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サッポロラガービール、愛称“赤星”が飲める店を訪ねる「赤星100軒マラソン」。第1回で西武新宿線野方駅近くの「秋元屋」を訪ねましたのは2016年7月のこと。あれから早いもので、6年近くが経とうとしています。連載も今回で67回目。「あなたの街の名店」の数々をご紹介してまいりましたが、このたび、足を運んだのは、杉並区の久我山です。
渋谷と吉祥寺を結ぶ京王井の頭線の小さな駅ですが、急行が停車します。久我山駅から吉祥駅までは3駅。間に三鷹台、井の頭公園の2駅がある。井の頭公園まで歩いてお昼を食べに行く幼稚園に通っていた筆者にとっては、ちょっと懐かしい界隈です。
今回訪ねましたのは「やきとん あかね」。駅から「岩通通り」と呼ばれる緩い坂道の商店街を上がっていった左側にある。カウンターとテーブル席があり、店の入口の前のケースには、テイクアウト用のやきとんが並ぶ。
このあたり、通信機器の会社や病院などもありますが、基本的には住宅地だ。駅から家へ向かう途中のこの店で、気軽にやきとんを買い、家でさっそく一杯。そんな贅沢な夕暮れ時を過ごす方も少なくないのではないでしょうか。うらやましいですな。
■カシラの味噌焼きの評判を聞きつけて
店内へ入り、カウンターに席をとって、瓶ビールをいただきます。
いいねえ、赤星の大瓶が出てきた。
さっそく、やきとんから、私の定番、カシラとタンを注文。かしらは味噌だれ、たんは塩を指定。ご主人の山田和人さんに挨拶をし、少しお話を伺います。
店は今年で開業から11年。山田さんはかつて池袋のフグ屋さんで働いていたとき知り合った辻英充さんと、あの有名な上板橋の「やきとん ひなた」(当連載の第26回でお邪魔しております)の立ち上げをしたそうです。ちなみに、ひなたの社長の辻さんは、フグ屋さんのお勤めと「ひなた」開業までの間に、野方の「秋元屋」で修業をしたといいます。
そうです、冒頭でも触れた、当連載第1回でお邪魔をした「秋元屋」のノウハウを学び、それを「ひなた」に移植したわけだから、山田さんもまた、大元を辿れば「秋元屋」にたどり着く。直接的な接点はないとのことですが、やはり“秋元屋系の人”ということになりそうです。
なるほど、それで、味噌焼きが評判なんだな。
事前の調べで、カシラやはらみなどの味噌焼きの評判が高いことを知っていた私は、心底納得がいった。ビールが赤星、というのも同じ理由か。私はここの瓶ビールがなぜ赤星かという質問をしてみました。
「基本的に、上板橋のスタイルをそのまま持ってきていますからね。瓶ビールは赤星、焼酎はキンミヤ、これはもう絶対、ということで(笑)」
問答無用、ということでしょうか。素晴らしい。飲み屋さんには、それぞれに、こうした問答無用の領域が存在するのかもしれません。
上板橋で「ひなた」の立ち上げをした後、山田さんは、そこで培ったもの、見聞きしたものを、この「やきとん あかね」に移植します。静岡県三島市出身の山田さんが30代も半ばを過ぎてのことでした。
そんな山田さんも現在49歳。この2年のコロナ禍を経て、今、どんなふうに思うのでしょう。取材に訪れた日は、東京のまん防が明けて間もない頃でした。
「時短が解除されてまだ3日くらいだけど、まあまあ、お客さんは帰ってきていますよ。でも、こちらが9時閉店で慣れちゃってるから、ちょっと大変(笑)。コロナ以前は当たり前のように12時までやっていたんですけどね、よくやっていたなと思いますよ(笑)」
炭の熾きた焼き台にのせたもつから煙が上がる。焼き台はアルバイトの女性が受け持ち、その間も、山田さんは仕込みの手を休めることはない。
カウンター席の目の前には冷蔵ケースがある。これ、もつ焼屋には珍しい。その目で店内を見回すと、調理場がとても広く、それも珍しい。そういえば、店の外の看板には、うっすらと「SOUP CURRY shop」と文字の跡が残っていた。
「ここは、昔は寿司屋、それからスープカレーの店で、そこを居抜きで借りましたから、その名残です。厨房のスペースがやたらと広いんですが、今ではこれに慣れちゃって、逆に狭い調理場で何時間も立ちっぱなしなんて、考えられません(笑)」
そう言われて納得。目の前の冷蔵ケースは、つまりネタ箱だったわけですね。今そこには、びっしりと串を打ったもつが並んでいる。やきとんの串、各種がびっしり。
いい眺めなんですな、これが。
■やきとん1本120円のありがたさ
出てきたカシラとタンの、なんとも言えない匂いが赤星のうまみをさらに増し、口に入れてなおのこと、幸せな感じが膨らんでいく。その日最初のビール、というのは実にうまいものですが、私は、その日最初のやきとんもまた、格別に思われる。
その日、最初の、カシラ。こんなタイトルの映画があってもいいような気がする。というのも、絶品のカシラの串が香ばしい匂いを立てながら客の前に姿を現すまでに、実に多くの時間と手間がかかっていると思うからなのです。
豚を食べる習慣ができて以来の大きな意味での食文化を背景に、やきとりでなく、やきとんが関東で主流になった理由。はたまた、ホルモンも関西では牛が中心だが、関東は豚が中心だったこと。
さらには、受け継がれていくタレの味が、醤油をベースにしたノーマルなタレに加えて、埼玉県東松山発祥の練り込んだ辛味噌タイプがあり、同じく埼玉県蕨の少し緩い味噌ダレ、さらに歴史は下って、その緩くした独特のタレが、蕨の「㐂よし」(当連載の第15回目に登場)から、先の「秋元屋」へと受け継がれたことなど、いろいろさまざまに、実にどうも大袈裟にものを考えるならば、その日最初のカシラの味噌焼きは、その照りを一層まして私の前でキラキラと輝くのであります。
タレを守ることも大事だが、なによりたいへんなのは毎日の仕込みだ。山田さんに伺いました。
「もつを切るだけでもたいへんです。人気があるのは、カシラ、ハラミ、タン、レバーなどで、毎日40本くらい準備するかな。トータルでは300本くらい。串を打ち終わるまで3時間くらいかかります。店が午後9時に終わればその日のうちに仕込めるけど、遅くまで営業だとなかなかそうもいかない」
そうなのです。その串が1本120円。このありがたさよ。
カシラも、タンも、香ばしく、深みがあって、申し分ない。追加したマカロニサラダの強烈なスパイス感がさらにビール欲しさを刺激します。
串の焼ける匂いにしびれを切らした編集Hさん、カメラのSさんも、カシラアブラ、ハツ、タンなどを注文した。あ、それからとHさんがビールのつまみに付け加えたのは、らっきょうだ。
メニューにらっきょうがあれば、頼まずにはすまさない。これがHさん流。らっきょうをハムカツに置き換えると、Sさん流になる。見れば品書きに、ハムカツはあるようだから、これは後ほどのお楽しみ。
店には、ご近所に住む方と思われるお客さんが2名ほど、早い時刻から見えている。飲みものにしろ、つまみにしろ、それぞれ、ここへ来たらコレ、と半ば決まっているかのように、スムーズに淀みなく、必要なときに必要な量だけを注文しているように見える。
店の前の通りを駅とは逆方面へ向かうと、玉川上水へ出る。その川沿いに、吉祥寺方面へ向かえば、やがて、明星学園の高校の脇を抜けて公園の西園に行きつく。久我山で少し飲んだ後、上水沿いに歩き、公園を抜ける散歩を楽しんだその最後に、カクテルのうまいバーにたどり着く。そんなプランも、近いうちに実現させたい。
今日、ここでリラックスしながら、私はもう、次に来る機会のことを考えている。
手書きの品書きを見て、ひとつ、気になった。カツカレー串というのがある。
「鍋に残った煮込みをベースにして、カレーをつくってみたんですよ。そうしたら、これがなかなかいいので、かしらにパン粉をつけて揚げて、そこに、このカレーをかけてみたんです。うちのオリジナルですね」
かしらの串カツ、煮込みベースのカレーがけ、という感じ。ビールにも酎ハイ系にも、ウイスキーハイボールにも最適でしょうね。
■心も身体も、温まってきた
BGMでは、福山雅治さんが歌う「長崎は今日も雨だった」がかかっています。
うむむ。クールファイブか……。私の胸にはなぜか対抗心が芽生えてくる。オレの「東京砂漠」もけっこうイケるんだが(*両曲ともに、内山田洋とクールファイブの大ヒット曲です)。
私、もう軽く酔っているのだろうかと、生カブみそを齧りながら、ふと思う。
次にかかったのは「心の旅」だ。
チューリップか……。ああ、オレに「サボテンの花」を歌わせねえか(*ともにチューリップの大ヒット曲)。
単にカラオケに行きたいだけか。
そこへ、見栄えもパンチのある、チーズハムカツが登場した。こちらはSさんのマストアイテムだ。
なんだか、楽しくなってきたぞ。赤星をもう1本もらってから、その先は酎ハイ系か? 日本酒に進むか? 時刻はまだほんの宵の口。心も身体も、温まってきた頃合いです。
長い冬がようやく終わった。
(※2022年3月25日取材)
取材・文:大竹 聡
撮影:須貝智行