サッポロラガービール(愛称「赤星」)の飲める店を訪ね歩く「赤星100軒マラソン」。今回で27軒目とあいなりますが、前回にひきつづき、東武線の沿線を攻めてまいります。
前回は東武東上線の上板橋、「ひなた」さんへお邪魔しましたが、今回は同じ東武鉄道でも東側の伊勢崎線に乗って出かけます。この路線、別名を東武スカイツリーラインというそうです。しかしながら、スカイツリーには目もくれず、目指しましたのは西新井。そこから、大師線に乗り換えてひと駅、いきどまりの大師前で降ります。
駅名の大師とはもちろん、西新井大師のこと。「関東厄除け三大師」のひとつに数えらる名刹であります。あとのふたつは、千葉県香取市の観福寺と川崎大師ということです。
お大師様の門前には古い甘味どころやせんべい屋、一杯飲み屋などのほかに、参詣や法事のあとの食事に最適と思われる料理屋さんなど、古い店が並ぶ。
東京都下、調布の深大寺近くで幼少期を過ごした私は、こういう、古い門前町の雰囲気がたいへん好きでして、かつて一度やって来たときに、西新井大師とその界隈がとても気に入ったものです。
■家庭的な雰囲気にシンプルな品揃え
さて、このたび向かいましたのは、西新井大師の裏手にある「大心」というお店。ちゃんこ屋さんでありますが、こちらのお店では「チャンコ」と表記するそうです。
小雨降る土曜の夕方。店の前に立って眺めると、小さな暖簾の下がった渋い構えの店である。
迎えてくださったのは、店主の長田修さん。父である先代が昭和43年に開いた店を継いで頑張っている。
ちなみに、北海道長万部町出身のお父さんは、大相撲の関取だったということです。その四股名が「大心」。
「前頭の8枚目までいきましたか。同期の入門が大鵬さんなんですよ。序の口のとき一度だけ対戦していて、実はそのときは父が勝っているんです」
長い幕下生活の後、十両へ昇進。その後幕内へ上がるも十両へ陥落。しかし、その場所で十両優勝して幕内へもどり、最高位は東前頭8枚目までいった。実に立派なお相撲さんなのです。
そうなると、こちらのほうも、ただぶらりと飲みに来たという心持ちではない。なにかこう、由緒正しい店の暖簾をくぐるといいますか、そう硬くなるこたあないよ、と笑われそうですが、やや緊張気味になる。
しかし、ほっとしました。店内の雰囲気が実に家庭的なのです。広い座敷のテーブルにつき、品書きを眺める。おつまみ各種もシンプルな品揃えである。これですよ。こういう、読めばすぱっとわかるつまみがいい。
昨今、メニューの名前を見ただけでは、にわかにその料理の姿が浮かんでこないような酒肴というものに、ちょいちょい出くわしますが、こちらのは違う。
ざっと並べますと、刺身三品盛、鳥のから揚げ、アジのたたき、ツミレの一口揚、鳥ナンコツ炒他、どれもたいへんわかりやすい。宮城野部屋直伝という鍋のほうも、トリチャンコ、ブタチャンコ、ツミレチャンコの3種のみ。ソップだ塩だ味噌だと味付けに凝るのではなく、さっぱりと水炊きにして自家製のポン酢でいただくスタイルだ。
いいっすね。水炊きにポン酢。さっぱりして、もたれなくて、胃粘膜が弱り気味の50代中盤男である私にも、実にやさしい感じがいたします。
そしてビールはこれ。「赤星」ですよ。冷蔵庫の中にぎっしりの大瓶。壮観です。その中から1本を取り出していただく。
お通しも待たずに、ぐびっと飲む。
うまい。こうでなくてはいけない、というくらいに、うまい。
「うちは、店を始めたときからずっと赤星だと思いますよ」
理由はもう、あえて聞かない。昭和43年の創業なら、来年で半世紀。その間、同じビールを出し続けたということは、このお店に通ったお客さんたちが、それだけこのビールを好んだとうことでしょう。
■三拍子そろった絶品チャンコ鍋
さて、つまみは何にしようか。ちゃんこ屋さんの中には、酒肴自慢で、いろいろ出すところがあるけれど、ここは品数も絞っているようだ。それで問題ない。後で鍋にするのだから、軽くつまめたら、それでいいのだ。ツミレの一口揚、それから、鳥のナンコツ炒を頼む。
そうこうしているうちに、ご家族連れが入店された。土曜の夕刻という時間。大勢でのご来店です。見ればどうやら3世代。しかも、その若手たちがもう、酒が飲める世代になっている。にぎやかに、かつ、豪快に注文して、乾杯をすると、食事が始まる。
注文の様子から、この店の御馴染みさんだとわかる。週末の夕刻、家族そろって鍋を囲む。なんとも、いい感じですよ。東京の都心には、ちゃんこを囲む家族団らんはなかなかない。
ナンコツが到着。こちらは、味噌味です。コリコリしていて、しかもぴりっと辛い。ネギのシャキシャキ感も相性抜群で、ビールがすすむ。これはご機嫌だねえ。
さらに、ツミレ揚。スダチを絞って食べるんですが、これが臭みのないツミレでして、非常にいい。こちらのツミレは鰯ではなく鯵を骨ごとすり身にしたもので、ショウガを効かせた味付けが特徴的です。
テーブルの上におかれた特別メニューに、プリプリ真ダコのからあげ、とある。わたくし、タコに弱いんですな。しかも、からあげのタコにめっぽう弱い。たまらず、これも追加する。
タコを待つ間も楽しく、赤星をぐいぐいと飲む。ふと気がつけば、ご家族連れは、お母さん、若者たちからしたらおばあちゃんの、誕生日のお祝いのようである。
おかあさん、にこにこ笑っている。若者たちも、にぎやかに食べ、かつ、飲んでいる。
いい光景を見た。ビールが、うまい。ついでといってはナンですが、真ダコのからあげ、抜群でしたね。
さあ、こちらもそろそろ鍋にしよう。トリチャンコに追加の具としてツミレを注文。これで万全。
ほどなく、われわれのチャンコが運ばれてきた。
どうです、なんとも堂々たる構えではありませんか。
昆布が入った鍋の湯が煮えてきたら、まずは鶏肉を投入。さらに、ツミレを箸でつまんでほどよい大きさに整形しながら、投下していきます。そして、しばし待つ。
最初に入れたツミレに火が通り、浮かび上がってきた。たまらず味見をいたします。
うん、うまいね。ポン酢も、いい。
双方からいい出汁が出てきたところで、豆腐、キャベツ、ニラ、最後に春菊を投入。
あとは、適宜、手元のポン酢の椀にとって、ハフハフ言いながら食べるのみである。
天候不順の夏、9月も半ばを過ぎて、酷暑のぶり返しもなさそうなころあい、鍋という選択は間違っていなかった。
鶏肉の滋養が温かい汁をまとって椀の中ににじみ、すっきりとしたポン酢の酸味を伴って口中に広がる。旨みと、温かみと、爽やかさ、三拍子そろった絶妙のバランスで魅了してくる。
こうなると、ガキの頃から今の今まで注意散漫、落ち着きのなさを指摘され続ける私のようなものでも、鍋の具をさらうことに意識が集中する。
11人の予約客が来たかと思うと、その後も家族連れが二組やってきて、広い座敷はほぼ満席に近くなる。大将は厨房で、料理にかかりきりだ。
■締めのつもりのラーメンだったが…
鶏の脂の浮いた鍋のスープに、鶏がらスープでも追加して、そこにラーメン玉を放り込むのかと思ったら、こちら、そうではないというのです。
まず、タレと薬味のネギが入った小さい丼に、鍋のスープをお玉2杯分入れてのばす。残ったスープには湯を足して、沸き立ったら、麺をほぐしながら入れてゆでる。あとは好みのころあいで麺をだぐって、タレにつけて食べるべし、とのこと。つまり、つけ麺なんですな。つけダレはゆず塩味と醤油味の2種類あるという。
「ゆず塩にしてちょうだい!」
迷いはなかった。
やがて、麺がゆだる。それをゆず塩ダレにつけてツルツル吸い上げると、これはもう格別である。
ちょっと濃いかなと思ったのだが、そこも抜かりはない。卓の上には湯とは別のもう1本のポットが置かれていて、これに、鶏がらスープが入っている。最終的な味の調整は各自でよろしく、ということなのだ。このあたり、相撲料理だなあ、と感じさせられた。
昔、ある相撲部屋で朝飯をご馳走になったことがある。そのときも鶏の水炊きだったが、鶏肉やきのこ、野菜の出汁以外には味のない汁を関取たちは丼にたっぷりととって、そこに、小皿に盛った塩や胡椒を指でささっと入れて啜るのだった。私も真似をしたのは当然ですが、これが、あっさりして、実にうまい。この汁があれば、まだもうひと踏ん張り飯が喰える、と思いましたね。
あの時の、その感じが、今、目の前の小さな丼の中で展開されている。ゆず塩ダレを鶏がらスープで少しのばしたところへ、鶏の脂をまとってきらきら輝く麺がするりと滑り込み、直後、私によってつるりと吸い上げられる。ああ、うまい。ビール、もう1本! このスープで飲める。
麺、もうひと玉もらうか、よしておこうか。この場合、博多よろしく「替え玉」と叫べばいいのだろうか。あれこれ、迷いながら、冷たいビールと温かいスープを交互にやる。
締めのつもりのラーメンだったのに、なんだか調子が出てきてしまった。ブタチャンコに焼酎で仕切りなおしといくか?
ビールをまたぐいっと飲むが、結論はまだ出ない。
取材・文:大竹 聡
撮影:須貝智行