7月の声を聞くと、鰻が喰いたくなります。
というより、無性に喰いたくなる。正直に言うと年がら年中喰いたいのですが、ああ、今年ももう7月かあ、とため息が出る頃合いともなれば、とにもかくにも鰻という気分になります。
そんな思いを胸に、やってきましたのは、新宿五丁目。
二丁目や三丁目は見当がつくけれど、はて、五丁目とはどこだったか? そんな方も少なくないのではないでしょうか。かく言う私もそのひとりで、五丁目と聞いて、唯一知っているのが、三番街という通りですが、今回の100軒マラソンが向かいますのが、なんとその三番街なのであります。
お店の名前は「串打ちジビエと鰻串 新宿寅箱」。
某日夕刻に訪ねたのでありますが、考えてみたら、その時刻に、この通りにいたためしがない。いつも行きは深夜、帰りは早朝というパターンなので、実は、こちらのお店のことも、常に前を行き来しているというのに、知らなかったのです。
■セルフのおばんざいにセルフの酒
不思議な気持ちで入ります。そこがちょうどカウンターの端で、鰻の寝床よろしく奥に続いていて、さらにその向こうには、テーブル席と、小さな半個室があるようです。
カウンターに席をとり、さっそく頼むのはサッポロラガービール、赤星。店主の杉山亮さんが、キンキンに冷えた大瓶とコップを出してくれた。
まずは一杯、無言で注ぎ、一気にきゅっとやる。
時刻は開店直後。カウンターの奥の焼き台ではすでに、炭がいい感じで熾きているようだ。
さて、まずは、軽くつまもうか。
こちらの店では、カウンターの奥のスペースに、セルフサービスのおばんざいを用意している。大皿が5つ。本日のラインナップは、夏のおひたし、茄子の煮びたし、鶏のカレー揚げ、コンビーフチャンプルー、ブロッコリーのチリマヨ。
これらの中から3種を盛ると950円、5種全部を盛ると1350円。3種用、5種用の皿に、盛りたいだけ盛っていい。てんこ盛り大いにけっこう。いくらでもやってくれ、という気前の良さだ。
それと、ビールの後には、ぜひに、と思わせるのが、これまたセルフの酒販機コーナー。
クラッシュアイスの入った木桶があって、そこからざっくりと氷をすくってジョッキに入れる。隣には、100円入れるとウイスキーか焼酎(いわゆる「中」)が一定量出てくるディスペンサーがある。
そして、そのまた隣の冷蔵庫には、各種サワー、ウーロン茶、ジュース、ヨーグルトなどの割りもの(いわゆる「外」)がぎっしり詰まっていて、好きなものを選んだら、ここで申告。こちらはすべて280円。支払い時に、おばんざいと酒の料金を払う仕組みになっている。
やってみると、おもしろいんですな。つまみも自分の好きなものを盛るだけだし、酒も自分でつくる。手間と言えば手間だけれど、キミはウイスキーにするの? あ、俺は焼酎でいくよ、おばんざいは5種いっちゃおうか、なんてことを言いながら、しばし、和むわけである。
ひとまず、赤星100軒マラソン隊が選びましたのは、コンビーフ、ブロッコリー、茄子の3品。ビールの後の備えとして、わたくしが、自作の酎ハイをつくりました。
さてさて、カウンターへ戻り、3種盛りに手を伸ばしながら赤星の続きを楽しむとしましょう。
■若いお客さんがよく飲み、よく食べる
そこへ出てくるのが、うな串の皿だ。
3本、のっている。右から、エリ(頭の部分)、皮、肝。
エリには独特の食感や苦みを感じるのかと思いきや、さにあらず。意外にも癖は強くなく、香ばしく、タレによく絡んで、実にうまい。
「これ、うまいねえ」
声をかけると、杉山さん、にやりと笑った。
当たり前ですよ。お客さんに大皿料理とか飲み物の一部をセルフで楽しんでもらう分、他の部分に力をこめてますよ……。そんなふうに言っているようにも見える。
たしかに、いいもの仕入れているからこそ、シンプルすぎるくらいシンプルな提供の仕方で、お客を喜ばせることができるのではないか。
日ごろ、いろいろなところを飲み歩いているが、自信のある店というのは、やるべきことを絞っているからか、店主やスタッフの仕事ぶりを見ていても、余計な動きがなく、すっきりしている。あれこれ、うるさい説明もない。
けれど、打てば響くとはこういうことで、鰻のこと、うっかり聞いたら、実は杉山さん、ちょっとやそっとでは話が止まらないタイプの人とお見受けした。
だから、いろいろ聞きたい。あれこれ教えてほしい気分になるのだが、この日は土曜日。お客さんが次から次へとやって来て、焼き台は既に忙しい。こちらのペースでおいそれと話しかけるわけにもいかない。
皮を食べてみる。抜群だ。このカリカリ感。鰻の尻尾のほうの皮と聞いたが、こういう旨さについては、これまで存じ上げなかった。
お客さんは若い人が多い。男性のふたり連れはワインの飲み比べセットを試しているらしい。かと思うと、男女のカップルは、ふた組とも、3種盛りのおばんざいをてんこ盛りにした上で、ビールの後には日本酒やワインなどに移行するようだ。
みなさんよく飲み、よく食べる。お酒をいろいろ飲み比べながら、おばんざい、鰻、肉と、思い思いに楽しんでいる。
私のほうは、串の3本目、肝をいただく。鰻の肝焼きというのは、ビールにも日本酒にも相性がたいへんいいと思われますが、あの苦みと、タレに絡めたときの甘さとのバランスが、なんともいえないのであります。
うーん。いいですねえ、いいですねえ。
と思いながら杉山さんが立つ焼き台を覗き込むと、見事なサイズの鰻いっぴき、丸ごと焼き始めたのです。
■いっぴき丸ごと焼いた、鰻の迫力
すごい景色だ。鰻屋さんが仕事をしている光景というのは、よくテレビなどでも目にするところだが、いっぴき丸々と焼いているのは、見たことがあったかどうか……。
この店では天然と養殖の両方を仕入れて、食べ比べなども行っているのですが、私ら赤星100軒マラソン隊はサイズの大きい養殖のほうを焼いてもらった。
とにもかくにも、これは壮観。
ずんぶんと高くつくのかと心配にもなるところですが、鰻のサイズによって値が変わるだけのことで、2、3人で頼むなら安心価格だし、これだけの良質の鰻があるのなら、せっかくだから、丸ごといただくに限る。
ちょっと、時間がかかる。ゆっくりと、鰻は焼けていく。それを待つのも、鰻を味わう楽しみのひとつだ。
そうして、いよいよ出てくるのが、丸ごと焼いた、見事な鰻であります。
杉山さんは蒸さずに生から焼く西日本スタイルにこだわっている。身からあふれ出た自分の脂に揚げられて、表面はカリッと仕上がっている。
熱いうちに食べるべし。杉山さんの提案で、あえて最初にタレをつけずに出してもらう。タレで味わう前に、ワサビや塩で試しておき、後はお好みで、という配慮なのである。
私は、最初、ワサビも塩もつけずに、熱々をそのまま口へ放り込んだ。表面はパリっと香ばしく、身そのものが甘みを帯び、ふっくらとしているのに、脂がダレない。塩を振ると味はすっと引き締まる。
次に、ワサビを乗せてみる。鰻の身の意外なほどの繊細さがワサビの香りによって引き立つようで、これも抜群。
いよいよ、タレにつけた。いやはや、やはり違いますな。タレは鰻丼や鰻重の米をおいしく喰わせる魔法と思ってきましたが、こうして、プレーン、塩、ワサビ、と試した後だと、鰻の香ばしさ、皮目のカリカリ感などを、もっともおいしく感じさせるのが、タレの魔力であるような気がしてきます。
取材団で頼んだ新規の冷たいビールを、喉を鳴らして飲みます。はあ、最高ですな。
そこへ、トドメのひと皿。この店のもうひとつの名物料理であるジビエの串焼きです。猪、鹿、鴨の、限定ジビエ皿は、杉山さん特製のちょっとだけ辛いみそダレと、北海道の山わさびが添えられて出てくる。
猪も鹿も、まさしく野生の味を思わせますが、中でも鴨などは、合鴨とはずいぶんと趣が異なって、格別な印象を残します。
初めて訪ねた店ですが、出るもの出るものパンチがあって、しかもうまい。人気が出るのも当たり前だ。日ごろ、この通りには深夜から早朝にかけてしか出没しない私ですが、今後、フツーの時間帯に、この店に寄らせていただこうと、思いを決めた次第です。
取材・文:大竹 聡
撮影:須貝智行