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サッポロラガービール、愛称“赤星”の飲める店を100軒訪ね歩いてみましょうという、なんともイージーな発想のこの企画「赤星100軒マラソン」。第61回目は、JR中央線、国分寺駅にやって参りました。
南口を出て左へ向かう。殿ヶ谷戸庭園(ここ、すばらしいお庭です、お暇なときにはぜひ、一杯やる前の散策を)の入口を右に見ながら、ゆるい坂になっている道を下ること10分ほど。左手に、もともと調剤薬局だったという、しぶい構えの店が見えてきます。
「魚焼 つばき」。魚の串焼きが名物の店と聞いて興味津々、訪ねてきました。
ご主人の椿陽一さんは、もとは国分寺駅北口で5年ほど立ち飲み屋をやっていたという。風貌がこのとおり、個性的。モヒカンと辮髪のコンビネーションというべきか。私などヤボ天はこのスタイルの呼称を存じ上げないが、音楽系かなと想像し伺ってみると、立ち飲みの前はセールスマン、それまでは音楽ばかりやっていて、というお話でした。
もとはパンク、今はなんでもやりますよ、とにこやかに語る。音楽も、酒場も、自分の好きなこと。一生やるなら好きなことがいいかと思って、飲食店の経験はなかったけれど、この世界に飛び込んだのだそうだ。
いいですねえ。お酒が好き、飲むことが好き、という人が飲み屋さんをやっている。そこに、飲むことが好きでそれを仕事にしてしまったワタクシという酔っ払いがやってくる。吸い寄せられたといったほうが正確でしょうか。こういう流れが実に嬉しいのです。
■予想どおり。いや、予想以上
さっそく赤星を1本。そして名物の魚焼のメニューを見渡す。
ホワイトボードには、本マグロ、真ダラ、サーモン皮、カンパチ、サメ、メヒカリ、塩サバ、ハタハタ丸干し、キンメダイ、サワラ白子、ノドグロ、ブリカマ。ほかに野菜類、ニンニク、魚肉ソーセージとある。
こういう時は好きなものから頼むに限る。まずは本マグロ、カンパチ、サワラの白子をもらう。
串に打った魚にはこめ油を塗り、炭火を熾した焼き台に乗せてから塩をふる。串に打った魚を焼き台で焼くのは、私の記憶でも他に1軒知っているくらいで、後は居酒屋とか割烹で鉄串にさした太刀魚なんかを豪快に炙るのを見たことがあるくらい。
だから、この光景そのものが珍しい。
ほどなく出された皿と交換にマスの中からその分の代金をとってもらい、いよいよ串を口へ運びます。
あはははは。うまいよ、これは。予想どおり。というより予想以上。
マグロはステーキみたいであるし、フライにしてもうまいカンパチは炭火で焼いて油を少し落とすとまた格別ということがわかる。そして、サワラの白子。ははあ~。言葉なし。日向の猫みたいな目になっている自分が想像できます。
「前の立ち飲み屋をやっているときに、無性に魚が食べたくなって、試しに、魚を串に刺してガス火で焼いてみたんです。それが思ったより美味しくて好評だったんです」
つまり、きっかけは思いつきだと、ご主人はさりげない口調で言う。しかし、このひらめきは、まさに大いなる発見だった。
「それで、北口のお店を畳んだ後、次は魚の串焼きで勝負してみようと決めました。ただ、ガスと炭では全然、味が違うんですね。だから、ここの物件が見つかるまで、南口のもつ焼き屋さんで働かせてもらって、串の打ち方や炭の扱い方を一から教わり、今のこの形になりました」
なるほど。ひらめきと、それをさらにおいしくするためのワンステップ。それが炭火焼というひと手間だった。
炭は安くないし手間もかかる。始終見ていないと火加減がかわり、おまけに焼き台に乗っているのは肉でも臓物でもなく、魚。サワラの白子など、串打つだけでも面倒だろうに、焼くとなったら一時も目を離せない。
その間にも、赤星ください、焼酎ください、日本酒下さいと、注文が入る。私たちが開店直後に入店したすぐ後から、ひとり、ふたりとお客さんが来る。
そのうちの多くの人は、最初のビールの後に、キープの焼酎を飲む。いやいや、赤星ばかりひとり4本飲んでいる人もいた。確かに、ここの魚串で赤星は、うまいわね。
サーモンの皮、キンメダイ、真ダラにも感激しましたね。キンメはそう、炭火で焼く一夜干しのあの香ばしさを彷彿させるし、サーモンは皮目が抜群にうまい。それから真ダラ。ヘタしたら、ボロボロになってしまうくらい身が繊細な白身のタラを、見事に串焼きにしてみせてくれた。
いい店見つけましたねえ。この連載企画ではたびたび感じていることなのですが、ここは国分寺の名店リストに加えなくてはならない。
三鷹生れの三鷹育ち、今も府中に隣接する多摩丘陵の下あたりに住んでいる私としては、国分寺はホームもホーム。そういう場所にまた一軒、これぞという店が見つかるのは、格別の喜びであります。
■何から何までいちいちうまい
コの字カウンターの小さな店ですから、お客さんが増えて来ると、俄然賑やかな感じになってくる。ご主人、手を休める暇もなく、常連さんと思われるお客さんと長々喋ることもない。黙々と手を動かしている。
写真のSさんも編集Hさんも、そろそろ、合流していただきます。彼らも好みの魚の串を頼み、赤星で乾杯。ここで、野菜も行ってみようということで、新玉ねぎ蒸しというのを注文しました。
新玉ねぎ、うまいですよ。この季節、食べない手はない。店ではこれをざっくり切って蒸し焼きにし、マヨネーズ、イワシ節の粉、醤油をかけて供する。
ほかほかと温かく、口に含むと風味は、なぜか完全にお好み焼きなのだ。これも発見。この店、出すものがいちいちうまいね、と感心しつつ、私は赤星から焼酎へと切り替えた。
ここで、やって参りましたのが、なめろうです。アジではない。イワシでもサバでもない。ブリのなめろう。まあね、ブリも青物。ずいぶんでかいし、アジやサンマなどとはイメージが異なりますが、さて、なめろうにすると、どうなるか。
楽しみにしながら、小鉢のなめろうに箸をつっこみ、口へと運ぶ。
なるほどねえ! なんたってブリですからね、まずいわけがないんだよな。そう思いました。
アジやサバ、イワシなどの場合、味噌と一緒に叩いてネギを混ぜ込み、臭みをすっかり取ってしまうことで、食べやすく、また、おいしくなるという理屈はよくわかる。アジなどはタタキで食べるときにも、刻んだショウガと小葱をたっぷりぶっかけたりすると、いよいようまくなるようなところがある。
けれど、ブリは、そもそも、それだけで丸みも油も、甘みも十分になる。叩いてしまってはもったいくらいの厚みみたいなものが身上の魚だ。それをぜいたくにたたいて味噌であえている。ネギの香りもいい、とくれば、これは、抜群の小鉢。
丼メシ1杯ぐらいは軽くいけそうななめろうだから、私はこのときたまたま焼酎にしていたけれど、この店が推す岩手の地酒に合うのは間違いないところだろう。
■記憶の中から蘇ったオヤジの味
さてさて、焼酎のお代わりもしたあたりで、魚肉ソーセージを焼いてもらうことにしました。
おっさんという生き物は、どうも、魚肉ソーセージに弱い。素通りできない。知らんぷりをするわけにはいかない。そんな気持ちになってしまう。
串に刺して、軽く炙って、マヨビームで、はい、完璧。
それからもうひとつ。煮込みをいただきます。
ホワイトボードのおすすめつまみの品書きには、魚の字を〇で囲んだ下に煮込みと書いてある。そう、魚の煮込みなんですな。串焼きもモツならぬ魚という店ですから、煮込みもまた、モツの煮込みでなく、魚の煮込みということなのです。
これが、また、群を抜くうまさでしたね。ショップカードにも「魚の焼き鳥」「魚の煮込み」の2品は名物として印刷されているのですが、表記に偽りなし。
魚に串を打てば、半端な残りが出る。アラの部分からも当然、いい味は出る。そういう、魚調理から生まれる、うまい残り物を、大根と一緒に煮込み、刻みネギをパラパラとふってある。
ダイコン由来だけでない甘みの理由をきくと、酒粕とのことです。そう、粕汁なんですね。酒粕と味噌の合わせ技。そこにサーモン皮の串焼きのために仕入れた鮭の残りとか、その日その日のいろんな魚の切れ端やアラなんかを放り込んで絶妙の出汁をとった逸品ということでしょうね。
「こ、これは、オヤジの味だ!」
塩引きの鮭で有名な新潟県は村上市出身の写真家Sさんが、やや興奮気味に呟いた。
その昔、幼いSさんに、お父さんがつくってくれた鮭の粕汁。寒い寒い日本海からの風が吹きすさぶ街で食べたあの1杯が、今、国分寺駅南口で蘇ったのです。
なんと感動的な……。
私がややセンチメンタルになっていると、外から店内を覗く人の姿があった。
そろそろ席を譲る頃合いでしょう。私は再訪を心に近い、席を立ったのでした。
取材・文:大竹 聡
撮影:須貝智行