今年の「本屋大賞」の候補10作に選ばれた、『星を編む』の凪良ゆうさんと、『レーエンデ国物語』の多崎礼さん。
二人の記念すべき初対談は、赤星が進むとともに、さらにディープな話題へと突入します。
もっと夢のある話をした方がいいんでしょうか?
凪良 多崎さんは、小さい頃から作家を目指していたんですか?
多崎 いや、全然です。書くのは好きだったんですけど、作家って一部のすごく選ばれた人がなる職業だと思っていたので、自分がなれるとは思ってもいませんでした。
凪良 わかります。私も小さい頃から本を読むのは好きでしたが、なれるとは思ってもいなかった。昨日、同世代の作家三人でお酒を飲んでいたんですけど、みんな「作家って賢い人がなる職業だと思っていたよね」と。「そんなことなかったね」って、みんなで言い合いました(笑)。
多崎 作家って珍しい職業なので、幻想を抱かれている場合がありますよね。いや、作家業は思っているほど儲からないし尊敬もされないし、ラクでもないですよと伝えたいです。
凪良 締め切りとかが迫ってくると、ひどいことになりますもんね。去年、大好きな作家さんがSNSで、生活の質を落としたくないので年内はこれ以上仕事は受けませんと書いてらっしゃって、素晴らしいなと思いました。忙しいからとかではなくて、生活の質を落としたくないので、と。私たちにだって生活の質を守る権利はある、みたいな。
多崎 もともと生活の質があまり高くないのに、最低限のその水準すら守れないとヘドロみたいになっちゃうんですよね、生活が。
凪良 私は自炊派なんですが、追い詰められると台所で立ったままお茶漬けをすすって終了、みたいな時がありますね。お茶漬けをテーブルに持っていく時間すらもったいない。
多崎 私はパンとか、片手で食べられるものを山ほど買ってきて、ザルに入れたやつを食べながら書いてます。
凪良 ……もっと夢のある話をした方がいいんでしょうか?(笑) でも昨日の会合でも本当に世知辛い話しか出てきませんでした。「私たちこれからどう生きる? 老後は? 逃げ切れる?」みたいなテーマが続いて、話が重い、重すぎる、と反省しました。
多崎 私はつい最近、『レーエンデ国物語』が売れたお金を注ぎ込んで、お墓を買ったんですよ。
凪良 え、マジですか。何葬にするんですか?
多崎 樹木葬です。
凪良 私も樹木葬がいいと思っているんです!
多崎 墓石がなくて、プレートしかなくて、骨壺もなくて。お骨を土に戻る布でつつんでもらって埋めて、上にポンと石を置くだけなんです。私は子どもがいないので、お参りしてくれる人はいないんですが、お寺の人がみんな草刈りとかもしてくれて、何年かたったら更地に戻してくれるんですよ。
凪良 自然に返るんだ。
多崎 そうなんです。しかも、そこはペットも一緒に入れてくれるので、うちのネコと一緒に入ることになっていて。プレートに私の名前と、ネコの名前がもう刻まれていますね。
凪良 お墓問題は切実ですよね。私は今、何の木にするかを決めかねているんです。
多崎 うちは樹木葬とは言っているんですけれども、森の中の平らな場所を一区画で売ってくれているので、自分の木は選べないんです。ただ、そのエリア内で自由に木を植えたりはできます。里山なので、すごくいい環境で。
凪良 楽園ですねぇ。
多崎 父の墓が山口県のほうにあったんですが、お参りにもなかなか行けないので、墓じまいをしてこちらに引き取って。樹木葬をお願いしているお寺さんには、トータルパッケージで墓まで入れてくれるっていうプランを契約しようと思っています。私が死んだら病院から連絡が行って、お坊さんが来てくれて、全てお葬式までやってくれて、焼いて墓まで納めてくれるというコースがあるんですよ。
凪良 私もそのコースがいい! ……って、今日はこんな話でいいんですかね(笑)。
シリーズものの難しさと裏腹にあるシリーズものの書きやすさ
凪良 私はBL作品を含めて、シリーズものってほとんどやったことがないんです。映像化もしていただいた『美しい彼』ぐらいだったんですよね。本屋大賞にノミネートされた『星を編む』は、『汝、星のごとく』の続編ではあるんですが、スピンオフという感じなのでシリーズものとはまたちょっと違う感じかなと個人的に思っています。シリーズものって、基本は同じ世界観で同じ設定だけれども、その巻ごとに違う盛り上がりを作らなければいけないわけじゃないですか。そういうのって読むのは大好きだしいつまでもずっと続いてほしいと思うんですが、自分が書くとなると考えれば考えるほど難しい。まず、書いていて飽きちゃう気がします(笑)。でも、多崎さんはほとんどがシリーズものですよね。
多崎 凪良さんは難しいかもとおっしゃいましたが、シリーズもののいいところは、同じ世界観や設定を使い回せるところなんです(笑)。
凪良 瞬発力だけではなくて、持久力も必要になってきますよね。
多崎 マラソンですね。大変は大変なんですが、「読者はそこまでは気づいていませんよ?」みたいなキラーパスを出すのが好きなんですよ。1巻で投げた球を、最終巻で回収するとか。
凪良 そういうの、めっちゃ気持ちいいです(笑)。
多崎 そういう回収がしたくて書いているところもあるので、できるだけ話は広げて広げて、で。「大概の読者は気づきません」と編集さんに言われたことがありますが(笑)。ただ、実は『レーエンデ国物語』の場合は、シリーズものではあるんですが、5本の長編で1本の話を作るイメージなんですよね。レーエンデ国の衰亡の歴史を5つの時代に区切って出していっているので、シリーズを書いているというよりは、大きな話を書いている途中が今、という感じなんです。
凪良 じゃあ、『レーエンデ国物語』は全5巻の予定なんですね。
多崎 はい。4月に4巻が出ます。
凪良 ということは、ちょうど今、ゲラチェックの時期じゃないですか。お酒飲んでる場合じゃないじゃないですか(笑)。
多崎 大丈夫です。そろそろ息抜きしなければ死んじゃう、と思っていたので(笑)。
凪良 飲みましょう、食べましょう! このチーズのみそ漬け、すごく美味しいですよ。最近、スーパーでもチーズのみそ漬けを見かけるようになってきて、見つけたら結構買っちゃいます。
多崎 私、買ってきて食べ終わった後のおみそに、家のクリームチーズを盛ってもう一回やります(笑)。
それでも書きたいと思ったから続けてきた
凪良 プロフィールを拝見していて気づいたんですが、多崎さんは今年でデビュー18年なんですよね。私も今年で17、18なので、ほぼ同期なんです。
多崎 『レーエンデ国物語』が売れるまでは、初版止まりで重版がかからない、売れない作家を17年やってきました(苦笑)。なんとか作家で生きてこられたというのは本当に恵まれていたなと思うし、作家を続けてこられただけで御の字ですね。
凪良 私も10年近く、全然売れなかったんです。でも、しんどい時もどこかで誰かが見てくれていて、凪良が書くものはいいなと思って継続的に仕事をくださった。ありがたいなぁと思っていますね。ただ、次の仕事があっても、売れないのはやっぱりしんどい。
多崎 私は、売れない小説しか書けない私が悪いんです、貢献できなくてすみませんという感じでした。
凪良 おんなじです。やっぱり作家って、よっぽどじゃない限りは自分を責めるじゃないですか。作家として十数年やってきた今となっては、自分を信じて走るしかないですよね。ヘンな色気を出してしまうと、こける。
多崎 そういうこと、凪良先生にもありましたか?
凪良 ありました。このままではダメなのかなと思って、ちょっと新しいものをと、意識的に枠を広げようとしたものほど失敗しましたね。それですごく落ち込むんですけれども、次の作品で元の自分に戻そうってなったら少しずつ浮上する。変わることは大事だと思うんですが、私の場合、意識的に変わろうとするとうまくいかないのかもしれません。
多崎 私はついこの間、ちょっと欲目を出して、「みんなはこういうのを読みたいんでしょう?」みたいなものを書こうとしていた自分に気付いて、ちょっと反省したんです。私はもともと自分のために話を書き始めた人間で、他人に読ませるために話を書いてこなかったんですよ。それで売れなかったし、それで売れたとも言えるんだから、もういいわ、と。『レーエンデ国物語』は全5巻なのであと2冊残っているんですが、自分が書きたいものを最後まで書こう、自分がいいと思うものを書いて、それでダメだったらダメでしょうがないやって感じです。
凪良 私自身、売れない作家人生を10年近く過ごしてきた中で、作家をやめたっていいという時期がありました。だけれども、それでも書きたいと思ったから続けてきた年数は、地力になっていると思うんですよね。老後は確かに不安ですが(笑)、自分が好きなもの、書きたいものを書き続けるということに関しては今はもう、あまり不安はないかもしれません。
多崎 今日お話しさせていただいて、めっちゃ元気が出ました。途中でお墓の話とか辛気臭い話をしてしまって、すみません!
凪良 むしろ樹木葬の詳しいお話、知りたいです。いい感じで酔いも覚めてきたところなので、今から真剣にお伺いしてもいいですか?
多崎 任せてくださいっ。
赤星を片手に小説家が食を楽しみ、会話を愉しむこの企画、次回は多崎さんから町田そのこさんにバトンをつなぎます。2021年に本屋大賞を受賞した『52ヘルツのクジラたち』が映画公開中の町田さん。どんなお話で凪良さんと盛り上がるのでしょうか。次回をどうぞお楽しみに。
取材・文:吉田大助
撮影:西崎進也