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100軒マラソン File No.21

「大井町」は呑兵衛の期待を裏切らない。

「八幸 すずらん通り店」

公開日:

今回取材に訪れたお店

八幸 すずらん通り店

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赤星★100軒マラソン、いよいよ、やってまいりました、城南地区。大森、蒲田、五反田、目黒、もろもろ考えておりましたが、なんと、一発目から大井町に繰り出してまいりました。

大井町――。ここは、飲み屋の街として、私の記憶にも刻まれています。

あれはいつだったか。大井町を知らねばいけませんよ、とアドバイスをしてくれる人があった。立石や赤羽を知らずに酒場を語るなかれ、みたいなノリだったかと思いますが、元来、この私はそういうノリが大の苦手で、1~2度通りかかった程度で知ったかぶりを言われちゃかなわねえや、くらいに思っていたんですが、まあ、その、そこまで言うなら行ってみようじゃないかと足を運んでみちゃったら、驚いた。

路地、そして、路地。酒場、そして、酒場。小さい店ばっかり。イチゲンさんには入店を躊躇させるような深みスゴ味もあって、なんだか、ものすごい。

けれど、そこはほら、私の場合、ビビッているとはいえ、酒場に入ることを躊躇ったまま立ち去ることもないわけで、まずは、親父さんたちがいっぱいいる店に入ってみる。

肉屋さんなんですなあ。メンチカツとかモツ焼きで飲みましたよ、昼間っから。肉屋の店頭でコロッケなんか買って、それを川原とか公園に持っていってビールで乾杯なんてのは大好きですが、肉屋の店頭で飲んだのはあれが初めてでした。

そして、このたび、100軒マラソンの取材隊が目指しました「八幸 すずらん通り店」へと向かう道すがら、

ああ? おお! ここだ、ここ、この肉屋だあ!

と、思わず足を止めたのが界隈の名物店「肉のまえかわ」なのでありました。

その途端、地理関係を思い出し、店の角から奥へと入る細い路地の奥のスナック風の店でも飲んだよなあ、なんてことをフッと思い出す。大井町。恐るべし。

私は、大井競馬の帰りは立会川界隈で飲むか、あるいは一気に新宿まで戻ってしまうタチなので、実は大井町酒場ぶらぶらはこれまでに2度ほどしか経験がない。にもかかわらず、ここまで濃く鮮烈な印象と記憶を残した「飲み屋の街」、それが大井町なのです。

「大井町」は呑兵衛の期待を裏切らない。

■1973年から続くおでん屋さん

すっかり前置きが長くなりましたが、そんなディープなエリアを抜けたすずらん通りのドン突き、左手に「八幸 すずらん通り店」はありました。ここはおでんと小料理の落ち着いたお店です。

店長の中野政広さんは38歳。おでんが煮える鍋をはさんで、さっそく赤星の栓を抜いていただきながら、お話を伺います。

「大井町」は呑兵衛の期待を裏切らない。

「もとは、大井2丁目のほうで、カウンター10席くらいのおでん屋を、父と母とで営んでいました。その後、道路の拡張工事があって、本店は現在の大井6丁目に移転して、今、兄が継いでいます。すずらん通り店は今年で7年目になります」

ご両親が最初に店を開いたのは1973年ということですから、今年で44年。あと数年で半世紀になるわけですから、たいへんな老舗です。

大井町生まれ、大井町育ちの中野さん、もとはラーメン店で働いていて八幸を継ぐ気はなかったが、お母様が体調を崩されたのを機に、イタリアンの修行をしていたお兄さんがお店を継ぐことになり、ほどなく政広さんも家業を助けるようになった。

「大井町」は呑兵衛の期待を裏切らない。

店で出すビールは、昔から変わらず、赤星であるという。

「うちの冷蔵庫。水冷式なんですよ」

はて、水冷式というのは……。現物を見せていただくと、一見してなんの変哲もない箱に水が張ってあって、そこに、ビールや日本酒の瓶がつっこんである。メーカーのロゴは、SANDENと読めた。

「古いものですけど、この水冷式はよく冷えるんです。15分くらいつけるだけで十分ですから、ビールや日本酒を急いで冷やしたいときには便利なんですよ」

「大井町」は呑兵衛の期待を裏切らない。

冷たい水の中から引き抜いた赤星の瓶をよく拭きながら、シュポンと栓を抜いて客に出す。そこには一種の風情が漂って、縁日のラムネなんかを思い出せる不思議な効果がある。

■冬とはまた違う味わいがある

さあ、ここへきたら、夏でもおでんだ。私はそう決めて入店したのであった。

お通しは鶏のササミを豆腐にのせて薬味でアクセントをつけたササミ奴。こいつを脇に置きつつ、ビールをぐびりとやってから、おでんの鍋を覗く。

「大井町」は呑兵衛の期待を裏切らない。

たまご、だいこん、ちくわぶ、こんにゃく、厚揚げ、しらたき、がんも、昆布、フランクフルト、豆腐、牛すじ、キャベツ巻き、はんぺん、焼きちくわ、さつま揚げ、練りフカすじ、と、品書きにある。

最後の1品は、白身魚のすり身にサメの軟骨を練りこんだもの。スジといえば西日本では牛だけど、関東流は魚が正解。これが見るからに、うまそうなのだ。

「大井町」は呑兵衛の期待を裏切らない。

縁に辛子を盛った皿の中の汁は、色が濃い。中野さんのお父さんが修業したのは「お多幸」だというから、この色合いにも合点がいく。

色は濃いが、味わいはまろやかで、練りフカすじを口に入れると、味のほどよく染みたタネから、いい香りが解き放たれる。

ビールをぐびりと、やる。うまいねえ。

「大井町」は呑兵衛の期待を裏切らない。

暑くなるこの時期からのおでんは、冬のおでんとは趣を異にするのは当たり前だが、夏独特の爽快さもある。汗をふきつつ食べるもいいし、むしろ、そんな陽気の少し前、梅雨寒の晩などにやるのも格別だろう。

厚揚げも、揚げた表面のさくさく感が残っていて非常にうまいし、なによりも、がんもが、軽くて、すばらしい。こちらで使う練り物は、荏原中延にある丸佐かまぼこ店の品とのこと。

たまごが変わっていると聞き、すかさず追加。こちらではひとつの卵に黄身が2つ入った「二黄卵」を使用。ボリュームもあるし、瓢箪型になった黄身が目出度い気分にしてくれる。

「大井町」は呑兵衛の期待を裏切らない。

さてさて、このあたりからは、写真のSさん、編集Hさんにも加わってもらい、うまいおでんと酒肴を味わうことにいたします。

ということで、ふたたび赤星のよく冷えたヤツを抜いてもらう。

お疲れさん! お疲れっす!

最初の1杯のうまさは格別だ。

そこに、新規で頼んだ、だいこん、とうふ、キャベツ巻きをどっさり盛った大皿が出る。

「大井町」は呑兵衛の期待を裏切らない。

■出かけるならば予約が無難

おでん鍋の担当板さんは、見るからにまだお若いなあと思いつつ年齢を聞くと、31歳だった。

若いけれど、おでんつゆを小皿に2度、3度とかけてから改めて皿にとり、ささっと味を確かめる姿は、堂に入ったもの。いよ、いいねえ、1杯付き合いな、みたいなことを、もう少し親しくなったらしてみたい……。

なんてバカなことを考えながら、南薩摩の焼酎蔵の名品「晴耕雨讀」の水割りをもらう。日本酒にももちろん合うだろうし、ずっと赤星、という手もあるが、さくさくっとかるいがんもを、芋焼酎に合わせたい欲求に駆られたのだった。

「大井町」は呑兵衛の期待を裏切らない。

これがまた、なかなかいけますな。屋久島の「三岳」なども、いいだろうし、熊本の米焼酎「白岳」なんかも合うんじゃないかな。酔っ払いはすぐにあれこれ考え始めるのですが、そうこうする間にも、お客さんが次々にやってくる。

もともと蕎麦居酒屋だったところを居抜きで入居したというだけに、店内の梁や格子の引き戸、座敷の設えは和風であり、モダンであり、なかなかに渋い。BGMにジャズを流しているのも、耳に心地いい。

客層の中心は、40代~50代。けれど、20代のお客さんもいるし、女性がひとりで気楽に入ることもできるとのこと。ただし、私たちが訪れた晩も、すでに予約がたくさん入っていて、ふらりとやってきたお客さんが何人か、本店を案内してもらったり、どちらにも入れずに帰っていったりもしていた。それを見るにつけ、出かけるならば予約が無難、と思われる繁盛店だ。

「大井町」は呑兵衛の期待を裏切らない。

Sさん、Hさん、調子が出てきて、ビールのお代わり、私もビールに付き合いつつ、焼酎をまたお代わり。

箸休めに頼んだトマトナムルが秀逸だった。みずみずしいトマトの酸味と、ふわっと香るごま油に、また食欲が刺激される。

そして本日のトドメは、鶏のハツの炙り焼き。こちらでは、おでんのほか、鶏料理にも自信を持っているだけに、このハツのうまさは、さらに酒を進ませるものだった。

「大井町」は呑兵衛の期待を裏切らない。

ここには日本酒のアドバイザーの資格をもつスタッフもいて、全国の酒のあれこれについて話を聞きながら飲むという楽しみもある。働いている人はみなさんお若いが、みんな、いい仕事をしている。

その後、予約のお客さんが続々来店、7時前には満席になっている店内を眺めつつ、ああ、いい店を覚えたなと、素直に思う。さすがは大井町。

7月の大井競馬、帝王賞の晩に、ぜひとも寄らせてもらいたい。そんなことをつらつら考えながら外へ出ると、酔っ払いの足は自然と魅惑の路地へと向かっていた。

「大井町」は呑兵衛の期待を裏切らない。

取材・文:大竹 聡
撮影:須貝智行

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