今年の秋は、ステンカラーコートが新鮮に感じる。数年前に古着屋で出会ったバーバリーのヴィンテージは、ややゆったりとしたシルエットで、しばらく着こなせずねかしていたのだけれど……。今年は、ちょうどよくなってきた。
さて王道のベージュのステンカラーコートをどう着こなすかというと、ニットとパンツは黒にしてアウターのベージュと2色使いでシンプルにするのが気分だ。そんなコートを羽織って、名もなき銀座の路地裏へ向かってみることにした。
銀座の路地と言えば三原小路が有名だが、そのすぐ近くにまるで戦後のままのような袋小路が、ひっそりと隠れている。以前『FORZA STYLE』のアニ散歩で訪れた中華三原がある場所だ。
路地を入ると、目の前には絶滅寸前なオーラを放つ66年前に建てられた長屋風の飲食街がある。現在は中華三原の他に焼肉屋と数店のみ営業しているが、いつ再開発され消滅してもおかしくない昭和遺産だ。この建物の2階にある「酒処 よしの」を目指す。
看板の横から2階に上がる階段がある。怪しすぎてビビッてしまうが、この緊張感の先に何かがあるはずだ。
一歩ずつ時が昭和へ戻っていく階段を上がっていく。はたしてこの先にどんな酒場があるのか?
左側の入り口には店名もなにもない。右側には大京会と書かれた看板が……。なんか、気分は『探偵物語』の松田優作。大京会??コワい人とか出てこないか?マジでビビってきた。
後で知った事だがこの大京会とは関西調理師紹介所で関西の板前さんが、激動の昭和の時代に東京へ進出する窓口となっていて、あの道場六三郎さんも関係しているとのこと。
関東大震災の再建のために関西の割烹が立ち上がり、夜の銀座を支えてきた由緒ある場所だったのだ。
よく見ると店の入り口にはドアノブの上に手書きの貼り紙が。ここまできたら思い切って入ってみることに。
カウンター越しに笑顔の女将さんが……。俺は一瞬で和んだ。
店内は座敷もあり、まるで田舎の親戚の家のような昭和な空間が広がっている。
俺はカウンターに座り、まず赤星をグイッと流し込んだ。さっきまでの緊張感は、ほぐれホッと一息の一杯が美味すぎる。
女将さんは33年前にこの酒場を引き継ぎ、メニューを増やしながら一人で店を続けてきた。あまりにも隠れ家的というか、あの階段を上らないと入れないため本当に隠れてしまっている。
まず一見のお客はほとんど来ないのだとか。店内がまったく見えず入りにくい店ほど、入ってみると居心地の良い事が多いのは場末のスナックと同じだ。
築地から仕入れる新鮮な魚が揃っているのは正直びっくりした。新さんま、のどぐろの他にもハラスも美味そうだ。あの入り口からは想像できない。
魚だけでなく40男のハートをわしづかむ懐かしメニューまであるなんて、ここが銀座だとは思えない。
秋ということでまずは新さんまのさしみをいただく。脂がのっていて、こりゃ絶品!!赤星がすすむ。
女将さんがおまけで焼いてくれた新さんまの骨せんべえ。香ばしくてめちゃくちゃ美味い!!美味すぎる……。
おすすめの煮込みは、大衆酒場的なものとは異なりみそ味の牛すじシチューのようでトロットロな肉感がハンパない。
旬な魚と肉をたいらげたラストは、やはり昭和のソウルフード。懐かしの赤いたこさんウィンナー炒めだ。
これこれ!!一瞬にして気分は小学生だ。おかんがお弁当に入れてくれてたこのたこさんだ。
美味すぎる!!どんなに高級なソーセージも、こいつには勝てない。ガキの頃の思い出も詰まっているからだ。女将さんが焼いてくれた赤いウィンナーは、あの頃のおかんの味がした。
ちなみに赤いウィンナーは昭和中期に考案されたもので、ウィンナーに良質な素材を使用できず、その発色の悪さを補うために赤く着色したものだ。また切れ目を入れたこのたこさんウィンナーを考案したのは料理研究家の尚道子さんで、彼女の夫を励ますため説と息子を喜ばせるため説がある。いずれにしても人を想う気持ちから生まれたものだ。
懐かしい思いをさせてくれた酒場を後に、昭和から平成へ戻る階段を降りると33年間たった一人でこの酒場を続ける女将さんが見送ってくれていた。
赤いウィンナーで一瞬にして俺をガキの頃に戻してくれた女将さん、ありがとう。そして改めてこう思った。あの頃、毎日お弁当を作ってくれたおかんに、これからももっと親孝行しなければと……。
バーバリーのステンカラーコート。ヴィンテージならではのコットン生地の質感と絶妙なシルエットはトレンドに関係なく着続けることができる。大人の男にはタイトすぎないややゆったりしたサイジングで、さらりと羽織ってほしい逸品
Text:Eiji Katano
Photo:Kou Maizawa