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100軒マラソン File No.83

渋谷に復活した「老舗大衆立呑酒場」その灯は20008年まで消えないだろう

「立呑 富士屋本店」

公開日:

今回取材に訪れたお店

立呑 富士屋本店

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「赤星」の愛称で親しまれるサッポロラガービールを求め、店から店を巡る赤星100軒マラソン。当企画も今回で83回目です。

お訪ねするのは、これまで行かなかったのがウソのような老舗であり、名店。いや、しかし、かつての店は、2018年に閉店しています。その名を「大衆立呑酒場 富士屋本店」という。

渋谷に復活した「老舗大衆立呑酒場」その灯は20008年まで消えないだろう

旧店舗の入り口(富士屋本店提供)

酒場巡りがお好きな方や渋谷近くにお勤めがある方、お住まいの方にはお馴染みの老舗だろうと思います。

かく言う私もこの酒場には何度もお邪魔をいたしました。ビルの地上の入口から階段を下ると、そこは地下宮殿と呼びたくなるようなスペースだった。広い、広い、立ち飲み酒場。それが富士屋本店でした。

渋谷に復活した「老舗大衆立呑酒場」その灯は20008年まで消えないだろう

旧店舗の内観(富士屋本店提供)

店の壁には、お酒好きだった俳優の大滝秀治さんの色紙が掲げてあった。よく見ると、サインの横の日付が「20008年」になっている。おお! 2万8年に人類はまだ生存しているのか。大滝さんは未来からの使者なのか……。

かつてこの店に寄ったとき、私は焼酎のボトルから自分のための一杯を作りながら、そんなことをぼんやり考えたものでした。

渋谷に復活した「老舗大衆立呑酒場」その灯は20008年まで消えないだろう

2022年11月24日、富士屋本店、復活――。

そのニュースは昨年末、私のもとにも飛び込んできて、早く行かなくてはと気が急いていたのだけれど、なかなか果たせず、ついに、この日を迎えた次第です。

猛暑日によく冷えた瓶ビールが沁みる

渋谷に復活した「老舗大衆立呑酒場」その灯は20008年まで消えないだろう

現在の店は、かつて富士屋グループが経営し、渋谷再開発の影響などで休業していたワインバーと、ちょうど閉店した隣の店を合体させて、新たに内装もすっかりやり直した新規店だ。

国道246号から桜丘町の坂道を上る途中の左側。ちょっと見では大きな箱ではないが、実は奥が広いのだ。外で飲めるテントスペースを入れると、総キャパシティは70から80名に及ぶという。

この日も猛暑。店内に入り、冷房のキンキンに効いたいちばん奥のほうに陣取って、さっそくビールをいただくことにしました。昔も今も、赤星が、こちらの瓶ビールの定番だ。

渋谷に復活した「老舗大衆立呑酒場」その灯は20008年まで消えないだろう

以前の大衆立呑酒場富士屋本店は、古いこともあってそれはそれは渋い雰囲気であったが、この新生「立呑富士屋本店」は、おしゃれである。女性が一人で来たとて、なんら不思議はない。そういう雰囲気である。それでいて、私のような初老男も、まあ、いてもいい感じがする。実にどうも、ありがたい。

メニューを見上げて、思わず、笑みがこぼれた。あった、あったねえ、往年の人気メニュー「ハムキャ別」。まずは、これ行ってみよう。おっとっと、トウモロコシの天ぷらなんてのもある。洒落てるじゃないの。これも行ってみよう!

渋谷に復活した「老舗大衆立呑酒場」その灯は20008年まで消えないだろう

ほどなくして出てきたのはハムキャ別。キャベツの千切りの上にロースハムが3~4枚のったシンプル極まりない一皿。これこれ、大衆酒場時代の富士屋本店で食べたことがありますよ。懐かしいねえ。

さっそく箸を差し込んで、ハムでキャベツを包むようにしてガブリとやる。ハムのほどよい塩気と脂が格別ですな。

渋谷に復活した「老舗大衆立呑酒場」その灯は20008年まで消えないだろう

この日は、猛烈な暑さで、たまたま午前中から埼玉県西部まで取材に行っていて、ようやく渋谷へ帰ってきたところだったから、ビールがしみるしみる。そこにハムの塩気が加味されて申し分ないような気分なのだ。

午前中から大量の汗をかいたからこそ余計にうまい瓶ビール。よく冷えた瓶を手にするだけで、幸福感に包まれます。

ドリンクもフードも以前の店の倍以上に

渋谷に復活した「老舗大衆立呑酒場」その灯は20008年まで消えないだろう

「ハムキャ別、昔のままですよね。懐かしい」

そう話しかける私に笑顔で対応してくれたのは店長の酒主涼介さん。

「前の店のスタッフたちは高齢化もあって、もうこの店にはいないんです。つまり、場所も変わり、人も変わったわけですね。だったらメニューもしっかり変えようということで、大幅に増やしたのですが、それでもやっぱり、昔からのお客さんもいらっしゃいますから、残すべきは残し、そこに新たなものを追加していった感じです」

渋谷に復活した「老舗大衆立呑酒場」その灯は20008年まで消えないだろう

そこかしこに設置された黒板を見渡すと、漬け物、酢の物、煮込みに鳥ささみきゅうり梅和え、鴨葱、夏野菜の揚げびたしなど、飲兵衛なら誰でも欲しがりそうなものに始まり、魚のほうは、アジ、サバ、ハモ、カツオにタコなど、旬のうまそうなものが並ぶ。

さらに揚げ物に目をやると、ハムカツやメンチにアジフライや大エビフライなどの定番があり、和牛のたたきやグリルも提供する。ご飯関係は、グラタン、パスタ、チャーハンまでそろえる。以前の店の古き良きつまみに加え、若い世代や女性にも喜ばれそうな新しい料理が加えてあるのだ。

渋谷に復活した「老舗大衆立呑酒場」その灯は20008年まで消えないだろう

「ドリンクもフードも、メニューは以前の店の倍以上はありますね」

酒主店長は言う。それにしても、酒の主とはすごい苗字だな。どちらのご出身か訊き忘れたけれど、酒の主が店の主というのだから、なんだか嬉しくなるじゃありませんか。

渋谷に復活した「老舗大衆立呑酒場」その灯は20008年まで消えないだろう

ハムキャ別と一緒に頼んでおいたトウモロコシの天ぷらが出てきた。4センチほどの長さに輪切りにしたトウモロコシを、縦方向にそぎ切りにし、衣をつけて揚げてある。ここに塩をパラパラ振って食べるのだから、熱いうちほどうまい。

勢いよく口中へ放り込むと、衣はサクサク、中身のトウモロコシは甘く香ばしく、とてもシンプルなんだけれど、ちょっと感動的だ。

渋谷に復活した「老舗大衆立呑酒場」その灯は20008年まで消えないだろう

特別どうということのない、こういう一品にも、夏野菜の天ぷらは熱々にうちに喰えば何割かうまい、ということをよく知っているお店の伝統が感じられる。

あ、これは私の勝手な思い込みかもしれないが……。

店長発案の特製サワーもなかなかのもの

渋谷に復活した「老舗大衆立呑酒場」その灯は20008年まで消えないだろう

サワー類も、山椒、ドライレモン、塩レモン、すだち、パイン、トマトと充実しているので、ここでちょっと浮気して、塩レモンを試してみることにした。

つくってくれるところを見ていると、砕いたレモンにシロップと塩を加えて仕込んでおいた塩レモンの素みたいなものがある。それをタンブラーに注いでディスペンサーの下へ持って行って、ディスペンサーのレバーを引くと、プレーンの焼酎ソーダが注がれる仕組みだ。

渋谷に復活した「老舗大衆立呑酒場」その灯は20008年まで消えないだろう

素早く仕上がった1杯を口にして驚くのは、これはまさにカクテルだということ。レモンと塩だけでなく、シロップで少しだけ甘みを足しているところがポイントだろうか。

取材隊の写真家Sさんは、いつものようにハムカツを注文するのだけれど、その一方で頼んだのがトマトサワーだ。これも少しわけてもらって驚いた。セロリと塩の風味がある。

「セロリを足して、少し、クラマトの感じを出してみたいと思いました」

渋谷に復活した「老舗大衆立呑酒場」その灯は20008年まで消えないだろう

塩レモンもこの特製のトマトサワーも発案した酒主さんは事もなげに言うのだが、後者はカクテルバーで供されるブラディメアリーそのもの。これをあえて、和風のつまみに合わせてはどうかという気にさせるのだ。

そこで頼んだのが、新生・立呑富士屋本店ならではの新しく、おいしいメニューのひとつ。その名もイワシの海苔巻きである。

渋谷に復活した「老舗大衆立呑酒場」その灯は20008年まで消えないだろう

酒主さんが巻くところを見せてくれた。巻きすに海苔、酢締めした新鮮なイワシ、薄焼きたまご、キュウリ、紅生姜、小葱、茗荷をのせていって、キュッと巻き上げ、4つに切り分け、皿に盛りつけたら完成だ。

脂ののったイワシは酢締めの加減もほどよく、海苔と合わせたときの生臭さをまるで感じさせない。小葱の食感と茗荷の香りが海の新鮮さを増してくれるようで、口中に幸福感が満ちていく。

渋谷に復活した「老舗大衆立呑酒場」その灯は20008年まで消えないだろう

シアワセ、シアワセ。わけもなく、ただ嬉しくて、酒が進みます。

ここはやはり渋谷の名店だ

渋谷に復活した「老舗大衆立呑酒場」その灯は20008年まで消えないだろう

さあ、いよいよハムカツの登場です。

思えば以前の店でもハムカツは名物だった。薄いハムの、衣カリカリのハムカツ。そう、あれですよ。期待に胸の膨らむ還暦おじさんの私の前に現れたのは、なんと! 分厚いハムカツではないか!

渋谷に復活した「老舗大衆立呑酒場」その灯は20008年まで消えないだろう

使われているのは、雲仙ハム。島原原産の豚を詰めたボロニアソーセージだが、これを気前よく分厚く切ってカツにしてある。見るからに贅沢。ハムカツってのは薄いのがいいんだ! なんてゴネる気持ちはまったく起こらない。

この、見るからに旨そうなカツに少しだけソースをつけ、口へ放り込めば、熱々の衣が崩れる隙間から、旨み、甘みがじわりと広がってくるのだ。

渋谷に復活した「老舗大衆立呑酒場」その灯は20008年まで消えないだろう

(※グラスは非売品で、撮影用として使用しています)

編集Hさんが頼んだ新規の赤星を私のコップにも分けてもらい、ぐびりとやる。気がつけば、肉、野菜、魚、そしてまた肉と、満遍なくメニューの中を散歩している。次に来るときはまた別の肉、野菜、魚と、富士屋本店メニュー散策を楽しみたい。

雰囲気もメニューも、スタッフさんの顔ぶれも変わったけれど、ここはやはり渋谷の名店だ。街はいま大きく変貌を遂げつつあるが、富士屋本店が与えてくれる喜びは、いつまでも変わらないだろう。そう、少なくとも20008年までは。

渋谷に復活した「老舗大衆立呑酒場」その灯は20008年まで消えないだろう

(※2023年8月10日取材)

取材・文:大竹 聡
撮影:須貝智行

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