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100軒マラソン File No.94

深川・森下「ご機嫌な下町大衆酒場」は居酒屋兼もつ料理店兼お食事処だった

「三徳」

公開日:

今回取材に訪れたお店

三徳

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サッポロラガービール、愛称「赤星」を飲みながらうまいつまみに舌鼓を打つ連載も、今回で94回目。目標100軒で始めたロングラン企画も最終盤へと差し掛かっております。

そしてこのたび、訪ねましたのは、下町、深川です。東京の西側で生まれ育った筆者があまり知らないエリアですが、時代小説の舞台としては馴染みが深い。個人的には、宮部みゆき、北原亞以子の深川ものが好きで短編集を読んでは昔の深川に憧れてきました。

深川・森下「ご機嫌な下町大衆酒場」は居酒屋兼もつ料理店兼お食事処だった

100軒マラソン取材隊がお邪魔したお店は「三徳」です。都営新宿線・大江戸線の森下駅と、東京メトロ半蔵門線の清澄白河駅のほぼ中間、時代小説にたびたび登場する小名木川の少し北側の、萬年橋通りと清澄通りを東西に結ぶ、深川芭蕉通りにあります。

なんともいえない味わいのヒミツ

深川・森下「ご機嫌な下町大衆酒場」は居酒屋兼もつ料理店兼お食事処だった

この店は、居酒屋であり、もつ料理店であり、お食事処でもある。

通りに面した間口の広い入口を開けると右にカウンターと厨房、左にテーブル席が並び、奥には座敷もあります。柱や仕切りはなく、入口から店の一番奥まで見通せるので、実に広々としている。

さあ、まずは赤星だ。それから、串物を5本お任せで注文する。

深川・森下「ご機嫌な下町大衆酒場」は居酒屋兼もつ料理店兼お食事処だった

コップ2杯ほどビールを飲んだところで登場したのは、タン、ハツ、カシラの塩焼きと、シロとレバーのタレ焼きです。

例によって最初に食すのはタンでありますが、こちらのタンはひと味違った。ネタの鮮度のいいこと、焼き具合、歯ごたえなど、どれも申し分ないのですが、塩の加減がなんともいえない。ただ塩っ辛いだけでなく、うまい、と感じさせるのです。

深川・森下「ご機嫌な下町大衆酒場」は居酒屋兼もつ料理店兼お食事処だった

使う塩にヒミツがあるのか、さて、どうなのだろうと、ご主人にお伺いいしたしました。

「肉は塩が命。その塩を奥まで深く入れるには、コショウを使うのがコツなんです。塩だけじゃなくて、コショウをうまく使うことで、塩味が中まで入っていく。ちょっとしたこだわりですが」

深川・森下「ご機嫌な下町大衆酒場」は居酒屋兼もつ料理店兼お食事処だった

そう教えてくれたのは、店主の早川成次さん。創業時の話もしてくれました。

「最初はうちの母親がこの店の手伝いをしていたのですが、ある日、店の主が逃げてしまって、大家さんも困っていた。そこで、私が母と一緒にこの場所でやってみることになったんです。

私はそれまで洋食をやっていたんですが、深川のこのあたりは印刷や紙関係の工場が多く、工員さんたちがたくさんいたから、残念ながら洋食は人気がなくて、もつ焼きや定食を出すようになりました。創業は昭和56(1981)年です」

深川・森下「ご機嫌な下町大衆酒場」は居酒屋兼もつ料理店兼お食事処だった

メニューを見ると、もつ焼き各種のほかに、純レバ、ガツねぎ、炙りレバなどのもつ料理に加え、冷や奴、オニオンスライス、ジャガバター、まぐろぶつなどの一品料理も多彩。さらには、ゲソ焼きやハムカツなどビールにも焼酎にもよく合うつまみ類がずらりと並ぶ。

すごいのは、とろろ定食、サバ味噌煮定食、ハムエッグ定食、豚しょうが焼き定食などなど、12種類の定食も用意していることだ。

深川・森下「ご機嫌な下町大衆酒場」は居酒屋兼もつ料理店兼お食事処だった

これらは、昔、ランチ営業もしていた頃の名残りだが、今ももちろん頼んでもいいわけで、もつ焼きを4、5本食べ、ビールを飲んだ後に、しっかりメシも喰って帰るという、ご機嫌な使い方ができるのだ。なんともありがたい、庶民の味方なのです。

タレ焼きのシロを歯で挟んでから、串を横にずらして切り身を串からはずし、口へ入れる。

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表面をかりっと焼いたシロを噛むと、うまみが滲みだして、甘辛の濃厚なタレに溶け込み、口の中を満たしていく。

これは、実にうまいシロだ。

深川・森下「ご機嫌な下町大衆酒場」は居酒屋兼もつ料理店兼お食事処だった

「みなさん、よく焼きで、とおっしゃいますね。うちのシロ、一頭から取れる量の少ない直腸を用いています。仕入れは、芝浦の加工センターまで出かけてますよ」

なるほど。納得の歯ごたえであり、うまみである。

次はどんな一品が出てくるのか

もつ焼きに唸りながら、次に頼んだのは、肉だんごだ。

深川・森下「ご機嫌な下町大衆酒場」は居酒屋兼もつ料理店兼お食事処だった

これは、いわゆるつくねの串なのだけれど、出てきたものをひと口食べただけで、普通のつくねとはまるで違う食感と味わいに驚きを禁じ得ないのであった。

「うちのは鶏のつくねじゃなくて、豚のひき肉の肉だんごなんですよ。以前は一度蒸してから焼いていたんですが、ある日、仕込みが忙しくてうっかり蒸すのを忘れたので、油で揚げてから焼いてお出ししたんです。そしたら、これ、うまいね、ということになって、それ以来、この作り方です」

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油で揚げたうえで焼くので、表面は実に繊細なカリカリ感が出るのですが、特に塩焼きの表面は、カリカリを超えてパリパリという感じ。クリスピーつくねです。

そして、タレ焼きのほうは、カリッとした表面にからむタレに、内側の肉の甘くて深い味わいがじわりと滲み出して、その食感は精緻に造ったお菓子のようでもあるのです。

深川・森下「ご機嫌な下町大衆酒場」は居酒屋兼もつ料理店兼お食事処だった

こんなつくね、食べたことがない。大袈裟でなく、本当に目を丸くして感動している自分に気づきます。

そして今度は純レバという謎の品名が目についた。さっそく頼んでみると、タレと刻みネギがたっぷりトッピングされた炒め物が登場した。

深川・森下「ご機嫌な下町大衆酒場」は居酒屋兼もつ料理店兼お食事処だった

レバーは鶏のレバーとのことで、皿の縁には和辛子がたっぷり盛ってある。

さっそく口に運ぶと、コリコリッとして意外にしっかりした食感のレバーは、タレをたっぷりとまとい、シャキシャキのネギと相性が抜群。日々作り足すやきとりのタレを贅沢に使ったこの一品は、白いご飯にたっぷりのせて食べたい魅惑のひと皿なのです。

深川・森下「ご機嫌な下町大衆酒場」は居酒屋兼もつ料理店兼お食事処だった

実はこの日、編集Hさんを除く取材隊の面々は、私を含めて、この店に来るのは初めてでした。撮影を進めながら作っていただいた料理に箸をのばしていたわけなのですが、もつ焼きから肉だんご、純レバと食べてきて、みんな、ちょっと身を乗り出す感じになっていたのです。

次はどんな驚きの一品が出てくるのか。期待と興味から、身を乗り出す恰好になっている。

そこで私が頼んだのは、店を訪れた直後、ご挨拶もそこそこにご主人に伺ったおすすめメニューのひとつ、炙りレバです。

深川・森下「ご機嫌な下町大衆酒場」は居酒屋兼もつ料理店兼お食事処だった

内臓系がお好きな方ならご存じかと思いますが、かつては食べることができた生の豚レバーは、現在、店で出すことが禁じられています。その衛生基準の変更に際して、ご主人が生レバーにかわる食べ方はないかと模索し、考案したのが、この炙りレバなのです。

長ネギの白い部分を斜めにスライスした白髪ネギ風を添えた炙りレバがやってきました。おお!と思わず声を上げそうになるのは、見るからにうまそうだから。

深川・森下「ご機嫌な下町大衆酒場」は居酒屋兼もつ料理店兼お食事処だった

薄く切った豚レバーに醤油ベースと思われるタレがかかっていて、よく見ると、白ゴマとおろしニンニクが混じっているのもわかる。単なる醤油ではなさそうだから、ごま油か何か、少しだけ加えているのだろうか……。

素人があれこれ考えるのは、実は一瞬のことで、熱いうちに食べなくては意味がないのは言うまでもない。大急ぎでレバーの1枚をとり、ネギをのせる。

口に運ぶと、そのうまさ、私の期待を楽々と超えていた。新鮮そのもののレバーの炙り加減が絶妙で、香ばしさと濃厚なうまみがニンニクとゴマの香りに引き立てられている。ご主人がイチ押しですと言った意味がしっかり納得できるのです。

深川・森下「ご機嫌な下町大衆酒場」は居酒屋兼もつ料理店兼お食事処だった

取材隊の面々から、ほうっ、とか、ああっ、とか、なにこれ!といった、短文にもならぬ感嘆のぶつ切り言葉が飛び出します。

とても1日では食べきれない

午後5時の開店時刻を過ぎると、店はにわかに混み始める。

このあたりで、がつの刺身でひと息つくか? そんなタイミングなのですが、純レバから炙りレバという強烈なワン・ツーを浴びて痺れた頭は、もう一丁、きついパンチを求めているようなのだ。

深川・森下「ご機嫌な下町大衆酒場」は居酒屋兼もつ料理店兼お食事処だった

そして、つい言ってしまっていた。

「ニラレバ炒め、ください!」

肉野菜炒めもニラレバ炒めも、店によってこうも違うか、というくらいに、同じものに出会わないと、常日頃、私は思っている。だからこそ、中華屋さんのみならず居酒屋などでも、品書きにニラレバ炒めがあるとどんなニラレバであるのか知りたくなのです。もう、若くもないのに……。

深川・森下「ご機嫌な下町大衆酒場」は居酒屋兼もつ料理店兼お食事処だった

おいしかったですねえ。三徳のレバニラ炒め。さすが!と言いたいうまさ。コリっとした新鮮レバーと、ニラ、モヤシ、ニンジンの配合比率が最高。居酒屋さんのメニューではなく、何を食べてもうまい食堂の味だ。

白いご飯が食べたいと思って壁の品書きに目をやると、今度は、ああ、下町マーボー豆腐という文字が飛び込んできた。さっそく注文。

取材隊で分け合って食べると、実に複雑、濃厚な味わいで、聞けば数種類のジャンに八丁味噌も加えてこの味を出しているといいます。

深川・森下「ご機嫌な下町大衆酒場」は居酒屋兼もつ料理店兼お食事処だった

赤星をグイッとやり、ふと顔をあげれば、ハムカツもテーブルに運ばれてきた。

ハムカツがメニューにあれば素通りはしない写真のSさんが頼んだものですが、その仕上がりのすばらしさに感服しました。薄いハムにつけた衣の、ふわりと軽い揚げ加減がたまらんのです。

深川・森下「ご機嫌な下町大衆酒場」は居酒屋兼もつ料理店兼お食事処だった

ここのご主人は、つまり、料理がとてもうまい、ということなんだな……。齧ったハムカツの断面をしみじみ眺めながら、そう思います。

ふと気がつけば、店内はほぼ満席。先刻から2組ほど、予約のないお客さんが入店できずに去っていった。

深川・森下「ご機嫌な下町大衆酒場」は居酒屋兼もつ料理店兼お食事処だった

お店は、創業から43年。ご主人と奥様と、ご主人の弟さんのご友人と、3人で切り盛りしているそうです。

こういう店は、いつまでも続いてほしいなと素直に思います。同時に、近いうちに必ず再訪しようとも思う。それは、このおいしい料理の数々を、とても1日では食べきれないからです。

少食な私ですが、今度は思い切り腹を空かせてきて、酒から締めの定食まで、なんとか踏ん張ってみたいと思います。

深川・森下「ご機嫌な下町大衆酒場」は居酒屋兼もつ料理店兼お食事処だった

(※2024年9月10日取材)

取材・文:大竹 聡
撮影:須貝智行

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