チープ・シックという言葉がある。ざっくり言うと、お金をかけないで着こなすということ。例えば、ミリタリーウェアは本来ファッションアイテムではない。
これはアメリカ軍のミリタリージャケットのライナーでリーズナブルに買える古着だ。アウターのように羽織ってしまえばジャケットに早変わり。細身の白パンツに足元はレッド・ウイングで、憧れの酒場へ。
駅前に昭和な商店街が続く十条。その名店は赤羽の隣駅にある。
十条駅の路地裏で異常な昭和オーラを放つ大衆酒場の聖地「斎藤酒場」だ。いつも赤羽で呑みながら、いつか行きたいと思い続けた時がやっときた。
興奮した気持ちを抑え、入ろうとすると昭和の染み込んだ暖簾が、フワッと揺れる。俺みたいな一見を受け入れてくれるだろうか。本物の昭和酒場で、初めて呑む時はいつもそんな気持ちだ。初心を忘れてはいけない。
ガラガラと引き戸を引き、店内に入ると心地よい緊張感の中でゆっくりと時が流れている。この空気だけで十分呑める。創業昭和3年の歴史を感じる見どころについては後ほど。
お品書きプレートからも厳格な風格を感じる。
えっ、冷しビールってなんだ?
ここの「赤星」は水冷式の冷蔵庫でキンキンに冷されているから冷しビールということ。
この空間で大瓶を注ぐ瞬間がたまらない。
美味すぎるぞ、冷しビール!!なぜか通常の冷蔵庫とは違う絶妙な冷えっぷりだ。
お通しは、殻付きの落花生。ガキの頃、いつも親父のつまみは、こいつだった。
初めてということで季節モノとマストな3品を注文。
まずはワラビのおひたしで、興奮した心を落ち着ける。
マストの1品目はポテト野菜サラダ。ポテサラはやはり自家製が嬉しい。
強烈に懐かし美味い!!やっぱりシンプルを極めた王道が好きだなあ~
やっと会えたね、串カツ。こいつが食べたかった。
マジで参りました。強烈に美味すぎる!!いや強烈の向こう側の美味さに気絶。サクサクすぎる衣に肉と玉ねぎが脳天直撃。
ラストはカレーコロッケ。昭和なカレー味ってとこがいいでしょ?
完全気絶……昭和失神!!サクサク衣の中からカレー味が美味すぎる。マスト3品は、合計で820円。ダメだ……原稿書きながら今すぐ食べたくなってきたぜ。冷しビールとこの3品を勝手にアニキセットと名付けるので、必ず注文してくれ。
気絶と失神の連続で「斎藤酒場」の歴史と見どころを忘れるとこだった。心の底から「美味い!!」と思う酒場では料理はもちろん、やはり歴史と人なのだ。
この年季の入った斎藤酒店という文字。元々昭和3年創業の酒屋だったのだ。初代のご主人が兵役中に男手が足りなくなり、酒場に業態を変え今に至る。
神棚の横には、酒屋時代の貴重なお祝い酒桶が飾られている。
初代ご主人のこだわりを感じる豪快な自然のラインを描く欅のテーブル。現店舗は昭和30年頃に完成し、今も大切に手入れされながら使用されている事が素晴らしい。
桜の一本木を使用した船底天井も見逃してはいけない。
強烈な岩と木の合体オブジェも気になる。これは以前、ししおどしがあり上から水が流れていたのだ。なんとこの岩は富士山の溶岩が使用されているこだわり。
★ニッポンビール?実はサッポロビールブランドは1949年に一度消滅し、1957年に全国で完全復活したのだ。これは消滅していた時期にニッポンビールとして名乗っていた貴重なモノ。
長い歴史を経て、現在は3代目のご主人が厨房に立ち、奥様が女将さんとして数名の女性とお店を切り盛りしている。お客の対応を見ているだけでも気持ちいい。常連客にはもちろん、俺みたいな初めての一見にも優しく心から酔わしてくれる。
笑顔が素敵な割烹着姿の女将さんを紹介したいところだが、残念ながら写真NGだ。通常営業の時は店内撮影禁止で今回は特別に許可をいただいた。常連客が気持ちよく呑める事を何よりも大切にしている。酒場には酒場のルールがあるもの。
できれば「斎藤酒場」のようなリアル昭和酒場は1人呑みして欲しい。多くても3人までで、長くても1時間以上長居するべきではない。
俺は閉店後の暖簾を裏から見て思った。ここには本物の昭和があり、ここにしかない時が流れている。お客は誰もが酔いすぎることなく、自分をみつめながらきちんと酔っている。相席でも人との距離感が絶妙なのだ。
サラッと暖簾をくぐり、同じ時間に同じ席で同じつまみで軽く呑み、長居せず店を出る。そんな「斎藤酒場」の似合う男に俺はなりたい。
70年代にアメリカ軍で使用されていたM65フィールドジャケットのキルティングライナー。本来ライナーなのでボタンはついていない。古着屋でデッドストックや状態のいいモノが数千円で手に入る。保温性が高いので肌寒い時に羽織ればジャケット代わりになるスグレモノだ。
Text:Eiji Katano
Photo:Kou Maizawa