毎度おなじみ、赤星★100軒マラソン。サッポロラガービールを飲めるお店を訪ねては、ただ、飲む、という、なんとものんびりとした企画でございますが、今回向かいましたのは、西荻窪であります。
JR中央線の荻窪と吉祥寺の間。三鷹市で生まれ育って、吉祥寺あたりで酒を飲み始めた私にとっては、西荻もまた、かれこれ35年くらいは経とうかという縁の深い土地であります。
けれども、西荻に詳しいわけではないのです。というより、昔も今も、ほとんど知らない。
昔でいえば、南口の路地の奥の右側の「戎」。それから路地の入口を左に入った商店街の左手にあった、店名を忘れましたがスナックみたいなところ。サパークラブと銘打っていたか。それから「信愛書店」という本屋さん。この3店舗くらいでしたかね。
で、現在はどうか。上の店に、「串の家ちょろ」という飲み屋さんと「月よみ堂」という古本バルが加わり、つい最近になって「G7」というバーを知ったばかり。
そんな具合で、35年余の付き合いにしちゃあ、行くところを絞りに絞っている感がありますが、今回、ついに、北口で新規開拓をすることとあいなりました。
■西荻の北口で16年
店の名前は「酒房高井」。主の高井良二さんはこの店を始めて16年。それ以前は、南口の方で別の店を任されていたということです。
ご挨拶かたがた、かつて私が「戎」で生の焼酎を飲んで騒いでいたという話をしたら、にやりと笑った。一緒に店を切り回す幹子さんによれば、その頃きっと、あなたたちは「戎」で会っているに違いないということです。
まだ1杯目も飲まぬうちから、やたら嬉しい話になって、私は遅ればせながら、あわてて赤星を頼んだのでした。
ビールを1杯、ぐいっと流し込んだところに、お通しが出てきます。1品は、シラスです。みじん切りのネギと大葉とミョウガと和えてある。ビールをひと口いただき、すぐにこのシラスの小鉢に箸をつけてみると、塩加減がほどよい。
おお、これ、うまい、と思わず言葉が漏れるのは、日ごろ私が、しょっぱすぎるシラスをたっぷり飯にかけて掻き込んでいるからなのか。ビールにはこれくらいがちょうどいいし、ビールだけでなく、日本酒にも合いそうだ。
そう思いながら酒の品書きを見ると、なるほど、全国の銘酒が揃っている。そのことを言おうとしたら、先手を打つように、幹子さんから説明を受けました。
いわく、ご主人は全国の酒蔵を歩いて銘酒を選んでいるのだと、店に来られるお客様が何かに書いたのだが、実は、それは間違いで、近所にある目利きの酒屋さんが奨める酒を供している、ということなのです。これまた、ざっくばらんなお話で、楽しいですね。
カウンターの幅が広いし、梁などもがっしりしていて、内装は素朴な和風家屋を思わせる。コップに1杯のビールを飲んで、ひと息ついた私は店内をひとしきり見渡し、ご主人に声をかけますと、以前のお店を任されるまでは、料理などほとんどしたことがなかった、というお話になりました。
「飲むほうばかりで、つまみを作ることは、まったく経験がなかったんですよ。でも、店を任されることになれば、やらなくちゃならないから、無我夢中でね。誰だって、そういうことになれば、できるようになりますよ」
シブいですね。昔は客だったのに、気づいたらカウンターの中にいたという人、私、ほかにも存じ上げてますが、いずれも、いいお店やっておられます。飲兵衛の気持ち、よく知っていらっしゃるから、何かが違う。どこかやさしい。そんな共通点があるかもしれません。
それはともかく、飲み屋さんになる前、つまり、客であった時代のご主人は、何をされていらっしゃったのですか、と、さり気なく伺いました。
「大道具と照明。若いころは京都の大映の撮影所で」
映画のご関係なんですね。言われてみたら、なるほど、どこかそういう雰囲気を持っていらっしゃる。あまりよくわからずに使ってしまいますが、“オーラ”を感じます。
店の内装も、映画のセットに使う材料でつくっているということです。
「セットの余りもので、大道具の人たちに作ってもらった。申し訳ないくらい安く作ってもらった(笑)」
カウンターの縁はカーブしているのですが、普通、大工さんは嫌がるが、大道具さんは、はいよって、つくってくれたそうです。
「セットはそもそも後でバラすものでしょう。だからね、安普請(笑)」
壁の網代も、日本製だと高いから、東南アジアの材料を使っていると、ご主人は笑うのです。
でも、居心地がいいんですよ。ゆったりしていて、気取ってなくて、カウンターのこちら側の人間も、自然とリラックスできる。スカして飲む必要はない。
■出遅れて店に入れないぐらいなら…
手書きのメニューから、豚肉とキャベツの重ね煮を注文。これが、また、うまい。煮汁の味だけでおいしいのですが、ポン酢につけていただくと、なおいい。
酒飲めば、つまみは豆腐半丁で足りてしまう私にはボリュームも十分。しかし、赤星100軒マラソンでは編集Hさん、写真のSさんが常に一緒だから、後先考えずあれこれ頼めて嬉しい限りなのだ。
がぜん調子が出てくる。水戸の「百歳」という酒をいただきます。
好きな猪口を選んでよいということで、私は月の描かれた、きれいな盃にしました。そこに、片口から注いだ酒は、甘く、透き通っていて、まろやかな、いかにも優しい香味の酒なのですが、一方で、少しばかりの渋さも感じさせます。
これに合わせたつまみは、Hさん、Sさんたちのチョイスによる、牛肉春雨。ピリ辛で、ツルツル入っていく食感も楽しい、中華風。お好みで黒酢をちょっと垂らせば味の奥行きが増して、なお美味い。
意外に思われるかもしれないが、日本酒に合う。もちろん、すきっとしていて丸い飲み口のサッポロラガーにも、よく合うわけで、私より少し遅れて飲み始めた彼等の最初のつまみとしては最適であることでしょう。
お店は開店から1時間もすると、カウンターが埋まりかかる。外はまだ明るいのですが、出遅れて店に入れないという憂き目にあうくらいなら、仕事なんざ少しばかり早じまいしてしまおうと考えたって不思議はない。いやいや、これは失礼、そんな不届きものは私くらいのものでございましょう。
続いて、新ジャガ豚バラ煮が出てまいりました。豚の肉じゃがと豚バラの角煮を合わせたような料理で、日ごろあまりお目にかからない。けれど、私はこれ、好物です。たいへん嬉しい。
ひとりで飲むなら、お通しとこの1品でけっこうイケてしまうという、お店にとってありがたいのかどうか、ひょっとしたら迷惑千万な客なのかもしれませんが、あれこれ並べないと気が済まないってのも野暮ったくていけねえや、なんか思っていたりするから厄介だ。
それはともかく、食べ応えのある豚バラとほくほく皮つきのジャガイモは、素朴で、これで十分というおいしさを楽しませてくれます。ちょっと野趣があり、キャンプ飯というか、合宿の惣菜みたいな感じもしてきます。
さてさて、矢継ぎ早に出てまいりますのは、ホタテのコーン焼き。
ホタテの貝柱を具にした、コーンクリームのグラタンです。パリパリに焼けた表面を割ると、その内側で、熱々のクリームをまとったホタテの貝柱が湯気をたてている。ハフハフ言いながら口へ運び、そうね、ここはやはり、冷たいビールか酎ハイなんか、良さそうですなとひとりごちる。
■この店を知らずにきた迂闊
店に入ってからまだ、1時間とちょっとぐらいかと思っていたら、実はそうでもない。気が付くと思ったより時間が過ぎているということは、店の居心地のよさの証明だ。
若い頃に西荻にちょいと親しんだ時期があって、それから長く間が空いて、また通うようになったのが、南口「串の家ちょろ」のオープンから1~2年後だと考えると、今からちょうど16年前。なんとそのとき、北口には、この「酒房高井」という名店がスタートしていたとは、存じ上げなかった。
もとより頗る出不精であり、研究不熱心であるから、今さら言ったところでどうということもないのだろうが、16年もの間、この店を知らずにきたのは、いかにも迂闊であったと思うわけであります。
酒をもらいましょうか。おっと、「飛露喜」がある。ひとまずこれをいただきまして、つまみは、いぶりがっこ。となれば秋田の銘酒、「雪の茅舎」もいただきたい。
徐々に酔ってくる。まだまだ軽い酔いだが、軽くはあっても酔って気分がよくなってくる。片口から盃へ酒を注ぐテンポがよくなってくる。ああ、いい店、知っちゃったなあ、と見上げた先には太い梁。
開店は16時半。土日も開いているという。私のようにフラフラ飲み歩くのが仕事という、まことにイレギュラーな者であっても、週末の夕方に飲むのは、なんとも、のんびりして嬉しいものだ。
府中で競馬のメインまで遊んだら、その後はぶらりと西荻までやってくる。この秋は、そんな週末を楽しんでみたくなった。
取材・文:大竹 聡
撮影:須貝智行