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100軒マラソン File No.95

立川南口「昭和の雰囲気を残す名酒場」でやる唐揚げ&赤星の悦楽

「大衆酒蔵 ふじ」

公開日:

今回取材に訪れたお店

大衆酒蔵 ふじ

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「赤星」の愛称で親しまれるサッポロラガービールが飲める渋い店を訪ね歩く赤星100軒マラソンも、今回で95回目を迎えます。前々回は東京南西部の日野市にお邪魔をし、前回は真逆へ向かって東京の東側、深川にて名店の客とならせていただきました。そこに連なる95回は、また、東京の西へ取って返します。

立川南口「昭和の雰囲気を残す名酒場」でやる唐揚げ&赤星の悦楽

目的の駅は中央線特別快速で新宿から30分の立川駅。駅南口に降り立ち、JRAのWINSという馬券売場のある通りを歩くこと7~8分で、本日のお店に到着しました。

看板には「大衆酒蔵 ふじ」とあり、その横には多摩の銘酒「多満自慢」の文字も見える。納紺の美しい暖簾には白抜きで富士山の稜線が描かれ、そこにも「大衆酒蔵 ふじ」の文字が、やはり白く抜かれている。

立川南口「昭和の雰囲気を残す名酒場」でやる唐揚げ&赤星の悦楽

開業は「昭和54年」

暖簾を潜ると正面から店内右へカウンターがのび、そこに座る客の背中側に、小上がりがある。カウンターにも、小上がりにもガスコンロが置いてあり、昔ながらのゴムのガス管が壁の栓にのびている。どうやら、もう、鍋の季節に入ったらしい。

立川南口「昭和の雰囲気を残す名酒場」でやる唐揚げ&赤星の悦楽

店主の小林和幸さんは、昭和49年生まれ、今年でちょうど50歳になった。小林さんのご両親がお店を開いたのは昭和54年のことで、西暦で言うと1979年。今年は開店45周年にあたる。赤星との付き合いは開店以来ということだから、店の赤星歴も45年である。赤星ファンなら一度は足を運んでおきたい酒場ではないだろうか。

昭和の雰囲気をそのままに残す店内を眺めるだけで、どうしてこんなに気持ちが落ち着くのだろう。昭和世代としてはついそんなことを思うわけだが、何はともあれまずはビールを注文しよう。

「赤星ください」

立川南口「昭和の雰囲気を残す名酒場」でやる唐揚げ&赤星の悦楽

今日のために真新しいのを下ろしましたという赤星の前掛けをつけたご主人が、冷蔵庫から大瓶の赤星を取り出し、栓を抜いてくれる。

瓶を持つと、よく冷えていて、飲む前から喉がなる。

グラスに注ぎ、では、失礼して、と誰に断るでもなく心ばかりの会釈をしてから口をつけると、最初の1杯が沁みわたるように入っていき、ため息が出るほどうまい。

立川南口「昭和の雰囲気を残す名酒場」でやる唐揚げ&赤星の悦楽

昭和54年というと、オレが16歳になる年か……。漠然とそんなことを思った瞬間、おもろしい偶然に気がついた。

昭和54年の年明け。私は父と一緒にこの街を歩いている。三鷹生まれの三鷹育ちだったから、立川の街には、それまで縁はなかった。街を訪れたのは、受験する高校の下見だった。

立川南口「昭和の雰囲気を残す名酒場」でやる唐揚げ&赤星の悦楽

父は私が12歳の秋に家を出て、そのまま母とは離婚したから、日ごろ会うことはない人だった。が、息子が高校を受験するとなると、俄然興味が湧くらしく、自分勝手なことをさんざんやって家を出たくせに、気が向くと父親に戻りたいようだった。

国立高校と立川高校を見て、さあ、もう帰ろうかと思ったときに、映画を観ようと誘われた。連れていかれたのが、立川駅南口の映画館で黒澤明の「用心棒」と「椿三十郎」を観た。

立川南口「昭和の雰囲気を残す名酒場」でやる唐揚げ&赤星の悦楽

映画を観終わった後、どこかの店に入って飯を喰ったという記憶はないのだが、不思議に映画館のことは覚えている。それが「ふじ」が開業した昭和54年、場所も同じ立川の南口であるという偶然が、なぜかとても嬉しかった。

長々と私事を書いて恐縮ですが、そんな偶然から、店に対してさらなる親しみがわくから不思議といえば不思議なのだ。

立川南口「昭和の雰囲気を残す名酒場」でやる唐揚げ&赤星の悦楽

「メニューのメインのところは、オヤジの頃から、何も変えてないんですよ。私は最初、車関係のメカニックの仕事をしていて、25歳のときに、この店に入りました。オヤジと一緒に仕事をしたのは10年くらいかな。訊けば教えてくれるけれど、黙っていると何も教えない人でした。

私もあまりオヤジに訊かなかったけど、天ぷらがどうしてもうまくいかなかったときは、教わりました。粉を捏ねすぎないようにすることとか、温度の調節とか、いろいろです。うちの店は、唐揚げがとてもよく出るんですけど、唐揚げで油が汚れたな、というときは、その後は天ぷらの注文を受けなかったりする。天ぷらは、なるべく、サラの油で揚げたいですからね」

立川南口「昭和の雰囲気を残す名酒場」でやる唐揚げ&赤星の悦楽

料理名の書かれた短冊を見ると、なるほど、エビとキスはフライと天ぷらの2つの調理法で出しているのがわかる。とり唐揚げは、1人前が600円で、その横にハーフ450円とある。1人前では多いが、ここへ来たなら唐揚げはぜひとも食べたい。そう思う常連さんへの配慮と思えた。

ほかに、串かつ、豚肉しょうが焼き、ニラ玉、さば塩焼き、ホルモン焼きなど、ご飯のおかずにもなる料理名が並んでいる。私はオープン当初から変わらぬという料理の中から、とり唐揚げとニラ玉をいただくことにする。

名物の唐揚げの圧倒的なド迫力

立川南口「昭和の雰囲気を残す名酒場」でやる唐揚げ&赤星の悦楽

赤星を飲みながら、待つことしばし。まずはニラ玉が運ばれてきた。これはニラ・オムレツだ。箸でつまんでひと口食べると、ふわりとしたオムレツからニラの香りがして、とてもうまい。

ご主人によると、昔はスクランブルエッグにしていたが、あるときから形を整えるオムレツスタイルにしたのだという。

立川南口「昭和の雰囲気を残す名酒場」でやる唐揚げ&赤星の悦楽

大袈裟かもしれないけれど、すごい発見だと私なぞは思う。牛肉と戻した干しシイタケなんかを小さめに切ってオムレツに仕込むのも、けっこういけるんじゃないか。そんなこともふと、想像した。

そこへ、名物の唐揚げがやってきた。

おお! すごいボリュームだ。そして、ものすごくうまそうだ。

立川南口「昭和の雰囲気を残す名酒場」でやる唐揚げ&赤星の悦楽

私は実はとりの唐揚げがとても好きで、自宅作業の日の昼に近所の弁当屋の前など通ると、無性に唐揚げ弁当を食べたくなる。日ごろ、酒を飲むときはあまりものを食べないので、ビールと唐揚げの組み合わせは、居酒屋ではあまり口にしないのだけど、本当は大好きなのです。

それにしても、このボリューム。いやあ、驚きました。カリカリの衣の内側から下味の沁みた肉汁がじわりと口中に広がる。猛烈に熱い。だが、文句なしにうまい。

立川南口「昭和の雰囲気を残す名酒場」でやる唐揚げ&赤星の悦楽

シンプルなだけに、雑念の入る余地がない。このうまさに思わず顔がほころぶのは、本能というか、条件反射というか、そのレベルにまで達している。とり唐&赤星、恐るべし。

「ランチをやっていた頃なんかは、1日に使う鶏肉、12キロでした。ずっと唐揚げを揚げているような感じでしたね」

ご主人はそう言って笑う。

立川南口「昭和の雰囲気を残す名酒場」でやる唐揚げ&赤星の悦楽

この店は、マグロなどの魚介も評判だ。私もこの日、3品目に頼んだやまかけに入っているマグロぶつがなんともうまくて、小鉢のやまかけをあっという間に食べてしまい、撮影するのを忘れてしまった。

つまり、やまかけをはじめ、小松菜のお浸しとか厚揚げとか、酒に合うあっさりとした酒肴を揃えて、ゆっくり飲みたい人の要望に応えつつ、少しばかり腹を減らしている仕事あがりの人たちには、しょうが焼きや油淋鶏、ポテトサラダなども提供する。品数が豊富だから、週に1度、2度と来る人をも飽きさせないのだろう。

立川南口「昭和の雰囲気を残す名酒場」でやる唐揚げ&赤星の悦楽

私たち取材隊は開店の1時間前から撮影を始めたのだが、午後5時の開店を迎えたところで、邪魔にならないよう小上がりに移動した。

するとすぐにお客さんが入ってきた。私と同年配くらいだろうか。赤星に冷奴、それから鯵の開きを頼んだ。

ああ、いいな。家へ帰る前のひととき、冷奴と鯵でビールを飲み、その後は、マクロぶつで、お銚子を1本か2本。そんな感じだろうか。私も、次に来るときには、そんな滑り出しでゆっくり始めてみようと、すでにして次回訪問のことが頭に浮かんでいた。

立川南口「昭和の雰囲気を残す名酒場」でやる唐揚げ&赤星の悦楽

ご主人によると、最近は、20代後半くらいの若い人がちらほら来るようになったという。どんな若者たちが、この昭和30年代生まれの私の心をくすぐる酒場にやってくるだろう。

「お勤めの人も、地元の子もいますね。うちは駅からちょっと歩くから、どこでもいいわけではなくて、ちゃんと目指してきてくれる。彼等はチェーン店しか知らないから、うちみたいな店で飲んでみたいと思うのかもしれませんね」

立川南口「昭和の雰囲気を残す名酒場」でやる唐揚げ&赤星の悦楽

なるほどなあ、チェーン店しか知らない世代って、たしかにありそうな気がします。でもそういう世代の人たちが、この渋い構えの店を目指してやって来て、うまいつまみで酒を飲む。それは、とても素晴らしいことではありませんか。

連載95回目の大発見

立川南口「昭和の雰囲気を残す名酒場」でやる唐揚げ&赤星の悦楽

そうこうするうちに、アルバイトの女の子もやってきて、店は本格的な営業体制に入る。

私たちも、撮影が一段落した後は、豚キムチ、ニンニク丸揚げ、塩さば焼きなど、いろいろとつまみながらしばらく飲んだ。そして最後に、せっかくガスコンロが卓上にあるのだから、何か鍋ものをと考えて、湯豆腐を注文した。

これからの季節。寄せ鍋、カキ鍋、鶏鍋、鱈チリ、白子鍋など、鍋のメニューも増えていくという。寒い晩に白子鍋で1杯なんて、温まって、最高だろう。

立川南口「昭和の雰囲気を残す名酒場」でやる唐揚げ&赤星の悦楽

しかし、今夜は湯豆腐だ。豆腐と白菜とエノキのシンプルな鍋。ポン酢につけて食べれば、これこそ、日本の、秋から冬の国民食ではないかと思う。

いやいや国民食はいかにも大袈裟だし、食というより、やはり酒肴であろうから、秋から冬の万人つまみ、そんな感じだろうか。

立川南口「昭和の雰囲気を残す名酒場」でやる唐揚げ&赤星の悦楽

「あと、不思議とすいとんがよく出るんですよ。若い子たちは、すいとんなんか知らないから珍しいのかもしれませんね」

むむ、すいとんかぁ。熱々の汁ものを肴に酒を飲むのは、寄せ鍋もすいとんも、似たようなもの。ああ、そうだ。今度来るときは、さきほどの常連さんを真似して冷奴と鯵の開きから入り、その後で、すいとんにしてみよう――。

その際には、赤星から拝島の酒である多満自慢や、五日市の酒、喜正などの多摩の日本酒につないで、すいとん酒にしようじゃないか……。

立川南口「昭和の雰囲気を残す名酒場」でやる唐揚げ&赤星の悦楽

「ふじ」は、初めて来たのに、帰ってきたような気にさせる酒場だ。こんないい店が、三多摩地域随一の街、立川で、今も元気に客を迎えていることは、赤星100軒マラソン連載95回目の大発見だった。

東京には、いや、日本全国を見渡せば、まだまだたくさんの赤星がうまい渋い酒場があるに違いない。

立川南口「昭和の雰囲気を残す名酒場」でやる唐揚げ&赤星の悦楽

(※2024年10月16日取材)

取材・文:大竹 聡
撮影:須貝智行

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