俺が愛してやまないマイ・スタンダードなスニーカーは、永遠の定番スタンスミスだ。
初めて履いたのは小学生の時。確か当時は、フランス製だった。アディダスの3本ラインがドットになっていて単純にかっこいいと思い、大人になっても履き続けている。
今の気分は、全身ブラックで足元だけを白くするシンプルな2色使い。そんな潔いスタイルで向かったのは西荻窪。中央線で中野と高円寺は馴染みだが、初めての街で名酒場を目指す。
西荻窪南口の裏には、昭和感プンプンの横丁がある。いくつもの赤い「戎」の看板が目に入ると、昼間から一杯ひっかけずに素通りはできない。
「やきとり戎」は西荻窪のランドマーク酒場であり、吉祥寺の「いせや」、高円寺の「大将」と同様に中央線3大酒場と俺は呼んでいる。
焼き場のある奥の狭いカウンターでは、まだ昼すぎなのに、常連で満席だ。直感でこのエリアは聖域と感じ、一見の俺は横丁の外席に座ってみた。
まずはキンキンに冷えたこいつを。
昼下がりに至福の一杯……。相変わらず美味すぎる!!
やきとりの他に刺身や揚げ物など絶品メニューが多いと聞き、迷ってしまう。まずはマダイ、マグロ、イワシたたきの刺身3点盛小を注文。1人呑みに丁度いい量だし、350円ってとこがお財布にやさしい。
こりゃあ新鮮で美味い!これがやきとりだけじゃない「やきとり戎」の実力なのか。
やきとりは、鳥と豚もつの、両方食べたいってことで塩とタレで4本セレクト。小ぶりなサイズも俺好みだ。なんと1本95円ってこれまた安すぎる!
ヤバい。強烈に美味すぎ気絶……横丁昇天!!炭で丁寧に焼かれた4本はどれも絶品串。
看板メニューのイワシコロッケタルタルソース490円。イワシで包み揚げたサクサクコロッケにタルタルソースをつけて、これまた強烈に美味い!!イワシのフライとコロッケが1度で味わえるなんて……合体気絶!!
刺身、やきとり、揚げ物と全てが美味すぎる。この絶品3品は別々の店から運ばれてくるため、まるで出前のようで楽しい。実は西荻窪南口店は横丁に複数ある独立したお店で成り立っている。「やきとり戎」の赤い看板がいくつもある謎がこれで解けた。
元々、焼き場のある黒い屋根のカウンター店から創業し、長屋として繋がっている隣へと増殖していったのだ。刺身はこの赤い看板の店で作られている。
そして揚げ物は横丁をはさんで向かい側の店で作られ運ばれてくるのだ。焼き場と刺場と揚げ場が、別々の店で分業されている横丁長屋ならではの独自の進化を遂げてきたことがわかる。
そんなことに感心しながら、焼き場のある黒い屋根のカウンター席こそ「やきとり戎」の原点であり本店ではないか。ちなみにオフィシャルに本店と名のる店はない。俺は一見ながらその聖域で、吞んでみたい気持ちを抑え切れなくなってきた。
焼き場の前は立飲みエリアなのか? しかし誰もそこにはいない。
えっ?常連のレジェンドらしき男性が来店し、ふらっと近づくと、自然に丸椅子が出された。かっこいい!!かっこよすぎるぞ!!聖域の中でもこの焼き場前の席は正に超聖域に違いない。心の中で叫ぶ「リスペクト、レジェンド!」
俺は我慢できず、勝手に本店と呼んでいる聖域のカウンターで最後に1杯呑ませていただくことに。常連が呑む神聖なエリアなので、写真はこの2枚だけにした。敗れかけの貼紙には「やきとり戎」の歴史が染み込んでいる。さきほどの外席とはまるで別の店だ。
オリジナルの地酒「戎」に、つまみはつる。つるとはのど肉で絶妙な食感で強烈に美味い。
満席のカウンターは、全員が1人呑みしている。常連同士の会話はなく、独特の空気が流れている中で、俺は静かに心地よく酔った。
通いなれた酒場も悪くないが、こんな緊張感で酔っている自分が気持ちいい。はじめて常連エリアで呑む酒は、1度しか楽しむことができないビギナーならではの贅沢な瞬間なのだ。
常連はお互い顔は知っていても余計な話はせず、静かに呑んでサラッと帰る。そんな時代おくれの男たちは今日も黒い「やきとり戎 本店」のカウンターで癒されていることだろう。
名品アディダスのスタンスミス。数年前にラストを変えソールが厚くなり本格的に展開されるようになった。これは現在販売されていない80sというモデルでフランス製の古き良きヴィンテージ感がある。現行品も履きやすいのでおすすめだ。
Text:Eiji Katano
Photo:Kou Maizawa