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作家たちの呑み話 File No.7

直木賞作家二人が銀座で信州料理と赤星を楽しみ、創作スタイルを語る。

「小布施 寄り付き料理 蔵部 銀座」

公開日:

今回取材に訪れたお店

小布施 寄り付き料理 蔵部 銀座

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赤星を交えて、二人の小説家がリレー形式で語り合うこの企画。綺羅星のような物語はどのように生まれたのか? 心を揺さぶる言葉はどう紡がれたのか? 二人の間にはいつも美味しい料理と赤星があります。

 

7回目となる今回は、前回ゲストとしてご登場いただいた小川哲さんがホスト役。そしてゲストには朝井リョウさんをお招きしました。着せずして直木賞作家同士となった今回の顔合わせ。赤星を片手に大いに語り合っていただきましょう。

あえて「行列に並んで買う」体験を

直木賞作家二人が銀座で信州料理と赤星を楽しみ、創作スタイルを語る。

小川 朝井さん、今日はよろしくお願いします。

朝井 お招きいただきありがとうございます。小川さんって本人的にも作品的にも、料理やお酒と親和性が高いイメージがあまりなかったので、こういう機会でご一緒できるのは意外でした。

小川 そうなんですよ。僕、食事のシーンの語彙に乏しいので(笑)。

朝井 でも、食事なしで長い会話のシーンを書くのって難しくないですか? 私はよく、登場人物同士の会話を書くために食卓を登場させます。

小川 たしかに、テクニック的にはそういうのもありますよね。だから、どんな料理が出てきて、何を食べているかというのは書けるんです。ただ、その味を美味しそうに描写するのが苦手で。

朝井 それは私も苦手。上手い人は本当に上手いですよね。「この著者は本当に食べることが好きなんだな」というのが伝わってくる小説、ありますよね。

小川 だから今日は、赤星と料理を美味しくいただきながら、朝井さんにはなるべく味のことも頑張ってお伝えしてほしいなと(笑)。とりあえず乾杯しましょうか。

朝井 頑張りましょう! カンパーイ!

小川 朝井さんはグルメに興味がある人ですか? 僕はどんな人気店でも、行列に並んでまでは……と思ってしまうタイプなんですけど。

朝井 私の場合は、「今日は“行列に並んでまで、これを買ったんだな……”みたいなことをやるぞ!」と決めて、引くほど行列の長いパン屋に2時間並んだりします。

小川 え、わざわざ?

朝井 そう、わざわざ。正直、これだけ並ぶほどおいしかったかとかそういうことはどうでもいいんです。大人になるとすぐ「これって時間の無駄なんじゃ」みたいな考えがよぎると思うんですけど、そういう自分へのリハビリみたいなところもあります。

体が酒や食べ物を欲する時は……?

直木賞作家二人が銀座で信州料理と赤星を楽しみ、創作スタイルを語る。

醤油麹を使っているので、ほのかな甘みがイカに合う!

店員 まずは冷菜、「イカの醤油麹和え」から参ります。

小川 いいですね。こののど越しでぐいぐいいける赤星のテイストと、イカのすっきりした食感がとても合う。

朝井 小川さんってお酒好きなんですか? 私は嫌いじゃないんですけど、もともとアルコールを分解する酵素が少ないのか、体質的に量を飲めないんですよね。

小川 積極的に飲みに繰り出すタイプではありませんが、普通に飲めるほうだと思います。ただ、やっぱり語彙がないので、「美味しい」、「飲みやすい」しか出てこないですね(笑)。

朝井 それは私も似たようなものですね。私の場合、年に一度、ものすごくお酒が飲みたくなる日があるんです。

小川 いつですか?

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朝井 私は毎年ビーチバレーの大会に出ていて、その日だけはもう猛烈にお酒が飲みたくなるんですよ。

小川 ビーチバレー! 朝井さんも本当にいろいろやってますよね。

朝井 小川さんはそういう、「今日はこれを呑みたい」とか、「今は絶対にあれが食べたい!」みたいになるタイミングってないですか? 小川さんは自制心が強いイメージなので、欲求が炸裂するようなイメージがなくて。たとえばストレスが溜まっているときに絶対飲み食いしちゃうもの、とか。

小川 そもそも、ストレスがあまりないかも。

朝井 幸せ! 私は、ストレスとはまた違うんですけど、たとえばサイン会とかトークイベントとか、不特定多数の人前に出る状態を1~2時間経ると、たいてい低血糖になってマクドナルドに駆け込みます。エネルギーをかなり使っているんだと思います。

小川 僕もそういうイベントはわりと何でも引き受けるほうなんですけどね。でも執筆以外のことはけっこう気楽に考えているせいか、そこまで疲れないです。ただ、サイン会は実はちょっと苦手かな。

サイン会に備えて朝井リョウさんが準備していること

直木賞作家二人が銀座で信州料理と赤星を楽しみ、創作スタイルを語る。

バターの香ばしさが食欲をそそります。

店員 続いて、石窯で焼いた「信州きのこバター」と「焼き芋の天ぷら」です。「信州きのこバター」は、信州の郷土料理、醤油豆を添えていますのでお好みでどうぞ。「焼き芋の天ぷら」は塩水につけてから蒸し焼きし、よりいっそう甘味が増したさつまいもを揚げています。

小川 どちらも旬の季節ですねえ。

朝井 醤油豆、しっかり風味がついていて美味しいです。本当はここで、「これはこういうお酒や料理と合いそうだ」なんて言える引き出しがあればいいんですけど、ただただ本心から美味いとしか言えない。

小川 本当に、今日はもうこういう2人だから仕方ないですね(笑)。

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天ぷらと赤星の相性は最高!

朝井 ところで小川さん、さっきサイン会は苦手とおっしゃってましたけど、それはなぜですか?

小川 サイン会って、一人ひとりと少しずつ会話をするじゃないですか。でも会話というのは本来、相手がどういう人かある程度わかってからじゃないと面白くならないはずなんですよ。その意味で、コミュニケーションの一番つまらないところをひたすら繰り返しているような気がしてしまって。

朝井 それはわかります。ちなみに作家によって読者の気質も違うと思うんですけど、たとえば小川さんの場合、サイン会に来られる方が持ってきてくれる手紙って、どんなことが書いてあります?

小川 僕は手紙自体、そんなにもらわないですね。来てくれる方も老若男女ばらばらで。朝井さんは女性がやはり多いですか?

朝井 そうですね、サイン会は特に女性が多くなる気がします。ちょうどもうすぐ次のサイン会があるので、これまでいただいた手紙の内容をまとめたエクセルを読み返していたところで。

小川 え、そんなことやってるんですか!

朝井 手紙をくださった方とは、その内容の続き話をしたいんですよね。

小川 それはすごいなあ。まさに、さっき僕が言ったような、もう一歩先のコミュニケーションを楽しんでいるわけだ。

朝井 そうなんです。そうしていくことで私が会話を楽しむ時間になればいいな、みたいな。だから自分のためです(笑)。そもそも読者からいただく手紙って、作品の感想というよりも、その読者の人生が書かれてませんか? だから、「あの話、その後どうなりました?!」って、知りたいんですよね。

小川 いやあ、そこまで準備してサイン会に臨むって、本当にすごいですよ。驚きました。

知られざる新聞連載の苦労とは!?

直木賞作家二人が銀座で信州料理と赤星を楽しみ、創作スタイルを語る。

和と洋の絶妙なバランスの一品。

店員 続いては肉料理です。「信州産豚とりんごのバルサミコソテー」です。信州で育った豚とりんごの組み合わせをお楽しみください。

朝井 豚肉とりんごって、意外な組み合わせだけど美味しい。こんなに相性がいいとは。

小川 ほんと、この美味しさをどうにか表現したいんですけど、作家ってタイプが分かれますよね。これが五感をすべて書き分けるような書き手なら、もっといい食レポができるはずなんですが。

朝井 実際、作品を読んでいて、美味しいものを描きながら、明らかにテンションが上がっている書き手はわかりますよね。

小川 たしかに、わかっちゃいますね。

朝井 SNSでほとんどグルメライターみたいな活躍をされている方もいらっしゃいますもんね。手土産にめちゃくちゃ詳しかったり。小説家はグルメな人多い気がする。

小川 この流れで少し作品の話をさせていただくと、朝井さんの最新刊『生殖記』って、もともとは新聞連載でしたよね。あれ、ここでは詳細は伏せますけど、内容やテーマ的によく新聞で企画が通ったなと驚いていたんです。

直木賞作家二人が銀座で信州料理と赤星を楽しみ、創作スタイルを語る。

お互いの執筆スタイルに興味津々のお二人。

朝井 いや、たぶん、ちゃんと企画会議を通過したわけではないと思います。私が強行突破で書き始めたので、色んな人が動いてどうにかしてくれたというか。めちゃくちゃ迷惑かけました。だって連載前に新聞社の方に「高齢の読者が多いので、あまりびっくりさせる内容は控えてください」って言われていたんですよ。それで『生殖記』って、タイトルから要望を無視しすぎですよね。

小川 なるほど(笑)。でも、びっくりの加減って難しいじゃないですか。仮にもエンタテインメントなんだし。

朝井 そうなんですよね。それ以外にも色々強行突破しちゃった感じがあって、自分にとってチャレンジングなことは書き下ろしでやるべきだなと痛感しました。たとえば、毎日掲載されるんだから展開が気になるようなストーリーにしなきゃ、と連載前は思っていたんですけど、いざ書き始めたら真逆のテイストになっちゃったり。当時はちょっと余裕がなさすぎましたね。

小川 締め切りも頻繁にやって来ますしね。

直木賞作家二人が銀座で信州料理と赤星を楽しみ、創作スタイルを語る。

朝井 そういう小川さんも、いままさに新聞連載やられてますよね。原稿のストック、どのくらい持っていたいタイプですか?

小川 僕は基本的に全然ないですね。調子のいい時で、1週間分くらい手元にある感じです。

朝井 すごすぎ! 私はストックが1カ月分を下回ると他のことが手につかなくなりましたよ。

小川 なかには最後まで書き終えてから連載を始める人もいますが、やはりそれが理想なんでしょうね。何より、僕の原稿が遅れると、編集者もさることながら挿絵を描く方に迷惑がかかるのが気になっちゃいます。

朝井 それは本当にそう。別の新聞連載では終了後に挿絵の方に何度か会う機会があったんですけど、会うたびめっちゃ謝っちゃいました。新聞連載は精神的な向き不向きがあると思います。

人生においてやりたいこと、やりたくないこと

直木賞作家二人が銀座で信州料理と赤星を楽しみ、創作スタイルを語る。

わさび、薬味を添えて味の変化も楽しめる一品。

店員:最後の締めは、「イワナの焼きおにぎり茶漬け」です。イワナの炊き込みご飯をおむすびにして、焼いたものにだし汁を合わせてお召し上がりいただきます。(※焼きおにぎりの内容は時期により異なります)

小川:ああ、やはり信州だから川魚が美味しいんでしょうね。これは手が込んでいるなあ。

朝井:私は岐阜の生まれなので、魚といえば海より川なんですよ。わさびともよく合いますねー!

小川 本当だ。それに、お茶漬けと炊き込みご飯、2段階で味の波がやって来る感じで贅沢ですね。……いまのコメント、なかなか良かったんじゃないですか?(笑)

朝井 プレッシャーになるのでいいコメント禁止!

小川 こうして人は成長していくのでしょう。小説も同じですよね。

朝井 ですねえ。小川さんは、さきほど自発的に食べたいものは多くない感じでしたけど、小説では書きたいテーマがまず存在しているタイプなんですか?

小川 僕はそういうのがあまりなくて、テーマや内容よりも、小説家として「この技術を学びたい」という欲が強いんです。いまやっている新聞連載も、ずっと展開が動き続けている物語を書けるようになりたくて引き受けたところがあります。

朝井 へ〜! そもそも媒体に合わせて小説を書き分けられることが本当にすごいと思います。

直木賞作家二人が銀座で信州料理と赤星を楽しみ、創作スタイルを語る。

小川 朝井さんはまずテーマありきですか?

朝井 なんだろう、『生殖記』の場合でいうと、人類に全く肩入れしていない視点での長文を書いてみたい、というのがありました。良い方向にも悪い方向にも振り切った視点で人類を見ている立場から小説を書いてみたかったというか。

小川 そういうモチベーション、僕はすごく理解できるんですよ。なまじ書きたいものがないから、媒体に合わせて書くことで自分の中の引き出しを増やしたい、技術を増やしたいというのがまず先にあるので。

朝井 小説家として足りていない部分がたくさんある気持ちはよくわかるんですけど、私はそのへんかなりいい加減に、というか結局得意なことをやり続けてぬるま湯に浸っているところがあるので、すごいなあと思います。

小川 逆に、やりたくないこともたくさんありますけどね(笑)。だから小説家という職業を選んだわけですし。

朝井 えっ、小川さんのやりたくないことって何ですか?

小川 毎朝、目覚まし時計で起きるとか。あるいは、興味ない人と会いたくない、とかもそうですね。朝井さんはそういうのないですか?

朝井 私は今、強烈にやってみたいことはあって……。

小川 何ですか?

朝井 歌って踊ることです(真顔)。今年、バックダンサーとして地域ののど自慢大会に2つほど出たんですけど、アドレナリン大爆発って感じでした。今、引き出しを増やしたいとか技術を増やしたいって純粋に思える対象って、それかも。

小川 また思いがけない答えですけど(笑)、やはり上達したいという欲求なんですかね。

朝井 だからこそ、読者の前でやりたいとかじゃなくて、地域ののど自慢的な、私のことなんて誰も知らない人たちの前でやることが重要なんですよね。それでも興味を持ってもらえるか、惹きつけられるか、みたいな部分に痺れるというか。

小川 小説も基本的には、書店の店頭で知らない人ばかりの中で並んでいるわけですから、ちょっと似てるかもしれないですね。そこで少しずつ認められる手応えがほしい、という。

朝井 そうですね。私の場合、小説のほうは、自分の得意なことやこれまでの読者に頼りすぎているのかも。それに、歌や踊りは一緒に伴走してくれる仲間がいるので、全然違う種類の刺激を得られるんです。

小川 朝井さんらしいといえばらしいのかもしれないですね。本日は貴重なお話をありがとうございました。 

赤星を片手に小説家が食を楽しみ、会話を愉しむこの企画、宴もたけなわではございますが、ひとまずお開きとさせていただきます。またどこかでお会いしましょう!

 

 取材・文:友清哲

撮影:西﨑進也

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