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100軒マラソン File No.47

荻窪の南口が、がぜん、おもしろくなってきた。

「二代目鳥七」

公開日:

今回取材に訪れたお店

二代目鳥七

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JR中央線と東京メトロ丸の内線が連絡する荻窪駅。大規模な駅前再開発を免れたように見える南口には、ロータリーがない。駅前へ出ると、線路と並行に走る道に、バスの停留所が一列に連なっている。

ここから、荻窪の南側、杉並区の住宅街へと、頻々とバスが出る。中には、高井戸を抜け、京王線の芦花公園までつながるルートもある。かつては、私が生まれ育った三鷹の団地まで連れて行ってくれる路線もあった。

銀行の左側、好きな古本屋さんのちょっと手前から南へ入ると、そこが仲通り商店街。途中、路上に小さな看板が出ているのを見逃してはならない。

荻窪の南口が、がぜん、おもしろくなってきた。

そこから左へ入ると、ずいぶん長い間、拡幅工事もしなかったと一目でわかる、昔ながらの路地がある。

この路地には何軒かの店が並んでいるのだが、右手にあるのは店舗の2階がかつては住居として使われていたと思しき長屋造りで、昨今あまり見かけなくなった、懐かしい感じの建物だ。

荻窪の南口が、がぜん、おもしろくなってきた。

午後3時。その路地で、早々と開店する店がある。「二代目鳥七」。やきとり屋さんである。

この店は、さて、ここに何年あるのだろうか、と思わせる、老舗感たっぷりの一軒。以前から気になっていたので、今回の初訪問に心が躍る。

荻窪の南口が、がぜん、おもしろくなってきた。

■正真正銘、鶏の焼き鳥

店内に入ると、空気が違うように思う。店の壁や天井に張り付いた、長い年月の風格、匂い、そういうものが何かを訴えるのでしょう。

逆L字カウンターの、店内奥の中央あたりに席をとると、ちょうど、店の一番奥から厨房を挟んで、そのまた向こうの窓から外が見える。窓枠で仕切られた白っぽい風景を、店主の伊藤健さんの影がさえぎる。窓の下の焼き台にはすでに、炭が熾きているようだ。

荻窪の南口が、がぜん、おもしろくなってきた。

この日は特別にさらに早くお邪魔したが、開店は午後3時。うれしいじゃありませんか。お日様の高いうちから飲むビールは最高だ。

赤星の瓶を傾けて、丁寧にグラスに注ぐ。縁から下、3割方を泡にするのが私の好みだ。

最初の1杯は元気よく。勢いをつけて飲む。冷たいビールが喉を通るときの快さは、他に代わるものなしと、思う。

荻窪の南口が、がぜん、おもしろくなってきた。

関東の串物は焼きとんも多いけれど、こちらは豚ではなく鶏の焼き鳥だ。さっそく、レバー、皮、つくねを1本ずつ注文する。

しばらくの間。焼き台に向かう伊藤さんの背中をぼんやり眺めながら、ビールを飲む。皮の脂が焼けて煙をたてる。焦げの匂いが漂ってきて、期待がふくらむ。

荻窪の南口が、がぜん、おもしろくなってきた。

タレをくぐらせた焼き鳥は、皿の上に並び、絶妙な匂いを放ち、照りを見せている。

レバーがうまい。

そのひと串を食べきってしまう前に、皮も食べる。

荻窪の南口が、がぜん、おもしろくなってきた。

焼きたての皮は、香ばしさこそ取り柄である。それから、独特の甘み。皿に少しばかり溜まるタレをよく吸わせ、皿の隅に盛った七味唐辛子にちょんちょんとつけて、じっくりと味わう。

飲み下してしまうのが惜しいくらいの混然一体となったうまみを、赤星で流し、更新された口に、また、レバーを放り込む。

荻窪の南口が、がぜん、おもしろくなってきた。

店主の伊藤さんもかなりの無口のようであるが、うまい焼き鳥で、その日最初のビールを味わう私もまた、寡黙である。ずっと寡黙であったらシブいのであるが、そこは根っからのお調子者。

「レバーも皮も、いいねえ!」

なんてことを口走り、伊藤さんはそれに対して

「ありがとうございます」

と、それだけ言う。この感じが、また、なんともいい。

荻窪の南口が、がぜん、おもしろくなってきた。

さて、つくねを食してみよう。

注文があった後に、串に巻き付けるようにして成形し、炭火でていねい焼きあげた1本のつくね。これはうまそうだなあと、手を出す前にひとしきり眺め渡したのであるが、その姿、ゴツゴツしておらず、太っとくもなく、すらりとして様子がいい。清楚なつくね、なのである。

荻窪の南口が、がぜん、おもしろくなってきた。

それをひと口――。しっとりとして、じわりとうま味が出てくる。シンプルだけれど、これが鶏のうまさかと改めて思うくらいに、味わいはしっかりしており、どこかほかのつくねと違うのか、聞かずにはいられなかった。

「モモ肉とムネ肉を混ぜるつくねが多いと思いますけど、うちは、モモだけなんです。つなぎの卵も入れてないです」

モモとムネを混ぜると、どうであるか。卵を混ぜるとナニがどう変わるのか。つくねを作ったことのない私には想像もつかない。この清楚の秘密は、ただ、食って、うまい、うまい、と感じるのが精いっぱいだ。

けれど、それでいいとも思う。この味に出会いたければ、ここへ来ればいいだけのことだ。

荻窪の南口が、がぜん、おもしろくなってきた。

■時間帯によっていくつもの顔がある

店は、開店から4年になるという。伊藤さんは現在33歳。もとは飲食店に勤めていた。

「厨房で働いていたんですが、その当時から、休みの日などには、ふらっと飲み屋さんに入ったりしていました。僕はとにかく焼き鳥が好きで」

そうして食べ歩きをしながら、目で見て、舌で感じ、記憶にとどめたことを頼りに焼き鳥店をやることを決めたという。

荻窪の南口が、がぜん、おもしろくなってきた。

「鳥七」という店の2代目であることに間違いはないが、実は先代と血縁があるわけでもなく、先代のもとで修行をしたのでもない。

故あって休業せざるを得なくなった先代に、ここで店をやらせてほしいと頼んだのも、何かの縁。だから、以前からの雰囲気を残しながらも、伊藤さんの考えで変えるべきところは変えて、「二代目鳥七」とした。

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以前の店の常連さんとは別人たちが、現在の常連さんになっているという。

「50代くらいの方が多いですが、最近は、30代~40代の女性がおひとりで見えることもあります」

なるほどなあ。初めて来た客をも落ち着かせる雰囲気だから、女の人がひとりで来ても、安心して寛げるかもしれない。

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3時から開けている店にはきっと、時間帯によっていくつもの顔がある。明るいうちから一杯やりたい人。仕事が退けてから軽く1杯という人。同僚や友人と誘い合わせてゆっくりと飲みたい人。自宅までの帰り際、自分にお疲れさんを言ってやりたいひとり客……。

私らのような飲兵衛はただ好きな時間に行って飲んで食って喋って酔って、それだけで充分だから、他の風景を想像もしないけれど、カウンターの中にいて、1日7~8時間、入れ替わり立ち替わりする客を見て、その空気を感じていると、大袈裟だけれど、そこに多くの人の人生の一端を垣間見るような気がしないだろうか。

そんなことを思うと、立ちっぱなしでキツイだろうけれど、カウンターの中から見る風景にも、関心がわくというものです。

荻窪の南口が、がぜん、おもしろくなってきた。

■行ったり来たりもお楽しみ

アスパラのおひたしと、玉子の浅漬けが来た。焼き鳥のタレの甘味、濃厚さを、おひたしで洗い、スライスした茹で玉子を口に運んでみる。

なるほど、たしかに浅漬けだ。ほんのりとした塩気と酸味があり、うま味も滲みだすようで、酒のつまみには、最適である。

荻窪の南口が、がぜん、おもしろくなってきた。

そもそも私は茹で玉子が好きという、ちょっと子供っぽい味覚を後生大事に抱えているおっさんであるから、こんなふうに、好きな茹で玉子を酒肴にしてもらえるのは、たいそう嬉しいのである。

ガリ(ショウガ)とヤングコーンを豚肉で巻いた“豚がりコーン”と、モモ肉、ささみ、を追加する。

荻窪の南口が、がぜん、おもしろくなってきた。

ワサビをのせたささみは、モモ肉のからりと焼きあがった表面の香ばしさと好対照をなして目を楽しませてくれる。鶏ばかりの串の中で、豚肉を使った“豚がりコーン”はいいアクセントになる。

ネギ、シイタケ、味玉うずら串と立て続けに頼む。もりもりと食べる間もビールを飲む手は止まらず、途中から、編集Hさん、写真Sさんにも加わってもらって、砂肝やぼんじりなど追加して、楽しむ。

荻窪の南口が、がぜん、おもしろくなってきた。

外はまだ、明るい。こいつはなんともご機嫌だねえ、と時計を見れば、少しばかりゆっくりしすぎたようで、そろそろ、お隣の店が開く頃合いだ。

実は隣の店は、この赤星100軒マラソンの連載第2回で訪れた「煮込みや まる。」なのだ。

しかも、なんと、驚くべきことに、「煮込みや まる。」の若き女将は、伊藤さんの奥さん。ご夫婦で、隣同士で別業態の飲み屋さんを切り盛りしているという、おそらくは日本でも唯一のカタチではないかと思う。

荻窪の南口が、がぜん、おもしろくなってきた。

常連さんの間では、この二軒を行ったり来たりする人も少なくないようだし、実際、このご夫婦のかわいらしいお子さんが、煮込みやにいたかと思うと焼き鳥屋に行ってお父さんに抱っこをせがむという、なんともほほえましい光景にも出会えるのである。

ぼんじりのうまみにニヤニヤしつつ、さて、ここらで少しばかりお隣に顔を出し、後でまた帰ってくるという手もあるな、などと考える。

荻窪駅南口が、がぜん、おもしろくなってきた。

荻窪の南口が、がぜん、おもしろくなってきた。

取材・文:大竹 聡
撮影:須貝智行

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