゆる「とん平焼き」なのだが、これは「とん」にあらず、牛なのだ。つまみ、タマゴで巻いてあるのは豚肉ではなく、名物の煮込みに入っていた牛スジなのである。

東十条の坂下に佇む「原価計算苦手系酒場」が安くて美味くて最高すぎた件

つまり、そのままでなく、ひとひねりしてある。ゴマヒラマサ同様、店主の好みがしっかり反映している。そして、文句なしにうまい。初めて食べる味でもあるから、この体験自体、とても嬉しい。

店名の「えいちや」は、長屋さんの出身地、土佐の言葉だそうだ。「えい」は「いいよ、大丈夫」くらいの意味で「ちや」は強調の語尾であるらしい。つまり、「いいよ、いいよ、大丈夫だよ!」みたいなニュアンスか。

東十条の坂下に佇む「原価計算苦手系酒場」が安くて美味くて最高すぎた件

こんなにうまいもの、こんな安い値段で食べさせてもらっていいの?と訊く私に、

「えいちや、えいちや」

と笑って答えてくれているようだ。

そんな雰囲気に安心した取材隊は、自家製チーズ豆腐、とろとろニラ玉、長芋磯辺揚など、おもいおもいに料理を頼み、いいペースでグラスを空けていく。

東十条の坂下に佇む「原価計算苦手系酒場」が安くて美味くて最高すぎた件

ふと気がつけば、外はすっかり暮れていた。

赤星100軒マラソンも97軒目にして、またまた新発見をした次第。東十条の近くを通るときには、きっと立ち寄りたくなる1軒だ。

(※店主注:本文中の価格表記は全て取材時点のものです。2025年1月5日の営業より、物価高騰を鑑みて、真面目に原価と向き合った結果、僅かばかりの値上げに踏み切っておりますので、予めご承知おきください)

東十条の坂下に佇む「原価計算苦手系酒場」が安くて美味くて最高すぎた件

(※2024年12月20日取材)

取材・文:大竹 聡
撮影:須貝智行

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