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100軒マラソン File No.100

江戸川橋に佇む「50年酒場」で噛みしめた100軒マラソン完走の軌跡

「居酒屋 いずみ」

公開日:

今回取材に訪れたお店

居酒屋 いずみ

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記念すべき100軒目

サッポロラガービール、「赤星」を置いている名店を訪ねるというマラソン企画。どうせあちこち飲み歩くのならば、いっそ100軒やったろかい!と、半分冗談みたいな勢いで始めた連載ですが、な、な、なんと驚くべきことに、今回、めでたく100軒目を迎えることとなりました。

ゴールのお店は「居酒屋 いずみ」。場所は文京区水道。文京区の南の端っこだ。川を挟んだ南側は新宿区の東五軒町とか神楽坂あたり。歩ける距離なのだ。

江戸川橋に佇む「50年酒場」で噛みしめた100軒マラソン完走の軌跡

私は長いことフリーライターとして文京区の音羽にある出版社のお世話になってきたから、このあたり、若い頃からぶらぶらしたことがある。音羽から南へ下ると、母校早稲田大学にも遠くないし、矢来町の交差点からさらに南下すると、飯田橋と市ヶ谷の中間あたりの外堀に出る。

実は、フリーになる前、アルバイト時代も含めてこの界隈に6年ほど勤めていた時期がある。小さな出版社にいたときは、昼飯を喰いによく神楽坂まで歩いたし、新刊書が出ると、取次のトーハン(東京出版販売)に持ち込んだりもした。

江戸川橋に佇む「50年酒場」で噛みしめた100軒マラソン完走の軌跡

地下鉄の江戸川橋駅で降り、地上へ出たとき、ああ、懐かしいなと、胸が温かくなった。川沿いと書いたけれど、この川は、私の故郷である三鷹市の井の頭池から流れ出す神田川なのだ。ちょっと調べたら、都電の早稲田駅から飯田橋までの間を江戸川と呼んだ時代があるという。江戸川橋という駅名も、そんなところから付いたものなのだろう。

店へ近づくと、ボロボロになったでっかい赤提灯の前で、サッポロビールのAさんが、満面の笑みで迎えてくれた。飲む気満々。記念すべき100軒目。あたしも飲む気満々。編集Hさん、写真のSさんにとっても感慨深いはずで、こういうことにもっとも弱い筆者などは、もうこの時点で涙ぐみかねない状況であった。

まずは、赤星を一杯

江戸川橋に佇む「50年酒場」で噛みしめた100軒マラソン完走の軌跡

店に入ると、左手にカウンターがあり、その奥がテーブル席、さらに奥は、広い座敷になっている。お店の方にご挨拶をしてから、ひとまずいちばん手前のテーブル席に陣取ることにした。そして、席に座るや、すぐに赤星を注文します。

何はともあれ、まずは、一杯。ふーっ、沁みる。そして、うまい。いつもの赤星だ。

江戸川橋に佇む「50年酒場」で噛みしめた100軒マラソン完走の軌跡

赤星の缶入りは年2回の数量限定販売なので、私が赤星を飲むのはほぼ飲食店であり、まあ、私の場合、ほぼ酒場と決まっている。その日最初の1杯としての昔ながらの瓶ビールは、なぜかホッとさせてくれる。姿かたちも味わいも、よく馴染んだ、優しいものだからだろう。

取材に訪れた日は3月中旬で、壁に貼りだしたメニューの短冊には菜の花辛子和え、たらの芽天ぷら、山うど酢みそ、セリおひたしなどの文字が見える。

江戸川橋に佇む「50年酒場」で噛みしめた100軒マラソン完走の軌跡

この春は、何かとバタバタ過ごしている間に、蕗の薹もたらの芽も食べ忘れている。このまま春が終わったりしたらたいへんだ。

「たらの芽天ぷら、それから、えーっと、あ、寄せ豆腐、お願いします」

寄せ豆腐を頼んだのは、やはり壁に貼りだしてある短冊のひとつに、「とりあえず 寄せ豆腐 特製ネギタレ」というのがあって、「とりあえず」のひと言に気持ちの中を読まれた気分だったのと、「ネギタレ」にぐっと惹かれたからだ。

江戸川橋に佇む「50年酒場」で噛みしめた100軒マラソン完走の軌跡

さあ、寄せ豆腐がきた。

いきなりの大正解だ。みじん切りにしたネギのタレが、寄せ豆腐の上にたっぷりとのっているのだが、ごま油と塩を効かせたシンプルな味付けが絶妙だ。このひと皿でビール1本くらい、かるくいける。うまいねえ。ありがたい。

江戸川橋に佇む「50年酒場」で噛みしめた100軒マラソン完走の軌跡

もともと豆腐は好物で、湯豆腐も冷奴も大好きなのだが、このネギタレをたっぷりのっけた寄せ豆腐には思わず笑みがこぼれてしまうのである。そうして、最初からひとりニヤニヤしているところへ、天ぷらがやってきた。

皿にはたらの芽とカボチャの天ぷらが盛られ、端に大根おろしが少し。天つゆにつけてもよし、塩でやるもよし。何にしても、熱いうちに限る。

江戸川橋に佇む「50年酒場」で噛みしめた100軒マラソン完走の軌跡

さっそく塩を振って口へ放り込むと、たらの芽はホクホクして、少しの苦みを伴い、これぞ春の味だ。カボチャのほうは、天つゆにつけていただくと、衣は軽く、ほのぼのと甘い。

ビールに天ぷら、こうなると、せいろ蕎麦を1枚、ささっとたぐりたい気分にもなってくる。

「世界のあっちゃん」って何だ?

江戸川橋に佇む「50年酒場」で噛みしめた100軒マラソン完走の軌跡

春の香りを確かめながら、壁の品書きをまた、眺める。

改めて思うのは、品数の多さだ。100はくだらないなろう。毎日の仕込みには、朝から取り掛かるのだろうか。カウンターの中で調理している、若主人と思しき人に訊いてみた。

「朝からということはないですよ。午後からゆっくりです。うちは、5時に開けてすぐ満席ということもないし、営業を始めてからも仕込みはできますからね」

江戸川橋に佇む「50年酒場」で噛みしめた100軒マラソン完走の軌跡

と明るい笑顔で答えてくれた。店は、この方の奥さんと、おそらくはお父様の3人で切り盛りしている模様だ。壁の品書きに「世界のあっちゃん」とあったので、

「あの、あっちゃんは、あちらにいるご主人さん?」

「あ、いや、僕です」

お名前を伺うと、小泉敦史さん。だからあっちゃん。奥様は亜樹子さん。そして、先刻、天ぷらを揚げてくださっていた方が、初代のご主人の充男さんなのだった。ちなみに、「世界のあっちゃん」は、「世界の山ちゃん」同様、鳥の手羽先揚げのことである。

江戸川橋に佇む「50年酒場」で噛みしめた100軒マラソン完走の軌跡

「あ、じゃあ、名古屋と江戸川橋で『世界』を争っているんですね?」

冗談でそんなことを言うと、敦史さん、亜樹子さんに向かって、

「うちのほうが先だよなあ?」

「そんなわけないでしょ!」

と笑い合う。このやり取り、なんだか、嬉しいや。

こういう酒場こそ大事にしたい

江戸川橋に佇む「50年酒場」で噛みしめた100軒マラソン完走の軌跡

店は来年で開店から50年になるという。以前は初代のご主人と奥様(敦史さんの母)が、職人さんと一緒に店を回していて、20年ほど前に、敦史さんも入店して切り盛りしてきた。

この界隈は、凸版印刷と、その周辺に小さい印刷や製本の会社が密集していた地域であり、出版物の問屋である取次店の最大手、トーハン(東京出版販売)のお膝元でもある。日本の出版界と密接なつながりがあった土地なのだ。

そして、驚いたことに、初代の充男さんも、その昔、トーハンにお勤めだったというのです。

江戸川橋に佇む「50年酒場」で噛みしめた100軒マラソン完走の軌跡

「長野からこっちへ出て来てトーハンに勤めていた頃、住んでいた下宿の近くに赤提灯の一杯飲み屋がありましてね。夜、仕事が終わって帰ってきて、そこで飲むのが好きで。だんだん通うようになって、店の手伝いなんかしているうちに、この世界に引き込まれた感じです(笑)」

トーハンを辞めた後、池袋の九州料理の店で修業に入り、滝野川に鰻屋を開いて独立したのだとか。

「最初は職人さんも使って、いろいろやりましたね。それで29歳のとき、この店を始めました。え? 長く続ける秘訣ですか? そうねえ、いろんなことがあるけど、折れることも大事ということかな。全部、突っ張っていたら店はもたないですよ」

江戸川橋に佇む「50年酒場」で噛みしめた100軒マラソン完走の軌跡

にこやかに話すその語り口に、今年81歳になる叩き上げの酒場主人がもつ言葉の厚み、重みが感じられる。

ああ、こういう酒場、残ってるんだな……。

100回にもわたって続けてきたマラソン企画の随所で感じたことを、私はまた、腹の底で感じている。そして、こういう酒場こそ、大事にしたいと改めて思うのだった。

江戸川橋に佇む「50年酒場」で噛みしめた100軒マラソン完走の軌跡

赤星を追加して、超レアとりレバー刺しを注文すると、うれしいことに、この料理にも、あの特製ネギタレがかけてあった。

新鮮なレバーはトロリと口で溶け、甘みが広がるところにネギタレのうま味が混ざり合う。これはジンや焼酎などのスピリッツにも合うだろうし、ビールや日本酒のうまさも倍増させてくれる。

江戸川橋に佇む「50年酒場」で噛みしめた100軒マラソン完走の軌跡

出るもの出るもの、全部うまいので、まだ夕方早い時刻だというのに、気分がかなり盛り上がっている。還暦すぎて恥ずかしいが、超レアのレバーに舌鼓を打っているところへ「世界のあっちゃん 手羽先揚げ」が登場したときは、拍手したくなった。

江戸川橋に佇む「50年酒場」で噛みしめた100軒マラソン完走の軌跡

これは、手で掴み、がぶりとやる。適度に塩気の効いたクリスピーな皮と肉の境目あたりからジワリと汁が染み出してくる。うまい。唇がテカってるのがわかる。それも手で拭い、ビールを流し込む。

いや、しかし、手羽先揚げとビールという組み合わせは、非の打ち所がない。世界に誇れる日本の味だ。

なんという幸せか

江戸川橋に佇む「50年酒場」で噛みしめた100軒マラソン完走の軌跡

編集Hさん、写真のSさんにも、このあたりでテーブルについてもらう。一緒に飲み喰いしながら、必要な撮影をし、この場に来ている営業や広告関係の人も含めた取材隊みなさんの、料理の感想などを耳に挟むのだ。

思えば、連載の第1回目から、取材隊として酒場にお邪魔をし、けっこうな時間、そこで過ごすことによって、店の味のみならず、店の空気や歴史を吸収してきた。それも今回で最後と思うと、たいへん感慨深いものがある。

江戸川橋に佇む「50年酒場」で噛みしめた100軒マラソン完走の軌跡

なにしろ、コロナ禍を挟んで丸9年の歳月が流れている。その間に担当をされたマーケティング、広告、営業のみなさんに、気持ちのいい現場を用意していただいたおかげて、晴れて100回を迎えることができたのだと思う。みなさんに改めて感謝したい。

そんなことを、ややしんみり考えながら飲んでいると、誰が頼んだか、串焼きの魚が出てきた。イワシ。3枚に下ろしたイワシの身で梅肉を包み、串に刺して焼いてある。間に挟んでいる緑はシソか。

江戸川橋に佇む「50年酒場」で噛みしめた100軒マラソン完走の軌跡

イワシの梅煮というのは、我が好みの酒肴10傑に絶対に入ってくる一品であって、特にイワシがうまくなる梅雨どきの楽しみとしているのだが、今年は3月から、串焼きというはじめての形で出会うことができた。なんという幸せか。赤星がますます進む。

編集Hさん。イワシをほおばりながらニコニコ笑っている。この100軒マラソンに登場するお店は彼の日ごろの酒場渉猟によって縁をもった酒場だ。最大の功労者である。

そして、店にハムカツがあれば必ず注文した写真のSさん。賑わう酒場に一瞬訪れる静寂と、主人や女将の表情や仕草を、絶妙にスナップしてくれた。この両人と私の3人が、1回も欠けることなくやってこられたことも、望外の喜びである。

江戸川橋に佇む「50年酒場」で噛みしめた100軒マラソン完走の軌跡

そして、我々がもっとも感謝しているのは、すばらしい店を営み、私たちを迎えてくださった、酒場の皆さまだ。本当に、ありがとうございました。赤星100軒マラソン。このへんでお開きといたしますが、また、遊びに行かせてください。

どうぞ、みなさん、お元気で!

江戸川橋に佇む「50年酒場」で噛みしめた100軒マラソン完走の軌跡

(※2025年3月18日取材)

取材・文:大竹 聡
撮影:須貝智行

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