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100軒マラソン File No.93

南平駅徒歩10秒「京王線随一のやきとりの店」と書かれた看板に偽りはない

「やきとり よっちゃん」

公開日:

今回取材に訪れたお店

やきとり よっちゃん

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サッポロラガービール、愛称「赤星」が飲める酒場を訪ね歩く「赤星100軒マラソン」。前回までの3回は名古屋老舗スペシャルをお届けしてまいりましたが、続く第93回は、場所を再び東京へと戻しましょう。

今回やって参りましたのは、京王線の南平駅。どこそれ? 東京なの? そう思った方はいませんでしょうか。東京ですよ、東京。東京都日野市です。そう、東京は東京でも、いわゆる23区ではない。ここは昔の行政区分で言うとところの旧三多摩郡で、そのうちの南多摩郡に位置する。ちなみに筆者は、生国と発しますところ、北多摩郡です。

南平駅徒歩10秒「京王線随一のやきとりの店」と書かれた看板に偽りはない

北多摩郡、南多摩郡、西多摩郡の三多摩郡は、明治26年に東京府へ移管されるまで神奈川県でした。東京23区のほぼ全域と島嶼部を除く東京の西側の広大な土地は、実は神奈川県だったのです。そこが東京府の旧三多摩郡に移管されたとき、私の生国三鷹は、北多摩郡三鷹村でした。そして今回訪ねます南平は旧南多摩郡七生村でした。蛇足ながら、筆者が現在住んでいる街の当時の地名は、南多摩郡多摩村です。

七生村が日野市大字南平になるのは昭和38(1963)年ですが、実はこのたび訪れる「やきとり よっちゃん」がこの地で創業したのも昭和38年。ちなみに、筆者が生まれたのも同年で、今から61年前のことになります。

おろしニンニクたっぷりのやきとり

南平駅徒歩10秒「京王線随一のやきとりの店」と書かれた看板に偽りはない

南平駅は、新宿から府中まで特急電車を利用しても計40分かかる、各駅停車しか停まらない、これといって何があるわけでもない小さな駅です。

しかし、夕刻に改札を出ると、そこにはおいしそうな匂いが漂い、風にのって白い煙が流れてくる。駅前の「よっちゃん」の焼き台から立ち上る煙、そう、やきとりを焼く煙です。

私は、この煙たくて少し脂っこいような匂いを嗅ぐといつも、ああ、「よっちゃん」に来たな、と思う。

南平駅徒歩10秒「京王線随一のやきとりの店」と書かれた看板に偽りはない

路地に面して焼き台がある。そこでは、2代目の大将、高橋芳昭(よしあき)さんが豚モツや鶏を焼いている。昔ながらの炭火だ。午後5時の開店直後から、客は訪れる。私がとても好きなのは、焼き台の前へ来て、

「やきとり、おまかせで15本お願いね」

と、買い物途中の主婦が大将にお土産を注文している光景だ。注文してから、他の買い物をすませ、家へ帰るときに、よっちゃんのやきとりを取りに来る。あったかいうちに食べるのがいちばん。夕食の時間に合わせるなら、これがベストだ。

南平駅徒歩10秒「京王線随一のやきとりの店」と書かれた看板に偽りはない

店内も、開店直後から賑わう。今も、日によっては入れないことがある。私がこの店を知った20年前は、訪れるたびほぼ満席で、実に幸運なことに、いつも1席2席空いたところへ滑り込んだものでした。

この日は特別に開店の少し前に入れていただいたわけですが、混み合う前に、おまかせでタレ塩6本を、お願いします。

赤星をコップに注ぎ、カウンターの上の深皿に盛られた生キャベツをとり、バリバリっと齧る。大根おろしのお通しに匹敵するくらい、もつ焼きに合うと思う。いいねえ、キャベツフリー。

南平駅徒歩10秒「京王線随一のやきとりの店」と書かれた看板に偽りはない

ちなみに、日野には田畑も残っていて、暑い時期のトマトなどいかにも瑞々しく、青臭い匂いも微かに放っている。たっぷりと塩をつけて口へ入れれば、やきとりの串からじわりと滲みでる汁とタレと脂に、まことによく合う。そうとしか言いようがない。

タン、ネック(首の骨についている肉でセセリと言われる)、カシラは塩で、ハツ、シロ、若鳥はタレで、出てきた。タレ焼きをのせた角皿の端っこには、おろしニンニクが盛ってあります。そして、塩焼きの皿を見れば、串焼きのネタの上に、おろしニンニクがのせてあるのです。

南平駅徒歩10秒「京王線随一のやきとりの店」と書かれた看板に偽りはない

注文のとき、ニンニクをどうするか、聞いてくれる。私はいつも、たっぷりで、と言いたくなってしまう。それくらい、おろしニンニクのインパクトは強い。鮮度のいいモツや肉を炭火で焼いて、表面がカリッと香ばしくなったところへ、おろしニンニクをたっぷりのせる。ビールにも、酎ハイハイボールにも、合わないわけがない。

さっそく串からタンのひときれを口に入れる。これまでの人生で豚の舌をどれくらい食べてきたか、計測のしようもないけれど、いつも、やきとり屋の最初の1本にしてきた。そして、よっちゃんのタンは、食べるたびに、ああ、これだよねえ、と思うのだ。

南平駅徒歩10秒「京王線随一のやきとりの店」と書かれた看板に偽りはない

シロもいい。甘辛のタレとニンニクの味と香りが口と鼻腔に満ちていくとき、噛むほどにじわりと滲むシロモツのうま味と微かな香りが、見事に溶け合う。そしてまた、思う。ああ、これだよねえ、と。

この店が大繁盛し続ける理由

南平駅徒歩10秒「京王線随一のやきとりの店」と書かれた看板に偽りはない

20年ほど前。仲間内でつくったミニコミ誌の連載企画の取材で初めてこの店を訪れた時も混んでいた。帰り際に、こちらにお邪魔した記事を書きたいと申し出ると、当時のご主人で、この店の初代、高橋義則(よしのり)さんは笑いながらこう言いました。

「常連さんが入れなくなったら困るから、うちは載せないでよ」

雑誌といっても少部数のミニコミで誰も読んじゃあいませんから、どうかひとつ、とさらに頼んだら、またにっこり笑って、それならいいですよ、とやさしく答えてくれた。

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そして後日、できあがった本を1冊送ったところ、私たちの事務所まで、ご主人みずから、ありがとうと、わざわざ電話をくださった。

イチゲンの、しかも無理を頼んだ客のこともよく覚えていて、大事にしてくれる。私はこの店が大繁盛していた理由を、このとき理解したのです。

あれから何度もお邪魔をしてきて、店には今、3代目の幸睦(よしちか)さんの姿がある。

南平駅徒歩10秒「京王線随一のやきとりの店」と書かれた看板に偽りはない

今から5年くらい前か。焼酎ベースのサワーものを飲んでいたとき、中身のお代わりをしたら、大量の焼酎を注いで勢いよく出した若者がいた。おお、これはただの学生バイトではないな、と咄嗟に思ったが、その若者が幸睦さんだった。

女将さん似の、色白のイケメンである。お父さんの芳昭さんと一緒にテイクアウトのやきとりを焼き、コロナ禍を乗り切った幸睦さんは、しばらく見ない間にぐんと頼もしくなっています。

南平駅徒歩10秒「京王線随一のやきとりの店」と書かれた看板に偽りはない

5時半をまわると席が埋まり始めた。女将さんが、水曜の早い時間帯はそれほど混まないのと言っていたけれど、そんなことはない。気がつけば、予約のない人は入れない状態になっている。

エシャレットとマグロを注文しました。鶏や豚モツだけでは常連もさすがに飽きるという配慮なのか、昔から、この店は、うまいマグロを出しているのです。

南平駅徒歩10秒「京王線随一のやきとりの店」と書かれた看板に偽りはない

いい店だなあ……と物思いに耽っていると、女将さんが、昔の写真を見せてくれました。ご主人と女将さんは私よりは若いけれど、世代としては遠くないから、昔の写真に写る人や背景の雰囲気に、私も覚えがある。懐かしいでです。そんな写真の中に、創業時の写真もありました。

場所は今とまったく同じ。南平駅を背にしたほったて小屋が写っている。壁も屋根も波型トタンで、外にプロパンのボンベが立っている。

南平駅徒歩10秒「京王線随一のやきとりの店」と書かれた看板に偽りはない

(お店提供)

屋台で始めた店が、この小屋での営業になり、おそらく昭和40年代に、一軒の飲み屋さんに建て替わる。

そこは平屋の小さな店舗だが、看板も提灯もあるのです。店の前の電信柱には、ホステスを募集するキャバレーの立て看板が括り付けてある。両側は空き地、裏にはすぐ京王線が走り、その向こうに、何軒かの住宅が見える。東京が西へ向かって膨張していた頃の景色。きっと、昭和40年代だと思います。

南平駅徒歩10秒「京王線随一のやきとりの店」と書かれた看板に偽りはない

(お店提供)

そして、平成2(1990)年、現在の建物になります。2代目の芳昭さんは、その少し前に家業に加わり、父母が切り盛りする店の一員になったといいます。この頃から数えても、もう35年の月日が流れている。

京王線随一のやきとりの店――。

よっちゃんの看板にもある、この店のキャッチフレーズです。私はこのフレーズに賛成です。親子3代で紡ぐ京王線随一の歴史は、今後も続いて行くことでしょうし、私も、ふと思い出しては、こちらの暖簾をくぐることになるでしょう。

南平駅徒歩10秒「京王線随一のやきとりの店」と書かれた看板に偽りはない

こんないい店が、自分の故郷である多摩にあってよかった。赤星のラベルをぼんやり眺めながら、私はそんなことを思います。

そして、本格的に混み合ってきたカウンターを常連さんにお譲りして、取材隊のいる小上がりのテーブル席に移動する。

腹の底から温かい気持ちに

南平駅徒歩10秒「京王線随一のやきとりの店」と書かれた看板に偽りはない

そこへ、若いお客さんが入って来て、店の中が、おお!っと沸き立ちました。現れたのは、WBOアジア・パシフィック・スーパーフライ級チャンピオン、川浦龍生さんだ。

芳昭さんから、後で来るよと聞いていたのですぐにわかったのですが、なんとチャンピオンベルトを持参しています。お客さんの中にも、チャンピオンのことをよく知る人がいるようで、そこかしこから声がかかるのです。

スマホでこっそり調べると、なんと、私たちが取材で訪れたわずか8日前に、タイトルを奪取したばかりだとわかりました。なんで、よっちゃんなのかと一瞬思うわけですが、チャンピオンは中央大学ボクシング部出身。なるほど、よっちゃんの近くには中央大学の寮がある。彼は、日野のスーパースターなんです。

南平駅徒歩10秒「京王線随一のやきとりの店」と書かれた看板に偽りはない

川浦選手は、アマチュア時代から優勝経験がなく、チャンピオンになったのは今回が初めてという。しかも、勝った相手が上位の世界ランカーだったので、今後、世界ランク入りするのは確実と言われているのだとか。

世界ランカーかぁ……。すげえなぁ、頑張ってんだなぁ……。取ってほしいな、世界……。

そんなことを思えば思うほど、ビールがうまい。私は腹の底から温かい気持ちになって、赤星をもう1本、頼むことにしました。

南平駅徒歩10秒「京王線随一のやきとりの店」と書かれた看板に偽りはない

(※2024年8月21日取材)

取材・文:大竹 聡
撮影:須貝智行

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