ラコステと言えば半袖のポロシャツが有名だが、隠れた名品がこのロングスリーブ。あえてジジくさい長袖の袖をまくると、絶妙な雰囲気が出る。イタリアに初めて行った時に見たジイさんの着こなしにヤラれてから、俺のスタンダードとなった。
リーバイス501でネイビーのワントーンにしたら足元はいつもの白コンバースを履き、初めての街、王子を目指す。
王子駅のホームに降りると目に入った、強烈なオーラをはなつトタンの昭和遺産な謎の建造物。現代的な看板が残念だが、気になるので見に行ってみることに。
このさくら新道飲食街は戦後の昭和27年に、王子駅前の闇市から移転されたもので残念ながら2012年の火災で今は1/3しか残っていない。再開発で絶滅するのも時間の問題だろう。
横からのルックスは、木造とトタンのハイブリッド。ウットリしてしまう。
現在は、歌えるスナックまち子だけが営業しているようだが時刻は昼の12:00なので、もちろん閉まっている。絶滅する前に昭和歌謡を歌ってみたくなった。
さてさて、平日の昼呑みで一杯ひっかけようと駅裏の「平澤かまぼこ 王子駅前店」にぶらり。店先で迎えてくれた京子さん(お母さんと自然と呼んでしまう)。お母さんの笑顔とおでんの香りに素通りはできない。
立ち呑みで10人も入ればパンパンな超密着立呑み。いい感じだなあ~まだ平日のお昼なのにもう2/3は埋まっている。
赤星を散歩で乾いた喉に流し込む……。
この昼間の一杯が最高すぎる!!
なんとおでん以外のつまみがこんなにあるとは。初めて来た酒場では、まず常連が食べているものをチェック。おでんの前にいくつか注文してみることに。しかしどれも安い。
まずは、じっくり煮込んだ焼豚に。
衝撃の美味さ。トロトロッで味付けも絶妙。まさか立呑みおでんで、こんな絶品に出会うとは。
ほろ酔い気分で、隣のスーツを着た常連とも会話が弾む。平日の昼間にスーツで立呑みなんて……人生にはいろいろあるのだろう。ここでは書けない一期一会の会話を楽しみ、焼豚をおすそ分けさせていただいた。
大山地鶏の皮は、おでんの出汁で皮とネギを煮込んだもの。マジでこれも衝撃の美味さ。果たして俺は、おでんまでたどり着けるのだろうか。もうここは、おでん屋を超えた立呑み酒場だ。
「王子に来たなら北区の地酒を飲まなきゃダメだよ」と他のレジェンド常連の方から、俺のおごりだといただいたのは丸眞正宗とイカの塩辛。
取材中とはいえ常連からの酒を気持ちよくいただくのがアニ散歩の流儀……。しかし酔いがまわってきた。大丈夫か俺? 酔いがまわる前にそろそろおでんをいただくことに。
お母さんに、おすすめを聞きながらも、どれも美味そうで迷ってしまう。
うわぁ~全部食べたい。もう迷い道くねくねって歌が頭の中で聞こえてきた。
俺のおでんを優しく取ってくれるお母さんの姿に癒される。
ちくわぶ、はんぺん、たまご、すじの4品。すじとは魚のつみれのことだ。ここではカラシは使用せず、素材本来の味をそのまま味わう。しかし今までの絶品つまみの〆にふさわしい上品なおでんだ。心から美味い……お母さん、美味すぎるよ!!
上品な出汁に酔いしれる。やはりおでんで一番美味いのは具ではなく出汁だと俺は思っている。上質な具でなければこのハーモニーは生まれない。
さっき会ったばかりの常連の方々と心地よい時が流れる。カウンター越しのお母さんとの楽しい会話で酒も美味い。
一期一会の乾杯。職業、年齢なんて関係なく友達になれるから1人呑みはやめられない。
俺は初来店で一見なので徐々に距離を縮めていき、カウンターの奥で呑んでいる常連レジェンド大先輩との酒を楽しんだ。立ち飲みカウンターでは奥がVIPエリアと考えたほうがいい。
お母さんは、笑顔でカウンター越しにいろいろな話を聞かせてくれた。戦時中に樺太で生まれ、10才の時に終戦を迎え新潟に移り激動の昭和を生き抜いてきた壮絶なストーリー。中学生の時に千葉で叔父さんのかまぼこ店を手伝い、50年前、王子神谷で練り物の製造販売店をはじめたとのこと。
この立ち呑みは17年前に息子さんとオープンし昼間はお母さんが店に立っている。お母さんは、何度も俺にこう言った。「おなかいっぱい食べれば幸せでしょ」、「もらう人よりあげる人になりなさい」と。当たり前の言葉だが激動の昭和を生き抜いたお母さんが言うと説得力がある。
長生きしてくれ、お母さん。俺はまた必ず来る約束をして名酒場とは、やはり人のぬくもりだと心から酔いしれた。
ラコステのロングスリーブポロシャツ。半袖と同様に色違いで数枚愛用しているマイスタンダード。40男には、こんな大人な長袖がおすすめ。ポイントは袖のまくり、これだけは忘れずに。
Text:Eiji Katano
Photo:Kou Maizawa