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サッポロラガービール、愛称“赤星”を巡るマラソン企画も今回で数えて79回目。これまで赤星を扱うお店79軒にお邪魔をしてきたことになるわけですが、ここへ来て、改めて思うことがあります。
いい酒場ばかりなんです。いろんな街に酒場があり、その場所ごとにそれぞれの良さがある。極端な話、池袋と大塚の距離であっても、がらりと異なる。1軒ごとに別の店なのだから当たり前だけれど、ところ変われば店を取り巻く空気も違う。新宿と渋谷ではまるで違うし、同じ新宿でも神楽坂と荒木町、新宿3丁目、歌舞伎町でも、まるで違う。
都心を離れ東京の西の郊外へ向かうと、中央線沿線でも、高円寺と西荻窪はまるで雰囲気が違うし、そのまたお隣の吉祥寺は別世界の感さえある。三鷹を越えて多摩エリアに入っていくと、境、小金井、国分寺、立川、八王子と、それぞれの深い懐をもった街が連なっているのだが、単に「赤星が飲める店」とだけ決めてアトランダムに歩いてみても、店ごとに異なる個性と同時に、その街の匂いも自ずと覚えてしまう。
そしてその街の匂いは、ああ、いい店だったなという感想と一緒に記憶の一片になって残るようなのです。
西国分寺駅開業の翌年にできた名店
つい前置きが長くなってしまいましたが、このたび100軒マラソン隊は、東京西郊、JR中央線の西国分寺駅までやってきました。中央線と武蔵野線の連絡駅で、府中本町という始発駅から2駅目に位置します。
シブいですね。駅名が、シブい。西国分寺。国分寺の西だから西国分寺。中央線には、東小金井とか西八王子とか、東西南北のつく駅がいろいろありまして(南北はないか……)、珍しくない。ちなみに、武蔵野線の府中本町と西国分寺の間の駅は北府中であります。
それはそれとして、西国分寺の次の駅が国立で、国立という地名は国分寺と立川の間だから頭の二文字をとって国立という。明治時代、中央線開通時には国分寺駅の次が立川駅で、大正15(1926)年にその2駅の間に国立駅ができ、それから47年後の昭和48(1973)年になって、国分寺と国立の間に、西国分寺駅ができたということなのです。
1973年といや、いまからちょうど50年前。それは、武蔵野線開通の年であり、そして、西国分寺駅開業の年でもある。そしてその1年後の昭和49年、やきとり(やきとん)の名店「鳥芳」は開業した。
とても立派な外観の現在の建物は平成元年建築とのことですが、最初の、もっと本当の駅前にあった店は、大家さん宅の納屋を八百屋さんと分け合って借りた、小さな店舗だったということです。
迎えてくれた二代目ご主人・菊地寛一さんの父・賢一さんが、飲食業の経験もないまま、一人でいきなり始めた店だったが、乗り換えの待ち時間に“ちょっと一杯”というニーズを捉え、開業当初から大変よく賑わったそうです。
三鷹生まれで、高校は国立に通学していた私ですが、迂闊にも「鳥芳」を知らずに過ごしてきた。馬齢を重ねて60年。しかし今、ついにこの「50年酒場」を知るに及んで、感慨無量。出会えた幸運にひたすら感謝しつつ、店へと入ります。
広々とした店内に長いカウンターがあり、右手奥にテーブル席。どうやら、2階もあるようだ。まずは赤星、それから、おすすめメニューの短冊が目に飛び込んできた春の味覚、タケノコの炭火焼を注文します。
老舗に来るとよく思うことですが、開店時にはすでに、びしっとすべてが整っている感じがある。店内はとても清潔で、「さあ、行こう!」という静かな掛け声が聞こえるような、一種の気合いがこもった雰囲気だ。
春の宵のひとときを満喫
炭火の焼き台から漂う煙がたまらない。
ツケ焼の醤油が焦げる香りとタケノコの爽やかな春の香りが相まって、まことに具合がいい。そして、赤星の、ほどよい苦みと、膨らみのある柔らかな飲み口が、なんともありがたく、食欲を刺激する。
特別に開店の少し前に訪れたこの日、私は、無理を言って、カウンターの中を覗かせてもらった。店長の北野悠介さんがタケノコを炙るその奥で、他のスタッフさんがもつの下拵えをしている。ネタを入れたボウルには、チレとコブクロが収まっているようだ。
網脂のくっついたチレを見るのは、ちょっと珍しい経験。しかも、ブツは見るからに新鮮でプリプリして、表面はテカテカしている。ごま油とおろしニンニクかなんかまぶして口へ放り込みたいような気がしてくる。
さすがは、半世紀にわたって愛されてきた名店だ。もつのネタの新鮮さにも、目を引くものがあるのです。
それから、目に留まったのは煮込み。ぐつぐつ煮えている鍋の中で、豚もつと豆腐がぷるぷるしている。いい眺めなんだなあ、これが!
後で必ず注文するぞと鍋に強めの目線を送ってから、私はカウンター席に戻った。
店はそろそろ開店時刻。私もひとりの客となって、串ものを頼むことにする。
「人気があるのは、何ですか?」
シンプルにそう聞く私に北野さんはこう答えた。
「レバーがよく出ますね。それから、タン、ナンコツが人気ですよ」
「では、レバー、タン、ナンコツ、お願いします」
あえて、塩かタレを言わない。黙ってみていると、塩焼きのようである。いいぞ、いいぞ。
タンはともかく、レバーを塩で出そうという店は、レバーに自信ありという気がするのだ。そして、レバーに自信ありということになると、もつ各種、全般的に自信ありと表明されたようで、嬉しい気分になる。
コップの赤星をぐびり。さっき見た、コブクロも気にかかっている。あれも、ぷりっぷりだったなあ……。うーん、コブクロ刺しもいいねえ。いやしかし、あの、もう一方の、チレ(脾臓)も鮮やかな印象捨てがたい。串を打ってなかったが、はたしてどうやって食べるのだろう……。
頭の中はもう、もつを巡る想念で満たされかけている。私は赤星を飲み、タケノコを喰い、春の宵のひとときを満喫している。
午後4時の西国分寺で
レバー、タン、ナンコツがそれぞれ別皿で順番に出てくる。見るからにうまそう。そして、口に入れて、やはりうまい。
「いいネタですねえ」
と、また知ったかぶりをかましてしまうのだが、店長さん、嫌な顔ひとつしない。
「うちがお付き合いしている肉屋さんは、群馬の榛名まで仕入れに行ってくれています」
なるほど、群馬県産の豚には定評がありますが、その評価に違わぬ、レバーのうまさ。かつては、立川にあった食肉センターから仕入れていたということですが、現在は豚の産地にまで手を伸ばす徹底ぶりが嬉しい。うまいわけですよ。
肉厚で、弾力のあるタン。歯ごたえと骨の際の旨みを楽しめるナンコツ。いずれも抜群。お通しの生キャベツを齧りつつ、三本の串を順に口へ持っていく合間、合間の赤星ビールよ。実に幸福な気分になってきたぞ。
暖簾が出るとすぐ、ひとり、またひとりと、早い時間の客が入ってくる。自転車でふらりと立ち寄ったという恰好の人がいて、一方には、パンツやシューズから推して、ハイキング帰りの人もいる。
予約のお客さんたちの邪魔をしないよう、私たちはこの辺で奥のテーブル席に移ることにした。
午後4時の西国分寺。午前中から高尾、陣馬界隈の山を歩いた人たちにとって、下山後の最初の食事のタイミングであろう。
高尾山口の蕎麦屋で一杯というのもいい。八王子界隈まで出て居酒屋で一杯というのもいい。けれど、中央線で都内方面へ向けて帰るなら、西国分寺のこの店に寄るの一択! そんなことを思う人も、少なくないのではないか。
見れば、その人は最初の1杯に、ヱビスの生ビールを頼んだ。渇いた身体がきゅーっと吸い込む生ビール。そのキューっていう擬音が、ちょっと離れたところから見ている私にはっきり聞こえるような、そんな呷り方を、そのお客さんはしたのだった。
いいねえ、ご機嫌ですねえ……。アタシは宵っ張りだから朝から山登りというわけにはいきませんが、なに、夕方の酒は好きだ。明るいうちの1杯のビールが与えてくれる喜びは、この上なきものと思っていますぞ……。
西国分寺はなかなか侮れない
煮込みが出た。もつの舌ざわりもよく、臭みのない、丸い味わい。しょっぱ過ぎず、とてもいい塩梅だ。こうなるとつい、質のいい醸造酒が欲しくなる。
そこで頼みましたのが、田村酒造の「嘉泉」という酒。東京は福生にある田村酒造場が醸す酒だ。
私はこの蔵へ一度、ふらりと行ってみたことがある。多摩川の上流から河口まで飲み歩くという『多摩川飲み下り』という本を書くために歩いているときだった。1822(文政5)年創業という江戸期から続く老舗蔵は、静かで、構えのゆったりとした、風格ある酒蔵だった。その代表銘柄である嘉泉、特別本醸造の原酒・生酒があるのだ。頼まない手はない。
原酒の強さ、生酒の淡さ、そして「嘉泉」ブランドの骨のしっかりした部分が、きれいな水にしっかりと馴染み、抱きこまれているような気がする。丸く深く、それでいてしつこくない煮込みに、よく合うように思う。
そしていよいよ、気になっていた一品を頼みたいと考える。
「さっきの、仕込みの、チレ? ください」
聞けば、チレはこちらの店の名物で、ヌタで出すという。チレヌタ? 食べたことはない。さて、どんな一品であろうか?
結果を言いましょう。まさに逸品でございました。レバー刺し、ガツ刺し、コブクロ刺しいろいろ食べてきましたが、このチレヌタ、抜群です。
細く切ったチレにネギとニラをまぜ、辛子酢みそで合え、レタスで包んで食べる。豚モツの和風ナムルのレタス巻き、という感じだろうか。振ってある白ゴマの風味もよく効いていて、これは、うまい!
還暦にして初の味覚体験でしたが、こんなうまいもん、西国分寺で食べられるとは思いもよらなかった。
西国分寺、なかなか、やるな……。どういう対抗心がこれを言わせるのか自分でも正確に理解できないけれど、正直なところ、そんな気分です。いや、西国分寺に、これほどすばらしい老舗があるのを知らずに馬齢を重ねた自身を、今はただ恥じるばかりなのであります。
また、キャベツを齧る。煮込みのもつを口に入れる。生酒はあっという間になくなって、いま、眼の前にはチレヌタがあるのみ。では、もう1本、赤星をいただこう。
ふーっ、うまいなあ。感慨無慮。という感じのところに、カメラのSさんが〆に頼んだバターライスが出てきた。秋田の「きりたんぽ」みたいな串もので、焦げ目が香ばしく、実にうまい。最後にこれまた度肝を抜かれた、春の宵なのでした。
西国分寺は、侮れない。
(※2023年4月27日取材)
取材・文:大竹 聡
撮影:須貝智行
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