7月某日、桜木町駅で下車し、地下への通路を目指しました。時刻は、まだ昼休み。ランチタイムもそろそろ終わりに近いので、行きかう人で混み合っているかと想像していましたが、意外に人影は少なかった。
猛暑が影響しているかもしれない。梅雨明けの宣言はたしかまだであったけれど、もう、感覚としては盛夏だ。目的の店、「国民酒場 じぃえんとるまん 桜木町店」に早く入って涼みたい。エアコンのよく効いた電車から降りたばかりなのに、ずいぶんとヤワになったものだが、こう暑くちゃ、どうにもこうにも……。
野毛へ向う地下道の手前、昔はゴールデン街と言ったはずの場所を目指す。地下街には、酒場があり、喫茶店があり、いずれも、昔の姿を彷彿させる、懐かしい趣の店ばかり。私の記憶ではたしかそういう街であったけれど、足を運んでみると記憶のとおりだった。
ああ、いいねえ、と思わずつぶやいてしまう飲み屋があり、喫茶店があるのです。
編集Hさん、写真のSさんとの待ち合わせは、店で午後1時。ちょっと早いが、暖簾を前にしたら我慢ができなくなった。
「はい、いらっしゃいませ、カウンターへどうぞ」
導かれるまま、店の奥、カウンターが向きあう壁際に大きな鉄板のある場所に立った。
「ビール」
声をかけると「瓶ビールですか?」という返事が返ってきた。
「そう、瓶ビールください」
ハイカウンターに運ばれてきたのは、赤星。ふと見た冷蔵庫が、壮観でしたね。
中身、全部、赤星。
ぎっしり、赤星。
肩入れの度合いがすごい。そして、周囲を見渡してまた、ニヤっとしてしまう。すでに4人ほどの先客があったのだが、全員が、赤星を飲んでいた。
■高校野球に昼ビール
店内は、静かで、涼しい。入り口から見て正面の上方にテレビモニターがあって、保土ヶ谷球場で行われている夏の高校野球神奈川県予選を中継している。
横浜対秀英。試合は終盤、8対2で横浜がリードしている。打席に入ったのが小泉君。
ああ、これは将来のドラフト候補と言われる1年生ルーキー、小泉龍之介君ではないのか! 出身中学は武生二中とあるのを、おそらくそうだとテレビに見入った。
この打席は凡打だったが、たしか、この選手は福井の怪童で、横浜高校に入った今年から早くも高校野球ファンの間で評判になっている選手である。あまり、大きくはない。けれども、打席での構えは、とても1年生には見えない。どしっと決まっていて、スイングにも力がこもっているし、なにより軸がぶれない。
すげえ1年生がいるなあ。こりゃ、神奈川は横浜で決まりか?
そんなことを思いながら飲む昼のビールは、やたらとうまい。
西東京はどうだろう。私の母校は都立でかつて甲子園に出た学校だが、早稲田実業と日大三高がいたのでは、奇跡が起きてもたどり着けるかどうか。私らの時代の野球部はその奇跡をものにして甲子園へいったのだから可能性がないわけではないし、応援もしているが、実は今年のひいきは、というより、ここ数年のひいきは日大三高である。
友人の母校であることに加え、わたし、あの学校の野球部の監督さんが好きなんですな。先日、テレビでドキュメンタリー番組を見ていたら、選手と一緒の寮に住み、一緒に飯を喰い、一緒に風呂まで入っている。できるこっちゃないし、よほど、好きなんだろうなと心底思った。
私は一応、早大OBだから早実の応援に回るべきなのだが、事はそう単純でもない。野球少年だったころの私が高校野球をやるならココと思っていたのが、東海大相模と日大三高であったのだ。そして、今、横浜高校の新人もぜひとも応援したくなったので、神奈川では東海大相模と横浜、西東京では早実と日大三高、4つの応援高ができてしまった。実にやっかいですな。
ところで、待ち合わせの二人が来ない。時間に遅れることがあるとすれば、二日酔いでふらふらの私がたどり着けないことしか想定できない。ということは、私が時間を間違ったのか? Hさんにメールをすると案の定、待ち合わせは2時なのだった。
飲むしかないね。豚のしょうが焼きを注文する。
これは、ちょっと迷って注文した。なにしろ、魅力的なメニューが並ぶのだ。目を引いたのは、とんぺい焼き、ハムエッグ、ビフテキ、コロッケ、メンチ、それから豚のしょうが焼きなどなど。こういうものに目が奪われるのは、ちょうど小腹が減っていたからだ。
■まさに私向きの立ち飲み屋
それにしても、この店、にぎやかですよ。お父さんふたり組みはさっきから何事か一生懸命話していて、そこへ、若い男客がやはり二人してやってきて、あれこれ注文をする。
お金はそのつど払うキャッシュオンデリバリー方式。おつりをカウンター上の小皿に入れておき、追加注文の代金はそこから持って行ってもらう。
しょうが焼きがうまい。ビール1本が空になったところへHさんが急いで駆けつけてくれ、赤星のお代わりをする。それにつけても大瓶390円は破格である! ねぎをたっぷりのせた厚揚げ、赤ウインナーも追加。
店を切り盛りする松岡優吉さんに聞くと、コチラはなんと、今年2月にオープンしたばかりだという。
「国民酒場 じぃえんとるまん」は上大岡でスタートした。そこが総本店で、松岡さんの会社は業務提携によって、横浜市内に4店舗を経営。二俣川店、三ツ境店、天王町店、そしてこの桜木町店が最新の店ということです。
赤星を置いた理由は、サッポロの営業担当者の並々ならぬ熱意に応えたかったから。熱い気持ちのこもったビールでお客さんを楽しませたい。そんな心意気が功を奏したようで、当の松岡さんも、赤星を愛するお客さんが本当に多いことに驚いているということです。
「いちばん多い日は、大瓶20本入りのケースが、7ケース出ましたね」
ビールばかりではない。たとえば、デュワーズというブレンデッド・スコッチウイスキーのハイボールがなんと260円。バーボンは、エヴェンウイリアムズのロック、水割り300円とこれまた破格。
しかも、この地下街はぴおシティというビルの地下なんですが、上層階にはなんと、競輪とオートレースの車券が買えるサテライト横浜がある。飲んでから遊ぶか、先に車券を仕込んでから飲むか、そんな楽しみ方もできるのだ。
なんとも私向きであります。
■雨が上がるまでもう一杯
ごろごろと轟音が地下街にまで響く。大気の状態が不安定ということはニュースで聞いていたけれど、ひどい雷雨になっているらしい。地下街へ下りてきた人が手に持つ傘がびしょびしょに濡れている。
テレビモニターには、誰もプレーしていない保土ヶ谷球場が映し出されている。さきほどの試合は、横浜が勝って終わったのだが、次の試合は雷雨のため開始が遅れているとのことです。
それにしても、さっきの試合。勝負が決まりかけた6点差のときに、秀英はよく踏ん張った。コールドゲームになっておかしくない流れかと思ったが、秀英の諸君は実に粘り強かった。私は、うわさに聞いた横浜の小泉君を見てうれしかったのだけれども、その一方で、最後までがんばった秀英にちょっと感激していた。
はじめての、居心地のいい立ち飲み屋で昼酒を楽しみながら、実にいいものを見たなと思ったのである。
雨が上がるまで、まあ、小一時間はあるだろう。写真のSさんも赤星に加わったところで、私は、デュワーズソーダを1杯、追加いたしました。
取材・文:大竹 聡
撮影:須貝智行